【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 他人事には思えない。
 シトネの話を聞きながら、心の中でそう思っていた。
 両親に見捨てられる悲しみ。
 周囲から向けられる蔑んだような視線。
 理由は違っても、俺はそれらをよく知っている。
 どれだけ時間が経とうとも、忘れられない記憶というのは存在する。
 俺も彼女も、それが悲劇と言う点で一致していた。

「えっと、結局はそんな感じの理由で……自分のためかな? 相応しくないってわかってるんだけどね」

 そう言って、彼女は申し訳なさそうに笑う。
 俺はそんな彼女に首を振り、答える。

「そんなことないよ。他の誰かが、自分みたいな気持ちになってほしくない。シトネはそう思ってるんだろ?」
「……うん」
「だったらそれは、とても優しくて立派な理由だと思う。少なくとも俺より何倍も誠実だよ」

 俺が聖域者になりたい理由。
 それを思い返すと、虚しく笑えて来る。
 彼女の話を聞いた後では特にだな。

「リンテンス君の理由は?」
「聞いても大した理由じゃないぞ?」
「ううん、知りたい」
「……そっか。うん、前に話したと思うけど、小さい頃の俺は神童なんて呼ばれてたんだ。周囲からの期待も大きくて、両親も……優しかった。でも――」

 優しさの方向が違ったのだと、今ではわかる。
 あの日、雷に打たれて全てが反転した時から、ハリボテだった多くのものは崩れ落ちた。
 残されたのは自分一人だけ。
 そんな俺を、師匠が見つけだして、救い上げてくれた。

「まぁ要するに見返したいんだよ。俺を追い出した人たちをさ。ほら、俺のほうこそ自分のためだけ……しょうもない理由だろ?」
「ううん、そんなことない」
「ありがとう。シトネは優しいな」
「違うよ。優しいのはリンテンス君のほうだよ」

 シトネは真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
 前のめりになって、気持ちが高ぶっているのが伝わった。
 そうして続ける。

「森で出会ったときも、入学試験のときも、今日だってリンテンス君は私に優しくしてくれる。こんな見た目の私を……ちゃんと見てくれる。リンテンス君は他人のために本気で怒れる人だって、私は知ってるから」
「シトネ……かもしれない。でも、それは今の俺だからなんだよ。もしも歯車が一つずれていたら、俺も他の奴らみたいに」
「ならない! ぜーったいにならないよ!」

 シトネは身体を乗り出して、テーブルの上に置いていた俺の手を握る。
 ぎゅっと、確かな力で優しく。
 そのぬくもりが伝わって、ドキッとしてしまう。

「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いや、だ、大丈夫だ!」

 パッと手を放し、シトネも俺も恥ずかしくて顔を逸らす。
 そして俺は、直前に言われた彼女の言葉を思い返す。

 絶対にならないよ……か。

「ふっ」
「リンテンス君?」
「あーいや、何でもない。お互い頑張らないとな」
「うん! 聖域者になれるのは一人だけだもんね」
「ああ」

 ふと、俺は思う。
 もしも自分が聖域者になれたのなら、彼女のような先祖返りが、普通の一生を終えられる世の中にしたいと。
 聖域者に与えられた様々な特権を使えば、それも可能だと思う。
 ただ、俺はそれを口にしない。
 だってそれは、彼女の想いを踏みにじることに繋がるから。
 彼女は彼女の意思でこの街に来た。
 その覚悟を、俺は尊重したいと思う。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「遂にこの日が来たね!」
「ああ」

 合格発表当日。
 今日の正午に、魔術学校では合格者とクラス分けが発表される。
 俺とシトネは出発の準備をして、玄関に集まっていた。

「いやはや、一週間とは短いものだね~」

 師匠が感慨にふけるようにそう言って、俺とシトネを見回す。

「本当は、君たち二人のイチャコラをもっと眺めていたいのだが……」
「イチャコラって……してませんよ」
「おやおや? そう照れなくてもいいのに~ 昨日のデートも良い雰囲気だったじゃないか」
「え、み、見てたんですか?」

 シトネが驚いて目を見開く。
 対して俺は、やっぱりかとつぶやく。
 師匠は千里眼を持っているから、離れていても俺たちの状況は見える。
 
「はぁ……凄い力を覗き見に使わないでくださいよ」
「はっはっはっ! 弟子の成長を見守るのも師匠の役目さ。さぁさぁ二人とも急がなくていいのかい?」
「わかってます」
「あの! 一週間お世話になりました!」

 シトネが深々とお辞儀をした。
 師匠は手を横に振りながら答える。

「そう畏まらないでおくれ。僕も楽しかったよ。どうせなら入学後も、この屋敷で暮らせばいいのに」
「え、あ、そこまでお世話になるのは」
「悪くないよ。少なくとも私は嬉しい。リンテンスと二人だけより、君がいてくれたほうが華やかだ」

 そう言いながら、師匠は俺に視線でアピールしてくる。
 
「まぁ、確かにそうですね」
「ほら! 家主もああ言っている。それに学生寮は何かと不便だ。特に君の場合は、あまり良くないことも起こるかもしれない。家とは帰り安らげる場所だ」
「そ、そうですね。えっと……」
「シトネが決めていいよ」

 困っている様子のシトネに、俺は囁くようにそう言った。
 結局は彼女の意思次第だ。
 すると、シトネはしばらく考えて、顔を上げる。

「じゃあ、お願いします!」
「うん! 良い返事だ」

 師匠もニコニコ。
 よっぽどシトネのことが気に入ったらしい。
 かくいう俺も、本音を言えば嬉しいけど、恥ずかしいから言わない。
 俺とシトネは屋敷を出て、魔術学校に向った。
 もうすぐ正午になる。
 少し出遅れたから、張り出される校舎前は混雑しているだろうな。

「緊張してるのか?」
「う、うん。昨日は平気だったんだけど、いざってなるとやっぱりね。リンテンス君は相変わらず余裕そうで凄いな~」
「俺の心配は、受かってることより順位だからな」

 願わくば首席で合格していたい。
 不安があるとすればその一点に限る。
 俺たちは学校前に着くまで、他愛のない話をしながら歩いた。
 緊張と不安を誤魔化すように。
 
 そうして、学校の敷地内へと入る。
 予想通りの大混雑で、発表される掲示板前は特にひどい。
 人混みが続いていて、近づくのも難しそうだ。

「み、見えないよ~」
「ちょっと待つか」

 しばらく待って、徐々に人が減っていく。
 帰っていく大半が、結果を見て落ち込んでいる受験者ばかりだ。
 合格していた者たちは、飛び跳ねたり騒いだりして、楽しそうに話している。

