続いての訓練内容は鬼ごっこ。
 より上位の順位を捕まえて、自分の順位を上げていく。
 ただし、一人だけ全く状況が異なっていた。
 
「では各自指定されたポイントに向ってくれ!」
「すぐに見つけるぞ、リンテンス」
「ああ、待ってる」
「ふっ、その余裕もいつまでもつかな?」

 グレンは俺にそう言って、反対方向へと歩いて行った。
 シトネとセリカも同様に異なる位置へ向かう。
 どこへ向かったのはは、配布された個人にしかわからない。
 ちなみに俺は、このスタート地点だったりする。

「ふぅ、一時間逃げ切れば勝ち……か」

 今回のルール上、参加者は二つに分かれるだろう。
 一つは自分の順位を守りながら、より上位の参加者を追う者。
 そして、順位が最初から低い者は、逃げることは考えず上位陣を探し、追い回すことに徹する。
 対して俺の場合は、この二つには当てはならない。
 なぜなら、俺より上はいないから。
 一位である俺は、一時間残りの約一五〇人から逃げ続けなければならない。

 正直、ちょっとしんどいと予想している。
 強化魔術以外は使えず、相手を必要以上に攻撃することも禁止されているから、俺は逃げるしか出来ない。
 せめて攻撃が許可されていれば、追ってきた人たちを返り討ちに出来るのに……

 とか物騒なことを考えている内に、全員が所定のポイントへたどり着いたようだ。
 合図は先生がもっている大筒の魔道具。
 とても大きな音がなるから、森全域に聞こえるそうだ。

「リンテンス、君も準備はいいか?」
「はい」
「よし、では始める。両耳を塞いでくれ」

 先生の指示に従い、両耳を手で覆う。
 大筒を構え、発射ボタンを押せば――

 ドンッ!

 空気の振動で身体がゆれるほどの爆発音が響き渡った。

 うるさっ!

 心の中でそうツッコンで、俺も森の中へと駆けていく。
 さて、早々に何人かの気配があるな。

「いたぞ!」
「ラッキーだぜ」

 さっそく二人。
 開始から十秒足らずで接敵した。
 スタート地点が近かった者だろう。
 一人は幸運を喜んでいるようだが、果たしてそれはどうかな?

「捕まえられるかな?」
「なっ――」
「速すぎんだろ……」

 一瞬で目の前から消えた俺に、唖然とする二人。
 直接声が聞こえなかったが、嘘だろとか言ってたと思う。
 数人ならこの通り、簡単に引き離せるが……

「エメロードだ!」
「おい待て!」
「はっはは! 次から次へと」

 止まらない。
 どこへ逃げようとも、俺以外の百四十九人が襲ってくる。
 見つかれば追われ、隠れていてもこの人数ならすぐにバレる。
 ならば走り回るしかない。
 休んでいる暇など、今の俺にはないようだ。

「リンテンス!」
「グレンか」

 開始十五分。
 早々に大本命の鬼と出くわしたな。

「今度こそ捕まえるぞ!」
「次も逃げきってやるさ!」

 追うグレン、逃げる俺。
 木々の間をすり抜け、他のクラスメイトたちも避けていく。
 最短ルートかつ人が少ない場所を選びながら進む。
 少しでも判断を誤れば、後ろから迫る鬼に丸のみにされるぞ。

「みーつけた!」

 今度はシトネか。
 グレンに追われる途中で、木の枝を掴んでシトネが現れる。
 
「ほい! あー惜しい」
「危ないなぁ」

 シトネは枝から枝へ飛び移り、上から落ちるようにして俺を捕まえようとした。
 横に跳んで躱したけど、思ったよりスレスレだったな。
 地上を走る他のクラスメイトと違って、シトネは周囲の地形を巧みに使ってくる。
 立体的な攻め方をされると、単純に速い相手より厄介だな。

「やるな! シトネさん」
「えっへへ~ リンテンス君はグレン君には渡さないよ」
「いいや、彼は僕が貰うよ」

 何だか別の意味に聞こえてくるな。
 複数人から詰め寄られているのも、何だか新鮮味を感じる。
 そんなことをシミジミと感じていた俺の背後に、新しい気配が出現。

「油断しましたね」
「セリカ!?」

 背後にいたのはセリカだった。
 恐ろしいことに、接近されるまで気配がまったく感じられなかったんだ。
 すでに彼女の手は、俺の腰から伸びるそれに触れている。

 とられる――

 瞬時の状況判断。
 俺の身体は、その直感に反応して動く。
 両脚で急ブレーキをかけ、そのまま後ろへ一回転。
 セリカの背後へ回る。

「――! これを躱すのですね」
「ギリッギリだよ」

 まったく油断できない。
 グレンとシトネ以上に注意が必要だな。

「しかし、よろしいのですか?」

 ふと、後になってから気付く。
 俺はずっと追われていた。
 そこへセリカの奇襲。
 宙返りで躱した先は、当然グレンとシトネがいる。

「そちらは死地ですよ」

 そうだった。
 改めて、自分以外は全て敵だと思い知る。
 前方にはグレンとシトネ、後ろにはセリカ。
 左右の木々の間からも、他のクラスメイトが迫っている。
 示し合わせたわけではないだろう。
 ただ、俺を捕まえるという彼らの目的は一致していた。
 故に偶然が重なって、共闘したようになっている。

 平面上に逃げ場はない。
 ならばどうするか?
 当然上に逃げるしかない。
 俺は大ジャンプで空中へ回避する。
 しかし、そうなると当然グレンたちも追ってくるだろう。
 最初に反応したのはやはりグレンだった。

「空中では避けられないだろ?」

 後から跳んだグレンは、俺に目掛けて突っ込んでくる。
 確かに、強化魔術しか使えないルール上、空中へ逃げることは自殺行為だろう。
 でもそれは――

「そっちも同じだろ」

 俺は身を捻ってグレンを躱す。
 そのまま脚を掴んで、背を踏み台にする。

「じゃあな」

 思いっきり踏んで、俺は斜め前へ跳び出す。
 攻撃は禁止のルールだけど、相手に触ることは禁止されていない。

「くっ……やられたな」

 現在十五分。
 残り時間……四十五分。