昔、神社の奥の森で出会った少年は一体誰だったのでしょうか。
少年と出会ったのは今からずっとずっと昔のこと。
私が中学生に上がった頃でしょうか。
その少年は白くて所々に赤い装飾が施されている袴のような恰好をしていました。
少年は透き通ったガラス玉を片手に握りしめていました。
少年は私を見つけるとまず最初にこう言いました。
―――君は美しい瞳を持っているね
私の瞳の色は特殊でした。父も母も父の祖父母も母の祖父母も茶色の瞳を持っていたのですが、私の瞳の色は水色でした。
それを周りからからかわれたり、異質な目で見られるようになったのは私の知る限り、幼稚園の頃からだったと思います。多分親戚にはもっと前から色々言われていたでしょうが、それは私の知るところではなかったので。
周りには鮮やかな瞳の色の子供なんていなくて、それこそ幼稚園の先生なんかは私の瞳を綺麗、なんて言ってくれましたが、周りの子は気持ち悪い、そう言いました。
小学校に上がると幼稚園児の頃からあまり変わらず気持ち悪いと言われることもありましたが、それを気にしてくれない友達も同じくらいできました。
中学校に上がって父親の転勤で引っ越しが決まりました。私はやっぱり不安を抱えていました。でもそれは決して瞳の色に対するものではなくて、普通に、そうただ普通に、友達できるかな、とかそういうものでした。
中学校にはやっぱり地元の小学校からまるまるグループとか友達関係とかも引き継がれると思っていたのでそこにどう割り切っていこうかと引っ越しが決まってからはそんなことばかり考えていました。
しかしその考えは甘かった、としかいうことが今となっては出来ません。
入学式が終わった後のホームルーム、男子に話しかけにいく勇気は無かったので女子に話しかけに行きました。
すると私が声を発しようとしたとき、何人かいたグループだったので誰が言ったのかは分かりませんが、はっきりとその言葉は聞こえました。
「入学式からカラコンはちょっとすごいと思わない。」
私は怖気づいてしまい、結局入学式の日に友達は出来ませんでした。
次の日には訳も分からない噂が流れていました。
中二病をこじらせたんだ、とか。
おしゃれはき違えてる、とか。
中学校始まってすぐの頃は友達もおらず、ただ1人でぼんやりとしているような時間を過ごしました。放課後に少し山の上にある神社に行くようになったのはちょうどそのころだったと思います。
部活に入るんだ、と親に宣言していた私ですが結局説明会にいく勇気すら持てず、諦めました。ですが流石に直行で家に帰るのは嫌だと思っていたんだと思います。屋根があって誰もいないそんな場所を探していました。
そこで見つけたのが山の上にある神社でした。
当時は風情とかいう言葉すら全く知らかったので、ただ少し汚くてぼろいなくらいにしか思っていないかったけど、軒があってその下に腰かけられる場所があって、というかそれだけしかなかったけど、それだけでも時間をつぶすにはいい場所でした。
日によっては宿題をしたり、本を読んだり、お昼寝をしたりしていました。
そんな日を続けていて私はふとこの神社の周りには何があるのか確かめたくなりました。長い間一人で過ごしていたのでだいぶ愛着もわいていましたし。
神社の周りは森しかありませんでした。それも人が整備したようなきれいな森じゃなくて生い茂ったような森。流石にそこに踏み入れる勇気はなくちょうど木が生えはじめる辺りから森の奥を眺めていました。森しかなかったんですけど。
それをしていた時はそれが世界の秘密を覗いているようでとっても楽しかったのを今でも手に取るように思い出します。やっぱりどこまで目を凝らしても森しかなかったんですけど。
そんなある日神社ちょうど裏側に獣道のようなものを見つけました。森の奥はずっと見ているだけだけだったのでそれに近づけるのかもしれないと思うと、進む以外の選択肢はありませんでした。
しばらく奥へ歩いていましたがやっぱり辺りは森しか見えません。その時はほんとに前に進むのが楽しくて今まで通ってきた道とかをよく確認もせず歩き続けました。