「いよいよだね」
「ああ」

 道が出来て、俺たちは掲示板へ近づく。
 一歩進むたびにシトネが緊張して、それがこっちにも伝わってくるようだ。
 俺たちは恐る恐る顔を上げる。
 そして――

「「あった!」」

 お互いの名前を見つけて、思わず声に出していた。
 まったく同じタイミングで見つけて、二人で顔を見合う。
 シトネは嬉しそうな顔をして、瞳は涙で潤んでいる。

「や、や……やったよぁ」
「ちょっ、シトネ?」

 そのまま感極まって、彼女は俺に抱き着いてきた。
 まだ大勢の人が周りにいる状況で、さすがの俺もどう反応して良いのか困る。
 でも、尻尾をふりふりさせているのを見て、俺は小さく微笑む。
 この日にかけた想いが、彼女の表情や声から溢れている。

「おめでとう」

 だから、彼女の頭を優しく撫でた。
 昨日の話を思い出して、きっとたくさんの苦労があったのだろうと予想できる。
 
「お互いこれからだな」
「うん!」

 入学はスタートラインでしかない。
 それでも、今は喜びに浸ってもいいじゃないか。

 少し経って、落ち着いたシトネ。
 改めて掲示板を見る。
 俺の名前は、合格者の上から二番目に書かれていた。

「凄いよリンテンス君! 次席だよ!」
「ああ、いや、首席狙いだったんだけどな」

 何となく予想はしていたよ。
 筆記、実戦ともに高い成績を収めた自負はある。
 ただ俺の場合、適性を測る実技試験は厳しかった。
 あそこで大きく減点があったのだろう。

「主席は……グレン・ボルフステン」
 
 ボルフステン家か。
 確か、エメロード家に並ぶ魔術師の名門貴族。
 一世代前の聖域者にも、ボルフステン家の出身者がいたな。
 なるほど、あの家の出身が参加していたのなら、主席になるのも頷ける。
 どんな奴なのか気になるな。

「次席でもすごいよ!」
「はははっ、そういうシトネだって上から数えたほうが早いじゃないか」
「えっへへ~ ありがとう」

 シトネは七番目の成績だったらしい。
 お互いこれで、特待クラスへ所属できることは決まった。
 聖域者になるための第一歩は、これで果たされたようだ。
 
 余韻を感じつつ、俺たちは校外へと出る。
 シトネは一度村に戻って、荷物の整理をしてから王都に帰って来るそうだ。

「途中まで送るよ」
「ううん、そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ」
「今さら遠慮しなくて良い。このまま帰ったら、どうせ師匠に色々言われるからな」

 男としてちゃんと見送らないと駄目じゃないか!
 まったく君は……これだからモテないんだぞ?

 とか言われること間違いなし。
 想像しただけでムカつくから、今日の夕飯は野菜ばっかりにしようかな。

「そう? じゃあお言葉に甘えるね」
「ああ」

 それから王都の外まで一緒に行って、適当な馬車を借りた。
 運転はしたことがあるというし、引っ越しなら荷物も多いだろうからな。
 それとお互い名残惜しかったのか、普段より歩くペースも遅い。
 気が付けば夕方になっていて、慌ててシトネは馬車に乗り、王都を出発した。

「気を付けてなー!」
「うん! また後でねー!」

 互いに手を振り別れる。
 また後でという言葉が、これほど待ち遠しいと感じたのは、生まれて初めてかもしれないな。
 さて、彼女が戻ってくるまでにやることは多いぞ。
 屋敷の掃除は絶対だし、生活用品も一人分追加しないとな。

「いや……その前に一番の厄介事を済ませるか」

 俺はそう呟いて帰路につく。
 あえて、普段なら絶対に通らない道を進む。
 人通りが少なく、大きな声で叫んでも、周囲の建物に反射して空に響くだけ。
 仮に事件が起こるなら、こういう場所なのだろうと思う。

 そう、だから――
 暗殺するなら打ってつけのタイミングだ。

「――!?」

 風を斬り裂く音が聞こえる。
 トンと地面に着地して、彼らは驚愕していた。
 そこには誰もいない。
 刃を振るった相手は、いつの間にか姿を消していた。

「やはり暗殺者……それも三人か」

 彼らは声の主に気付いて振り返る。
 その視線の先に立つ俺は、ポケットに手を入れて余裕を見せる。

 暗殺者の一人が呟く。

「青い雷?」
「ん? あーそうか、そういえば()()()には赤いほうしか見せてなかったな」

 暗殺者がわずかに反応を見せる。
 わかっていたことだが、彼らの雇い主が確定した。
 
 ずっと感じていた。
 昨日、シトネと王都の街を回っていた時からだ。
 多くの視線の中にポツリポツリと、気味が悪い視線が混ざっていた。
 悪意や敵とも異なる。
 無機質で、不透明な感情の視線……その中に潜む僅かな殺気を、俺は感じ取っていた。

「もちろん確信はなかったけどな。当たったみたいで良かったよ」
「……どうやって見抜いた?」
「気づいたのは俺だけど、見つけたのは俺じゃない。俺の師匠は目が良くてね? 盗み見しているのが、自分たちだけだと思ったら大間違いだぞ」

 俺とシトネの様子を、師匠は千里眼で見ていた。
 理由はまったく別のことだったけど、偶然にもそのお陰で、怪しいこいつらを発見出来たわけだ。
 そう言う意味では、師匠の盗み見も悪く言えないな。

 やれやれ。

「あーちなみに、今の話をしているなら答えはこれだ」

 バチバチ。
 俺は纏っている電撃を見せて言う。

「生体電気。音や気配を消していても、身体の中を流れる電気は誤魔化せない。俺はそういう微弱な電気の流れがわかるんだよ」
「なるほど……参考になった」

 暗殺者は武器を構える。

「参考ねぇ~ 残念ながらそれを生かす機会は、金輪際訪れない」

 俺も拳を握り、戦闘態勢をとる。
 敵は暗殺者三人。
 三人とも結構な手練れだ。
 気配の誤魔化し方、身のこなしや雰囲気。
 もしも襲われたのが俺じゃなければ、殺されていただろうな。

 トン――と音はしない。
 三人は音を置き去りにする速度で動き、刃を俺の喉元へ振るう。
 が、これはかすりもしない。
 彼らの視界から俺は消え、続けて二人が倒れる。

「ぐほっ!」
「うっ!」
「――また躱しただと!?」
「当たり前だろ? 俺のほうが速いんだからな」

 色源雷術――蒼雷(そうらい)
 俺が纏っている蒼い雷は、俺が新たに編み出した魔術の一つ。
 いわば強化魔術の一種で、蒼雷を発動している間、身体能力が爆発的に高まる。
 肉体強度はもちろん、五感も研ぎ澄まされ、あらゆる状況への対応力が向上する。
 従来の強化魔術と併用すれば、拳でドラゴンと殴り合えるほどだ。

 後ずさる暗殺者。
 俺は再び構えを取り、纏った雷を光速で巡らせる。
 そして、蒼雷発動中の速度はまさに――

「くっ……」
「逃がさない」

 雷のごとし!

