「ふっふふっふ~ん」

 陽気なステップで街を歩く魔術師の男性。
 白いローブと薄紫色の髪は、見かける人すべての目をひく。
 いや、容姿だけが理由ではない。
 彼が持つ称号と名誉、その伝説を知っているからこそ、皆が足を止めて魅入る。

 そうして向かったのは、エメロード家本宅。
 彼は躊躇なく敷地内に足を踏み入れ、無造作に扉を叩く。

「こんにちはー」
「どちら様で――あ、あなたは!」
「どうもどうも。突然の訪問をお許しください。この屋敷の主はお見えになられますか?」
「は、はい!」

 対応した使用人は慌てふためいている。
 ニコニコと冷静に待つ魔術師。

「お待たせいたしました」

 その後、急ぎ足で姿を現したのは、エメロード家の現当主ガーベルト・エメロード。
 由緒正しき魔術師の名門、エメロード家の当主である彼ですら、その魔術師の来訪には驚き慌てていた。

「なぜ貴方様がここへ? 何か重要な要件が?」
「いえいえ、単なる興味の範疇ですよ。神童がいるという噂を耳にしまして」

 ガーベルトがピクリと反応する。
 表情に出ないギリギリの躊躇を、眉を引くつかせることで見せる。

「一目見ておきたいと思ったのですが、その子はどちらに?」
「いえ……その……リンテンスは……」
「おや? 何やら事情がありそうですね」

 ガーベルトは魔術師に事情を話した。
 すでに知れ渡っている情報であり、隠すだけ無駄である。
 羞恥に耐えながら、偉大なる者に伝え聞かせる。

「なるほど、そういう事情があったのですか」
「……申し訳ありません」
「何を謝る必要があるのです。それで、当の本人はここにはいないのですか?」
「はい。今は別宅に」
「ほうほう。差し支えなければ、別宅の場所を教えて頂けませんか?」
「え、はい。構いませんが……まさかお会いになられるつもりで?」
「ええ、俄然興味が湧いたので」

 魔術師は面白がって笑う。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 魔術師なら誰もが目指す頂き――聖域者。
 父上はそこに手をかけ、あと一歩のところで届かなかった。
 その無念は後悔となって、今でも残っている。

 一人になってようやくわかった。
 父上は俺を愛していたわけじゃない。
 あの人が愛していたのは、俺が持っていた才能だ。
 自分では成しえなかった場所に手が届くかもしれない才能。
 それをもって生まれ、あの人は期待して、かつての自分を重ねたんだ。
 今度こそ、頂きに届かせるために。
 金を使った。
 時間をさいた。
 あらゆる手段を尽くして、俺を成長させようとした。

 そうして俺は、全てを失った。
 今の俺は、中身のなくなった器に過ぎない。
 空っぽの人形なんて、父上にとっては人ですらない。
 ぞんざいに扱われ、別荘へ追いやられるのも、今の俺には何の価値もないからだ。

 俺はベッドで横になりながら、無気力に呟く。

「このまま……消えちゃいたいなぁ」
「それは残念だな~ 消えた所で何も起こらないよ?」
「へ……なっ!」

 ベッドの横に見知らぬ男性が立っている。
 ニコッと微笑み俺を見つめている。
 突然のことで驚き、飛び上がった俺は距離を取る。

「おぉ~ 速いね」
「あ、あんたは誰だ? どうやって入って来た?」
「おっと失敬、何度も呼んだのだが返答がなくてね? 扉が開いていたし、もう入っちゃえと……不法侵入と言わないでくれよ? 鍵をかけていない君も悪いんだから」

 男はニコニコと笑いながら語る。
 軽薄で、フラフラとしていて、つかみどころのない話し方。
 今まで会ったことのないタイプの人だ。

「結局あんたは誰なんだよ!」
「そうだね、自己紹介がまだだった」

 男性はどこからともなく杖を生み出し、トンと床をたたく。
 真っ暗だった部屋に明かりがともり、彼の薄紫色の髪と瞳がキラッと輝く。

「初めまして、僕はアルフォース・ギフトレン。見ての通り魔術師のお兄さんだよ」
「アルフォースって……聖域者の!?」
「そうだとも! さすがに知れ渡っているね」

 アルフォース・ギフトレン。
 現時点で存在する五人の聖域者の内の一人にして、世界最高の魔術師と評される人。
 歴代聖域者で唯一、神の試練を経て、その権能の一端を授かった魔術師。
 数々の伝説を残す英雄的存在が、どうして俺の前にいる?

「さぁ、僕の自己紹介は終わったよ。次は君の番だ」
「……リンテンス・エメロードです」
「うん、リンテンス君だね。よろしく!」
「よ、よろしくお願いします」

 何なのだろう。
 偉大な人だとわかっても、なぜだか気が抜ける。
 この話し方と飄々とした態度……苦手だ。

 アルフォースはじーっと俺を見つめる。

「うんうん、なるほど~ 聞いていた通りだね」
「はい?」
「起源が雷を帯びているよ。こんなのは初めて見るな」
「えっ、見えるんですか?」
「ああ、見えるとも。僕の眼は特別製でね? 本来は見えない起源とかいろんなものがハッキリと見える」

 そう言いながら、彼は俺の右胸を指さし触れる。

「な、治す方法はないのですか!」
「うん、ないよ」

 キッパリと彼は言った。
 縋るような俺の気持ちを、ずばっと斬り裂くように。

「起源は見えても触れられない。それは形あるものではなく、心に近いものだからね。過去未来含めて、人の技術ではたどり着けない」
「そ、そんな……じゃあ俺はこのまま……」
「おや、何だいその顔は? まるで全てを諦めてしまっているような絶望っぷりじゃないか」
「だ、だって……一種類しか使えない魔術師なんて」
「未来がないと? 馬鹿だねぇ君は。そうやって自分の可能性まで殺してしまうのかい?」
「えっ?」

 可能性と言ったのか?
 この人は一体、何が見えているんだ。