「二年二組。出席番号十三番。五月七日生まれ。牡牛座。O型。田中まどかさん。一人っ子で父親は会社員。母親は駅近くの本屋でパート勤め。成績はクラスで十七位。学年全体で言うと八十二位。最近はとある先輩に片思い中で占いやスピリチュアルにハマりつつある」
「なんで知って」
「ターゲットは木原寛也? それとも広村薫?」
「薫は普通に幼馴染で」
「やっぱり木原寛也だ」

 高梨会長が言った私のプロフィールに間違いはなかった。
 出席番号や血液型はともかく、家族構成や個人の趣向まで把握されている。そして私の交友関係まで。
 植村さんの時のように自分の狙っている相手を言うのは危険だが、下手な嘘はつけない。

「……そうですけど」
「じゃあ諦めてちょうだい」

 先ほどとは明らかに違う冷徹な声だ。

「木原寛也は私のターゲットです」

 そんな……。
 私は絶望した。
 今までの人生にだって、それなりに落ち込んだり、ショックだったり、辛かったことはあったけど、これほどに絶望という感覚を味わったのは初めてだ。

 高梨会長はあまりにも完璧だ。誰かが考えた理想の美しい女性の姿、そのものである。物語ならヒロイン。いや、主役を張ってしまうほどの人だ。現に私と高梨会長を見比べると私はどう考えてもモブであり、彼女を引き立たせる存在でしかない。

 ため息とともに心の中のモヤモヤが全部出た。空っぽになった心の中で未だ根を貼るあの言葉が私の口をつく。

「高梨会長、そんなの卑怯じゃないですか」

 さっき私が薫に言われた言葉だ。

 卑怯。

 でも、スタイルも、頭も、顔も、何もかも恵まれない私がこの拳銃を使って何が悪いのか。どこが卑怯なのか。私よりも、高梨会長の方が。よっぽど。

「高梨会長なら拳銃に頼らなくても、普通に告白すれば付き合えるじゃないですか。頭も良くて、綺麗だし、人望もあって、私なんかよりもずっとずっと、木原先輩とお似合いかもしれませんけど」

 私はスマートフォンを床にそっと置き、覚悟を決める。

 私に残された弾は、あと二発。最後の一発は木原先輩に。だから、この一発で高梨会長を撃ち、木原先輩を諦めてもらう!

 だって……。

「私だって木原先輩のことが好きなんです!」
 立ち上がり、窓の外に向けて拳銃を向けるがそこには誰もいなかった。

 隣の教室に繋がるベランダの下は来客用の駐車場があり、その向こうには全ての運動部の部室が揃う部活棟があるのみ。

「どこ……」

 ベランダのどこかに隠れているのか。ベランダへ出ようと窓へ近づくと、傾き始めた太陽の陽が何かに反射するのが見えた。

 キランと光るそれは、部活棟の屋上。そこには何か影が。目を凝らし、その影が人だと認識した瞬間、目の前の窓ガラスが弾けた。

 高梨会長の銃弾は窓の桟に命中し、わずかに私の袖をかすめて後方の壁へと着弾。
 ガラスが床に散らばる激しい音と袖を狙撃された衝撃で私は身動きが取れなくなるが、辛うじて後ずさりした足が床に転がった人体模型に躓いて転び、私はすぐに窓の下の死角へと隠れた。

「そんな遠くから、やっぱり卑怯じゃないですか!」
「あなたたちこそ卑怯じゃない」

 高梨会長からの予想外の言葉に返す言葉が見つからない。あなたたちこそって? それよりも先輩の声だ。
 いつも私たちの前で生徒会長として話す品のある凛とした声でもなく、先ほどの冷たいものでもない。
 失礼な言い方だが私とよく似た、普通の女の子のような声だった。

「私は容姿が人より整っている。ママのおかげよ。ママもとても綺麗だから。だけど運動が全くできなかった。だから頑張った。そしたらみんなパパのおかげだねっていうの。パパは運動神経がいいからね」
「それは、辛いですね……」