「っ……おぁ」
「恨むなら、お前たちを雇ったあいつを恨んでくれ」

 俺の拳が暗殺者の鳩尾を抉り、血反吐を吐いて倒れ込む。
 静かに、あっけなく戦いは終わった。

「ふぅ、これで一安心……ってわけにもいかないか」

 暗殺は失敗しても、雇い主をどうにかしないとな。
 一応目星はついているとはいえ、相手は貴族だ。
 下手に動くと、逆にこっちが不利になるかもしれない。
 ここは慎重に、慎重にどうしようか。
 確実な証拠は最低限必要だとして、あとは俺の発言を聞いてくれるかどうか。

「こいつらから情報を読み取る魔術が使えたらな~」
「なればその役、ワシが請け負おうか」
「えっ……あなたは――」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 とある貴族の屋敷。
 夜遅いというのに一室だけ明かりがついている。
 といっても小さな明かりだ。
 机一つを照らせる程度の弱々しい明かり。
 その中に一人、ニヤニヤと笑う男がいた。

 トントントン――

「ん? こんな時間に誰だ?」

 彼は徐に立ち上がり、扉の前へと歩み寄る。
 道中に大きいほうの明かりをつけて、扉を開ける。

「父上?」

 扉の前では、彼の父親が立っていた。
 険しい表情で彼を見つめている。
 そして、彼は父親の後ろにもう一人の姿を見る。
 その瞬間、彼は動揺し三歩下がった。

「こんばんは」
「な、なぜお前がここにいる!」
「なぜ……か。いろんな意味を含んでいそうな問いだな。一先ず今は、さっきはお世話になりました、とだけ答えておこう」
「……何の話だ?」
「わかっている癖に」
「何の話かさっぱりわからないな。それよりこんな夜遅くに貴族の屋敷を尋ねてくるなんて、無礼じゃないか?」
 
 彼はしらを切ろうとする。
 知らぬ存ぜずを通せば誤魔化せると思っているのだろう。

「ルフス」

 父親が彼の名を呼んだ。
 ピリッとした空気が立ち込める中、父親は彼に言う。

「お前が彼に……暗殺者を仕向けたのだな?」
「なっ、何を言っているのですか父上。この僕がそんなことをするはずないじゃないですか! まさか、そこの男の意見に耳を傾けたとでも? 証拠も何もないというのに」
「……」

 父親は黙り込む。
 悲しそうに目を瞑り、後ろへと振り向く。

「証拠ならあるさ。暗殺者の記憶から、依頼のやり取りまでのぞかせてもらったよ」
「は? ありえないな。君は雷魔術しか使えないだろう?」
「ああ、だから俺じゃない」

 俺の後ろから一人、
 白く長い髭を生やした老人がやってくる。
 彼はその老人を見た途端、顔色を変え、目を丸くする。

「記憶を読み取ったのはワシじゃよ」
「な……ナベリウス学校長!? なぜ貴方がここに!」
「なに、彼とは縁があってのう。それよりルフス君、ワシはとても残念じゃよ。君の合格は取り消させてもらおう」
「っ……待ってください!」
「ならん」

 学校長はハッキリと、力強い言葉で言う。

「君は人を殺めようとした。それも他人の手を借り、自らは手を汚さない方法でじゃ。これより君は罪人として処罰される」
「そ、そんな……」
「悔い改めよ。自らの行いを見つめ、反省し、これからの償いに活かしなさい」

 学校長のありがたい言葉は、たぶん彼には届いていない。
 あるのは純粋な絶望だけだ。
 でも、全然不憫には思わない。
 強いて一つ謝ることがあるとすれば……

 ごめんな。
 お前の名前……今初めて知ったよ。
 罪人となったルフスは、王国の役人に連行されていった。
 残された両親はその責任を取らせられることになる。
 彼の家も相当な名家だったようだが、これで家の名に大きな傷がついただろう。
 一時の感情に任せると、身を亡ぼすといういい例だ。

 その数時間ほど前に遡る。
 路地で倒れている暗殺者たちは、まだ死んではいない。
 気絶した彼らの額に触れ、情報を読み取る。
 干渉魔術と言って、極めて特殊な属性魔術の一つだ。

「うむ、わかったぞ」
「どうでしたか?」
「君が予想した通りじゃよ」
「そうですか」

 ここ最近の出来事を振り返っても、恨みをかうなら彼だからな。
 予想通りとは言え、何だか複雑な気分だ。

「この者たちはワシの部下に任せよう。リンテンス君はワシと一緒に、雇い主の元へ行くとしようかのう」
「え、はい。ありがとうございます」

 この人の名前はナベリウス・セロト。
 サルマーニュ魔術学校のトップにして、数々の聖域者を育てた師でもある。
 かくいう師匠も、この人から魔術を学んだとか。
 話には聞いていたけど、会うのがこれが初めてだ。
 ちょっと緊張するな。

「でも、学校長がどうしてこんな場所に?」
「なに、アルフォースからお願いされてのう。弟子に悪い虫がついておるから、何とかしてくれと」
「師匠が?」
「そうじゃ。自分が出て行くと余計ややこしくなるからと言ってな」

 そうだったのか。 
 師匠はこの件に関して……

「ボクは狙われてないし、君に任せるよ~」

 とか心無いことを言っていた癖に。
 何だかんだで、俺のことを心配してくれていたのか。
 よし、夕飯は肉も入れよう。

「さぁ行こうか」
「はい」

 そうしてルフスの家に向い、先に父親に話を通した。
 後はすでに見た通りの結末だ。
 それから俺は、校長先生に連れられ、校長室に案内された。
 歴代の校長の絵が飾られていて、奥には偉い人が座る椅子と机がある。
 俺は手前の向かいあったソファーに座り、学校先生が対面に座る。

「いや、すまんのう。大変な出来事があった後だというのに」
「そんな、大したことはなかったですから」
「ほっほっほっ! あの手練れを相手にその感想とは。さすがアルフォースが弟子にとっただけのことはあるのう」

 この言い方……もしかして途中から見ていたのか。
 俺の感知には引っかからなかったし、師匠みたいに千里眼でも持っているのかな。
 校長先生は紅茶をずずっとのみ、カップを置いて俺を見る。

「実はのう。君とは一度、こうして話してみたいと思っておったのじゃ」
「そうだったんですね。俺も、校長先生とは話してみたいなと思っていました」
「ほう、そうじゃったのか?」
「はい。師匠の師匠だった人ですから」

