【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 魔術学校での戦闘が終わり、静かな夜を過ごす。
 アルフォースは一人学校の闘技場で佇み、空を見上げていた。

「さて、ようやくここまで来たね」

 この五日前――

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 大陸の北部には砂漠がある。
 元々は大国があったそうだが、半世紀ほど前にモンスターとの戦闘で半壊。
 今では何も残っていない。
 いいや、古くからある遺跡だけが、ぽつりと残っていた。

 その遺跡は砂漠のど真ん中にある。
 とても目立つが、普通は誰も訪れない。
 周囲には強力なモンスターがいて危険だし、そもそも訪れる理由がない。
 そんな場所にいるとすれば、よほどの命知らずか、どこかの世界からきた悪魔だけだろう。

「やぁやぁこんばんは。君が六柱の一人、中将フルレティだね?」
「そういう貴方は、当代最高の魔術師アルフォース・ギフトレンですね?」
「そうだとも! さすがは悪魔一勤勉な男。僕のことは調査済みってところかな」
「ええ。ですが、まさかそちらから来るとは思っていませんでしたよ」

 遺跡の中で話す二人。
 中将フルレティは、魔界の三大支配者に使える幹部の一人。
 悪魔随一の頭脳を持ち、計算高く思慮深い。
 その見た目は、人間の成人男性と変わらない。
 ある意味、人間にもっとも近い悪魔と呼べなくはないだろう。
 もちろん、人間とは比べ物にならない魔力を有しているのだが――

「一応確認しておきますが、どうしてここへ?」
「なに、僕の眼は特別製だからね。君の隠れている場所くらい簡単に見つけられるのさ」
「それは知っています。私が聞いたのは、何の目的でここへ訪れたのかということですよ」
「そんなの決まっているじゃないか」

 アルフォースは不敵に笑い、杖を構える。

「君を殺すためだよ」
「そうですか」

 フルレティがパチンと指をならす。
 その瞬間、地面がひび割れ、遺跡がバラバラにはじけ飛ぶ。

「おーっと、危ないことするな~ それに何だい? この数のモンスターは」

 遺跡から出たアルフォースが目にしたのは、砂漠を覆いつくすほどのモンスターの群れだった。
 大小さまざまなモンスターがひしめき合い、アルフォースを見ている。

「貴方と戦うことは想定済みです。貴方の持つ権能を相手にするなら、これくらいの戦力は必要でしょう?」
「なるほど。さすが仕事熱心な悪魔だ。リンテンスが知ったら見習えと言われそうだ」
「リンテンス? ああ、貴方の弟子でしたね」
「へぇ~ そこまで知っているのか」
「当然です。彼もまた、排除対象ですので」

 フルレティが夜空に手をかざす。
 彼の持つ能力によって、雲一つない空から大量の雹が降り注ぐ。
 高速で降り注ぐ雹には、魔術的防御を貫通する効果が付与されていた。

「やれやれ」

 アルフォースは権能でオレンジ色の蛇を生み出し、頭上で蜷局を巻き雹の雨を防ぐ。

「それは困るな~ 尚更ここで殺さないといけないようだ」
「私としても、一番の障害である貴方はここで死んで頂きたい」
「そうかそうか! じゃあ一つ、命の奪い合いをしよう」

 さらにアルフォースは権能を発動。
 無数に、無形質に、空想を具現化した幻獣たちを呼び出す。
 伝説に登場しそうな巨人から、可愛らしくも恐ろしいウサギの怪物まで。
 形容しがたい見た目をした化け物もいて、どちらが悪魔かわからない。

 モンスターの群れと幻獣の群れ。
 二つの異形がぶつかり合う。

「ねぇねぇ、一つ聞いて良いかな?」
「何ですか?」
「君がこっちへ来たってことは、三人の支配者の復活が近いってことでいいのかい?」
「さぁどうでしょうね」
「嘘が下手だな~ 君がいる時点でそうとしか考えられないだろう」
「だと思うなら無駄な質問をしないてください」

 異形たちがぶつかり合う最中、二人も交戦する。
 雹の雨と魔術の嵐。
 互いに一歩も引かず、異形たちも押し合って拮抗している。

「おやおや、これじゃ決着がつかないかな?」
「いいえ、いずれ決着はつきます。貴方は所詮人間だ。先に体力の底が見えるのは貴方でしょう?」
「う~ん……確かに! じゃあこういうのはどうかな?」

 アルフォースは杖をぐるっと回し、紫色の光の玉を生み出す。
 光の玉は彼の前で形を変え、人型に近づく。

「僕の権能はね? 空想を現実にするんだよ。空想であれば何だって生み出せる。君たちの崇める支配者ってさぁ、僕のイメージだと」

 人型から更なる変化。
 歪に折れ、ごつごつととがり、腕は二つにから四つに増え、背中からはまがまがしい翼が生える。

「こんな感じじゃないかな?」

 幻獣召喚――魔王。

「これは――」

 フルレティは一瞬で察する。
 形はどうあれ、アルフォースが生み出したそれの力を。
 瞬時に防御態勢を整えようとした。
 しかし――

「っ!?」

 その時にはもう、幻の魔王が彼の肉体を抉っていた。

「しまったな。質問の答えを聞く前だったのに」

 フルレティの肉体が消滅していく。
 たった一撃で身体の七割以上を抉られれば、悪魔といえど耐えられない。
 モンスターたちも幻獣に噛み殺され、徐々に数を減らしていった。
 声の出せないフルレティは、最後までアルフォースを睨んでいる。

「そうだ! 最後に一つだけ訂正させておくれ」

 何をだ?
 と、フルレティの視線が語る。

「僕は最高の魔術師じゃない。最高最強の魔術師だ。次に巡り合うことがあれば、その一文も付け加えておいておくれ」

 これは戦いの終わりであり、一つの戦いの始まり。
 世界はここから、激動のように変化していく。
 とある荒野で向かい合う二人。
 吹き抜ける乾いた風が虚しさを演出する。

