グレゴアが逝き、二人の悪魔が消滅した。
 俺は上空から見下ろして、師匠の無事を確認する。
 地上で手を振っている様子は、いつも通りの師匠で安心した。

「お疲れ様、リンテンス」
「師匠こそお疲れさまでした」
「はっはっはっ、僕はそんなに疲れていないよ。むしろ結界を維持してくれていた彼らのほうがお疲れなんじゃないかな?」
「そうですね」

 学校を守っていた結界が消える。
 戦いが終わったことを悟り、四人がこちらへ集まってきた。

「リンテンス君!」
「シトネ。みんなも」

 シトネ、グレン、セリカ。
 そして兄さんの姿がそこにはあった。
 
「勝ったんだな、リンテンス」
「ああ」
「お見事でした。リンテンス様」
「ありがとうセリカさん。みんなも学校を守ってくれてありがとう。お陰で間に合ったよ」
「ぅ……リンテンス君」
「シトネ?」

 瞳を潤ませたシトネが、俺の胸に飛び込んでくる。
 頬が俺の胸に触れた途端、彼女の瞳に溜まっていた涙が、滝のように流れだす。

「良かった……良かったよぉ」
「シトネも無事で良かった」

 一番怖い思いをしたのは彼女だろう。
 目の前に悪魔が迫って、ギリギリまで俺のことを信じてくれていた。
 あの時、シトネが俺のことを呼んでくれた気がして、俺の身体は応えてくれたよ。
 
 泣き崩れるシトネを抱き寄せながら、互いの無事を確かめ合う。
 壮絶な戦いが終わり、心からホッとしている。
 ふと、兄さんと目が合った。

「リンテンス」
「兄さん」

 そうだ。
 兄さんと話したいことがたくさんあったんだ。

「あのさ――ぅ!」
「リンテンス?」
「リンテンス君!?」

 胸を締め付けられるような強い痛みが襲う。
 苦しさに胸を押さえ、両ひざをついてうずくまる。
 今までに感じたことのない強い痛みに、俺の頭はパニック状態に陥っていた。

「どうしたの? リンテンス君!」
「ぐっう……」
「憑依装着の反動が来たようだね」
「アルフォース様?」
「大丈夫だから。リンテンスを屋敷に運ぶよ」

 最後に聞こえてたのは、師匠の声だった。
 そうして意識を失っていく。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ピタッ――
 額の冷たさを感じて、俺は目覚める。

「ぅ……シトネ?」
「やっと起きたんだね。リンテンス君」

 ニコリと微笑むシトネの顔が、とても近くにあった。
 額には冷たいタオルが当てられている。
 シトネが取り替えてくれている最中だったようだ。

「おはよう」
「うん! もう夜だけどね」

 窓の外は真っ暗だ。
 戦いが終わってからの記憶が曖昧で、彼女にぼんやりと尋ねる。

「どのくらい寝てたんだ?」
「五時間くらいだよ。あの後倒れちゃって、アルフォース様とここまで運んだんだ」
「そうか……」

 おぼろげな記憶を辿って思い出す。
 そういえば、憑依装着の反動とか師匠が言っていたな。

「ふっ。未来の力を今の自分が使ったんだから、当然だよな」
「アルフォース様もそう言っていたよ。修行の直後だったことも理由だって」
「そっか。そういえば師匠は?」
「アルフォース様は学校に残ってる。色々やることがあって大変なんだぁって言ってた」
「はっはは、嫌々やってそうだな」

 師匠はこの件に大きく関わっていたようだし、校長に問い詰められてるのかもしれないな。
 というか、明らかに手を抜いて戦ってたし、何か企んでたのかも。
 後で師匠に直接聞いてみるか。

「みんなはさっきまでいたんだけど、もう遅いからって帰ったよ」
「そうかのか」

 じゃあ兄さんも帰ってしまったのか。
 色々と話したいことがたくさんあったのに、残念だな。

「大丈夫」
「え?」

 と思っていたら、シトネが笑顔でそう言った。
 すると、トントンと扉をたたく音が聞こえる。
 シトネがはいと答えると、扉を開けて入ってきたのは――

「兄さん?」
「目が覚めたのか」
「どうして兄さんが?」
「なに、お前とは一度話したいと思っていたからな」
「えへへ~ リンテンス君も同じこと言ってたから、待っててもらったの」

 そう言ってシトネが椅子を用意する。
 ベッドで座る俺の前に、兄さんが座った。

「身体の調子はどうだ?」
「大丈夫。ただの反動だから、怪我はしてないよ」
「そうか。悪魔を倒したのだな」
「うん、何とかね」

 俺と兄さんの会話を、シトネは横で聞いている。
 ずっと話したいと思っていた。
 兄さんが今までどうしていたのか、何を思っていたのか知りたくて。
 でも、いざ目の前にすると、何だか緊張して言葉が上手く出ない。

「あのさ、兄さん……家のほうは大丈夫なの?」
「ん? ああ、父上なら荒れているよ。お前の予想通りにな」
「そ、そうですよね……ごめんなさい」
「なぜ謝る? お前は何も悪くないだろう?」
「でも兄さんに迷惑がかかってるんじゃ」
「俺の置かれている状況は何も変わっていないよ。元々あの人たちは、俺に期待していたわけじゃないからな」

 お前もわかっているだろう?
 と兄さんは言った。
 俺も兄さんも、あの人たちがどういう考えで言葉や態度を取り繕っているのか知っている。
 それでも俺には、兄さんに申し訳ないという気持ちはあって……

「リンテンス。強くなったな」

 そんな思いは、兄さんの言葉で吹き飛んでしまった。
 優しい兄さんの表情が、幼かったあの頃を思い出させる。
 ただの兄弟だった頃が、自分たちにもあったのだと、教えてくれるように。

「兄さん……俺、兄さんとまた……昔みたいに話したかった」
「ああ、俺もだ。お互い随分と、辛い思いをしてきたな」

 あふれ出る涙と言葉は全て本物で、隠しきれない感情の表れだった。
 戦いが終わり、一つの関係が終わる。
 もう、後ろめたさは感じない。