 自分の頑張りを誰かのおかげと言われるのは腹立たしいし、やるせないだろう。完璧だと思っていた高梨会長がまさかそんな思いをしていたなんて。

「別にいいの。パパが私を誇りに思ってくれるなら私も嬉しいから」

 いいのかよ。

「じゃあ……」
「私は勝手に期待される。この見た目にあった中身を求められる。だからそれに答えるように努力した。勉強もしたし、誰に対しても優しく接したし、みんなが求める高梨マーガレットを完璧に演じてきた」

 そうか。私もさっきから高梨会長を勝手に完璧な人として捉えていた。植村さんと同じように演じていたなんて、それはやっぱり。

「辛かったんですね」
「それも別にいいの。私も今の私に満足してるから」

 いいのかよ。

「何が言いたいんですか?」

 スマートフォンの向こうから少しだけ息を吐く音が聞き漏れた。

「私は、私が大好きだ。なのに……嫌いになりそうだ」
 高梨会長はこう告げる。いつもの凛とした声で。

「私は好きという気持ちがわからない」
「……どういう意味ですか?」
「私はみんなのことを大切に思っている。男女共にかけがえのない友達もいる。私はみんなのことを大好きだと思っている。だけど、私の好きは、みんなの好きとは違うらしい」
「それはつまり、まだ好きになった人がいないってことですか?」

「まだ、か。未来のことは誰にもわからないし、私にだってわからない。だけど、今の私のことならわかる。まだ、じゃない。私は人を好きにならないんだ」

 天使は言っていた。恋愛に悩んでいる人に銃を授けると。

「恋愛をすることが当たり前で、人が誰かを好きになることが素晴らしいとされる世界が、私はとても、……とても苦しい。こんな腕時計までして、バカみたい」

 私のように恋が実らないという悩みではなく、
 高梨会長は恋がわからないという悩みだ。

 しかし、そんな考えがなかった。私はどうして木原先輩が好きだと胸を張って言えるのだろう。木原先輩のなにが好きで、自分のこの気持ちが好きだと確信していたのだろう。

「だけど、私は高梨マーガレット。みんなが憧れ、パパとママが誇る娘であるために、私はこんなくそったれた世界でも完璧に生きてみせる! そのために木原寛也と付き合うの! たとえ偽りのカップルでも私に釣り合う男性でないと意味がないからね」

 高梨会長は笑う。すごくさみしい、乾いた笑い声だった。

「はぁーあ、初めて言ったよ。こんなこと。ねぇ、どうしてかわかる?」

 ガチャコン、とレバーが引かれるような音が聞こえる。

「あなたも私のこのスナイパーライフル、L96AWSの餌食となり、誰にも言わせないようにするからよ!」

 発砲音とともに窓が一枚ずつ割られ、室内で銃弾が跳ね、棚の試験器具も破壊する。

「やめてください! 高梨会長!」

 強烈な騒音だ。耳も目も塞ぎ、うずくまることしかできない。このままでは騒ぎを聞きつけた先生や生徒が私を捕まえる。この部屋から脱出しようにも立ち上がれば狙撃される。
 どうすればいいのか!

「見つけましたよ! 私の好きな人!」

 目を開けると、床に散らばる無数のガラスの反射を受け、派手に照らされたロケットランチャーがこちらを向いていた。
 弾が切れ、マガジンを外して充填。
 スコープで現場を確認するも標的は未だ動かず。

 しかし時間の問題だ。
 田中さんが姿を見せるのが先か、他の生徒に見つかるのが先か。
 銃弾は残り、マガジン一つ分。

 私は息を吐き、スコープで理科準備室を覗く。
 ん? 誰だ、あれ。
 女子生徒? 生徒会のメンバーではない。まさか他の腕時計の持ち主か?

 でもこの距離ならたとえ銃弾が届いても正確に狙うことは不可能のはず。
 もし私と同じスナイパーライフルタイプの銃でも既に構えている私の方が早く撃てる。

 ん? なんだ? なにをしている? 制服の中から何か取り出して。いや、大きいな、質量おかしいだろ。なんだあれ。筒?

