「失礼します」

親方は俺の顔を見て頷く。

座布団が置かれた席に座り、専門書とノート、筆記用具を机に出す。

「早速始めぇか。アンタ、基本は勉強したと言っておったが日本酒がどんな酒かは大体わかっとんのか?」

「はい。ワインやビールと同じ醸造酒で、世界でも珍しい並行複発酵で造る酒です」

「並行複発酵とは?」

「酒が発酵するには糖分が必要です。ワインはブドウから造られるので糖分がありますが、日本酒の原料である米には糖分が足りないのでデンプン質を糖分に変える糖化が必要です。ビールは糖化と発酵が別々に行われますが、日本酒は同時に行う。ひとつのタンクの中で糖化と発酵を同時に行うことを並行複発酵といいます」

「そのとおりだ。どの酒も製造工程は複雑だが日本酒はその中でも一番複雑といっていい。原料の米を磨く作業。まずはこれが最初だが、普段ワシらが食っているものと酒の原料となる米は違う。それについては?」

「はい。日本酒の原料になる米は酒造好適米と呼ばれる米です」

「食用米との違いは?」

「まずはその大きさです。一般米よりも大きいのが酒造好適米です」

「なんで大きいがええ?」

「米にはデンプン質の他にたんぱく質、脂質が含まれています。食用米はそれが旨味になりますが日本酒においては雑味の原因になります。なのでそれらをなるべく取り除き、旨味を残すために精米するのですが、粒が大きいと高度な精米でも割れにくいからです」