西洋に追いつけ追い越せと、人々は、はやる気持ちを胸に抱いていた。西洋と違うものは、不要なものと蔑まれた。それは、職業だけでなく人々の信仰にも及んだ。
 西洋の文化、知識が入ることで、かつて人ならざる物の仕業と言われていた事象も、理論で証明できることが明らかになった。人々は、彼らの存在を忘れていく。
 ただ、それでも君子の目は彼らの姿を捉える。君子の知らない一昔前ならば、当たり前だったことが、今では否定されてしまう。お前はおかしいと糾弾されてしまう。君子は、彼らの存在を肯定しつつも、周囲の人間に語ることはなかった。幼いながらに、その事実に何となく気が付いていたから。
 それから十年程経ち、君子は女学校へ通う年頃となった。海老茶色の袴。黒い革靴。頭には大きなリボン。憧れていた装いだったが、喜ばしいことばかりではなかった。品定めされるような視線を感じ、気後れすることも多々ある。また、君子自身は学ぶことは楽しいと思っているが、他の女学生はそうでもないことに、悲しみを覚える。だからと言って、周りの者に注意して回るような気も起きない。何故なら、女学校の存在意義を考えると、そうなっても仕方がないと理解しているからだ。男女平等を謳うためとは表向きの理由。この学び舎は「花嫁探しの場」としての意味合いが強い。実際に、ここで見初められ、学校を途中で辞めるものが大半だ。そして、それが幸せなこととされ、むしろ卒業まで籍を置くことは、不名誉なこととされた。
 現に、君子も在学中に縁談が持ち上がった。お前も年頃だからと父に言われ、相手の説明を受け、考えておくようにといわれた。思うところはあった。まだまだ、学びたいと思うことはあった。そして、それ以外の理由もあった。こちらは、学問への探求という清廉な理由ではない。
 中退者が多い中、最高学年まで進んでいる女学生がいた。普通であれば、在学生からも、世間からも「卒業面」つまり、不美人であると囃し立てられるところだが、彼女は違った。引く手数多だろうと思える程に整った美貌。それでいて、男顔負けの知性。師範を目指しているという噂を聞いたことがあるから、生涯独身を貫くつもりでいるのかもしれない。