 彼は生涯に三人の聖域者を育てている。
 うち一人が俺の師匠アルフォース・ギフトレン。
 現代最高の魔術師を育てた人だ。
 どんな人なのかと、ずっと興味があった。

「ほっほっほっ! 何もワシが凄いわけではない。アルフォースを含め、彼らが努力した結果じゃ」

 などと謙遜しているが、彼の指導は大きい。
 偶然で三人も聖域者になることはあり得ないからな。
 魔術師を育てることに関しては、この人より優れた指導者はいないだろう。
 
「師匠も呼べばよかったですね」
「いや~ あやつは呼んでも来んじゃろう」
「えっ、どうしてです?」
「君も聞いておるじゃろ? あやつはワシのことを何と言っておった」

 そう尋ねられて、納得した。

「見た目は優しそうに見えるけど、中身は鬼か悪魔だ……と」
「ほっ! あやつめ変わらず悪態をつきおって。今回の連絡も顔を見せず、一方的な通信のみじゃったからのう」

 それはたぶん、顔を見合わせると説教が始まるからだと思います……
 師匠のスパルタは、この人譲りなのでは?
 とか思いながら、俺は乾いた笑いを見せる。
 すると、校長先生は不意に切なげな表情を見せ、改まって俺に尋ねてくる。

「アルフォースは元気かのう?」
「はい。元気だと思いますよ」
「そうか」

 何だか深みのある声色だった。
 しみじみと思い出にふけっているようにも見える。
 もしかすると、師匠とこの人の間では、他にも色々とあったのかもしれない。

「あーそうじゃった。リンテンス君、合格おめでとう」
「ありがとうございます」
「素晴らしい成績じゃったな。首席とも僅かな差であったが、今年の一年生は粒ぞろいじゃ。一緒に居った先祖返りの女の子ものう」
「シトネですか? ええ、独学であそこまで鍛え上げるなんてすごいですよ」
「ほう! 独学じゃったのか! なればこの先もっと伸びるのう」

 校長先生は楽しそうに語っていた。
 シトネのことも褒めているし、偏見とかはなさそうでホッとする。
 当たり前か。
 師匠の師匠なんだから。

「さて、君はこれから大変じゃな。他の者たちよりも、道は過酷じゃろう」
「はい。わかった上でここに来ましたから」
「弟子の弟子だからと言って、贔屓するつもりはないからのう?」
「わかっています。俺は自分の力で、聖域者まで上り詰めて見せますよ」
「ほっほっ! 期待しておるぞ」

 夜の対談はこうして終わる。
 ハプニングがきっかけで、思いがけず嬉しい時間が過ごせたな。
 まぁもっとも……屋敷でお腹を空かせている師匠のことは、途中まで忘れていたのだけど。
 入学式の一週間前。
 俺は普段通りの時間に起きて朝食をとり、午前中は日課の自主トレーニングに励んでいた。
 すると、玄関側からヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえる。
 誰か来たのかと思い、玄関側に回ってみると、一台の馬車が停まっていた。
 チラッと、黄色いふさふさの尻尾が見える。

「ただいま! リンテンス君!」
「おかえり、シトネ」

 馬車に乗っていたのはシトネだった。
 合格発表の日に、彼女は荷物整理をするため生まれ故郷の村に戻っていたが、無事に戻ってこられたようだ。
 彼女はぴょんと馬車から飛び降りて、俺の所まで駆け寄ってくる。

「元気だった?」
「見ての通り。そっちは?」
「私も元気だよ!」
「なら良かった。思ったより早かったね」

 予想では入学の三日前くらいに戻ってくるものだろうと思っていた。
 何の根拠もない予想だけど、引っ越しとなれば準備にそれなりの時間がかかるのかと。

 シトネはちょっと恥ずかしそうに笑い、ちょんちょんと頬に手を当てながら、満面の笑みを見せて言う。

「えっへへ~ 早くリンテンス君に会いたくて、急いで準備してきたんだ!」

 その笑顔に、思わずドキっとしてしまう。
 前々から感じていたけど、シトネはこういうことをストレートに言うから、いろんな意味で心臓に悪いな。
 いや、めちゃくちゃ嬉しいのだけど。

「ありがとう。俺も会いたかったよ」
「本当?」
「ああ」
「そっか~ えへへ~」

 ニタニタと嬉しそうに笑うシトネ。
 微笑ましくも恥じらいのある表情を見ながら、俺もほっとしたように息をつく。

「おやおや、再会早々イチャつくなんて、見せびらかせてくれるじゃーないか」
「うっ、師匠……」
「アルフォース様! ただいま戻りました!」

 いつの間にやら師匠が後ろに立っていた。
 俺が気付けないってことは、隠ぺいと気配遮断の魔術でも使っていたのか。
 聖域者の力をこんな場面で使わないでほしいよ。

「やぁ、シトネちゃん。無事にここまで戻ってこられたようで安心したよ。道中危険はなかったかい?」
「はい! ぜーんぜん平気でした。王都の周りは平和ですね」
「いやいや最近はそうでもないさ。ついこの間も、どこかの誰かさんが街で暗殺者に狙われたようだし」
「そ、そうなんですか? その人は大丈夫だったのかな」

 その人は彼女の隣に立っているのだが……

「安心したまえ。暗殺者を返り討ちにしてピンピンしているよ」
「返り討ち? 凄いですね! どんな人なのかな~」

 だから……いや、あえて説明することでもないか。
 褒められているはずなのに、何だか全然嬉しくもないし。
 師匠も面白がっているな。

「やれやれ」

 また賑やかな毎日が始まる。
 そう思うとちょっぴり嬉しくて、二人に見えないように笑った。

 そして――

「どう? 制服似合ってるかな?」
「ああ」
「やった! リンテンス君も良い感じだね」
「ありがと」

 支給された制服に着替えて、俺とシトネは屋敷の玄関に集まっていた。
 そこへ師匠がやってきて言う。

「二人とも忘れ物はないかい?」
「はい!」
「大丈夫ですよ」
「そうかそうか! これで君たちも、晴れて魔術学校の一年生だね」

 サルマーニュ魔術学校。
 その入学式が今日、これから行われる。
 初めて着た制服は、どちらかというと着せられている感じが凄い。
 何だか落ち着かないが、じきに慣れるだろう。
 
「じゃあ師匠、昼過ぎには帰ってくると思うので」
「ああ、いってらっしゃい」
「「行ってきます」」

 師匠と屋敷にあいさつをして、俺たちは魔術学校へと向かった。
 ソワソワしたり、ワクワクしたり。
 せわしない様子のシトネが隣にいて、こっちにも緊張が伝わってくる。
 道中、校舎へ近づくにつれ、徐々に同じ制服の人たちが増えてきた。
 皆、俺たちと同じ新入生だろう。
 ちなみに、胸に黄金のバッチを付けている生徒は、特待クラスに属する生徒だ。
 俺もシトネもつけていて、光の反射で光るから目立つ。

