それは、
とても突然な偶然だったのだと
今考えれば解る。

地下のEARTH POOLの水量管理室
どこからか、
水音がするのは、
EARTH POOLの水源が、湧水
だからだろう。

その手前にある 倉庫室は、
さっきまで EARTH POOLの
使用備品である
クリアボート20艇が積まれていた
のだが、今は
もぬけの殻となっている。

ふと、
私は 拘束される
手を動かして、なんとかこの
戒めを解けないかと思慮するが
そう簡単には
叶わないものだと、諦める。

そのうち義理弟家が、
約束の時間に
この場所へやってくるだろう。
その時に、
私は 罵られながら
救出されるのだ。

まさか こんな姿になるとは
思ってもいない日。

ビューティーパレスは、
ヒルズヴィレッジにある
オフィスタワーでも比較的オープンな美容関係がテナントで
入る階だ。

普段からもエステや
サロンはホテルユーズの
ゲスト、オフィスゲストで
なくても会員になれる。

その日は、
国内式典で、海外からの要人が
集まる週で、
その要人達と国内企業の交流と
なるイベントを
オフィスタワーで開催しなければ
ならなくなった日だった。

只でさえ、
タワーで使えるホールは
満室状態なのに、
どうやって大規模交流の会場を
捻出すればいいのかと、
私が悩んでいた所、
地下に非公開となる
EARTH POOLを部下から
示唆され、事なきを得る。

私の役割は
ヒルズヴィレッジ関係者、
所謂 ヒルズヴィレッジ所有の
関係者だけが使用可能な
エレベーターの稼働と、
そちらのVIPを対応する事に
尽きるわけだ。

如何せん、かくいう私自身も
ヒルズヴィレッジ所有財閥の
末族に縁あるのが
言っても
本当に薄い縁なのだ。

その縁あって、ヒルズヴィレッジのサロンホールを司る役職に
ついて、所有者ならではの
利便性に便乗出来ており、
所有者ならではの
サロンホール以下階の
設備采配を
振るう事は出来る。

そして、それは
とても突然な偶然だったのだ。

ビューティーパレスフロアに
配置したVIP控室は数ヶ所
用意している。

本来なら財閥一族が
趣向を凝らしたサロンホールに
VIP控室を作るところ、
やはりサロンホールは、
海外官僚補佐官同士の
個別ミーティングで満室。

そこから直接地下の交流
パーティーに顔出しする国も
あって、補佐官の控室扱いに
サロンホールフロアも
使用となる中、

必然的に 内装が
モード系ラグジュアリーな
ビューティーパレスフロアを
代室に設える事にした。

そこに、
大口協賛企業が 新作美容品を
テスティングを持ち込んだ為
パレスフロアの VIP空間と
テスティングブースの
住み分けが 困難になり
かなり雑多な手筈が多発したが、

EARTH POOLでのパーティーも
無事に終宴となり、
再び控室に戻るVIPの対応を
指示していた。

その中に 幾つか 下のガセボで
踊っていたスタッフの
問い合わせを受ける。

「?」部下のミズキ君の管轄で、
私にはどのような宴だったかは
把握しかねる。

無線シーバーで、
スタッフのやり取りはしており、
私のイヤホンにも
各部所の共有事項は入る。

先ほどから問い合わせが
多い案件だろうが、
VIPの中でも
西の筆頭財閥令嬢から、
その件を聞かれた時は 無下には
出来ず、形だけでも
無線で階下のミズキ君に
状況を訊ねる事にした。

よりにもよって
西は、妹が早くに嫁いだ家が
あり、この令嬢の心証を
悪くするのは 良くないのだ。

例えその家が 好ましくない
状況にあるなら、尚更。


【『ごめんね、ミズキ君、パレス
フロアの控室なんだけど、こちら
のVIP様が、さっきから問い合わ
せされてるスタッフにだと思うん
だけど、あ!少々お待ちを、今
確認をしてまして、ごめん、一旦
切りま、、ハナネエサマ?、、ザッザッ
ーミズキさん、ムラタさんて
ヘルプ部署どこだったかな?』】