「準備はいいかい?」
「はい」

 微笑みから真剣な表情へと変える師匠。
 緊張感の高まりを感じて、俺は自然と身体に力が入る。
 そして――

「じゃあ始めようか」
「はい。いきますよ師匠」

 己の胸の奥にある力をイメージして、七色に煌めく雷撃に手を伸ばす。

 憑依装着――

 魔力が高まり、瞳の色が虹色に変化する。
 夢幻結界で得た限界へたどり着く術。
 悪魔エクトールとの戦いで使用した状態に、満を持して再びなる。
 そんな俺を見て、師匠はニコリと笑う。

「うん、いいね。その状態で動けるかい?」
「いけます」
「そうか。ならば軽く動こう」

 そう言って師匠は杖を取り出し、コンと地面をたたく。
 師匠はここで権能を発動。
 自らの背後に、異形の生物を大量生成する。

「さぁ、来なさい」
「はい」

 三分後――

 平らだった荒野に複数の穴が出来ている。
 爆発と衝撃を繰り返して、もはや最初とは別の場所になり果てていた。
 立ち昇る土煙の中から、師匠と俺が顔を出す。
 未だ臨戦態勢の師匠だが、俺のほうが先に限界を迎えた。
 瞳の色が戻り、憑依装着をとく。

「おや?」
「ここが……っ、限界ですね。これ以上続けると、しばらくまともに動けなくなります」
「そうか」

 師匠の背後の異形たちが消えていく。
 煙を巻くようにふわっと、影も形もなくなった。

「大体三分くらいかな?」
「はい。無理をすれば、十五分くらいはいけるんですけどね」
「いやいや、その後で倒れちゃ意味がないさ。それに三分もあれば、この間の悪魔程度なら十分だよ」

 今さらだが何をしているのかというと、憑依装着での戦闘可能の検証だ。
 師匠の夢幻結界のお陰で俺は、未来の自分の力を一時的に宿し、戦う術を手に入れた。
 その力、憑依装着を使って悪魔を圧倒したわけだが……

「あんなのがまだゴロゴロいるんですね」
「ああ。君が戦ったのは上位悪魔の一人だけど、地獄の支配者や幹部の手下に過ぎないからね」

 エクトール、グレゴア。
 どちらも聖域者を上回る強さを持っていたけど、それより上の悪魔がいる。
 聞いただけでぞっとする話だ。
 まぁ、でも……

「そのうちの一人を、ちゃっかり陰で倒しているとか。師匠も大概恐ろしい人ですけどね」
「はーっはっは! お褒めに預かり恐悦至極だね~」
「いや、半分は嫌味なんですけどね」

 違和感通り……いいや、思った通りというべきか。
 師匠と悪魔が戦っている様子を見た時、明らかに手を抜いているとわかった。
 シトネが危ない場面だって、俺が来ていると知ってあえて助けに入らなかったし。
 幹部の一人を倒したと知ったときはさすがに一瞬驚いたけど、師匠なら当然かとすぐに納得させられた。

「あまり怒らないでくれ。少々強引な方法だったと自覚はしているが、どうしても君を鍛えなくてはならなかったんだ」
「わかってますよ」

 師匠は意味のないことをしない。
 勝算がわからない無謀な賭けもしない人だ。
 すべては未来で起こる戦いのため、自分と共に戦える人材を育成していた。
 弟子である俺も、そのうちの一人だ。

「前にも説明した通り、いずれ彼らはこっちへ攻め込んでくる。今でこそ数人だけど、支配者の一人でも来たら、被害はこの程度では済まないよ」
「地獄の三大支配者……師匠より強いかもしれないって話は本当ですか?」
「うん。彼らに関して言えば、僕でも戦ってみないと勝敗は予想できない。本音はあまり戦いたくない相手だよ」

 師匠がそこまで言うなら本当なのだろう。
 いずれというのも、そこまで遠く離れた未来ではない。
 大昔にかけた地獄と現世を塞ぐ蓋も、長い時間で緩み続けている。
 さらに今回の件で聖域者の一人が欠けたことで、さらに蓋は緩んでいる。
 師匠の予想では、次に来るとすれば幹部が最低でも二人以上含まれるだろうとのこと。
 そして、悪魔は現世で死んでも魔界で復活する、という恐ろしい事実も知ってしまった。
 時間はかかるらしいが、師匠が倒した幹部も、俺が倒した悪魔たちもいずれ復活してしまう。
 こっちは一度死ねば終わりだというのに……

「最善の準備は、聖域者を増やすということだけど、神おろしを発動できるまで半年以上ある。そんな悠長に待っていると、あっという間に現世は乗っ取られてしまうからね」
「……厳しいですね」
「うん。それでもやらなくてはならない。僕はしばらく忙しくなるから、屋敷へもあまり戻れない」
「俺はどうするればいいですか?」
「う~ん、一先ずは普段通り学生として生活しておくれ。緊急事態は続いているものの、今すぐどうこうなる話ではない。僕らが慌ただしくしていることで、不安になる人たちもいるからね」
「そうですね。わかりました」

 俺が頷くと、師匠は優しい表情を見せる。
 少しばかりの申し訳なさを感じているみたいだ。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「そうですね」

 ここで確認することは終わった。
 俺は師匠の転移魔術で屋敷へと戻る。
 殺風景な荒野から一変して、目の前に現れる自分の屋敷。
 安心感を覚えて、俺は大きく背伸びをした。

「ぅ、う~」
「お疲れだね。リンテンス」
「師匠こそですよ。明日からもっと忙しくなるのは」
「はっはっはっー……本当にね」

 げんなりする師匠。
 誰よりも強いのに、相変わらず働くのは憂鬱らしい。
 こんな状況でも普段通りなのはさすがだなとか、密かに感心してるけど。

「俺も明日から学校ですし、気持ちを切り替えないと」
「ああ、そうか。ちょうど明日から休校が明けるのだったね」
「はい」

 あの戦いから約一週間。
 もろもろの処理や難しい事情を含めて、魔術学校は臨時休校していた。
 ようやくそれが終わり、明日から通常通りの授業が再開される。
 ほっとする反面、何とも言えない面倒臭さがある。
 
 そんなことを考えてため息をこぼす俺の横で、師匠がぼそりと呟く。

「しかしそうか、学校か」
「師匠?」
「たぶんだけど、君は僕とは別の意味で忙しくなるかもしれないね」
「え、どういう意味ですか?」
「いけばわかるさ。まぁ精々戸惑ってきなさい」