そうして歩き続けると少し開けたような場所にたどり着きました。木漏れ日の差し込む暖かい場所でした。そこにあった石に腰かけて私は獣道を歩いた疲れからか、寝てしまいました。
目が覚めてはっとしたのですが、空はまだ明るくて安心しました。それから帰り道を探そうと辺りを見回したのですが獣道らしきものは見つかりませんでした。私はとてもパニックになってとりあえず通ることのできそうなところを縫うように進んで行きました。
木々の茂いかたのせいか、ほんとに日が沈んでしまいそうなのか、辺りはだんだん暗くなっていって、更に私を不安に駆り立てました。
そうして歩き続けていると、どのくらい歩いたのかは分かりませんが、さっきいたような少し開けた場所に出ました。似ていた場所でしたが腰かけていた石のようなものがないので別の場所だと分かりました。
そこで私は腕時計をしていたことを思い出しました。時間を確認すると午後八時を示していました。夏が近づいてきているとはいえ流石に八時にこれだけ明るいのは、子供の私でも不自然だと思いました。
私は歩くことを諦めてその場に座り込みました。もしかしたら誰か探しにきてくれるんじゃないかと思って。
しかし木々が風に揺れる音以外何も周りに変化はなく、時計の針は進み続けて空の明るさが変わらないままやがて九時を指しました。
私が途方に暮れているとどこかから足音が聞こえました。私は慌ててその方向を見ました。すると私と同じ位の身長をした人が歩いてくるのが見えました。
私は木の影からその人を見つめました。巫女さんが着ているような意匠の袴を着ている少年でした。少年が近づいてくると木の影に隠れるのをやめました。
すると少年はこちらを見て不思議そうに近づいてきました。もしかしたらさっきまでこっちに近づいているように見えたのは気のせいかもしれません。
こちらに近づいてきた少年は私を見ると急に声を発しました。
「君は美しい瞳を持っているね」
その言葉の意味は私にはその時の学校の環境からなのか、今この森の中で迷っていて混乱しているからなのか、あまり理解できませんでした。
「すみません。どちら様ですか?」
そう私はとっさに聞いてしまいました。彼の格好といい、風体といい、とても私の現実とは乖離していたいたのでほんとにぽっと出た質問でした。今思えば自分も名乗らずに聞くのは少しあれだったかもしれません。
「ああ、僕?」
と、少し呆気にとられた感じの少年でしたが少し間をおいてこたえてくれました。
「僕は…、そうだなこの森で暮らしてる人かな。」
私はこの森で暮らしているという言葉がまたもや頭にすっと入ってこずよく理解できませんでした。
「あの、名前とかは?」
「やこ、かな。」
やこくん?と聞くと、そうだね、と頷かれて私も名前を聞かれた。
「君の名前は?」
「私はまい。うん、まいだよ」
苗字も言おうかと思ったけどやこくんも言わなかったので名前だけにした。そう言うと、よろしくまい、と少し微笑まれた。
「ねぇさっき言ってた私の瞳が美しいってどういうことなの?」
ととっさに聞いてしまった。ほんとはもっと聞いた方がいいこととかあったと思うけど、私はどうしてもその言葉が気になってしかたがなかったんだと思う。
「だってそんな空色の瞳みたことないもん」
とにっこり笑われた。
私はそれを聞いて無性に嬉しくなった。ただ人とは違う部分を否定されるわけでも蔑まれるわけでもなくただ、美しいと言って初めて見たと喜んでもらえることがあるなんて思ったこと一度も無かったから。
「ありがとう」
そう少し涙ぐみながらこたえた。
すると今度はやこくんの方から質問してきた。
「どうしてまいはこんなところにいるの?」
私は少し不安の混ざった声で答える。
「迷っちゃったみたいで、私もなんでここにいるのかは分からない、かな」
するとやこくんは特に驚くでもなく少し俯いて静かに呟いた。
「分からないのか…。」
そして顔を上げて質問してきた。
「じゃあまいはこれからどうしたい?」
私はてっきり帰りたい?みたいな帰ることについて聞かれるものだと思ってしまったから一瞬固まってしまった。
「これからか…。」
