【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 色源雷術奥義――白雷。
 その効果は、魔力のみを貫き霧散させる。
 白雷を受けた魔術師は、内に宿る魔力を全て貫かれ消費してしまう。
 故に、完全な魔力欠乏を起こし、行動不能となる。

「ぐっ……」

 兄さんは片膝をつき、同じ側の手を地面につける。
 白雷によって魔力が消失し、もはや立っていることすら出来ない。
 いや、意識を保っているだけでも凄い。
 肉体へのダメージはなくとも、雷を受けた衝撃はあるから、気絶してしまうかと思ったが……

「はぁ、はぁ……さすが兄さん」

 こっちもすでに限界が近い。
 魔術師にとっての天敵といえる白雷は、保有魔力の半分を消費する。
 満タンな状態であっても、一日二発が限度の大技だ。
 仮に二発使えば、こちらも魔力切れを起こし、魔術師としての戦闘は困難となる。
 激戦の後の一発で、残された魔力は一割以下と言ったところか。

 だが、これで――

「俺の勝ちだよ、兄さん」

 俺は動けない兄さんに近づき、勝利を宣言した。
 魔力がある者とない者、その差が埋まらないことは誰もが知っている。
 会場の全員が、勝敗は決したと思っているだろう。

「まだ……俺は動けるぞ」
「兄さん……」
「勝敗は決していない。戦う意思を残している時点で……終わらせたいなら、あと一撃だ」
「何を言ってるんだ。もう、兄さんは戦えないだろ」

 魔力も尽き、体力も限界だ。
 そんな自分に止めを刺せと、兄さんは言っている。
 もしかすると、会場の観客たちも、早く終わらせろと思っているかもしれないな。

 兄さんは弱々しい声で続ける。

「戦いに甘さは命取りだ。聖域者になりたいのなら、その甘さは捨てておけ。敗者に情けは不要だ」
「……違う。違うよ兄さん」
「リンテンス?」

 無意識だった。
 感情の高ぶりで、勝手にあふれ出たんだ。
 ポタポタと瞳から、頬をつたって落ちる。
 戦いの最中、涙を流すことがどれほど情けないのか、わかっていたつもりだった。
 でも、止まらなかったんだ。
 兄さんと戦えて、奥にある心に触れた気がする。
 冷たくて、寂しくて、消えてしまいそうな弱々しい光。
 師匠と出会う前の俺と同じみたいに。

「無理だよ。兄さんを傷つけるなんて、俺には出来ない」
「お前……」

 それが、俺の本心だった。
 両親のことは許せない。
 貴族の家も、背負った宿命も呪ったことすらある。
 だけど、兄さんのことを嫌いだと思ったことは、今まで一度もないんだ。
 ずっと見てきたから。
 期待に応えようと必死に努力して、辛くても俺の前では優しく笑ってくれる。
 そんな兄さんこそ、俺の憧れで目標だったんだよ。

「ふっ、相変わらず……」

 兄さんは小さくため息をこぼし、笑いながら俺に言う。

「優しいな、お前は」

 その笑顔は、幼き日に見せてくれたものと同じ。
 優しくて、温かい笑顔だった。
 直後、兄さんは限界を迎え、意識が沈み倒れ込む。
 地に身体がぶつかるより早く、俺は兄さんの身体を受け止めていた。

 親善試合勝者――新入生代表リンテンス・エメロード!

 勝利のアナウンスが響き、会場中が歓声で沸き上がる。
 そんな中、俺は兄さんを背負ってフィールドを出る。
 救護班がスタンバイしていて、こちらへ駆け寄ってきたのが見えた。
 俺はそれを無視して、兄さんを運ぶ。
 
 歓声は聞こえない。
 賞賛だろうと罵声だろうと、今はどうでもいい。
 この人は……俺が背負うべきだ。
 今はただ、それしか考えられなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 試合が終わり、控室に戻った。
 兄さんは魔力を消費した疲労で眠ったまま、医療室で横になっている。
 しばらくすれば目覚めるだろう。

「リンテンス君!」
「シトネ」

 唐突に扉が勢いよく開いて、シトネが飛び入ってきた。
 そのまま胸に飛び込んできて、キラキラと目を輝かせながら言う。

「凄かった! 凄くてすごかったよ!」
「ははっ、何だそれ」

 興奮し過ぎて語彙が乏しくなっているな。
 これはこれで可愛らしいし、何より感動しているのが伝わって、心の底から嬉しかった。
 後からグレンとセリカも顔を出す。

「お疲れさまでした」
「見事な試合だったな、二人とも」
「ああ」

 俺だけじゃない。
 兄さんも賞賛される戦いをしたと、一体どれだけの人に伝わっただろうか。
 一番伝わってほしい人たちは、どう思っているのだろうか?
 その答えは、すぐに向こうからやってきた。

「失礼するよ」
「父上……」

 控室にやってきたのは父上と母上だった。
 二人とも、あからさまにニコニコしていて気持ち悪い。
 この時点で俺は、全てを察した。

「素晴らしい戦いだったな! リンテンス」
「ええ、まさか貴方がここまで強くなっているなんて、本当に驚いたわ」

 二人は悠々と語り出す。
 俺もみんなも、その言葉に耳を傾ける。

「よくここまで頑張ったな。お前ならもしかすると、本当に聖域者になれるかもしれない」
「ええ、今まで一人にしてごめんなさい」

 よく頑張った……だって?
 まるで見てきたような言い方じゃないか。
 一人にしてごめんなさい?
 本当にそう思っているなら、なぜ突き放すようなことをしたんだよ。

「本当に今日まで頑張ったね。これからまた一緒に暮らそうじゃないか。どうかな? 友人たちも一緒に食事でも」
「そうね。せっかくだし――」
「ふざけるなよ」

 言葉は感情の高ぶりで勝手に出ていた。
 場がシーンと静まり返り、二人とも困ったような顔をする。
 対して俺は、怒りを隠しきれないでいた。

「あんたらの言葉はうわっつらだけだ。俺のことを見てるんじゃなくて、家柄とか地位のことしか考えてない。今も昔も、何一つ変わってない」
「リ、リンテンス?」
「兄さんのところには行ったのか?」
「あ、いや……」
「どうして行かない? 兄さんの所へ先に顔を出すのが普通じゃないのか? 兄さんが一体、誰の期待に応えるため戦ったと思ってるんだ?」