「ま、また見られてるよぉ」
「はははっ、これにも慣れないとな」

 これから三年間。
 俺とシトネは色々な意味で注目されるだろうからな。
 
 入学式が行われるのは闘技場だ。
 百五十人に加え、在校生徒の三百人弱と、教員や一部保護者も参列している。
 さらにはこの国のトップである陛下も、特等席からご観覧されているそうだ。

「き、緊張するね」
「そうか? 俺たちには役目もないし、気楽だと思うけど」
「う~ん……でもやっぱり緊張する」

 シトネは尻尾を小さく揺らしてそう言った。
 人混みの中にいることも、彼女にとってはストレスなのかもしれない。
 とは言え、本当に立って話を聞いているだけだから、俺たちは気楽なものだ。
 大変なのは主席に選ばれた生徒。
 新入生代表としてあいさつをしなくちゃならない。

「続いて新入生代表挨拶。新入生代表――グレン・ボルフステン君」
「はい!」

 ちょうど代表挨拶の時間になったらしい。
 豪華に用意された壇上へ上がったのは、燃えるような赤い髪の美男子。
 彼こそ入学試験を首席で合格した生徒であり、名家ボルフステン家の嫡男。
 聖域者を目指す俺にとって、最大のライバルになり得る生徒だ。

 淡々と定型文を読み上げていく。
 堂々とした立ち振る舞いは、さすが名門貴族と言える。

「最後に、私と同じく入学した皆さん。共に学び、競い合い、魔術師の頂である聖域者を目指しましょう。仲間として、ライバルとして」

 ん?
 今、彼が俺を見たように思う。
 パチパチと拍手が聞こえる中で、確かに目が合った。
 入学式が終わると、各クラスに分かれてオリエンテーションが行われる。
 五階建ての校舎の二階が、俺たち新入生の教室が並ぶ階層だ。
 特待クラスの教室は、階段を昇ってすぐ右隣りにある。
 三十人一クラス。
 弧を描くように席が並び、段々上に一つずつ上がっている。
 席の指定は特になくて、各々が好きな席へ座った。
 俺とシトネは、窓側の一番後ろの席を選んだ。

「いいのか? もっと近いほうが黒板見えやすいぞ」
「大丈夫! 私は目が良いから」
「ああ、そういえばそうだったな」

 入学試験でも見せつけられたっけ。

「リンテンス君こそいいの?」
「俺も端っこが良いんだ」

 この位置なら、嫌な視線も少ないだろうしな。
 席は四十あって、四つが並んでいる。
 俺の隣は空いているが、たぶん誰も座って来ないだろう。
 そう思っていたのだが……

「隣いいかな?」

 そいつは平然と声をかけてきた。
 燃えるような赤い髪は、近くで見るほど濃くて重たい。
 
「グレン・ボルフステン」
「ああ。君はリンテンス・エメロードだね?」
「そうだけど?」

 まさか彼から話しかけてくるとは予想外だった。
 周りの空気がぴりつく。
 シトネも俺の横で隠れるように、じっと身を潜めている。
 名家同士とは言え、面識はなかったはずだが。

「それでいいかな?」
「別に構わないよ」
「ありがとう。では失礼するよ」

 そう言って彼は俺の隣に座った。
 もう一人、銀色の髪の女の子が彼の隣に座る。
 師匠に似た髪色だけど、こっちは氷のように冷たい感じがする。

「ああ、彼女かい? 彼女はセリカ、僕の専属メイドで、同じクラスメイトだ」
「メイド?」
「初めましてリンテンス様。セリカ・ブラントと申します。以後お見知りおきを」
「どうも」

 丁寧なあいさつだが、どこか無機質で、感情がこもっていない。
 続けてグレンの視線は、俺の横にいるシトネに向く。
 シトネもそれに気づいて、びくっと大げさに反応した。

「そちらは、シトネさんだったかな?」
「は、はい!」
「そう畏まらないでくれ。ここでは貴族の位も関係ないから」
「……わ、わかりました」

 と言いながら、緊張はまったく取れていない。
 グレンからは貴族らしい風格も感じられて、シトネには神々しく見えるのかも。
 俺も一応貴族だが、出会い方があれだったし、随分と反応が違うな。

「僕のことはグレンでいいよ」
「そうか。じゃあ俺もリンテンスでいいよ」
「了解だ。これからよろしく頼むよ」
 
 グレンは俺に握手を求めてきた。 
 名門貴族の嫡男であれば、俺に対しての偏見は大きいだろう。
 と、勝手に思い込んでいたが、どうやら彼は違うようだ。
 ほっとした気持ちが半分と、申し訳なさが半分混ざり合う。

「ああ」

 彼とは仲良くなれそうだな。
 そう感じながら、俺は彼の手を取ろうとする。
 が、途中で気付いた。
 彼ではない。
 周囲から俺に向けられる敵意の視線。
 言葉にはしていなくとも、彼に対して馴れ馴れしく、対等のように話していることが気に入らない。
 そう言っているような視線が刺さって、俺は途中で手を止めた。

「こちらこそよろしく」

 すまないとは思っている。
 だが、これ以上余計な心配事は増やしたくない。
 前みたいに夜道を襲われたら面倒だからな。
 チラッと見えた彼の顔は、少し寂しそうにも見えた。

 そして時間が過ぎ、オリエンテーションが始まる。

「担任のガラドだ。今日から一年間、このクラスを受け持つことになった。皆、よろしく頼む」

 担任からの挨拶が淡々と終わり、続けて生徒の自己紹介に移る。
 順番は入学試験の成績順だと言われ、最初にグレンが立ち上がった。

「皆さんこんにちは、グレン・ボルフステンです。三年間、共に競い合い、高め合いましょう」

 彼は端的に済ませたようだ。
 パチパチと温かい拍手が響く。
 続けて名前を呼ばれたのは、次席である俺だった。

「リンテンス・エメロードです。よろしくお願いします」
「あいつが落ちこぼれの……」
「ああ、雷属性しか使えないんだろ?」

 ぼそぼそと噂を口にするクラスメイトたち。
 拍手こそ起こったが、グレンのときとはえらい差だな。
 仕方ないことだが、俺はもう慣れている。
 そう、俺は良いんだ。
 でも――

「シトネです。色々と初めてのことで緊張していますが、どうぞよろしくお願いします!」

 彼女の元気な挨拶にも、チラホラ心無い言葉が聞こえてくる。
 わかっていたことだ。
 彼女自身も覚悟していただろう。
 だが、それでも悲しいことは変わらない。
 聞いている俺も……不快だな。

