「ですが俺もそれ以上、兄に苦しめられるのは耐えられませんでした。俺は逃げ場所を求めるみたいに人気の少ない図書館へ通うようになって、そこで先生のデビュー作に出会ったんです」
ようやくいつもの穏やかな表情を取り戻しはじめた彼方さんは、ふいにあの『かなしき共犯者』について言及した。
「先生の本を手に取ったのは、同い年の中学生が書いたものに興味を抱いたからでしたが、俺は読み進めるうちに、自分と物語の中の二人を重ねていきました」
彼方さんの言葉に、私も作中の主人公たちによる回想を思い出す。
校内で完璧な美少女を演じ、周囲に褒めそやされることによって、義父からの暴力で踏みにじられる自尊心を守ろうとする香澄。
そしてネクロフィリア(死体性愛)という性癖を、他者を拒絶することで秘匿しようとし、ずっと孤独に生きてきた陽太。
そんな秘密を抱える二人は共鳴し合い、いつしかお互いに唯一心を許せる関係になる。
「物語の最後で、香澄はいつか憎い義父に殺されるかもしれないならと、陽太の手にかかることを願いますよね」
陽太は香澄の願いと、そして愛する人を殺め、その死体を抱きしめるという自分の望みを叶えて、最後に自らも死を選ぶ。
それが私のデビュー作の真相と結末だった。
「ああいう結末を、メリーバッドエンドと言うのでしょうか。悲しい結末だと思いましたが、俺はそこにエネルギーを感じたんです。マイナスかもしれないけれど、とても強いエネルギーを」
自分の運命は自分で変えられる。
その行き先が天国だろうと地獄だろうと、すべての選択は己で決めてこその人生だ。
このまま他人に心を壊されてたまるかと、物語の中の二人に励まされた。
彼方さんはそう言って、お兄さんから離れるために、高校は全寮制の学校に進学したのだと教えてくれた。
「先生の本に出会わなければ、きっと俺は心が死んだまま人生を終えていました。だから俺がこうして生きていられるのは、先生のおかげなんですよ」
彼の声を聞きながら、いつの間にか私の目からはぼたぼたと涙が溢れていた。
中学生のころの彼方さんに会いたい。
幼い彼に会って、誰もいないところへ連れ出して、彼だけのための物語を書いて、笑ってもらいたい。
そんなことはできやしないと理解しながらも、そう思う気持ちを止められなかった。
「泣かせてしまってすみません。こんな話、聞きたくなかったですよね」
彼から差し出されたハンカチを受け取りながら、私は首を横に振った。
まるで子供のようにしゃくりあげながら、なんとか言葉を紡ごうと口を開く。
「デビュー作は、私自身の境遇を投影して書いたものでした。あのころの私は自分の不甲斐なさと、母親の過干渉に悩まされていたんです」
「そんな気がしていました。日下部先生もきっと、俺や主人公たちと同じように、何かに苦しめられながらあの物語を書いたんだと」
涙が出るのは、彼方さんの話に触発されて、あのころの感情を思い出してしまったせいでもあった。
私と彼方さんの境遇はよく似ている。
だからこそ、私は私自身を守るように、彼のことも守りたいと思った。
中学生のころの彼を救うことができないなら、せめて“身勝手な愛”に囚われ続ける今の彼を助けてあげたい。
そんなことを考えながら、音が出そうなほどに奥歯を噛みしめる。
「……彼方さんは、恋愛をしてみたいと思ったことはありますか?」
ひとしきり泣いて落ち着くと、私は唐突に彼方さんへと質問を投げかけた。
その意図をはかりかねたように、彼の眉が下がる。
「そうですね……この体質でなかったら、普通にしてみたかったです」
「それなら、私とデートをしてください」
ようやくいつもの穏やかな表情を取り戻しはじめた彼方さんは、ふいにあの『かなしき共犯者』について言及した。
「先生の本を手に取ったのは、同い年の中学生が書いたものに興味を抱いたからでしたが、俺は読み進めるうちに、自分と物語の中の二人を重ねていきました」
彼方さんの言葉に、私も作中の主人公たちによる回想を思い出す。
校内で完璧な美少女を演じ、周囲に褒めそやされることによって、義父からの暴力で踏みにじられる自尊心を守ろうとする香澄。
そしてネクロフィリア(死体性愛)という性癖を、他者を拒絶することで秘匿しようとし、ずっと孤独に生きてきた陽太。
そんな秘密を抱える二人は共鳴し合い、いつしかお互いに唯一心を許せる関係になる。
「物語の最後で、香澄はいつか憎い義父に殺されるかもしれないならと、陽太の手にかかることを願いますよね」
陽太は香澄の願いと、そして愛する人を殺め、その死体を抱きしめるという自分の望みを叶えて、最後に自らも死を選ぶ。
それが私のデビュー作の真相と結末だった。
「ああいう結末を、メリーバッドエンドと言うのでしょうか。悲しい結末だと思いましたが、俺はそこにエネルギーを感じたんです。マイナスかもしれないけれど、とても強いエネルギーを」
自分の運命は自分で変えられる。
その行き先が天国だろうと地獄だろうと、すべての選択は己で決めてこその人生だ。
このまま他人に心を壊されてたまるかと、物語の中の二人に励まされた。
彼方さんはそう言って、お兄さんから離れるために、高校は全寮制の学校に進学したのだと教えてくれた。
「先生の本に出会わなければ、きっと俺は心が死んだまま人生を終えていました。だから俺がこうして生きていられるのは、先生のおかげなんですよ」
彼の声を聞きながら、いつの間にか私の目からはぼたぼたと涙が溢れていた。
中学生のころの彼方さんに会いたい。
幼い彼に会って、誰もいないところへ連れ出して、彼だけのための物語を書いて、笑ってもらいたい。
そんなことはできやしないと理解しながらも、そう思う気持ちを止められなかった。
「泣かせてしまってすみません。こんな話、聞きたくなかったですよね」
彼から差し出されたハンカチを受け取りながら、私は首を横に振った。
まるで子供のようにしゃくりあげながら、なんとか言葉を紡ごうと口を開く。
「デビュー作は、私自身の境遇を投影して書いたものでした。あのころの私は自分の不甲斐なさと、母親の過干渉に悩まされていたんです」
「そんな気がしていました。日下部先生もきっと、俺や主人公たちと同じように、何かに苦しめられながらあの物語を書いたんだと」
涙が出るのは、彼方さんの話に触発されて、あのころの感情を思い出してしまったせいでもあった。
私と彼方さんの境遇はよく似ている。
だからこそ、私は私自身を守るように、彼のことも守りたいと思った。
中学生のころの彼を救うことができないなら、せめて“身勝手な愛”に囚われ続ける今の彼を助けてあげたい。
そんなことを考えながら、音が出そうなほどに奥歯を噛みしめる。
「……彼方さんは、恋愛をしてみたいと思ったことはありますか?」
ひとしきり泣いて落ち着くと、私は唐突に彼方さんへと質問を投げかけた。
その意図をはかりかねたように、彼の眉が下がる。
「そうですね……この体質でなかったら、普通にしてみたかったです」
「それなら、私とデートをしてください」