 ああ、駄目だ。
 これ以上は言ってはいけないと、理性がささやいている。
 ただ、残念ながらそんな囁きは聞けない。

「戻って来い? そう言って、今度はまた兄さんをのけ者にするのか?」
「……」
「図星か」

 虫唾が走るよ。

「ハッキリ言おう! 俺も兄さんも、あんたらが見栄を張るための道具じゃない! そっちの都合を、俺たちに押し付けるな!」
「なっ……リンテンス、親に向ってなんてことを」
「親だというのなら、なぜ一緒に暮らさなかったのですか?」

 そう言ってくれたのはグレンだった。
 他の二人も、厳しい表情で俺の両親を見ている。
 何か言いたげだが、相手がグレンだからか、言い淀んでいる。

「……くっ、行こうか」

 父上は唇を噛みしめ、悔しそうに背を向ける。
 別れの挨拶はしない。
 もう二度と、直接会うことはないだろう。  

「ふぅ」

 言いたいことを全部言えて、スッキリした気分だ。
 本当の意味で、ようやく俺は解放されたのかもしれない。

「ありがとう、みんな」

 こうして、激闘は終結した。


 この十日後。
 東西の大陸の果てにて未知の敵が出現。
 現聖域者二名が対処にあたった。
 うち一人は重傷を負い、もう一人の聖域者は……死亡した。
 とある日の昼下がり。
 俺は師匠と一緒に、山奥へピクニックへ来ていた。
 わけではなく、迷惑のかからない場所で修行をしていた。
 初めは軽く済ませようという話だったが、当然そんな簡単に終わることはなく、みっちり扱かれてヘトヘトになりながら、地面に寝そべっている。

「だらしないね~ まだ準備運動のつもりだったんだけどな~」
「嘘つかないでくださいよ。明らかに全力ダッシュしてたじゃないですか」
「いやいや、僕の全力はもっとすごいからね」
「そういう意味じゃなくて……もう良いです」

 師匠の基準は常人とずれている。
 普通なら根を上げるギリギリをゴールに設定するところを、師匠の場合はそこが準備段階だからな。
 慣れてきたとはいえ、キツイことには変わりない。
 さらには苦しんでいる俺をみて、楽しそうに笑ってくれるから。
 質が悪いよ。

「師匠の前世って悪魔なんじゃないですか?」

 と、冗談のつもりで口にした。
 いつもみたいにおちゃらけたような返答が来ると思ったら、師匠はしばらく黙って考えている様子。
 そして、俺の横に腰をおろし、改まって質問してくる。

「リンテンスは、悪魔を知っているかい?」
「え、まぁ本で読んだことがあるくらいですね」

 かつて多くの種族が存在し、互いの領地をかけて争いが起こっていた時代があったという。
 今から何千年も昔の話で、現代では予測を混ぜ合わせた歴史として伝わっている。
 その時代に生きていた種族の中で、最も邪悪で、最も魔力に愛されていた種族の名を悪魔という……らしい。
 本にそう書いてあったことを思いだす。

「見た目は人に近い。でも思考や力はまったくの別物……いいや、別次元と言っていい。上位の悪魔は、聖域者を上回る力をもっていたそうだ」
「って書いてましたね。でもあれって空想じゃないんですか?」

 悪魔に関する書物はいくつかある。
 ただ、どれも理屈だった説明がなく、根拠が示されていない。
 勉強の一環として記憶しているが、誰かの作り話じゃないかと思っているくらいだ。
 でも、師匠は首を横に振って言う。

「空想じゃない。あれは事実だよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ」
「師匠は……悪魔に会ったことがあるってことですか?」
「半分正解かな」
「半分?」

 どう意味なのか尋ねても、師匠はニッコリと微笑んで躱す。
 そのまま空を見上げて、思い出にふけるようにため息をつき、俺に向けて呟く。

「君もいずれわかるさ。その時までにせめて、悪魔と戦えるくらいにはなっててほしいね」
「師匠?」
「と、いうわけで! 休憩は終わりだよ」

 その後、前半が準備運動だったと思えるくらい扱かれて、帰り道は半分寝たまま帰った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 懐かしい夢を見た。
 扱かれて、疲れたまま帰って、夢の中にベッドに倒れ込んだ。
 次に目が覚めると、現実のベッドで横になっていたことに気付く。
 外は真っ暗で日の出には早い。
 いや、そもそも時計を見ると、針は午後七時半を指示している。

「ああ……そうか」

 おぼろげな記憶を辿り、徐々に思い出す。
 兄さんとの戦いが終わった後、長い長い学校長の話があって、眠そうに聞いていたら後で説教されて、その後も観戦していた貴族たちに声をかけられて……
 戦った後で疲れているのに、勘弁してほしかったな。
 それで全部が終わってから、トボトボと屋敷に戻って、仮眠をとるつもりで横になったんだ。

「しまったな。六時には起きるつもりだったのに」

 夕食の準備が終わっていないことを思い出し、ベッドから起き上がる。
 寝たとはいっても短時間だ。
 そんなに疲れがとれたわけじゃない。
 白雷を使った影響で、未だに魔力が半分以下なのも不安だな。
 
 ガチャ、と部屋の扉を開ける。

「ん?」
 
 ほのかに良い匂いが感じられる。
 その匂いにつられれて一階の台所まで行くと……

「シトネ?」
「あ、リンテンス君! 起きたんだね!」

 エプロン姿のシトネが台所に立ち、料理をしていた。
 ぐつぐつと煮込んだ鍋と、すでに何品かはテーブルに並んでいる。

「これ、シトネが作ってくれたのか?」
「そうだよ! リンテンス君疲れてるだろうなーって思ったから、偶には私が料理も頑張っちゃおうと思ったの」
「そうか。ありがとう、シトネ」
「いいのいいの! いつもリンテンス君には助けられてるからね。もうすぐ出来るから、座って待ってて」
「ああ、そうするよ」