 俺は師匠の言っている意味がわからなくて、キョトンと頭に疑問符を浮かべる。
 いけばわかる。
 その言葉の意味は、まさしく学校に登校してすぐわかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 集まる視線。
 その先にいるのは、登校中の俺とシトネだった。

「な、なぁシトネ」
「ん? どうしたの?」
「何か前より見られてる気がするんだが……」
「そうだね。すっごく注目されてるね!」

 シトネはなぜかニコニコしていた。
 自分だってジロジロみられているのに平気な顔をして。
 シトネって見られるのは好きじゃないとか言ってなかったか?
 いや、あれは俺が言ったんだっけ。

「というか、何でこんなに注目されてるんだ?」
「それはね~」
「君と悪魔の戦いを見ていたからだよ」

 シトネが言おうとしたことを、後ろからの声がかっさらっていく。
 振り向いた後ろには、グレンとセリカがいた。
 グレンが左腕をあげていう。

「おはよう、リンテンス。シトネさんも」
「ああ、おはよう」
「むぅ~ おはよう」

 自分のセリフを取られてか、シトネはちょっぴりむくれていた。
 申し訳なさそうにグレンが微笑む。
 セリカはいつもと変わらず静かにお辞儀をした。
 二人と会うのは戦いの直後以来だ。
 休校になってからは、グレンも家のことで忙しかったらしい。

「グレン、さっきの見てたっていうのは?」
「言葉通りだよ。あの壮絶な戦いを、学校のみんなは見ていたのさ」

 首を傾げる俺を見て、グレンはニヤリと笑う。

「この学校には至る所に監視用の魔道具が配置されていることは知っているよな?」
「ああ。トラブル防止のために映像を撮ってるんだろ」
「そうだ。その映像は、学校内の管理室でまとめられている」
「まさか……」
「そのまさかさ。あの戦いの映像もしっかり撮られていた。そしてその映像は、王都中に公開されているよ」
「お、王都中!?」

 おいおい冗談だろ?
 そんな話は一言も聞いていないぞ。
 
 俺はここではっと気づく。
 師匠が言っていた別の意味で忙しくなる、というのはそういう意味か。
 つまりこの件にも師匠がかかわっていると……

「何考えてるんだ? 師匠は……」
「誤解しているようだが、これを提案したのはアルフォース様ではないよ」
「え、違うのか?」

 グレンは頷き、意外な人物をあげる。

「ナベリウス校長だよ」
「校長先生が?」
「ああ。事情を知っているのは一部の貴族だけだ。学校を、王都を守ろうと戦う者がいることを、ここで暮らす者たちにも知ってほしい。校長先生がそうおっしゃっていたそうだよ」
「そう……だったのか」

 優しい理由だ。
 師匠とは大違いだな。
 そう言われたら納得してしまう。

「良いこと、なのかな」
「良いことに決まってるよ!」
「シトネ」
「リンテンス君のこと、みーんなが認めてくれたんだから」

 満面の笑みを見せるシトネ。
 彼女にそう言ってもらえると嬉しくて、俺も自然に表情が綻ぶ。
 
「それに注目されているのは君だけじゃない。僕らはシトネさん、あの日結界を張っていた四人のことも広まっている。強大な敵を前にして、最後まで諦めず学校を守ろうとしていたことを」
「あのねあのね! この間買い物にいったら、通りかかったおばさんに『ありがとう』って言ってもらえたんだよ!」

 シトネは嬉しそうに話す。
 自分は大したことをしていないと言っても、道行く人が彼女に何度も感謝を伝えたそうだ。
 身が竦む恐怖に耐えた彼女の雄志を、王都の人たちは認めていた。
 それが嬉しくて、彼女は上機嫌だったらしい。

「ちょっぴりだけど、私のことを認めてくれたってことだもん。これからも頑張ろうって思えるよ」
「そうか」

 嬉しそうな彼女を見て、恥ずかしがる自分が馬鹿らしく思えてきた。
 やれやれ、せっかくだ。
 しばらく続く熱気に当てられながら、英雄扱いを堪能しよう。

 それから二か月が過ぎ――
「明日から一か月の長期休暇に入る。慣れない学校生活で疲れも溜まっているだろう。皆、存分に休暇を楽しんでくれ」

 教室に集まった俺たちに向けて、担任の先生が清々しい笑顔でそう告げた。
 魔術学校では毎年、新学期から約三か月後に長期休暇を設けている。
 期間は一か月で、その間は簡単な課題が出されるのみで、他は何をしていても良い。
 遠く離れた地から来ている者にとっては、久々に故郷でゆっくりできるありがたい期間だ。

「休みって言われてもな~」
「僕は忙しいよ。この時期は特にね」
「そうなのか?」
「ああ。一応は貴族だから、食事会とか色々出席しないといけなくてね」
「なるほど」

 俺には必要なくなった行事だな。
 
「じゃあ休み中はあんまり自由もないのか?」
「ああ。残念ながらね」
「そうか。暇なら訓練相手を頼もうと思っていたんだけど」
「すまない。僕もぜひお願いしたいところだが、こればっかりはうるさくてね。次にちゃんと会えるのは、もしかすると休み明けになるかもしれないよ。セリカも含めて」
「そっか。無理するなよ」
「君のほうこそ」

 学校の校舎前でグレンとセリカと別れ、俺とシトネは屋敷への帰路へつく。

「シトネはどうするんだ? 休み中」
「どうって?」
「みんなみたいに故郷へ戻ったりとかだよ」
「あぁ~ 私はするつもりないかな。ほら、前にも話した通りだし」

 シトネは先祖返りだ。
 その影響で、村の大人たちからは偏見の目で見られていた。
 彼女の両親も含めて……
 後になって、良くないことを聞いてしまったと反省する。

「だからさ。もしリンテンス君が嫌じゃなかったら、休みの間も屋敷にいさせてほしいなって」
「嫌なわけないよ。俺もシトネがいないと寂しいから」
「本当?」
「ああ」
「えっへへ~ ありがとう、リンテンス君」

 シトネが嬉しそうに笑って、俺も笑い返す。
 しかし、とはいっても休みの間、俺には大してやることがない。
 あれだけの戦いがあった後で、やることがないなんて贅沢だとは思う。
 それでも仕方がない。
 師匠はずっと忙しくしていて、ほとんど屋敷へは戻っていない。
 何か手伝えることがないか聞いても――