と声に出したものの特に考えることもなく言葉を紡いでしまったため後が続かない。ただ紡ぐ言葉はどれだけ考えても分からないような気がした。
「じゃあさ、ここを案内してよ」
そう言うとやはり驚くことも特になく、いいよ、と答えてくれた。
そうして綺麗な川とか、不思議な形をした木とか、木漏れ日の気持ちい場所とか、昼寝するのにもってこいの場所とか、私はこの森のいろんなところを案内してもらった。
一通り案内してもらって私が一番気に入った場所は木漏れ日の気持ちいところだった。今はそこで汲んできた川の水を飲みながら休憩している。
「この森にはいろんな魅力的な場所がたくさんあるのね。」
一気に飲み干して空になったやこくんのくれた竹の水筒を覗きながらそう呟くと、そうだよ、とやこくんもまた水筒を揺らしながら小さくうなづいた。
そう呟いたあと何も話すわけでも無い時間が少しの間続いた。多分やこくんはさっきの質問の答えを待ってるんだと思う。
「やこくん。私やっぱり元居た所に帰ることにする。ここは確かに素敵できれいなところだけど、やっぱり…」
―――私のいるべきところじゃない。
「そっか」
と今度は少し悲しそうな顔をされた。そしてやこくんは一息つくと服をごそごそしてどこから何かを取り出した。
やこくんの手の上にのせられたそれは五センチくらいの大きなガラス玉だった。
「最後にこれをまいにあげる」
そう言うと私の手を引いて、手のひらにそっとのせ、もう片方の手で握らせた。
「これは何?」
そう聞くとやこくんは首を横に振った。そしておもむろに言葉を紡いだ。
「そこにあると思えばそこにある。この森もこの僕もまいもそこにあると思えばそこにある。このガラス玉にはその思いが詰まってるから、大切にしてね」
その言葉を聞き届けると私は知らない森の中にガラス玉を握りしめて一人で立っていた。
あれから今は何年も時が経ち私は再び神社を訪れていた。あの事があってからしばらくして神社は老朽化のため取り壊しが決まった。
そして今はただ周りが木々で覆われ、残った束石に木漏れ日のさす場所があるだけだった。
少年と出会ったのは今からずっとずっと昔のこと。
私が中学生に上がった頃でしょうか。
その少年は白くて所々に赤い装飾が施されている袴のような恰好をしていました。
少年は透き通ったガラス玉を片手に握りしめていました。
少年は私を見つけるとまず最初にこう言いました。
―――君は美しい瞳を持っているね
私の瞳の色は特殊でした。父も母も父の祖父母も母の祖父母も茶色の瞳を持っていたのですが、私の瞳の色は水色でした。
それを周りからからかわれたり、異質な目で見られるようになったのは私の知る限り、幼稚園の頃からだったと思います。多分親戚にはもっと前から色々言われていたでしょうが、それは私の知るところではなかったので。
周りには鮮やかな瞳の色の子供なんていなくて、それこそ幼稚園の先生なんかは私の瞳を綺麗、なんて言ってくれましたが、周りの子は気持ち悪い、そう言いました。
小学校に上がると幼稚園児の頃からあまり変わらず気持ち悪いと言われることもありましたが、それを気にしてくれない友達も同じくらいできました。
中学校に上がって父親の転勤で引っ越しが決まりました。私はやっぱり不安を抱えていました。でもそれは決して瞳の色に対するものではなくて、普通に、そうただ普通に、友達できるかな、とかそういうものでした。
中学校にはやっぱり地元の小学校からまるまるグループとか友達関係とかも引き継がれると思っていたのでそこにどう割り切っていこうかと引っ越しが決まってからはそんなことばかり考えていました。
しかしその考えは甘かった、としかいうことが今となっては出来ません。
入学式が終わった後のホームルーム、男子に話しかけにいく勇気は無かったので女子に話しかけに行きました。
すると私が声を発しようとしたとき、何人かいたグループだったので誰が言ったのかは分かりませんが、はっきりとその言葉は聞こえました。
「入学式からカラコンはちょっとすごいと思わない。」
私は怖気づいてしまい、結局入学式の日に友達は出来ませんでした。