 いつもの席に座って、彼女が料理を運んでくるのを待つ。
 全部の料理がずらっと並んで、シトネも自分の席に着いたら、手を合わせて言う。

「「いただきます」」

 どれも美味しそうだ。
 まずは手前にあるスープを一口。

「どうかな?」
「うん、美味しいよ」
「本当? よかった~ リンテンス君ほど上手じゃないから、あんまり自信なかったんだよ」
「いやいや、これだけ一人で作れたら十分だよ」
「そうかな? じゃあ今度から代わりばんこに料理しようよ! そうすればリンテンス君の負担も減るでしょ?」
「ああ。そうしてくれるとありがたい」

 二人で話しながら、食卓を囲む。
 ここに師匠がいないことが、少し寂しいな。
 今頃ちゃんと仕事しているのだろうか。
 それにしても、誰かの手料理を食べるなんて、本当に久しぶりだ。

「温かいな」
「作りたてだからね!」
「はっはは、そうだな」

 そういう意味じゃないけど、とかツッコミをいれるのは無粋だな。
 親善試合の翌日も、通常通り授業が行われる。
 一夜明けて魔力も回復した俺は、シトネと一緒に登校していた。

「次の日くらい休みにしてくれればいいのにな」
「あはははっ、そう思ってるのリンテンス君だけだと思うよ?」
「えっ」
「だって頑張ったのも疲れたのも、リンテンス君だけだもん」
「ああ……そういえばそうか」

 いや、兄さんも当てはまると思うけど。
 そういえばあれから、兄さんはどうなったのかな?
 父上は相変わらずだったし、屋敷で責められたりしたのだろうか。
 だとしたら申し訳ないし、父上には腹が立つ。

「また……ちゃんと話したいな」
「誰とだ?」

 後ろからポンと肩を叩かれ、振り向く。

「グレン」
「おはよう二人とも」
「おはよう! セリカちゃんも一緒だね」
「はい。おはようございます」

 グレンとセリカが合流して、一緒に学校へ向かうことに。
 道中、普段より視線を感じて、周囲が気になる。
 前のように嫌な視線ではないようだが……

「注目されているな」
「みたいだね。でも前からだし」
「いいや、今は良い意味で注目されているだろ?」
「良い意味って?」

 俺が聞き返すと、グレンは呆れ顔をする。
 気付いていないのかと言わんばかりにため息をついて、やれやれとジェスチャーした。

「何だよ」
「君はあれだけの戦いを見せたんだ。もう君のことを、落ちこぼれだと思う者は誰もいない。こうして注目を浴びているのも、君の強さを知ったからさ」
「俺の……強さ」

 なるほど、そういう良い意味か。
 ハッキリ言うと、本当に察していなかったよ。
 というより、どうでも良いと思っていた。
 変な話だな。
 最初は周りを見返したくて努力していたのに、いざ認められたと思うと、何だか素直に喜べない。

「あまり嬉しそうじゃない顔だね」
「ははっ、そうみたいだ」

 自分自身に呆れて笑う俺を、キョトンとした顔で見ている。
 グレンを見て、彼との戦いを思い出しながら、シトネとの出会いも振り返る。
 それよりもっと前の、師匠と過ごした厳しい日々。
 全部を通して、今の俺がいる。
 そうか……

「昔の俺だったら、素直に喜んだと思うよ。周りを見返したくて、修行も頑張ったからな~ でも今は、他にも理由があるから」

 師匠の期待に応えたい。
 師匠と同じ場所にたどり着いて、一緒に肩を並べて戦いたい。
 俺を鍛えてくれた恩を返したい。
 俺の中にある強さの理由は、あの時よりも増えている。

「俺はまだ何も成し遂げてない。全部これからだ」
「なるほど。さすが、先を見据えている」
「すぐ近くに目標がずっといたからね。まだまだ足りないってことも実感しているよ」

 修行して、鍛えられて、強くなっても届かない。
 師匠は俺なんかより遥か高みにいる。
 いつかそこへ行くために、今で満足していられない。
 そう思えるのも、心が成長してくれたお陰なのだろうか。

「それに、途中から態度を変えられたって、やっぱりスッキリしないな。これから何人理解者が増えようと、お前たちみたいに、最初から普通に接してくれた人のほうが大事だよ」
「リンテンス……」
「なんてなっ」

 言った後で恥ずかしくなって、誤魔化す様にわらってみた。
 我ながらキザなセリフを口にしたものだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「えぇ~ 明日から学外研修後半が始まる。前回同様、おのおのしっかり準備するように」

 先生が教壇の上で話した内容が耳に入ってきて、俺は思わずぼそりと呟く。

「え? 後半?」
「……リンテンス」

 すると、隣でグレンがとても怖い顔をしていた。
 言わなくてもわかる。
 また聞いていなかったのか、と言いたいのだろう。

「違う違う! 今回は聞いてなかったとかじゃない!」

 慌てて否定して続ける。

「た、確か後半ってもっと後じゃなかったっけ?」
「今年は天候が調子良く保っているらしいんだ。前回が終わってから一時的に荒れたそうだが、すぐに回復したそうだよ」
「えぇ~ 荒れたら長いって話だったのに」
「そう。だから予想外に早く回復したから、後半も早めたのだろうね」
「そういうことか」

 前回も思ったけど、学校生活って意外と大変なんだな。
 もう少し落ち着いた感じを想像していた俺としては、異様な慌ただしさに驚いていた。

「あっ、そういえば……」

 ふと思い出した。
 研修の前半、渓谷で見つけたドラゴンの痕跡のことを。
 あれから騒ぎにもなっていないし、ドラゴンはいなかったということなのだろうか。

「どうしたんだ?」
「……いや、何でもない」

 もしもいるなら、練習相手になってほしいと思った。
 学外研修後半初日。
 準備運動でぐるっと森を一周させられた後、俺たちは建物の中に集められていた。
 全員が注目しているのは一点。
 説明している先生、ではなく、その横に侍るモンスターだ。

「これは魔道具によって生成された疑似モンスターだ。能力は元となったモンスターを模しているが、攻撃力はほとんどない。あくまで訓練用に開発されたものだ」
「へぇ~ 便利な魔道具もあるんだな」
「ああ、僕も初めて見るよ」

