黒塀と瓦屋根の古民家が連なる道は乗用車がギリギリすれ違えるくらいの道幅で、まるで歩行者天国のように観光客はゆったりと歩いている。そのひとつに目指す雑貨屋があった。その軒先には古めかしい文机の上にシンプルな黒のノートや鉛筆などが積まれていた。博人は大きな手でその硝子の引き戸をガラガラと音を立てて開けた。天井から吊された裸電球はボンボリのように優しく光を放つ。使い古された学校の机がいくつか並び、その上に消しゴムはんこが置かれていた。
梢恵と博人は消しゴムはんこを手に取り、眺めた。ハートマークや音符などの記号の他に猫や犬、ウサギといった動物はんこや、ありがとう、回覧といった文字のものもあった。2センチ角のミニ版からクリスマスカードのようなハガキサイズもある。名刺や住所などもオーダーメイドで作成してもらえるようだ。

普通の印鑑やはんこと違い、消しゴムは触った感じが柔らかい。機械でなく手彫りなのも温かみを与える要因だろう。いくつか気に入ったものを手にしたまま、他の消しゴムはんこを見ていた。

すると隣からクスクスと笑う声が聞こえた。博人だ。見上げれば私を笑っている。ただし、優しく包み込むような表情で。


「先輩?」
「ごめんごめん。可愛いなあと思って」
「この消しゴムはんこが?」
「違う違う。梢恵がだろ。梢恵って好きなものをあとに取っておくタイプだよね。給食みたいにドンって一皿にいくつもかのおかずが並んでたら、先に苦手なものを食べて、好きなものはあとからだろ?」
「そうかも」


子どもみたいだと笑われたようで恥ずかしく、そのままレジに行き、会計を済ませた。