 自己紹介が終わり、注意事項が話された。
 登校初日は午前中で終わる。
 正午前に自由行動を言い渡され、俺たちは一息つく。

「まだ時間があるな。シトネはどうする?」
「う~ん、ちょっと校舎を見て回りたいかな? でもあんまり遅くなるとさ」
「ああ」

 また師匠がブーブー言いそうだ。
 ただ、一時間くらいの余裕はあるし、簡単に見て回るなら大丈夫だろう。
 
「あれが次席って冗談だろ?」
「だよな。絶対何か不正を働いたんじゃないか? エメロード家って一応は名家だしさ」
「お金の力? 汚いな~」
「さすが名門貴族の落ちこぼれ」

 教室を出ようと立ち上がったとき、俺に向けられた視線と言葉に立ち止まる。
 先生がいなくなった途端にこれだ。
 やれやれ、本当にどうしようもないな。

「リンテンス君」
「気にするな」

 相手にするだけ損だ。
 無視して教室の出口へ向かう。

「獣臭そうな従者までつれてるしよ~」
「だな。趣味も気持ち悪いとか終わってるぜ」

 ピタリと、足を止める。
 俺のことは良い。
 どう言われようと、もう慣れてしまっている。
 だがな?
 シトネのことを知らない連中が、彼女を悪く言うなよ。

「やめないか」

 怒りと共に振り返る。
 そんな俺の視界に、グレンの姿が飛び込む。
 俺の怒りが爆発する寸前。
 グレンの言葉が引き留め、全員の視線が彼に集まる。

「根拠もなしに人を馬鹿にするなんて、良くないとは思わないのかな?」
「い、いやその……」
「ここは魔術学校だ。生まれも育ちも関係なく、魔術師としても力量が物差しになる。彼らは自らの力でその席を勝ち取り、ここにいる。そもそも、あの試験で不正が出来ると思っているのかな?」

 グレンの言葉に、全員が黙り込む。
 彼の言っていることは正しくて、何も言い返せない。
 加えて彼は主席であり、名門の生まれだ。
 社会的地位も高い。
 そんな彼が言うからこそ、皆も納得せざるを得ないだろう。
 俺が同じことを言っても、くだらないと一蹴されて終わるだろうな。
 お陰様で、俺も一先ず落ち着けた。
 シトネもホッとしたように胸をなでおろしているのがわかる。

「だが、まぁ……君たちの気持ちもわからなくはない」

 グレンには感謝しないとな。
 そう思ったが、話はそこで終わらなかった。
 彼は俺を睨むように見つめながら、続けて言う。

「彼が一属性しか使えない魔術師と言うのは事実なのだろうね。そんな彼が特待クラス……しかも次席だ。信じられないと目を疑う者もいて当然」
「そ、そうだ!」
「一属性だけで試験を通っただけでもおかしいだろ」

 水を得た魚のように、静かだった彼らは騒ぎ出す。

 どういうつもりだ?
 さっきまで俺たちのことを擁護していた癖に、手のひら返しで批判か。
 結局こいつも、他の奴らと同じなのか。

 ふと、握手を求められたときの彼が思い浮かぶ。
 あの表情、言葉に嘘はなかった。
 少なくとも俺はそう感じた。

「まぁ待ってくれ。リンテンス君、よければ僕と模擬戦闘をしてくれないかな?」
「は?」
「午後から自由だろう? 訓練室は学生なら自由に使って良いそうだし、僕と勝負してみないか? 親睦もかねてだ。みんなにも見てもらおう」

 グレンは平然とした顔で淡々と告げる。

 こいつ……本当に何を考えているんだ?
 クラスメイトの前で俺をぼこぼこにして、自分の地位を確かなものにでもしようって算段か?
 いや、それにしてはやり方が強引すぎるな。

「お断りだよ。何でお前と」
「そうかい?」
「逃げるなよ!」
「はっ、どうせ実力は大したことないんだろ? 次席になったのもまぐれだな」

 教室中にヤジが飛び交う。
 強い後ろ盾を得た途端にこれだ。
 虎の威を借りる狐という言葉を師匠から教えてもらったが、まさに今の光景だな。
 こっちの狐は可愛くて、素直で努力家なのに。

「ほら、みんなもこう言っているよ? いいのかい? このまま嘗められたままで」
「……何を考えている?」
「それは戦えばわかるよ」

 俺とグレンは睨み合う。
 今の所、こいつが何を考えているのかさっぱりだ。
 ただ……そうだな。
 嘗められっぱなし、馬鹿にされ続けるのも嫌なのは確かだ。

「いいだろう。受けて立つ」
「うん、決まりだね」

 グレンの意図は不明のまま、俺たちはゾロゾロと訓練室に足を運んだ。
 各クラスの教室は、二階が一年生、三階が二年生、四階が三年生と順に高くなっていく。
 訓練室は最上階の五階に設けられていた。
 専用の移動魔道設備を使えば、階段を昇らなくても五回にすぐ上がれる。
 最先端の魔道具技術が結集された校舎だ。
 できればもっとじっくり見て回りたかったな。

「ここが訓練場か」
「今は殺風景だが、設定をいじれば景色を変えられるよ」

 真四角の部屋だ。
 正方形の白いタイルが綺麗に並んだ壁と天井。
 魔力が流れていて、かなりの頑丈さを誇っていると聞く。
 また、仮に破壊されても自己修復するとか。

「城の壁に使われている技術と同じだ。ここならいくら暴れても問題ない」
「そうらしいな」

 俺とグレンは向かい合い、距離を取る。
 クラスメイトたちは離れた場所から俺たちを見ていて、グレンの横にはセリカが、俺の横にはシトネがいる。

「リンテンス君、良かったの?」
「ん? まぁ仕方ないだろ。あのまま無視してたら、後からずっとネチネチ言われ続けるし」
「でも……」
「俺だけじゃなくて、シトネのことも馬鹿にされたしな。普通に腹が立った」