 話に聞く限り、最近になって新しく開発されたものらしい。
 最先端の魔道技術を用いられるのも、魔術学校の生徒に与えられた特権だ。
 
 先生が続けて内容を説明する。

「今からチームに分かれ、森に入ってもらう! 森には百の疑似モンスターが放たれているから、それを全て討伐してほしい」

 一年生では全部で四十二チームある。
 今回はチームごと、さらに六つのグループに分かれて行う。
 モンスターにはそれぞれポイントが割り振られており、模したモンスターの強さでポイントも異なる。
 百体全てが討伐されるまで続け、最終的にチームごとに撃破数、ポイント数を競いあう。
 大体のルールはこんな感じか。
 ちなみに、各人には専用の腕輪が配布される。
 ポイントの換算の役割とは別に、モンスターから一定以上攻撃を受けると光り、リタイアとなる仕組みだ。

「最初の七チームは前へ!」
「俺たちだな」
「ああ。今回は競争……というわけにはいかないな。残念だが」

 ガッカリそうにするグレン。
 相変わらず負けず嫌いな奴だと笑ってしまう。

「待機者はここで戦闘の様子が中継される! 見ることも大切な訓練の一つだ。自分たちの番に活かせるよう、しっかり観察するように」

 待機室には巨大な四角い版がある。
 森には使い魔が飛んでいて、視界をここに映し出せる。
 それを聞くと、シトネが不服そうな顔を見せてぼそりと呟く。

「み、見られるのかぁ」
「今さらだろ? 特に俺たちにとってはさ」
「あー確かにそうかも。じゃあいっぱい倒して目立っちゃおうよ」
「ははっ、そうだな」

 俺もシトネも、悪い意味で注目を浴びてきた。
 この間の親善試合で、俺に対する周囲の視線は緩和されたが、シトネに対してはまだまだ微妙だ。
 特にシトネにとっては良い機会だろう。
 俺だけじゃなくて、彼女も魔術師として優秀などだと、周囲に教えるために。

 今回の訓練ではもちろん魔術が使える。
 ただし、他チームを傷つけたり、妨害してはならない。
 それさえ守れば、あとは好きなように戦って良い。

「リンテンス、目標はどうする?」
「う~ん、とりあえず半分は狩りたいかな」
「半分か。ならば休んでいる暇はなさそうだな」

 そうして訓練が開始される。
 バラバラのスタート地点から森へ入り、出会ったモンスターを狩る。
 モンスターは種類豊富だ。
 ゴブリン、ウルフ、ワーウルフ、ジャイアントマンティス、グレートスネーク。
 森に生息しているモンスターを模していて、基本的に大きい個体のほうが強いから、ポイントもそれに合わせて決められている。
  
「皆様、前方よりウルフとゴブリンの群れが接近しております」
「後ろからマンティスが来てるよ!」

 セリカとシトネが接敵を知らせてくれた。
 前後を挟まれた形になっている。

「僕とセリカで前を」
「じゃあ後ろは俺とシトネで任せてくれ」
「ああ、任せた」

 簡単に割り振りをして、各々の敵に目を向ける。
 ジャイアントマンティスは、その名の通り巨大なカマキリだ。
 見た目も能力も、カマキリを大きくしただけだが、強靭な鎌は岩をも斬り裂く。
 とても強力なモンスターだ。

「藍雷――二刀」
「二匹きてる。私が左と戦うね」
「了解、右は俺だな」

 俺は藍雷で剣を作り、シトネは腰の剣を抜く。

「いくぞ!」
「うん!」

 俺とシトネは同時に突っ込む。
 接近により振り下ろされる鎌を回避し、懐にもぐりこんで鎌の付け根を狙い斬りする。
 鎌は強力だが、これを無力化できれば勝ったも同然。
 あとは逃げられる前に、腹と頭を斬り裂き倒す。

 対してシトネは剣を使っていた。
 入学試験では使わなかった変わった形の剣。
 名前は刀というらしい。
 シトネは刀でマンティスの鎌を受け、流れるように付け根へ刃を届かせる。
 うっすらとだが、刀の刃が光を纏っていた。
 光属性の魔術によって切れ味を高めている。
 さらに――

旋光(せんこう)!」

 斬撃が光をそのまま纏い、マンティスの胴体を斬り裂いた。
 あれこそシトネが独自に編み出した術式。
 光を斬撃として飛ばしたり、鞭のようにしならせて攻撃したりできる。
 彼女自身の剣技と合わせれば、どんな敵にも対応可能という汎用性の高い術式だ。

「倒したよ!」
「こっちも終わった。さすがだな、シトネ」
「えっへへ~」

 俺が褒めると、シトネは嬉しそうに尻尾を振る。
 パチンとハイタッチした様子も、クラスメイトは見ているのだろうか。
 俺とシトネがマンティスを相手にしている間、グレンとセリカも戦闘を開始する。
 二人の相手は、ゴブリンとウルフの群れ。
 ウルフにゴブリンが騎乗して迫ってきていた。
 ゴブリンは時折、ウルフを飼って従えていることがある。
 
 グレンはやる気十分に炎を生成して言う。
 
「一気に片を付けよう」
「お待ちください。森の中で炎を使えば、木々に引火してしまいます。特にここは背の高い草も多いですから、いかにグレン様でも」
「そうだな。少し気がはやっていたよ」

 グレンはそう言って炎を納める。

「任せていいかい?」
「はい」

 代わりにセリカが前へ出る。
 グレンのメイドであるセリカは、普通の魔術師ではない。

「ウィンネ」

 名を呼び、彼女の肩に風が集まる。
 集まった風は黄緑色の光を纏って、一匹の小動物へと変化した。
 狐とイタチの中間のような見た目に、鮮やかな黄緑色の毛並み。
 あれは動物ではない。
 風の精霊だ。

「風よ――」

 セリカが唱えると、肩に乗っていた風の精霊が高らかに鳴く。
 鳴き声に抗するように風が生成され、ゴブリンたちを宙に浮かす。

「巻き上げ、斬り裂け」

 さらに風は強まり、鋭い刃となってゴブリンたちを攻撃した。
 竜巻と風の刃の合わせ技によって群れは全滅する。

「終わりました。グレン様」
「ああ、完璧な手際だったよ」
「ありがとうございます」

 セリカ・ブラント。
 彼女は精霊魔術師だ。
 精霊とは、大自然から生まれた生物とは異なる存在。
 魔力を持っているのは、俺たちのような人間だけに限らない。
 動物、虫、魚類やモンスターはもちろん、植物や木々、大地といった自然にも魔力はこもっている。
 それらが徐々に漏れ出し、意思を持つ魔力の集合体となったものを、精霊と呼んでいた。