次の日には訳も分からない噂が流れていました。
中二病をこじらせたんだ、とか。
おしゃれはき違えてる、とか。
中学校始まってすぐの頃は友達もおらず、ただ1人でぼんやりとしているような時間を過ごしました。放課後に少し山の上にある神社に行くようになったのはちょうどそのころだったと思います。
部活に入るんだ、と親に宣言していた私ですが結局説明会にいく勇気すら持てず、諦めました。ですが流石に直行で家に帰るのは嫌だと思っていたんだと思います。屋根があって誰もいないそんな場所を探していました。
そこで見つけたのが山の上にある神社でした。
当時は風情とかいう言葉すら全く知らかったので、ただ少し汚くてぼろいなくらいにしか思っていないかったけど、軒があってその下に腰かけられる場所があって、というかそれだけしかなかったけど、それだけでも時間をつぶすにはいい場所でした。
日によっては宿題をしたり、本を読んだり、お昼寝をしたりしていました。
そんな日を続けていて私はふとこの神社の周りには何があるのか確かめたくなりました。長い間一人で過ごしていたのでだいぶ愛着もわいていましたし。
神社の周りは森しかありませんでした。それも人が整備したようなきれいな森じゃなくて生い茂ったような森。流石にそこに踏み入れる勇気はなくちょうど木が生えはじめる辺りから森の奥を眺めていました。森しかなかったんですけど。
それをしていた時はそれが世界の秘密を覗いているようでとっても楽しかったのを今でも手に取るように思い出します。やっぱりどこまで目を凝らしても森しかなかったんですけど。
そんなある日神社ちょうど裏側に獣道のようなものを見つけました。森の奥はずっと見ているだけだけだったのでそれに近づけるのかもしれないと思うと、進む以外の選択肢はありませんでした。
しばらく奥へ歩いていましたがやっぱり辺りは森しか見えません。その時はほんとに前に進むのが楽しくて今まで通ってきた道とかをよく確認もせず歩き続けました。
そうして歩き続けると少し開けたような場所にたどり着きました。木漏れ日の差し込む暖かい場所でした。そこにあった石に腰かけて私は獣道を歩いた疲れからか、寝てしまいました。
目が覚めてはっとしたのですが、空はまだ明るくて安心しました。それから帰り道を探そうと辺りを見回したのですが獣道らしきものは見つかりませんでした。私はとてもパニックになってとりあえず通ることのできそうなところを縫うように進んで行きました。
木々の茂いかたのせいか、ほんとに日が沈んでしまいそうなのか、辺りはだんだん暗くなっていって、更に私を不安に駆り立てました。
そうして歩き続けていると、どのくらい歩いたのかは分かりませんが、さっきいたような少し開けた場所に出ました。似ていた場所でしたが腰かけていた石のようなものがないので別の場所だと分かりました。
そこで私は腕時計をしていたことを思い出しました。時間を確認すると午後八時を示していました。夏が近づいてきているとはいえ流石に八時にこれだけ明るいのは、子供の私でも不自然だと思いました。
私は歩くことを諦めてその場に座り込みました。もしかしたら誰か探しにきてくれるんじゃないかと思って。
しかし木々が風に揺れる音以外何も周りに変化はなく、時計の針は進み続けて空の明るさが変わらないままやがて九時を指しました。
私が途方に暮れているとどこかから足音が聞こえました。私は慌ててその方向を見ました。すると私と同じ位の身長をした人が歩いてくるのが見えました。
私は木の影からその人を見つめました。巫女さんが着ているような意匠の袴を着ている少年でした。少年が近づいてくると木の影に隠れるのをやめました。
すると少年はこちらを見て不思議そうに近づいてきました。もしかしたらさっきまでこっちに近づいているように見えたのは気のせいかもしれません。
こちらに近づいてきた少年は私を見ると急に声を発しました。
「君は美しい瞳を持っているね」
その言葉の意味は私にはその時の学校の環境からなのか、今この森の中で迷っていて混乱しているからなのか、あまり理解できませんでした。