「え」

 スコープの中で女子生徒は膝立ちになり筒状の何かを肩に担ぐ。

「ファイヤー!」

 田中さんと繋がっていたスマートフォンからそう聞こえ、白い煙とともにこちらに向かってくるミサイルがだんだんと大きくなっていく。


 耳をつんざく爆発音とともに部活棟の屋上が煙で満ちている。

「智恵子ちゃん!」

 ロケットランチャーを肩から下ろす彼女は一年生の吉田智恵子ちゃん。智恵子ちゃんはまたも制服の中からミサイルを取り出し、ロケットランチャーに装填。何もかもが私とは規格外だ。

「田中先輩も会長目当てだったとは気が付きませんでした。でも、私が会長をいただきます!」
「違う違う! 私は木原先輩狙いだから!」
「木原? 誰ですかその人」
「えぇ……」
「いきなり爆破なんてひどいじゃない」

 スマートフォンから高梨会長の声が聞こえる。

「さすが会長、避けましたか」
「あなた一年一組の吉田智恵子さんね。私を狙うなんて、なにが目的?」
「決まってるじゃないですか。会長に私を好きになってもらうためですよ。ていうか、この腕時計を持ってて、天使から武器を貰ったのなら、みんな目的は同じでしょ?」

 みんなと同じではないことに苦しみながらもがいている高梨会長にとってその言葉は地雷だ。

「あなたたちと一緒にしないで」

 凛とした声の中に怒りの気配を感じる。

「さすがですね。でも」

 智恵子ちゃんは再びロケットランチャーを構える。

「私は会長が大好きです。もちろん、性的な意味で!」

 音楽室からは吹奏楽部の演奏が漏れ聞こえる。

 題名はリヒャルト・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』だ。
 ロケットランチャーが火を吹き、智恵子ちゃんはそのまま連続でミサイルを装填し撃ち続ける。爆煙をあげる部活棟の屋上の中で高梨会長はそれを交わし、時折飛んでくるミサイルを狙撃し、空中でミサイルが爆発する。
「誰かを特別に慕うにはそれなりの理由があるはずでしょ。私、あなたと話したことあったかしら」
「覚えていなくても仕方ありません。あれは私がまだ中学生の頃の話ですから」
 特別な思い出があるのだろう。過去を思い出している智恵子ちゃんの顔は明らかに照れていた。それは恋する乙女の表情だ。
「今では大大大好きです!」
「それは勘違いよ。同性の先輩への憧れを、好意だと錯覚しているだけ。思春期によくある勘違いよ」
 高梨会長は冷徹な声で突き放す。しかし、拒絶というニュアンスではなく、むしろ優しさを感じた。恋愛がわからないという孤独を感じている高梨会長だからできる優しさの表現だと思う。智恵子ちゃんがどう感じているかわからないが、同性に恋をするというのも、今の社会ではそれなりに孤独を感じるものだろう。
「確かに最初は憧れでした。会長の言う通り、勘違いかもしれないって、過去には自分の思いがわからないこともありました。でも、今の私のことならわかります。私は会長のことが好きです!」
 それは奇しくも、恋愛についてわからないと言っていた高梨会長と同じセリフだった。
 「智恵子ちゃんはどうして憧れじゃなくて好きだって言い切れるの?」
 私の木原先輩に対する思いも憧れが強いから。
「どうして。どうしてかぁ」
 智恵子ちゃんがロケットランチャーを撃つ手を止め、考え始めると高梨会長の銃弾が智恵子ちゃんの心臓を貫く。智恵子ちゃんは着弾の衝撃で後方によろめくが倒れることなく、首をだらんと下げその場に力なく立ち尽くす。
「智恵子ちゃん!」
 スマートフォンの向こうから笑い声が聞こえてくる。
「さぁ、そのミサイルで田中さんを撃ちなさい」
 智恵子ちゃんはロケットランチャーにミサイルを装填し、肩に担ぐ。その銃口は私ではなく、高梨会長のいる外に向かっていた。
「ほら。やっぱり私、会長のこと好きみたいです」
 顔を上げた智恵子ちゃんの顔は変わらずキラキラとしていた。
 そうだ。撃たれた相手は撃った相手のことを好きになるのが銃の効果。ならばもともと高梨会長を好きな智恵子ちゃんが撃たれても変化がなくて当然だ。
 智恵子ちゃんは窓からベランダへと飛び出す。