 俺が素直にそう言うと、シトネはちょっぴり嬉しそうに頬が緩む。
 ただ、すぐに心配そうな表情に戻ってしまう。
 
「それともシトネは、俺が負けると思ってるのか?」
「ううん、思わない」
「ならしっかり見ていてくれ」
「うん!」

 シトネは尻尾をふり、クラスメイトたちとは反対側へ離れていく。
 セリカもシトネと同じ方へ歩いていき、二人が並んでこちらを向いた。

「準備は出来たようだね」
「ああ」

 俺とグレンは声が届く距離まで近づき、向かい合う。
 いつの間にか、彼は腰に剣を携えていた。

「では始めようか?」
「ああ……なぁグレン、この戦いに何の意味があるんだ?」
「さっきも言ったよ? 戦えばわかるってね」
「そうかい」

 答える気はないらしい。

「ただ、一つだけ教えておこう」
「何だ?」
「僕は君と本気で戦ってみたいと思っていたんだ」

 そう言って、グレンは右手を前にかざす。
 なるほど、それは本音っぽいな。
 ならば俺も、本音で答えよう。

「奇遇だな? 俺もだよ」

 俺も同じように右手を前にかざす。
 互いに笑みを浮かべた直後、戦いの火ぶたは落とされる。

「――赤雷」
真紅(しんく)!」

 赤い稲妻と紅蓮の炎。
 二つの赤がぶつかり合い、はじけ飛ぶ。
 エメロード家と並ぶ魔術師の名門ボルフステン家。
 多彩な属性術式を持つエメロード家に対して、ボルフステン家は炎属性の魔術に特化していた。
 もちろん他の属性が使えないわけではない。
 貴族らしく三属性以上の術式は使えるし、魔力量も家の名に恥じないレベルではある。
 そして、生まれてくる子供は、皆等しく炎魔術に対して絶大な適性を持つとされる。
 中でも相伝の術式【真紅】は、究極の炎魔術と賞されていた。

 今のがボルフステン家の真紅か。
 燃やすという特性をより強化した炎だと聞いていたが、まさか俺の赤雷も燃やすとは。
 炎すら燃やす紅蓮の炎。
 貫くという特性を強化した俺の赤雷に似ているな。
 色も近いし……いや、やっぱり別物か。
 あっちの術式は、先祖代々受け継がれてきた由緒正しきもの。
 同列に並べるのは失礼に値する。

「驚いたな。僕の真紅をかき消すなんて」
「それはお互い様だろ」
「確かにそうだね。今の赤い雷は、実戦試験でも使っていた術式だね?」
「ん? 何だ、見てたのか」
「ああ、偶々見かけてね。僕も戦闘中だったし、こうしてじっくり見れて嬉しいよ」

 グレンは両腕を左右に広げ、左右から真紅を発動させる。
 紅蓮の炎は二つの渦をつくり、俺の両サイドから迫りくる。
 俺は彼と同じ構えをとり、赤雷を発動させ相殺した。
 一度めと同様に大きな爆発音と煙が発生し、一時的に視界が塞がれる。

「――!」

 煙の中から振り下ろされる剣。
 グレンは腰の剣を抜き、真紅を纏わせ攻撃してきた。

「よく躱したね」
「俺に不意打ちは効かないぞ」

 生体電気で位置は丸わかりだ。
 煙に巻こうと、俺の感覚は敵を捕らえる。

「赤雷」

 至近距離で赤い雷を放つ。
 グレンは大きくのけぞり、炎の噴射で後方に跳び避けた。
 炎で移動の回避を加速させたか。
 それに……

「腰の剣は飾りじゃなかったんだな」
「ん? 当然だよ。これでも僕は、騎士としての訓練も積んでいる。自慢じゃないが、剣術にも自信はあるよ」
「ふっ、そうか」

 さすがにわかっているか。
 俺やシトネと同じように、魔術だけに偏った戦い方はしていない。
 こいつも、師匠の言う優れた魔術師の一人か。

「なるほど、じゃあ俺も剣を取ろうか」

 色源雷術――

藍雷(あいらい)二刀」

 藍色の雷が両手から発生し、一本に収束して剣の形を作り出す。
 雷で創造した二刀に、グレンは目を見開き驚く。

「藍色の剣……いや刀か。雷を高密度に圧縮させて刀の形状に留めているんだね?」
「ああ、見ての通りな」
「恐ろしく緻密な魔力コントロールが必要な術だろう? それに相当な魔力を消費し続ける」
「まぁな」
「維持し続けられるのかな?」

 グレンが地面を強く蹴って飛び出す。
 炎を足に纏わせ、炎の放出で加速しての突進。
 俺は二刀を構えて迎え撃つ。

「あと俺も剣術は得意なんだよ」

 師匠直伝の剣術だ。
 王国の騎士でも相手にならないぞ。
 炎を纏った剣と、藍色の刀が斬り結ぶ。
 喉元に迫る刃をグレンはギリギリで躱し、炎を纏わせた剣で振り抜く。
 すさまじい熱量だが、躱せば問題ない。
 
「驚いた! 本当に得意なんだね」
「お前もな!」

 ギリギリの攻防が繰り広げられる。
 訓練であるから多少の手加減はあれど、ここまで食い下がられるとは思わなかった。
 彼の剣からは相当な鍛錬が感じられる。
 このまま戦っても、互いに消耗するだけだ。
 ならば一手――

「蒼雷」
「っ――」

 身体強化による速度上昇。
 一瞬で彼の背後に回り込み、二刀の藍雷で切り抜く。
 が、刃は彼の肉体には届かない。
 
「炎の衣!?」

 彼は真紅の炎を高密度に圧縮し、自身の身体を覆っていた。
 肉眼では見えないレベルで薄くして。
 藍雷はその衣に阻まれ、振り返ってグレンの斬撃を交わし、俺は距離を取る。

「また驚かされたよ。急に加速するなんてね」
「それはこっちのセリフだ」

 藍雷は色源雷術の中でも一番の密度を誇る。
 その刃が全く入らないとは……真紅の衣の密度のほうが上だということ。
 まったく恐れ入ったよ。

「赤い雷、藍色の雷……そして蒼い雷か」

 グレンがぼそりと呟き、不敵に笑って俺に問いかける。

「一体何色持っているんだい?」
「さぁな」
「普通、一つの属性だけでこれだけ多彩な術式は行使できない。それも無詠唱かつ術式展開もなしで……初めて見るものばかりだ」
「ふっ」

 そりゃそうだろ。
 色源雷術は俺だけが使える術式だ。
 本来、起源に刻まれていない属性の術式は、知っていても構成すら出来ない。
 だが、俺の場合は後天的にそれらが使用不可能となった。
 発動はしないだけで、術式構築までは出来る。
 単体では何の意味もないが、それを雷属性の術式と合成することで様々な効果を付与した雷撃を生み出す。
 それを総じて、『色源雷術』と呼ぶ。

 最初にこの可能性に気付いたのは師匠だ。
 同時に別々の術式を発動することは出来ても、それを直接重ねて発動させた場合、どちらも上手く効果を発揮しない。
 互いの術式が邪魔をし合ってしまうからだ。
 でも、俺の場合は少し違う。
 片方は発動しない術式であり、効果そのものは術式として残っている。
 故に、重ねて発動させた場合でも、主の術式は雷属性のもの。
 競合はせず、上手く溶け合うことが出来る。

 初めて言われた時は半信半疑だった。
 そこから改良を重ね、この術式は完成している。
 師匠曰く、どんな術式より緻密な魔力コントロールが必要であるため、より優れた術師でなくては成立しない。
 本当の意味で、俺だけに許された絶技。