「まだ大丈夫だよ。君はもうしばらく、学生らしく日々の生活を楽しみたまえ。青春は過ぎてしまうと取り戻せないぞ」

 とか意味深な発言だけ残して、関わらせてはくれなかった。
 師匠のことだから、何か企んでいるのだろうけど、お陰様で俺はずっと暇だ。
 悪魔の侵攻は止まっている。
 続いていた英雄扱いも、一月前くらいから落ち着いて、普段通りの日常がゆったりと過ぎていた。
 平和なことに文句を言う。
 やはり贅沢だと思いつつ、何かないかと探している。

 そんなことを考えていると、目の前は自分の屋敷だった。
 結局何も思いつかなくて、はぁと大きなため息を漏らして玄関を開ける。
 すると――

「ん?」
「何か落ちたね」
「ああ」

 玄関のポストから、一通の封筒がヒラリと床に落ちた。
 ゆっくり拾い上げて送り主を確認する。
 封筒の表面には、ギルド会館王都支部と書かれていた。

「ギルドからか」
「ギルドって冒険者の?」
「ああ」
「そっか。リンテンス君って冒険者としても活動してたんだよね」

 その通りだが、最近は全く顔を出していない。
 自分でも忘れかけていたことを、一通の封筒で思い出せられた。
 気になった俺は、さっそく中身を見てみることに。

「えーっと。リンリン様、この度は突然のご連絡失礼します……リンリン様?」
「え、あぁ……」

 シトネが目を丸くして俺を見つめる。
 そっちも忘れていたな。
 というか、忘れたままでいたかったよ。

「リンリンってリンテンス君のこと?」
「ああ。正体がバレないようにって、師匠が勝手に登録した偽名」
「そういうこと! ビックリした~ リンテンス君らしくない名前だから」
「俺もそう思うよ」

 ため息をつく。
 師匠のネーミングセンスには困ったものだ。
 加えてあの衣装……また思い出したくないことを思い出した。

「続きはなんて書いてあるの?」
「ん? ああ、えっと……」

 手紙の内容を簡単にまとめる。
 長々と丁寧な文章が並んでいたが、端的に言えば、俺宛の依頼が大量に溜まっている。
 そろそろ受注するか破棄するか決めてほしい。
 という感じのことが書かれていた。

「現状で百を超えました……そんなに溜まってるのか」
「凄いね! リンテンス君はギルドでも大人気なんだ!」

 それにしても溜まり過ぎでは?
 確かに半年以上放置してるけどさ。
 というかギルド側で断ってくれても良いと思うんだけど。

「やれやれだな」
「どうするの?」
「どうせ暇だし、久しぶりにギルドへ顔を出すよ。エメロード家からの援助もなくなったし、そろそろ資金調達も必要だからな」
「私も一緒に行ってもいいかな?」
「え、手伝ってくれるのか?」
「うん! 迷惑じゃなければだけど」
「もちろん良いよ。むしろありがたい」

 ということで、休み期間中にやることは決まった。
 シトネも一緒なら、昔より楽しくなりそうだ。
 
 そして後になってから気付く。
 ギルドに行くということは、あの格好を披露しなければいけないという事実に……
 長期休暇に入って一日目。
 俺とシトネはギルド会館に向っていた。
 冒険者たちの寄り合い処であり、雇い主である冒険者ギルド。
 その場所は、王都郊外の民家が立ち並ぶ先にある。
 一見して王都とは思えないような光景に挟まれながら、俺とシトネは道を歩く。

「ねぇリンテンス君、私の格好……変じゃないかな?」
「大丈夫だ」
「本当かな?」
「ああ。俺のほうがよっぽど変だからな」

 風景に似合わない格好の二人。
 一人はウサギの仮面に赤いフードつきの服を着ていて、もう一人はすっぽりと顔を覆うように被った白いフードから、可愛らしい耳がとび出ている。
 ぱっと見は、どこかの仮装パーティーにでも向かっているようだが、残念ながら目的地はギルド会館だ。

「はぁ……憂鬱だ」
「そんな顏しないで! ほら、私だって同じ格好だよ」
 
 シトネが両腕を開いて俺に見せつける。
 確かに俺と色違いの服を着ていて、仮面こそしていないが元々の尻尾と耳が重なって違和感はある。
 でも……

「いや、シトネは普通に可愛いで片付くからいいだろ」
「か、可愛い?」
「ああ」

 それに比べて俺は……男でリンリンという名前だけでも変なのに、この余計な装飾を施した仮面の所為で怪しさ倍増だよ。
 かといって今さら変えられないし。

「可愛いか~ えへへ~」
「シトネ?」
「あっ、ううん! 何でもないよ。それより結構遠いんだね? ギルド会館って」
「そうだな。王国とは依頼を取り合ってる関係上、あまり中心部に近づけられない背景があるんだよ」
「へぇ~ 私、ギルド会館は初めてなんだ」
「普通の建物だから。変に期待しないほうがいいぞ」

 そうこうしている内に、ギルド会館が見えてきた。
 半年ぶりになると、多少の懐かしさを感じる。
 平たい木造建築に、荒っぽい男たちが出入りしていた。
 扉を開けるとカランカランというベルの音が鳴り、近くの人たちの視線が向く。

「ここがギルド会館かぁ」
「な? 普通だろ」
「そうだね。でも思ったより広いかな」

 シトネがぐるりとその場で回り、会館の中を見回した。
 正面の受付にはお姉さんが座っていて、俺たちに気付く。

「リンリン様! お久しぶりです」
「え? リンリン?」
「ホントだ久しぶりに見たな」
 
 受付嬢が俺の偽名を口にした途端、会館にいた冒険者たちの視線が一斉に集まっていた。

「おいおい、何か女つれてねぇか?」
「だよな。見かけねぇと思ったら、女と遊んでたってだけかよ」
「桃色が加わって七色の雷術師が八色の雷術師になっちまったってか?」

 下品な笑い声が聞こえて出して、ざわざわと様々な発言が飛び交う。
 言いたい放題のオンパレードだが、ギルド会館ではこれが普通だ。
 むしろ懐かしさにホッとするくらいだよ。