「会長を好きな理由は会長とお付き合いしながらゆっくり考えます。だから、とりあえず今は」

 ロケットランチャーを構える智恵子ちゃんの後ろ姿は堂々としていて、かっこいい。

「好きになった人に、好きだと思われたい。それだけです」

 ミサイルをぶっ放す智恵子ちゃんはベランダを走りながら高梨会長を狙う。
 今がチャンスだ。

 私は理科準備室から飛び出し、一安心。立ち上がると強烈な西日に目がくらむ。私はその光に導かれるように南側渡り廊下へ。

 太陽がもう少しで沈む。


 残りの弾は、あと二発。
 西日が差す南側三階の渡り廊下。

 外の少し冷えた空気が髪を撫でる。ふいに反対側を振り向くと北側二階の渡り廊下を特別教室の方へと歩く男子生徒の姿が見えた。

 私は拳銃を構え、男子生徒に照準を合わせる。もう間違えない。外さない。そんな自信があった。
 この引き金を引けば銃弾は、確実にその男子生徒、木原先輩に当たると言う確信があった。

 木原先輩と初めて会った日のことはよく覚えていない。
 薫になにか用事があって、会いにいき、薫と話す木原先輩を見たのが初めてだったと思う。

 かっこいいな、と思った。

 それから薫に木原先輩のことを聞いたりして、どんどんと惹かれていった。木原先輩を想うことが楽しくもあり、苦しくもあり。自分は恋をしていると思うとなんだか世界が輝いてみえた。

 そう、私は恋を『していた』。
 恋は『落ちる』ものなのに。

 私は私が嫌いだ。

 この身体も、顔も、声も、全部が嫌いだ。だけど、木原先輩へ叶わない恋を頑張る自分を少しだけ可愛らしいと思えた。だからって積極的にアプローチはしない。努力もしない。

 してはいけないと思っていたから。

 遠くから想う、その程度。それが健気で、身の程をわきまえていて、そんな自分を許せた。
 だから、この拳銃を手にした時、正直戸惑った。

 私は木原先輩が好きだ。
 だけど、
 こんな私を木原先輩に好きになってもらいたいのか。

 私は私が嫌いだ。

 でも、みんなに会って私はわかった。


 みんなに好かれるためにキャラを演じることができる器用な植村さん。

 情熱的で好きな人のためなら頑張れる智恵子ちゃん。

 世界の不条理を受け、それでも誇りを持って生きる高梨会長。


 自分の願いを、欲望を、自分自身を大切にできる人はとても素敵ということだ。

 だから!

 私はトリガーに指をかける。


「なんなんだよこいつら」

 続々と押し寄せる生徒たち。こいつらを抑えるのも限界だった。しかし、俺がここから逃げればこいつらがまどかに何をするかもわからない。どうすれば……。

 そこへ、生徒たちの頭を踏み越え突如現れる人影が。

「とうっ!」
「井上?!」

 井上はどこかの教室のカーテンを身にまとい、さながらヒーローのようないでたちだ。

「姫を守るのは王であり、勇者である私の役目! 農民は引っ込んでいろ!」

 井上は生徒たちの中へと身を投げる。

「誰が農民だ。でもここは頼んだぞ井上!」
「言われずとも!」

 特別教室棟に向かい、爆発のような地響きのする三階へ。

 すると渡り廊下にまどかのシルエットが見えた。


 近づくと、まどかは自身の拳銃をこめかみに当てていた。

「おい!」

 俺は無意識のうちに走り出す。

 世界の全てがゆっくりに感じる。

 より一層強く、暖かく私たちを照らす夕日の沈む間際。
 校舎に当たって吹き上がる風が、スカートをふわりと膨らませる一瞬。
 私に向かって踏み出す薫の一歩。

 世界から音が消えた。

 音楽室から漏れ聞こえた吹奏楽部のチューニングの音。
 校内のあちこちから聞こえる悲鳴と銃声。
 校舎が崩落する地響き。
 それらがすん、と聞こえなくなり、
 代わりに目の前で私に手を伸ばす薫の口が開く。