この無線を、
傍受している無線マニアから、
ネットデータに載るとは
考えもしない。

そもそも『ムラタ』など、
ホテル本部で聞いた名前でも
ないなら、
階下のデスパッチセンターからの
派遣スタッフでもあり得る。

どちらにしても、
西の令嬢には 問い合わせの人物は
すでに業務終了している旨だけ
伝えて、個人の派遣情報は
把握していないと伝えた。

この日は、そのまま
撤収業務の指示と、引き続き
VIP送り出し対応で終わったの
だが。

次の早朝に、
義理弟家から 連絡が入る。

10年前に消えた『西山王の娘』が
昨日問い合わせがあった
人物であり、禍根の対象者。

すぐに 保護と言う名の
内々捕縛をするべしという
妹を使った脅しだった。

妹がすこし残念な恋愛で、
嫁いだ先は、西で元貴族家に
名を連ねていた旧家。

貴族は江戸時代から朝廷筋や、
貢献した一族、
明治政府立ち上げの報奨として、
それまでの家督や 役職によって
貴族になった一族がいる。

東の貴族なら
そこから貴族院に入閣し、
明治政界に躍進したのだが、
西の貴族は 政府が 首都で
あった為、立地から参会経費が
多額になり、
多くは貴族名を返却する家も
続出した。
その中でも 生き残る家もあったが
戦後の財閥や貴族解体にあい、
資産を没収されると 没落
していくのが末となった。
寺社貴族は その類からは
外れたが、義理弟家は そこから
一般の企業家に転身している。

貴族というのは、
江戸時代に置ける 藩主色が
思考に濃い所があり、
藩国の国主として、藩民からの
税で財を為す。
藩地への執着が大きかったのか
義理弟家は不動産を元手に
事業を拡大したが、
後の不動産ショックで落ち目に
なった。

そのような話は多々ある話。
問題は、同じ業界において
成り上がった『西山王』が
不動産ショックの憂き目に
会うことなく事業拡大をし、

その代理人が、落ち目になった
義理弟家の稼業を支援すると
詐欺を持ち掛けたのが
運の尽きだ。

そんな話に乗るのが悪い。

本来なら 自分達が 配当された
元貴族達の解体資産だとか、
元藩地の立木の権利だとか
耳障りの良い詐欺話。

なけなしの資金が騙し取られ、
被害にあった義理弟家は、
かつての旧家のみる影もない。

本当に『西山王』の代理人からの
支援金話かさえ 疑わしい。

にも関わらず、
義理弟家は、未だにその詐欺話の
恨みを根に生きていた。

その証拠に、こうして
私に、『西山王の娘』を
捕まえろと脅してくる。
本当に、一体いつまで
栄華の亡霊にすがり付くのか。

しかしながら、
そのような輩は 義理弟家だけでは
ないらしい。
何故なら、こんなに早く
その人物の足跡を
10年経て尚追うという、結束の会
があるぐらいなのだから。

それでも、
指定された人物に、覚えが
最初なかった私は、
早朝の電話を切って
出勤した我がデスクに、
辞表が乗せられているのを
見て、悟る。

部下の 『タムラさん』が
その人物だったのだと。

それでも 私は、まだまだ
迂闊だった。
そもそも義理弟家に脅された
とはいえ、部下である彼女も
その父親による被害者だ。

妹を保護する為にも、
又、義理弟家のような輩 から
一時的に彼女を囲うにも、
彼女の行方を隠して
交渉をするしかない。

そう判断をして、
先手を、打てていたのが。

まさか、海外の手からも
横槍を入れられるとは
考えが及ばなかった。

その浅はかさが
いまだ課長で位置付けされる
私の性分の
所以かもしれない。