「七色の?」
「ん? ああ、冒険者としての俺の二つ名だよ」
「二つ名なんてあるの? 凄いねリンテ――リンリン!」
「ぅ……シトネにそう呼ばれると歯がゆいな」

 その後は、受付嬢に話をして、溜まっている依頼を見せてもらうことにした。
 数が多いから、全部を持ってくるまで時間がかかるらしい。
 しばらく待っていてほしいとお願いされた俺たちは、情報交換などに使われるスペースへ行き、空いている席を探した。

「すっごく見られてるね」
「……なんか前より注目されてる気がする」

 悪魔との戦い効果はリンリンには関係ないはずだが……
 すると――

「そりゃーそうっすよ! 半年間音信不通だったら誰でも驚くに決まってるじゃないっすか?」
「その声は――」

 懐かしい声に振り向く。
 後ろに立っていたのは、褐色肌と茶色い短髪の少女だった。

「やっぱりエルか!」
「久しぶりっすね! お兄さん」
 
 エルはニコリと笑いながら、右手で敬礼をポーズをした。
 相変わらず露出の多い服に地味なマントというアンバランスな格好をしている。
 
「久しぶりだなエル。元気にしてたか?」
「見ての通りピンピンしてるっすよ。そっちこそ全く連絡も寄こさないから……どれだけエルが心配したと思ってるっすか?」
「悪かったよ。いろいろ忙しくてさ」
「ねぇリンテ、じゃなくてリンリン。この人は?」

 俺とエルの会話に、シトネがひょこっと入り込む。
 
「ああ、紹介するよ。彼女は情報屋のエルだ」
「どうもっす!」
「情報屋?」

 情報屋は、文字通り情報を集め売り買いする人。
 モンスターの出現ポイントや、ギルド会館が提示する前の依頼についての情報など。
 冒険者に限らず様々な情報を持っている。
 エルもそのうちの一人で、冒険者として活動していた頃の俺をサポートしてくれていた。

「そうだったんだ! 初めましてエルちゃん! 私はシトネです」
「シトネさんっすね! ちなみにお兄さんとはどういう関係なんすか?」
「えっ、関係?」

 唐突な質問に戸惑うシトネ。
 正体を隠しているのに、馬鹿正直に学校の話は出来ないとか考えているのだろう。

「そ、それは内緒かな~」
「ふぅ~ん、そっすか。というかお兄さんは何してたんですか? エルのことほったらかしにして」

 シトネのごまかしに何かを感じ取ったのか。
 エルは話題を変え、俺に話しかけてきた。

「いや、だから色々あったんだって」
「ひどいっすよ~ エルの唇まで奪っておいて放置するなんてっ」
「えっ?」
「ちょっ……」

 動揺する俺と固まるシトネ。
 ニタっと笑うエルに、俺は慌てて言う。

「何言ってんだよ! あれは不可抗力だろ?」
「でも事実じゃないっすか~」
「そ、そうだけど――うっ!」

 背中に走る痛み。
 シトネが俺の背中の皮膚をつねっていることに気付く。
 表情は言うまでもなく……とても怖い。

「あとで詳しく聞かせてほしいな~」
「わ、わかった」
 エルとの出会いは唐突なものだった。
 今の話ではなく、昔のお話。
 冒険者になって三か月ほど経ったころから、俺の名前は密かに囁かれるようになっていた。
 数か月前に冒険者となった男が、ありえない勢いで依頼をこなしている。
 そんな噂が自分の耳にも入り込んできた頃だと思う。

「お兄さんを調査してほしいって依頼がエルの所にきたんすよ。そんで尾行したり身辺調査したりしてたんすけど、これがまた大変で」

 やれやれというジェスチャーをするエル。
 彼女が俺の周りを付け回っているのは気付いていた。
 とは言え、色々と知られてはまずいわけで、あえて危険な場所へ行ったりとか。
 間接的に諦めてくれるよう行動した。
 それでも彼女は諦めず、依頼をこなすため俺についてきた。
 そんな折、彼女がモンスターに襲われてしまった。

「そこをお兄さんが颯爽と助けてくれたんすよ!」
「ストーカーされてたのに?」
「いや、気づいたら助けてて……」
「ふぅん、まぁリンテンス君ならそうするだろうと思うけどさ」
「お人よしっすからね~」

 うんうん。
 と、二人そろって頷いている。
 なんでそこは息があうのか……

「えーっと、それで助けた後はどうしたの?」
「直接話を聞いて、教えても良いことだけ伝えたよ。その代わり、もう俺を付け回さないよう約束してもらった」
「それをきっかけにして何度か仕事で関わるようになって、仲良くなったんすよ」
「そっか~ で、いつキスしたの?」
「うっ」
「助けられたときっすね」

 話題を逸らせてたと思ったのに。
 シトネはじとっと俺を見つめてくる。

「だから誤解なんだって! 助けようとしたときにエルが倒れ込んできて、咄嗟に受け止めたらその……」
「キスしちゃったの?」
「……はい」

 って何で俺、シトネに責められてるんだろう。
 何だか謝らなきゃって衝動にかられて謝ってるけど、自分でもよくわからないな。

「わ、わかってもらえた?」
「……うん。不可抗力なら仕方がないね」

 ようやく理解してくれたようだ。
 俺はほっとしてため息をもらす。
 表情は、まだ言いたいことがありそうな感じだけど。
 
「終わったっすか?」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「あっはは~ まぁ良いじゃないっすか! 改めて、情報屋のエルっす! シトネさんとはこれから長い付き合いになりそうっすから、よろしくっすよ」
「そうだね。こちらこそよろしく」

 バチバチバチ。
 二人の視線で火花が散っているように見えるのは、たぶん気のせいじゃないと思う。

「な、なぁエル。いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「何すか?」
「前より見られてる気がするんだが、俺がいない間に何かあったのか?」
「それはあれっすよ。お兄さんが突然いなくなったから、どこかで死んだんじゃないかーって噂が流れてたっすね」
「そういうこと」

 生きてたのか、みたいな驚きで注目されていたのか。
 一つこれで疑問が解けた。

「他には特になかったか?」
「何もないっすよ。いつもと変わらず騒がしいだけっすね」
「はははっ、それなら良かった」

 悪魔の影響がここにも及んでいないか心配だったけど、どうやらいらぬ心配だったようだ。
 これで確認事項は終わった。
 続けて本題に入るとしよう。
 実は今日、最初からエルを探そうと思っていたんだ。