「まどか!」

 その叫びは確かに私の耳に届き、私は笑顔で応える。

 卑怯でごめんね。でも、魔法に頼るのはこれで最後にするから。


 そして私は、私のこめかみに当てた拳銃の引き金を引いた。


 衝撃で頭が揺れ、私はその場に倒れる。
 片手で撃った反動で手から拳銃が離れ、拳銃は柵を越え学生棟と特別教室棟の間にある中庭へと落ちていった。
 体を揺さぶられる感覚で目をさますと薫の顔が目の前にあった。

「何してんだお前!」

 私が自暴自棄になったと思った薫は本気で怒っていた。
 そう思うのも仕方がないが、私なりに理由もあるのだ。もちろん、自暴自棄なんかじゃなく、私なりにポジティブな理由だ。
 私は立ち上がり、制服についた埃を払う。

「誰かを好きになる前に、まずは自分のことを好きにならないとなって」

 自分を好きになれば、自分の願いも、欲望も、自分自身も大切にできると思った。そして自分を大切にできる自分なら木原先輩へ本気でアタックできると思ったから。

 呆れている薫に私はシュシュを外し、手渡す。まとまっていた髪が解放され、冷たい風が髪の毛の隙間を縫って涼しい。
 妙に清々しい気分だ。

「もう占いには頼らないから!」

 私は心で復唱する。

 私は可愛い! 私は綺麗! 私は最強だ!

 そうすると、本当にそう思えてきた。拳銃の効果なのか、ただの思い込みなのか。体がウズウズしてきた。

 木原先輩に会いたい。

 ありのままの私のまま、木原先輩に会いたい。

「私、木原先輩のところに行ってくるね」

 振り返り、走り出したところで薫に呼び止められ、私は首だけで振り向く。

「頑張れよ」
「ありがと。薫は私たちの恋のキューピットだよ」

 私は軽くなった身体で勢いよく走り出す。
 時を戻して、少し前。


 なんだこの音は。

 藤野先生に怒られながらも納得いかない僕、安藤亮平は引き続き田中まどかの捜索を続けていた。
 学生棟と特別教室棟の間にある中庭に出て捜索していると爆発音のようなものが校舎を揺らす。なんだこの揺れと騒音は。

 出どころを探していると突然、頭頂部に鈍痛が。

 振動の影響で空から何かが落ちてきたのか。全く今日はなんなんだ。

 頭をさすりながら涙目で地面を見ると、そこには田中まどかが持っていた拳銃が転がっていた。

「あった!!!」

 拳銃を拾い、顔を上げると遠くに周囲を見回す藤野先生の姿があった。

「全くなんだこのnoiseは」

 僕の話を全く信じなかった藤野先生。
 しかし、僕の手には藤野先生が信じなかった本物の拳銃がある。
 瞬間、井上先輩の姿が頭をよぎる。

「撃っても死なないんだよなぁ」

 僕は銃口を藤野先生に向け、トリガーに指をかける。

「僕を信じなかった罰だ」

 指先に力を込めると、拳銃は火を吹き、銃弾は藤野先生に命中。藤野先生はその場に倒れた。

「よし! どうだ! ざまぁみろ!」

 喜びに震えている間、拳銃は突如光だし、粒子状になって風に運ばれ消えていった。突然軽くなった手に驚き、拳銃がないことにも驚いている間に、藤野先生はゆらりと立ち上がる。

 一応、心配をしているフリをしておこう。

「大丈夫ですか、先生。突然倒れて驚きましたよ」
「……」
「あの、先生?」
「You’re amazing. I fell in love with you at first sight.I feel something for you(君は素晴らしい。君に一目惚れをしたよ。僕は君に何かを感じるよ)」

「は?」

「I love you!(愛してる!)」

 藤野先生は突然、僕めがけて腕を目一杯広げて近づいてくる。
 僕は慌ててそれを避けるが、藤野先生はずっと迫ってくる。

「ウワァア!」