 精霊魔術師は、大自然から生まれた精霊と契約し、その力の一端を使役する者。
 セリカの場合は、風の精霊ウィンネと契約し、大気を自在に操ることが出来る。
 何より特異的なのは、精霊魔術の発動には、自身の魔力を消費しないということ。

「凄いよね~ 私精霊って初めて見たよ」
「ああ、俺もだ」

 精霊魔術師はとても希少な存在だ。
 新入生でも、セリカ一人だけらしいし、世界中探しても百人に達しないと聞く。
 秘めた才能という点では、俺やグレンより上だろう。

 精霊と契約している彼女は、独特な気配を持っている。
 まるで自然と一体化しているような。
 そこにいるようで、いないような不思議な気配。
 鬼ごっこの時に、彼女の接近を感知できなかったのは、彼女が精霊魔術師だからだと予想できる。
 
「お二人とも警戒を。次が来ます。それも今度は――」

 セリカが上を見上げる。

「上空です」

 そこには三匹の飛竜がいた。
 灰色の翼を広げ、グルグルと飛び回っている。
 グレンが
 
「ワイバーンか!」
「そのようです」

 グレンとセリカが確認し合う。
 ワイバーンは小型のドラゴンで、山岳地帯や火山などに生息している。
 現存する飛行モンスターでは、上位に位置する強敵だ。
 おそらくこの訓練では、最高のポイント配布だと予想される。

「リンテンス君!」
「ああ」

 シトネが光の弓を、俺が藍雷で弓を生成。
 どちらも通常の二倍の大きさで、ワイバーンのいる上空を狙う。

「一匹は遠い。二匹を俺たちで落とすから、後は任せる」
「わかった」
「よし。もういけるか? シトネ」
「うん! いつでもいいよ!」

 狙いはすでに定めてある。
 後へ射抜くのみ。
 ワイバーンは空中で旋回している。
 俺の弓も、シトネの弓も、それぞれ魔術によって生成されたもの。
 その速度は、どちらもワイバーンを射止めるには十分だった。

 藍雷と光の矢が放たれ、それぞれのワイバーンに命中。
 片翼を射抜かれて、高度を大きく落とす。

「セリカ、僕を打ち上げてくれ」
「かしこまりました」

 剣を構えるグレンを、セリカの風が吹き飛ばす。
 風の力で一匹へと向かい、そのまま炎を纏った剣で斬り裂く。
 さらに斬り裂いたワイバーンを踏み台にして、もう一匹に狙いを定める。
 だが、ワイバーンもただでは死なない。
 顎を大きく開き、炎のブレスを吐き出した。

「真紅」

 その炎を、グレンの炎は呑み込み燃やし尽くす。
 炎すら燃やす炎、それこそ真紅。

「空中であれば、周りを気にする必要もないからね」
「さすが」

 ワイバーン二匹を難なく倒し、グレンが地面に降り立つ。
 グレンは剣をおさめる。

「お疲れグレン。さすが余裕だったな」
「なに、みんなの支援があったからこそだよ」

 謙遜だな。
 と、心の中で呟く。

「あと一匹いたよな?」
「ああ。出来れば僕たちで狩りたいね」
「距離がありますね」
「じゃあ他の倒しながら行こうよ!」

 そのまま四人で次のターゲットを探す。
 目標の半数を達成するため、作戦を練りながら進む。
 
 順調。
 きわめて順調な滑り出しだった。

 次の瞬間。
 空を漆黒が覆うまでは――
 
 俺とグレンが空を見上げる。

「これは……」
「何だ?」

 黒い闇が青空を覆い隠す。
 その場にいた全員が上を見上げていた。
 立ち止まり、訓練も忘れている。

「黒い……雲?」

 シトネはそう言いながら首を傾げる。
 続けてセリカが言う。

「雲ではなさそうです。ウィンネが怯えている」

 風の精霊が震えている。
 突如、それは何の前触れもなく出現した。
 雲ではなく、見た目は沼に近い。
 ドロドロとしているようで、落ちてはこないけど、何だか汚らしい。
 
 そして――

 漆黒のそれは、同じく漆黒の影を呼び出す。
 
 ワイバーンと同じ形状をしている。
 ただし、大きさはワイバーンの十倍を超え、迫力は似て非なるもの。
 黒い翼を羽ばたかせ、ギロっと赤い目で睨まれれば、誰もが死を悟るだろう。

 ほとんどの者たちが初対面。
 俺は……久しぶりだ。

 ドラゴンが声をあげ、翼をばさりと開く。
 その迫力を前に、誰もが動けない。
 森にいた全員が声を忘れ、戦うことも忘れてしまっていた。
 ただ一人を除いて――

「蒼雷」

 青い雷を纏い地面を蹴る。
 そのままドラゴンの頭部を、思いっきり殴り飛ばした。

「リンテンス君!」
「全員下がれ! こいつは俺が倒す!」

 俺が大声で叫ぶ。
 シトネたちはもちろん、他のクラスメイトにも言ったつもりだ。
 ドラゴンが相手では、さすがにみんなを庇いながら戦えない。
 それに今回は、ドラゴンの中でも最強と評されるブラックドラゴンだからな。

 ドラゴンには種類がある。
 簡単な色分けで、黒と白がもっとも強い個体とされ、次が赤、黄、青、灰色の順だ。
 俺が中間試験と言われ戦ったのはレッドドラゴン。
 冒険者として追い払った群れは、青と赤の混合だった。
 
 ドラゴンの尾が、空中の俺を叩き落とす。
 吹き飛ばされた俺は、地面に叩きつけられた。
 蒼雷を纏っているから平気だが、尻尾だけでかなりの破壊力を持っているようだ。

「ちっ、黒は初めてだな」

 今の一撃だけでわかる。
 他の色とは明らかに異なる強さだ。
 本気で戦うべきだと悟り、大きく深呼吸をする。

 ドラゴンも俺を敵として定めたのか、こちらを睨んでいる。

 いつの間にか、さっきの黒い影は消えていた。
 おそらく転移系の魔術で、人為的に送り込まれたのだろう。
 色々と疑問はあるが、今やるべきことは一つだ。
 
「まず、お前を倒す」

 右腕を前に伸ばし、左手で支える。
 
「赤雷!」

 放たれる赤い稲妻。
 言わずもがな、最大威力で放った一撃だ。
 対してドラゴンは顎を開き、黒いブレスを放つ。
 黒い砲撃と赤い稲妻。
 二つがぶつかり合い、中央で爆発する。