「エル、久しぶりで悪いんだけど、さっそく依頼を頼めないか?」
「おっ! いいっすよ~ お兄さんの依頼なら、たとえ火の中水の中っす」
「頼もしいね。じゃあ、探してほしい人がいるんだ。もしくはその人の情報でも構わない」
「誰っすか? 冒険者? それとも貴族?」

 俺は首を横に振る。

「探してほしいのは、消息不明の聖域者アリスト・ロバーンデックだ」
「聖域者っすか!?」
「ああ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「リンテンス、一つ頼みごとがあるのだけど、いいかな?」
「何ですか?」
「人探しをしてほしいんだよ」
「人探しですか。ちなみに誰です?」
「アリスト・ロバーンデック」

 名前を聞いた途端、俺はびくっと反応する。

「聖域者じゃないですか!」

 それも数年前から失踪中っていう。

「そう。彼を見つけ出して協力を仰いでほしいんだ」
「悪魔との戦いに備えてですか?」
「そう。今後は現存する聖域者全員の協力が必要になってくる。もう一人の方は僕が何とかするから、彼は頼むよ」
「いいですけど、それなら師匠が会ったほうがいいんじゃないですか? 同じ聖域者同士なら話も早いでしょう」

 そもそも生きている前提の話だが……
 師匠が探せというなら、間違いなく生きてはいるのだろう。

「いや~ 実は僕と彼が仲がちょこーっと良くないんだ。主張が合わないというかね~ たぶん僕の話は聞いてくれないと思うんだよ」
「ああ、なるほど」

 この言い方は、ちょっととかいうレベルでなく嫌われてるな。
 
「まぁだから話すときも、僕の弟子だとは言わないでね?」
「了解しました。でも場所のヒントくらいありませんか? さすがに情報なしで探すのはきついですよ」
「う~ん、実は何もないんだ!」

 清々しい笑顔で師匠は言った。
 これは嫌われている以前に、一番面倒だから俺に押し付けたな。
 聖域者アリスト・ロバーンデック。
 太陽の騎士アベル・レイズマンと同じく騎士の家系に生まれ、持ちえた加護から彼と対を成すように【夜の騎士】と呼ばれていた。
 数年前に突如消息不明となり、王国が総力を挙げて捜索したが発見には至っておらず、一部からは死亡したのではないかと噂されている。

 師匠との会話を思い出しながら、俺はエルにもう一度言う。

「頼めるか? エル」
「良いっすけど、見つけられる保証はないっすよ?」
「それでも構わないよ。些細なことでも良いから情報がほしいんだ」
「了解っす!」

 エルは右手をピンと伸ばしておでこにあて、敬礼のポーズで答えた。

「でも急にどうしたんすか? お兄さんが依頼に関係ないこと調べてほしいなんて初めてじゃないっすか」
「まぁ色々とあったんだよ」
「色々っすか。それってもしかして、この間戦ってたヤバイ奴と関係してるんすか?」

 一気に仕事の目になるエル。
 さすがに詳しいな。
 いや、映像は王都中に公開されたというし、知っていても不思議じゃないか。

「ああ。近いうちに大きな戦いが起こる。それも人類史を揺るがしかねない戦いだ。俺たちはそれに備えて動てるんだよ」
「なるほどなるほど。中々壮大な思惑が隠されてそうっすね」
「そうだよ。今の情報を依頼の前料金にしていいか?」
「良いっすよ。お兄さんだけ特別っす」
「ありがとう、助かるよ」
「仕事っすからね。任せてほしいっすよ」

 エルはニコニコ笑いながら上機嫌だ。
 それとは対照的に、俺の隣で座っているシトネは不機嫌。
 フードで顔は隠れていても、隙間から不機嫌なオーラが駄々もれ状態になっていた。

「し、シトネ?」
「何かな?」
「いや、何かごめんな。話してばかりでその……」
「別に良いよ。アルフォース様からのお願いでしょ? 大事なお仕事の話だから、ちゃんとするのは当然だと思うし」
「そ、そうか」

 わかってくれている……のだろうか。
 表情というか雰囲気からは、全然そんな感じはしないのだが……

「そ、それじゃそろそろ依頼をこなしていくか」
「エルもお仕事に戻るっすよ。他にも受けてる依頼があるっすからね」
「ああ、その前にこれだけ渡しておくよ」

 俺は懐から簡素な腕輪を取り出し、エルに手渡す。

「何すかこれ」
「師匠から貰った魔道具。何かあったらそれを切ってくれ。すぐ俺に伝わるようになってるから」
「これを切ったらいつでもお兄さんが来てくれるんすか!?」
「そうだけど、何もないのに使わないでくれよ? それ使い切りだから」
「えぇ~ せっかく呼び出し放題だと思ったのに」

 呼び出し放題って……
 俺は呆れたため息をこぼして言う。

「どこに危険があるかわからない。危ないと思ったらすぐに使ってくれ。必ず駆けつけるから」
「お兄さん……エルのこと心配してくれるんすね?」
「当たり前だろ」
「えっへへ~ そう言ってくれるのはお兄さんだけっすよ」

 エルは嬉しそうに笑う。
 何だか笑い方が、時折見せるシトネのそれと似ている気がした。

「了解っす! じゃあまた会いに行くっすからね!」
「ああ、気を付けてな」
「お兄さんも! ついでにシトネさんも」
「ついで!?」

 最後に一言余計なものを残して、元気いっぱいにかけていくエル。
 二人は相性良いと思ってたんだけどな。
 どうやら思った以上に抜群らしい。
 もちろん、悪い意味で。

 その後は、シトネと二人で依頼の仕分けをした。
 百件以上ある依頼をすべて受けることは正直難しい。
 そもそも古くて間に合わない内容のものもあるし、可能な限り減らしていこうと思う。

「二か月以内の依頼と、内容的に今でも間に合いそうなもの、あとは全部ギルドへ返却しよう」
「うん」

 テーブルの上にはずらっと依頼書が並んでいる。
 それを一枚ずつ確認していく作業は、中々大変で疲れる。
 作業の途中で、シトネが依頼書を両手に一枚ずつ持ちながら言う。

