「お前が書けって言ったから書いてんだろうが」

「だからって紅先輩の字が大きすぎるんですよ! これじゃ花宮さんと桐谷先輩がしーちゃんへのメッセージを書くスペースがなくなるじゃないですか!」

「うるせえな、俺様がわざわざ書いてやってんだ。喜べ」


どうやら弟の方の高野先輩がなにか色紙のようなものにペンを走らせていた。それに私へのメッセージって……


「(まさか……)」


嫌な予感がしつつも、私は息をひそめてそのやりとりを見つめる。


「小野、これ雫へのプレゼントの領収書。うちと桐谷で出すことにしたから」

「え、花宮さん。それはみんなで割り勘にするって……」

「送別会の準備を進めてるのは小野でしょ。これくらい大人組に任せなさいって」


なかにいる瑞希ちゃんと花宮さんの会話の中に出てきた『送別会』という言葉を耳にして確信する。
どうやら彼女たちは私を送り出すための会を準備してくれているらしい。私のために色紙にメッセージを募り、プレゼントまで用意してくれているみたいだ。


「(ど、どうしよう……)」


ここまで準備してくれているのに、どうやって辞めないという節を伝えられる? それに花宮さんたちにお金も出させてしまっているみたいだし。
これはもう、このお店を辞めてしまった方がいいのでは? そうじゃなきゃ彼らをがっかりさせてしまうかもしれない。

休憩室の扉の前で青ざめていると、


「うん? 宇佐美さんどうかした?」

「て、店長……」


偶然その場に通りかかった店長に声を掛けられた。私の表情を心配してか、不安そうにしている彼を見て、私は素直に現在置かれている状況を彼に説明した。
すると店長はその状況に頭を抱え、自分のことのように悩ましげな表情を浮かべた。


「それは……気まずいね……」

「ですよね……もし店長が私の立場だったらどうしますか?」

「お、俺が?」


私の質問にうろたえた店長はしばらく思考したのち、絶望したような顔で、


「バイト、辞めるかもしれない……」

「……」

「で、でもそういうわけにはいかないし! 俺からみんなには伝えておくから!」


確かに自分で伝えるのは気まずさもあるし、ただそのあとの反応を見るのが怖い気持ちもある。
だけど変わりたいと思った直後にこうして伝えたいことを他人に押し付けていいものなのだろうか。


「……ま、待ってください。私……」

「宇佐美さん?」

「私、自分でみなさんにお話しします。辞めることを決めたのは自分だし、続けることを決めたのも自分なので」


まずは一歩、一歩ずつでいいから自分の気持ちを相手に伝えられるようになるんだ。
そう決意した私に店長は安心したように微笑んだ。


「宇佐美さん、強くなったね」

「そう、ですか?」

「うん、うちで働いてくれてありがとう。本当に助かるよ」


最初のころ、私の性格ではアルバイトは難しいのではないかと反対していた彼にそう言ってもらえたことが嬉しくて、ふいに胸が高鳴った。
少しだけ瑞希ちゃんが店長のことを好きなのが分かった気がする。優しくて大人で、私たち子供のことをしっかり見ていてくれるからだ。


「(ま、まずは瑞希ちゃんにちゃんと伝えよう……)」


そして謝ろう。きっと許してくれるはず。
そう心に決めると彼女と話す機会を待つことにした。