「くっ……」

 ブレスも桁違いだな。
 赤雷で競り負けそうになったぞ。
 
 ドラゴンは上空で毅然と待ち構えている。
 まるで、ここまで来いと言っているように見えた。

 上空対地上。
 分があるのは上空だ。
 ならばこちらも、同じフィールドで戦うまで。

 色源雷術黄雷(おうらい)――

(おおとり)

 黄色の稲妻が走り、頭上で一つへと集結する。
 集まった雷は形を変えていき、大きな雷の鷹となった。
 黄雷は意思を持つ雷を生み出す。
 召喚魔術の術式と掛け合わせることで、精霊のような存在を生み出す術式に進化した。
 俺は鳳に飛び乗り空へあがる。

「藍雷――大槍」

 そのまま藍雷で巨大な槍を生成。
 ドラゴンの腹目掛けて投げ飛ばすが、硬い鱗に覆われていて、貫けず弾かれる。

「さすがに硬いか」

 レッドドラゴンなら、今ので貫けたんだがな……
 藍雷の貫通力では、ブラックドラゴンの鱗は貫けない。
 加えて――

 こいつは動きも速い。
 頭も回るのだろう。
 翼と尻尾を巧みに使い、俺を叩き落とそうとしている。
 俺は回避しながら、赤雷と藍雷の弓を駆使して応戦。
 しかし、どちらもブラックドラゴンにダメージは与えられない。
 
 ノーモーションからのドラゴンブレス。
 今度は赤雷が間に合わず、回避に徹した。
 もし一撃でも受ければ、蒼雷を纏っている状態でも大ダメージを負う。
 
「さて……」

 どうする?
 俺は思考を回らせる。
 ブラックドラゴンの鱗を貫く方法。
 考えられるパターンはあるが、どれも時間がかかってしまう。
 それを悠長に待つほど、ドラゴンものんびり屋じゃない。
 一番可能性の高い手の中で、一番短い時間では使える手段。
 それでも十秒はかかるだろう。
 つまり、十秒の足止めがいるということ。

 ならば――

「ドラゴンの相手は、ドラゴンに任せよう」

 俺は両手を上にかざす。

「色源雷術黄雷――竜」

 発生した膨大な雷撃が、一本の線を引くように伸びる。
 さらにグルグルと雷が巡り、巨大な蛇のような形へ変化した。
 同じドラゴンでも、こっちのはモチーフが違う。
 神話や童話に登場する架空の生物としてのドラゴンであり、神の使いとも呼ばれる。

 名を神竜という。

 とぐろを巻いた竜が、俺と共にブラックドラゴンを睨む。

「さぁ、始めようか」
 バリバリと雷が走る音が鳴り響く。
 そして――

「行け」

 黄雷で生み出した神竜が、黒き邪竜へ突っ込む。
 弧を描くような軌道で、ドラゴンへと迫る。
 ドラゴンは躱そうと翼を羽ばたかせるが、神竜のほうが速い。
 一瞬で間合いを詰め、ぐるりとドラゴンに巻き付いた。
 雷が走り、苦しそうにしているが、それでも致命傷には遠いだろう。
 
「さて、ここからだな」

 俺は左腕を前に突き出す。

「藍雷――大弓」

 藍雷によって弓を生成。
 大きさはこれまでの比ではなく、ドラゴンと同規模のサイズで展開する。
 藍雷の弓は、光魔術の弓とほぼ同じだ。
 威力をあげたいなら、弓そのものを大きくすればいい。
 光魔術の弓の場合は、大きくするほど精度が落ちてしまうが、藍雷はそのデメリットがない。
 しいて言えば、莫大な魔力を消費するだけだ。

 ふと、懐かしい記憶が脳裏によぎる。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「リンテンスはさ。モンスターと戦うより、人と戦う方が弱くなるね」
「は?」

 修行中のことだ。
 何の脈絡もなく、師匠からそんな指摘を受けた。
 突然だったからか、反応も荒っぽくなる。

「おいおい、そう怒らないでおくれよ」
「あ、いやすみません。どういう意味でしょう?」
「言ったまんまだよ。君は人を相手にする方が弱くなる」

 二度同じことを言われたが、俺は意味がわからなくて首を傾げた。
 モンスターのほうが戦いやすいかと言われると、別段そうでもない。
 そんな俺を見て、師匠はやれやれとジェスチャーをする。

「なるほど、自覚なしか」
「……」
「仕方ない、教えてあげよう。リンテンス、君は人が相手だと無意識に手加減しているんだよ」
「手加減……本気でやってないってことですか?」
「うん」

 即答する師匠。
 そんな自覚はない。
 誰が相手だろうと、全力で戦っているつもりだった。
 でも、師匠の目にそう見えているのなら、正しいのだろうとも思う。
 師匠は続けて理由についても話す。

「原因は君の優しさだ。君はとても優しい。裏切られても、蔑まれても、根っこの部分の優しさは消えない。人を相手にすると、その優しさが滲みでてしまう。冒険者の依頼で盗賊退治をやっただろう?あの時も君は、殺さないように力をセーブしていたよ」
「そう……だったんですね」
「落ち込む必要はないさ。別に悪いことじゃないからね。人は殺したら死んでしまう生き物だ。強くなると忘れてしまいがちなことを、君はちゃんと理解しているだけだよ」

 師匠は微笑みながらそう言ってくれた。
 だけど……

「ただ、それは甘さとも言い換えられる。聖域者になるなら、その甘さを制御できるようにならないとね」
「制御ですか?」

 てっきり捨てろと言われるものだと思った。
 師匠はこくりと頷いて言う。

「そう、制御だ。手を下すべきとき、情けをかけるとき。それらを感情ではなく、思考で選択できるようになりなさい」
「悪には容赦するな、という意味ですか?」
「まぁ大体そんな感じかな。匙加減は君次第だけど、ようするにちゃんと考えられるようになれってことだよ」
「考える……難しそうですね」
「うん。捨ててしまうほうが楽かもしれない。でも、その優しさは君らしさでもある。捨ててしまうのは勿体ないし、何よりそれをなくせば、ただの人でなしになる」