「何だかほとんど討伐とか駆除の依頼だね。それも強そうな名前ばっかりだよ」
「それはそうだろ。個人を指定して出される依頼なんて、他に受けさせられないものばかりだからな」
「ふぅ~ん。冒険者でもリンテンス君は有名人なんだね」
「一応な。それと名前」
「あっ、ごめん。気を抜くとつい……リンリン君」

 言わせておいて失礼だけど、その名前で呼ばれるのはやっぱり抵抗感がある。
 早くギルド会館を出て、人目の少ない所へ行きたいものだ。

「どうせなら、もっとわかりやすい名前にすればよかったな。変に似てるのが余計ややこしい」
「そうだね。途中までは一緒だし……あっ! だったら『リン君』って呼ぶのはダメかな? これならどっちの時でも大丈夫だよ?」
「リン君……か。愛称っていうのか、そういうのって。シトネが呼びやすいならそれでもいいよ」
「うん! じゃあリン君って呼ぶね!」
「お、おう」

 何だろう。
 良いとは言ったのに、いざ呼ばれると歯がゆいというか。
 無性に恥ずかしいと感じてしまう。
 これは慣れるまでしばらく時間がかかりそうだ。
 一先ずは、シトネが嬉しそうで良かったと思う。
 依頼の仕分けに一時間を使い、一〇五件溜まっていた依頼を三十八件に減らすことが出来た。
 出来たというか、放置していて申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが。
 一先ず受けるものを決め、さっそく出発することに。

「今日は時間も押してるし、受けれて二件だな」
「それも近場じゃないと無理だよね」
「ああ。この中で近いのはー……」

 セイルキメラの討伐。
 グレータークロコダイルの討伐。

「この二件かな」
「どっちも強そうな名前だね」
「強いよ。あと個体数も少ないし、素材は貴重だから高く売れる」
「そうなんだ? じゃあ頑張らないとね!」
「おう」

 シトネにとっては修行相手にも良いだろう。
 来たるべき戦いに備えて、彼女にも強くなっていてもらわないと困る。
 もしも俺が間に合わない時、自分の身は自分で守れるように。

「よし。じゃあ行こうか」
「うん! リン君!」

 その呼び名は、やっぱり少し恥ずかしいな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 依頼一件目。
 セイルキメラの討伐。
 指定されたエリアは、王都を出て西にある巨大な森の奥。
 様々な薬草の採取で重宝しているエリアに、危険なモンスターが生息しているという情報を得てギルドが調査。
 極めて凶暴なモンスターであるセイルキメラの成体が発見された。
 該当モンスターが討伐されるまで、指定されたエリアは立ち入り禁止とする。

「シトネはセイルキメラを知っているか?」
「本で読んだくらいだよ。そもそもキメラが初めて」
「そうか。そうだよな」
「リン君は初めてじゃなさそうだね」
「まぁな。五年も冒険者やってると、いろんな依頼を受けるんだよ」

 師匠に言われて始めた冒険者の仕事だけど、これが案外面白かった。
 いろんな場所にいけたり、見たことのない景色を見れたり、知らないモンスターと戦える経験も大きかっただろう。
 いつでもやめて言いと師匠に言われていながら、五年も続けられたのは、大変さの中に楽しさがあったからだと思う。
 そういう思い出を浮かべて、内心では一人ワクワクしている自分がいる。

「ふぅ~ん。でもキメラって個体数も少ないんだよね? そんなのがどうしてここにいるのかな?」
「あー、それはたぶん、王都の周囲が昔からモンスターの多いエリアだからだと思う」
「えっ、そうだったの!?」

 シトネは大げさな反応を見せた。
 知らなかったのかと、俺のほうが驚く。

「王都は元々、モンスターを討伐、研究するための施設だったんだよ。そこを増強、増築している内に街になっていったんだ」

 元々、王都は別の場所にあった。
 そこが人口の増加と経年劣化で脆くなり、他国との戦争の被害も受けていたことで、別の場所へ移動することになったんだ。
 当時、どこも危険がいっぱいだったわけだが、この地はモンスターこそ多いもの、徹底的に管理された街と設備のお陰で、逆に安全なエリアになりつつあった。
 協議の末、この地に王城を建て直し、王都の街とする計画が進められ現在に至る。

「へぇ~ そうだったんだね」
「割と有名な話なんだけどな」
「うぅ……だって私、ずっと村から出てなかったから……それに興味もなかったし」
「それ二つ目が本音だろ」

 シトネは誤魔化す様に笑いながら小さく頷く。
 魔術学校への入学を目指すなら、その辺りも知っておいた方が良かっただろうに。
 筆記試験で王都の歴史が出なくてよかったなと思うよ。

「さて、そろそろエリアに入る」
「そうだね! 気を引き締めるよ」

 森の雰囲気が変わっていく。
 葉の緑が濃くなり、木々や草の量が増えている。
 視界が悪く、何かが動く音が頻回に聞こえて、警戒を怠るような余裕もない。
 森の恐ろしさは、この閉ざされた視界と様々な生物がいるという点だ。
 キメラだけが危険なわけじゃない。
 その辺りにいる虫だって、中には猛毒を持つものもいる。

「リン君! あれって」
「爪痕だな」

 道中、大きな岩を抉るような爪痕が残されていた。
 間違いなくキメラのものだろう。
 キメラに限った話ではないが、モンスターは自分の縄張りを主張する際、こうした痕跡を残すことがある。

「要するにここはもう、キメラの縄張りだよってことだね」
「そうなるな」

 いつ襲われてもおかしくない。
 俺とシトネは最善の注意を払い、他に痕跡がないか探る。
 その後に足跡、尻尾をすった跡などを見つけ、慎重に辿っていく。
 そうしてたどり着いたのは、一つの大きな洞穴だった。