「すみません。どちら様ですか?」
そう私はとっさに聞いてしまいました。彼の格好といい、風体といい、とても私の現実とは乖離していたいたのでほんとにぽっと出た質問でした。今思えば自分も名乗らずに聞くのは少しあれだったかもしれません。
「ああ、僕?」
と、少し呆気にとられた感じの少年でしたが少し間をおいてこたえてくれました。
「僕は…、そうだなこの森で暮らしてる人かな。」
私はこの森で暮らしているという言葉がまたもや頭にすっと入ってこずよく理解できませんでした。
「あの、名前とかは?」
「やこ、かな。」
やこくん?と聞くと、そうだね、と頷かれて私も名前を聞かれた。
「君の名前は?」
「私はまい。うん、まいだよ」
苗字も言おうかと思ったけどやこくんも言わなかったので名前だけにした。そう言うと、よろしくまい、と少し微笑まれた。
「ねぇさっき言ってた私の瞳が美しいってどういうことなの?」
ととっさに聞いてしまった。ほんとはもっと聞いた方がいいこととかあったと思うけど、私はどうしてもその言葉が気になってしかたがなかったんだと思う。
「だってそんな空色の瞳みたことないもん」
とにっこり笑われた。
私はそれを聞いて無性に嬉しくなった。ただ人とは違う部分を否定されるわけでも蔑まれるわけでもなくただ、美しいと言って初めて見たと喜んでもらえることがあるなんて思ったこと一度も無かったから。
「ありがとう」
そう少し涙ぐみながらこたえた。
すると今度はやこくんの方から質問してきた。
「どうしてまいはこんなところにいるの?」
私は少し不安の混ざった声で答える。
「迷っちゃったみたいで、私もなんでここにいるのかは分からない、かな」
するとやこくんは特に驚くでもなく少し俯いて静かに呟いた。
「分からないのか…。」
そして顔を上げて質問してきた。
「じゃあまいはこれからどうしたい?」
私はてっきり帰りたい?みたいな帰ることについて聞かれるものだと思ってしまったから一瞬固まってしまった。
「これからか…。」
と声に出したものの特に考えることもなく言葉を紡いでしまったため後が続かない。ただ紡ぐ言葉はどれだけ考えても分からないような気がした。
「じゃあさ、ここを案内してよ」
そう言うとやはり驚くことも特になく、いいよ、と答えてくれた。
そうして綺麗な川とか、不思議な形をした木とか、木漏れ日の気持ちい場所とか、昼寝するのにもってこいの場所とか、私はこの森のいろんなところを案内してもらった。
一通り案内してもらって私が一番気に入った場所は木漏れ日の気持ちいところだった。今はそこで汲んできた川の水を飲みながら休憩している。
「この森にはいろんな魅力的な場所がたくさんあるのね。」
一気に飲み干して空になったやこくんのくれた竹の水筒を覗きながらそう呟くと、そうだよ、とやこくんもまた水筒を揺らしながら小さくうなづいた。
そう呟いたあと何も話すわけでも無い時間が少しの間続いた。多分やこくんはさっきの質問の答えを待ってるんだと思う。
「やこくん。私やっぱり元居た所に帰ることにする。ここは確かに素敵できれいなところだけど、やっぱり…」
―――私のいるべきところじゃない。
「そっか」
と今度は少し悲しそうな顔をされた。そしてやこくんは一息つくと服をごそごそしてどこから何かを取り出した。
やこくんの手の上にのせられたそれは五センチくらいの大きなガラス玉だった。
「最後にこれをまいにあげる」
そう言うと私の手を引いて、手のひらにそっとのせ、もう片方の手で握らせた。
「これは何?」
そう聞くとやこくんは首を横に振った。そしておもむろに言葉を紡いだ。
「そこにあると思えばそこにある。この森もこの僕もまいもそこにあると思えばそこにある。このガラス玉にはその思いが詰まってるから、大切にしてね」
その言葉を聞き届けると私は知らない森の中にガラス玉を握りしめて一人で立っていた。
あれから今は何年も時が経ち私は再び神社を訪れていた。あの事があってからしばらくして神社は老朽化のため取り壊しが決まった。
そして今はただ周りが木々で覆われ、残った束石に木漏れ日のさす場所があるだけだった。