 そうして、師匠は最後にこう言った。

「だからリンテンス、君は優しいまま強くなりなさい」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 師匠に言われたことを思い出して、ふいにため息がもれる。
 そういえば、同じことを最近グレンにも言われたっけ。

 すみません師匠。
 俺はまだまだ、自分の感情を制御できていないみたいです。
 
 だから今は、ほっとしている。

「人じゃなくて安心したよ」

 ドラゴンは神竜に巻き付かれ身動きがとれない。
 この隙に、あれを倒せる一撃を構えよう。
 藍雷で生成された巨大弓の威力は、一撃で山を穿つほどに達している。
 ただ、おそらくこれでも足りないだろう。
 ブラックドラゴンの鱗は、赤雷の最大出力でも容易には貫けない硬さだ。
 威力を底上げしても、ダメージ止まりになる。
 もっと貫通力が必要だ。
 ならば――

「赤雷」

 藍雷の矢に赤雷を纏わせる。
 色源雷術最大の貫通力を誇る赤雷。
 単体で倒せないなら、こうして混ぜ合わせれば良い。
 これこそ、術式の応用。

 対する標的は、未だ神竜に阻まれ動けない。
 狙いはまっすぐ。
 矢の先端を、ドラゴンの心臓部に向ける。
 
 色源雷術――(こん)

梔子一射(くちなしいっしゃ)

 赤黄色の一撃が放たれる。
 稲妻は流星のごとく軌道を残し、ドラゴンの心臓を貫いた。
 悲鳴をあげ、黄雷が拡散する。
 ぽっかりと開いた穴から全身へ、雷撃が走った。

「ふぅ」

 ほっと息をはく。
 力尽きたドラゴンは、ゆっくりと地面に落下していった。
 地に落ちた黒きドラゴン。
 空から地上を見下ろし、そのまま視線をあげる。
 広がっているのは雲一つない青空だ。
 ただ、一時的に暗闇が襲ったことを思い出し、眉間にしわを寄せる。

「さっきのあれは一体……」

 おそらく転移系の魔術だろう。
 しかし、あんな術式は見たことがない。
 少なくとも、俺が知っている転移系術式には当てはまらない。
 そもそも、ブラックドラゴンを送り込んできた時点で……

「あれを手懐けていたというのか?」

 その後、言わずもがな研修は中断された。
 ドラゴンが出現してしまったのだから仕方がない。
 明らかに人為的な犯行だったが、敵の正体も目的も不明。
 王国の魔術師団が調査に当たることとなった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 初めて耳にしたのは噂だった。
 単なる噂でしかないと、その時は深く聞かなかった。
 だけど、噂は知らせとなって、俺の耳にも入ってくる。

 聖域者の一人が死亡した。
 もう一人は重傷を負い、現在意識不明の状態。
 
 俺はその情報を、魔術学校の教室で聞いた。

「聖域者が?」
「嘘だろ……一体何があったんだ?」

 ざわつくクラスメイトたち。
 シトネも不安そうな表情で、俺に目を向けてくる。

 ことの発端は十日ほど前。
 大陸の東西両端にて、モンスターの大侵攻が起こった。
 魔術師団が現場に急行したが、その後に連絡が途絶えてしまう。
 緊急事態と考えた王国は、それぞれに聖域者を派遣、この対処にあたった。
 聖域者は王国の最大戦力であり、最高の魔術師の称号。
 彼らを派遣した時点で、この問題は解決したと思われていた。

 しかし、最悪の事態となる。
 モンスターの侵攻こそ止まったが、二人の聖域者が犠牲となってしまった。
 噂と真実が混ざり合って、すでに王都中に広まっている。
 聖域者が敗れたのだ。
 それはつまり、聖域者をも凌駕する存在の証明。
 人々の不安は高まっている。

 王国を揺るがす緊急事態。
 昨日のドラゴン襲来と重なって、先生たちも大忙しの様子。
 その日の授業は午前中で終わり、午後は帰宅し待機するよう言い渡された。

 俺とシトネは屋敷へ帰ることにした。
 グレンとセリカも、今日は一緒に来てくれるという。
 二人とも、俺を心配してくれたのだろう。

「屋敷に戻らなくて良いのか?」
「ああ」
「そうか」

 屋敷に戻っても、暗い雰囲気が続く。
 帰り道でも噂を耳にして、どんよりとした気分だ。
 それを拭い去るように、俺は口にする。

「大丈夫だ。師匠は絶対に負けない」
「そ、そうだよね? アルフォース様が負けるなんてぜーったいないよ!」
「ああ。あの方は聖域者でも別格の強さをもっている。正式に誰がという発表がないだけで、アルフォース様ではないよ」
「私もそう思います。おそらく他の聖域者でしょう」

 俺の意見に合わせるように、三人が口に出して言った。
 
 そう、師匠は別格だ。
 あの人が負けるなんてありえない。
 俺の師匠だぞ?
 世界で一番強い人なんだ。
 絶対に大丈夫だと、俺は信じている。

 だけど、そう言い聞かせながら、俺の心には雲がかかっている。
 信じていながら、漠然とした不安は消えない。
 何より王国の対応も不可解だ。
 聖域者の訃報……それが事実なのはもはや間違いないとして、誰がという部分を発表していない。
 それが更なる不安をあおっている。
 
 そういえば、師匠は王国からの依頼で旅立ったのだった。
 時期は今回の話と一致している。

 もしかして……

 駄目だ。
 悪いことばかり想像してしまう。
 師匠を信じているのに、どうしても考えてしまう。
 未だ帰らない師匠の身に、何かが起こったのではないかと。
 俺が感じている不安はきっと、国民たちが抱いているものとは違うのだろう。
 どうか、どうか無事であってほしい。
 