「予想以上だよ、リンテンス君。じゃあ、第二ラウンドを始めようか」
「ああ」
 リンテンスとグレンの戦いは激しさを増していた。
 そんな二人を見つめる二人。
 特にシトネは、心配そうに見つめている。

「リンテンス君……」

 彼が負けるわけない。
 そう思うことと、心配しないのは別だ。
 加えて相手は強者だとわかる。
 不安が彼女の表情からにじみ出ている。

「心配いりません」
「え?」

 そんな彼女に語りかけるセリカ。
 まっすぐグレンを見つめ、彼女はシトネに言う。

「グレン様は、お優しい方ですから」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「いくよ!」
  
 真紅の炎を剣に纏わせ振るい、渦のように巻いて放つ。
 俺は斜め上に跳んで躱し、思考を回らす。

 さて、ここからどうするか。
 速度はこちらが上。
 隙をつく程度なら容易だが、あの炎の衣を突破できないと意味がない。
 藍雷単体では難しいとなれば、赤雷の最大出力でも通らないだろう。
 緑雷はこの地形じゃ使えないし、そもそも炎相手は相性が悪すぎるしな。
 奥の手もここでは使えない。
 残された手段で、あいつの守りを崩す方法は……ある。
 あとは、どうやって当てるか。

「仕方ない。地道にいくか」

 作戦を頭の中で構築した俺は、グレンの懐へもぐりこむ。
 やはり速度はこちらが勝っている。
 グレンは反応こそできるが、ワンテンポ遅い。
 
「無駄だよ!」

 剣で弾き、炎を放つ。
 俺は余裕をもって躱し、続けて連続で斬りかかる。

「すさまじい剣技だな。受けるのでやっとだよ。でも――」

 連続攻撃の一部は、衣でガードしている。
 残る斬撃は剣で受け、次第にその比率は変化する。

「じき慣れるよ」
「かもな」

 恐るべき対応の速さだ。
 嘘やハッタリではなく、本当に慣れてきている。
 
 ガンッと剣同士がぶつかり合う音がして、鍔迫り合いになる。
 互いの顔がよく見える距離で、俺は彼に問う。

「あのさ。戦えばわかるって言ってたよな?」
「ん? そうだけど?」
「悪いけど全然わからないんだが」
「あれ? そうなの?」
「ああ」
「そうか……ひょっとして君、他人にあんまり興味ないでしょ?」

 ギクッとする。
 図星だったから、反論も出来ない。

「相手によるかな」
「そう。じゃあ、戦いの途中だけど、少しだけ周りに耳を傾けてごらん」
「周り?」
「うん」

 グレンの目配せは、クラスメイト達を示していた。
 鍔迫り合いの最中だが、俺は彼らの声に意識を向ける。
 すると――

「おい……やばいなあいつ。真紅と互角に張り合ってるぞ」
「あ、ああ……あんな熱量前にしたら、普通近寄ることも難しいのに」
「まぐれじゃ……なかったのかも」
「だ、だな」

 てっきり、悪態や罵声が続いていると思っていた。
 予想外の反応を聞いて、少し力が抜けてしまう。

「ほら、聞こえるだろ? 彼らも君を認めつつあるんだよ」
「……なるほど、そういう腹か」

 グレンは微笑む。
 彼は最初から、俺の実力を見せつけようとしていた。
 まぐれではないのだと。
 本物の魔術師であると証明して、彼らの評価を改めさせる。
 そのためだけに挑発して、この戦いを始めたのか。
 
 なんだよそれ。
 
 思わず俺も笑ってしまう。

「お人よしだな」
「ははっ、よく言われるよ」

 やっぱり、あの時の感覚は間違っていなかった。
 こいつは俺たちを見下していない。
 ちゃんと、一人の人として、魔術師として見ている。

「でも勘違いしないでほしい。立役者にはなっても、負け役になるつもりはないから」

 グレンが火力をあげる。
 さっきまでは手加減していたのか。

「全力でいくよ! そして僕が勝つ!」

 爆速で向かってくるグレン。
 最初より速度も上がっている。
 ただし、まだ俺の蒼雷の速度のほうが上だ。
 対応は容易に出来る。
 
「逃がさないよ」

 が、それはあちらも同じこと。
 慣れ始めている。
 俺の速さに、動きに。
 
 俺は地面を蹴り上げ、空高く跳びあがる。
 左手を前に、右手を後ろ。
 それぞれの藍雷を変形させ、左手は弓に、右手は四本の矢に変える。
  
「藍雷――(きゅう)

 四連射。
 矢がグレンに降り注ぐが、これを炎を纏った剣で弾き、炎を消して言う。

「弓も作れるのか! 驚いたけど、子供だましだよ!」

 再び炎を纏わせ、追撃の火炎を放つ。
 俺はぐるっと身をひねって躱し、二刀を生み出して応戦する。
 彼の言う通り、驚きはあっても不意はつけない。
 徐々に……しかし確実に、彼は俺の動きを捉えている。

 そして遂に――

「捉えたよ!」

 彼の反応が俺の動きを捉える。
 はずだった。

「なっ……」

 少なくとも彼の中では、間違いなく捉えていたのだろう。
 しかし、身体はそれに応えない。
 自分の思った通りに身体が動かなくて、魔力のコントロールも乱れている。
 という状態に、彼は陥っていて、自らの身体を見る。

「紫の……雷?」
「色源雷術、紫雷(しらい)

 俺は二刀を下ろし、彼に教える。

「その紫の雷は、対象の魔力の流れを著しく乱す。生物に当てれば肉体の動きを抑制し、魔力コントロールを狂わせる。結界とか術式に流れれば、発動や効果を妨害する」
「いつの間に……どうやって炎の衣を?」

 俺は答えを見せる。
 両手に持った二刀が、僅かに紫雷を帯びていた。

「紫雷は効果こそ優秀だけど、射程が短くて威力も弱い。だからこうして、他の雷撃に混ぜ込んで当てるのさ」

 さらに俺は指をさして言う。

「その剣、耐熱性に優れているみたいだけど、完全じゃないんだろ? だからお前は、定期的に炎を消して熱を冷ましていた。違うか?」
「そうか。剣から流していたんだね?」
「正解だ」
 
 衣に直接流し込む手もあったが、相手は相当な鍛錬を積んだ強者。
 途中で狙いがバレると思って、地道に流し込む方向でいった。
 しゃべっている鍔迫り合いの最中でも、こっそり流していたのに、あいつは気付かなかったな。

「やられたね……魔力の流れが乱れて、維持するのがやっとだ」
「むしろ維持できている時点で凄いんだけどな。まぁでも、その状態なら今度こそ貫けるかな?」

 藍雷を解除し、右手を前に突き出す。
 色源雷術最大出力。

「――赤雷」

 赤い稲妻が、紅蓮の炎を貫く。