「実は、アナナスさんがICT教育に興味を持ってるらしいんだ」

 小会議室。会議卓の対面に座る堀部はそう言った。

「へ?」
「フェンリスの次の作品として、MODEL-ABC(ここ)ここでやらないかって打診が来てるんだけど、企画部内で話題になってない?」

 由良は首を横に振ると、堀部は「そりゃそうか」といった表情を作った。まだ正式な話じゃないのなら、下に降りてこなくてもおかしくない。仮に降ろしても問題ない話だとしても、あの高野が降ろすとは思えない。

「堀部さんはどこからその話聞いたんです?」
「アナナスさんとの打ち合わせに出席してたんだよ。サーバー増設の件で意見を聞きたいってことだったから」

 堀部は外注ではあるが、ゲームシステムの中核部分の設計に携わっているので、ちょくちょくアナナスとの会議に出ている。確かな実力のエンジニアとして、アナナスからも信頼されているようだ。

「でさ、さっきもらった企画なんだけど……」
「ど、どうでしたアレ?」
「うん……」

 堀部は腕を組む。

「はっきり言って、今は企画の体をなしてない」

 堀部の単刀がぐさりと由良の心臓に直入した。身も蓋もない。けど、堀部が「今は」と言ったことも聞き逃さなかった。あのファイルの質が低いことは、書いた本人がよく知っているので、心臓に刺さった刀はすぐに消える。それよりもその先の言葉を、由良は待ち構える。

「でもやりたいことはわかるし、上手くハマれば面白いんじゃないかと思わせるものがあった。方向性は悪くない」
「本当ですか!?」
「うん、だから呼んだんだ。あの企画は、アナナスの興味を引くと思う。きちんとした企画書を作れれば、の話だけど」

 企画書……。表向き、この会社は誰が企画書を作ってもいい事になっている。高野さえなんとかすれば、アナナスに自分のやりたいことを届けられるかもしれない……?

「この企画書を完成させてみなよ。俺も協力するから。それでさ……」

 堀部はまっすぐ由良の眼を見つめた。

「新企画のディレクターになってくれ。高野の独裁者の座から引き摺り下ろしてこの会社を変えるんだ!」