「師匠……」
「おやおや、深刻そうな顔をしているね?」

 不意に、後ろから声をかけられる。
 一人ぼっちで訃報に暮れていたあの日のように、彼はふらっと現れた。
 変わらぬ笑顔を見て、思わず俺は――

「師匠!」

 そう叫んだ。
 瞳からは、涙があふれる寸前だったよ。

「アルフォース様!」
「ただいま、みんな揃っているようだね」

 何事もなかったかのように、師匠は自分の席に腰をおろした。
 よいしょとおじさんくさい一言をそえて。
 さっきまでの暗い雰囲気が、一瞬でいつも通りに引き戻されるようだ。

「師匠……無事だったんですね」
「うん。その様子だと、事情は一部分だけ伝わっているようだね」

 師匠はため息交じりに言う。

「まぁことが重大だし、仕方がないのだろうけどね。それにしても、まさか負けたのが僕だと思われていようとは……」
「ち、違いますよ! 師匠が負けるはずないじゃないですか!」
「う~ん? だってさっき落ち込んでたでしょ?」
「そ、それはそうですけど……」
「はっはっはっ! 冗談だよじょーだん。心配してくれていたのだろう? ありがとう、リンテンス」

 まったくこの人は、とあきれる。
 不安だった心は、もう忘れてしまっていた。
 師匠の声を聞いて、心にかかった雲が晴れたみたいだ。
「さてさて、色々と疑問はあるだろう。それについては安心したまえ。今から私がする話を聞けば、大方の疑問は解消されるはずだからね」
「その口ぶり……やはり師匠もこの件に関わっているんですね」
「もちろんだとも! と言いたいところだが、半分正解で半分違う」

 半分?
 と心の中で呟き、次の言葉に耳を傾ける。
 
「君も知っての通り、僕は王国からの依頼で留守にしていた。それを今回の件だと思っているなら間違いだよ」
「そうなんですか?」

 てっきりそうなのだと思い込んでいた。 
 師匠は頷き、続きを説明する。

「うん。僕が受けていたのは別の依頼でね。この件とは全くの無関係だった。ことの顛末を知ったのもついこの間のことだよ。たぶん、君たちより数時間早い程度の差でしかない。もちろん、君たちよりは細かく事情を知っているけどね」

 師匠は話しながら、テーブルの上のカップを手にかけ、紅茶を一口含む。
 落ち着いたため息をこぼして、カチャリとカップを置く。
 そして、唐突にこんな質問を投げかけてきた。

「リンテンス、以前に悪魔の話をしたことを覚えているかい?」
「えっ? あ、はい。覚えていますよ」

 確か、悪魔がいるのかどうかの話だっけ?
 俺はおとぎ話の生き物だと思っていたけど、師匠はいると断言していた。
 それから……

 悪魔と出会う時までに、戦えるようになっていてほしい。

 師匠は俺にそう言ったんだ。
 その記憶が脳裏をよぎり、師匠の言葉と繋がる。

「東西で確認された未確認生物……その正体こそ悪魔だった」
「なっ……本当なんですか?」
「うん、間違いないよ。戦った本人からの情報だからね」
「本人?」

 聖域者の二人のことか。
 でも一人は死亡して、もう一人も意識不明だと聞いている。

「生き残った一人、アベルがさっき目覚めたんだよ。両脚と左腕を失っていたが、命は何とか繋ぎとめていた。残念ながらシュレトンさんは、遺体も発見できなかったよ」

 アベル・レイズマン。
 師匠より後に聖域者となった男性で、家は騎士の家系。
 太陽神ミトラの加護をもち、太陽の下では無限に等しい魔力量と、魔術センスを得られる。
 類まれなる剣術の才能があり、太陽の騎士と呼ばれていた。

 シュレトン・マーシャル。
 現存していた聖域者では最年長のご老公。
 御年六十二歳を迎えたが、まだまだ魔力も肉体も衰えることなく現役だった。
 その源は、地母神レアの加護を受けていたからだろう。
 大地を自在に操り、植物から生命力を分け与えられていたから、肉体の老化も緩やかだったに違いない。
 師匠の師であるナベリウス校長の同期でもある。

「師匠、校長の所へは」
「うん、わかっているよ。さすがに後で顔を出すさ」
「そうですね。それが良いと思います」

 きっと落ち込んでいるはずだ。
 なんてわかった風に言うのは失礼かもしれないけど。
 師匠も心配していることが伝わる。
 
 そのまま師匠は詳しい説明を続けた。
 
 東西を侵攻していたモンスターの群れ。
 その群れを率いていた将こそ、悪魔だったという。
 悪魔たちはモンスターを使い、近くにあった街や村を襲っていた。
 モンスターたちに下されていた命令は『鏖殺』。
 アベル様が到着した時には、女子供も無関係に、一人残らず殺されていたそうだ。
 そして、モンスターの群れを一掃した後、悪魔と交戦した。
 激しい戦いの末、アベル様は重傷を負ってしまう。
 しかし、相手も傷を負い、止めを刺される前にどこかへ消えた。
 シュレトン様のほうは詳細はわからない。
 ただ、戦いの激しさを物語る痕跡が残されており、アベル様と同様の結果だったと予想されている。

「その後は大きな被害が出ていない。二人はちゃんと、人々を守るという役目を果たしたんだ。さすがだよ」
「……はい」

 俺に合わせて、シトネたちも頷く。
 師匠と俺の会話を邪魔しないよう、みんなは空気を読んで黙ってくれているようだ。
 
「師匠、聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「悪魔ってそもそも何なんですか? 前に話した時も、具体的なことは話さなかったですよね? でも……」

 師匠はたぶん、知っている。
 悪魔という存在のことを、本に書いてある内容以上に。
 そんな予感がして、俺は質問していた。
 師匠は答える。

「そうだね。あの時はまだ……いや、今は話すべきだね。君の言う通り、僕は悪魔を知っている。というより、僕の中には悪魔の血が混ざっているんだ」
「えっ……」
「良い反応だね。普段なら喜ぶところだけど、今は調子に乗らず話を続けよう。混ざっているといってもほんの僅かだ。僕の祖先はね? 悪魔と人間の混血だったんだよ。その関係なのか、大昔の記憶が断片的に残っている」

 そうか。
 師匠の話を聞きながら察した。
 以前、悪魔に会ったことがあるのか尋ねた時、師匠は半分正解だと言った。
 半分と言うのは、そういう意味だったのか。

「当時、世界はとても平和だった。本の歴史だと種族同士で争っていたって書いてあるけど、あれは間違いなんだ。本当の歴史は別にある」