「ぅ……臭い」

 シトネが鼻を塞ぐ。
 洞穴から吹き抜ける獣臭が鼻にツーンとくる。
 キメラ特有の複数の悪臭が混ざり合った匂いだ。

「ここが巣穴で間違いなさそうだな」
「どうする? 出てくるまで待つ?」
「いいや。どうせ中にはキメラしかいないだろうし――」

 先制攻撃を仕掛けるのが一番手っ取り早い。
 俺は右腕を前にかざし、大きく手のひらを開く。

「色源雷術――赤雷!」

 赤い稲妻を放つ。
 稲妻はかけぬけ、洞穴の奥で何かに当たる。
 そして、ドゴーンという破壊音の直後、洞穴の上部分がひび割れる。

「下がれ!」

 俺とシトネが後退する。
 跳び出してきたセイルキメラが、ギロっとこちらを睨んでいた。
 セイルキメラ。
 顔は銀色の毛並みをもつ虎。
 胴体と前足はライオン、後ろ脚はラクダであり、尻尾は硬い鱗に覆われていて先には蛇の頭がある。
 背から生える大きな羽は、コウモリの羽を巨大化させたもの。
 統一性のない見た目から察する通り、自然発生したモンスターではない。
 少なくても当初は。
 
 キメラとは合成獣のことで、とある実験の副産物として生まれたのが始まりだ。
 元々は使役可能なモンスターを誕生させる予定だったが、その途中でとんでもない怪物が誕生し、研究は中断された。
 様々な動物やモンスターの特性を併せ持つキメラ。
 そのオリジナルは五体で、内二体はすぐに討伐されたが、三体は逃げ延びてしまう。
 逃げ延びたキメラは独自の方法で繁殖を続け、現在確認されている個体は、オリジナルから繁殖した子供たちである。
 セイルという種類は、中でも動物のみを合成して誕生したキメラだ。
 それが今、ちょうど目の前にいる。

「来るぞ!」
「うん!」

 洞穴の上を突き破って現れたセイルキメラが、俺たちに向って跳びかかって来る。
 俺たちは後方へ跳んで回避する。
 ライオンの強靭な前足で獲物を狩るように、地面を豪快に抉っていく。

「凄い迫力だね」
「ああ」

 見た目の不気味さに加えて、森の木々を突き抜ける程の大きさだ。
 他のモンスターとは違った恐ろしさがる。
 にも関わらず、シトネは落ち着いているみたいだ。

「いけるか? シトネ」
「もっちろん! このくらい悪魔に比べたらどうってことないもん!」
「はははっ、確かにそうだな」

 あの恐怖を、戦いを誰よりも近くで体験した彼女にとって、キメラの威嚇など犬が吠えている程度にしか感じない。
 悪魔と関わったことは、彼女にとって悪いことだけじゃなかったようだ。

「よし! じゃあ――!」

 虎の頭が大きく口をあけている。
 収束する魔力は熱を放ち、業火となって襲い掛かる。

「ブレスか!」
「私に任せて!」

 俺よりもはやくシトネが術式を展開している。
 生成されたのは光の壁。
 攻撃を反射する『リフレクション』という結界の応用で、一枚の壁に力を凝縮して強度を高めている。
 シトネはそれを、斜め上に向けるよう展開した。

 放たれる炎のブレス。
 光の壁にぶつかり、そのまま上へと反射される。

「これなら下の森は燃えないでしょ?」
「なるほど」

 それで自分がやると言い出したのか。
 俺は赤雷をぶつけて相殺しようと考えていたけど、それだと炎が森に燃えうつる。
 咄嗟の思考で俺より速いなんて、少し悔しいな。

 シトネはそのまま光の壁と同質の足場を形成。
 そこに乗ることで空中からキメラを見下ろす。
 俺も黄雷と蒼雷の合わせ技を使い、空中を浮遊する。
 この技術は、憑依装着で未来の力を体験したお陰で出来るようになったことの一つだ。

「セイルキメラは地上を駆ける方が速い。羽はあるけど、長時間の飛行は出来ないし、何より遅い」
「じゃあこっちは空中から攻めたほうがいいよね」
「ああ、ただ気を付けてくれ。飛べないわけじゃないし、ジャンプ力と瞬発力は高いから」
「了解!」

 シトネは足場をキメラ上空に複数生成し、自身は腰の刀を抜く。
 キメラ相手に接近戦を挑むつもりらしい。
 
 なら俺は援護に回ろう。
 色源雷術藍雷――弓。

 生成した藍色の弓で矢を連射する。
 キメラはそれを尻尾のうねりで弾き飛ばす。
 シトネはその隙に接近し、死角となる首元を後ろから狙う。

「後ろだシトネ!」

 キメラの背部は死角ではない。
 後ろの尻尾にある蛇の頭にも目がついていて、視覚情報は共有されている。
 斬りかかろうとしたシトネに、キメラの尾が迫る。

「っと危ない!」

 間一髪回避し離れるシトネ。

「大丈夫か?」
「うん平気だよ。ちょっと近づきすぎたかな」
「いや、悪くないと思う。尾は俺が抑えるから、今後は同時行こうか」
「うん!」

 藍雷を弓から二刀へ変化。
 シトネの足場もかりつつ、今度は俺が尾を、シトネが首を狙う。
 蛇がシトネを見えないよう、俺が間に入って死角となる。
 そのまま尾へ斬りかかるが、蛇の鱗は硬く、一撃ではダメージを与えられなかった。
 
「今だ!」

 だがそれでいい。
 狙いは俺ではなく、シトネだ。
 彼女は背後ではなく、ぐるっと回ってキメラの腹部から首を狙っていた。

「旋光!」

 光る斬撃が飛ぶ。
 シトネの術式旋光は、光の斬撃を飛ばす技だ。
 その威力は、日々の鍛錬によって強くなっている。

「――浅い」

 それでもキメラの肉は硬く、斬撃を受けても落とすまでには至らなかった。
 キメラは暴れ出し、俺とシトネは離れる。
 その直後、キメラが後ろ脚に力を溜めていることに気付く。

「リン君!」
「ああ! 逃がす前に斬るぞ!」

 狙うは後ろ脚。
 ラクダの脚は強靭な脚力をもっているが、尻尾や首よりは脆い。

「藍雷一刀――」

 二刀を合わせ大きな一刀へ。
 そのまま豪快に振り抜き、キメラの両後ろ足を切断した。
 逃げようとして失敗したキメラは倒れ込み、隙が生まれる。
 その隙をシトネがつく。
 切っ先を喉元へ向け、突きの構えから繰り出されるそれは、旋光よりも速く鋭い一刺し。

「極光!」

 一筋の光がキメラの喉を突き抜ける。