第13話 詩的長編

 それから数日後、うちの会社はお盆休みに入った。
 親が「帰って来い」とうるさいので仕方なく実家には帰るが、お墓参りが済んでしまうともう何もすることが無い。
 両親とも元気すぎるほど元気で自分たちの事はなんでもできるし、俺には三つ上の兄もいて実家の近くに住んでいる。嫁さんも子供もいて、両親が困ったことがあってもすぐに駆け付けられる距離にいる。とてもそこに俺が必要とは思えない。
 まあ、盆と正月くらいは顔を見せる、これが今の俺にできる唯一の親孝行だ。
 そういうわけで、暇を持て余していた俺は例の創作ノートをひたすらPCに打ち込んでいたわけだ。親も俺が仕事を持ち帰っていると思ったらしく、特に何も言われない。久しぶりの上げ膳据え膳で、心行くまで打ち込み作業ができた。
 その間にもアイさんからのメールは何通か届き、そこには舞と伊織のストーリーが添付されていた。相変わらずファンタジックで、俺の作風とは百八十度違う。
 というかだ。一話目から何か違和感があったんだが、今やっと気づいた。
 段落字下げという事をしないのか(・・・・・・・・・・・・・・・)この人は(・・・・)! 


チョコレートパフェの甘さに酔っていたら
伊織君が私をじっと見つめていることに気づいたの。
もうそれだけで 私の心は とろとろに 溶けちゃった。
チョコレートパフェのてっぺんにのってる生クリームよりも
そこに刺さってる くるん って巻いたラングドシャよりも
上から とろん ってかけてあるチョコソースよりも
ずっとずっとずっと伊織君の微笑みが甘くって
溶けた私はカフェの床で海になっちゃいそうなの。
浮き輪を投げたら 伊織君は泳いでくれるのかな?


 いや、俺ならモップ掛けして床を掃除するよ! それ以前に食べかけのチョコレートパフェはどうするんだ。そういうことをいちいち冷静に考えちゃダメなんだろうか?

 でも俺は実物大の俺を伊織に投影する形でしか書けないし、そうしないと確実に一話目で破綻するのが目に見えている。

 待て待て待て、もう一つ気づいたが、なんなんだこの微妙な半角スペース(・・・・・・)は! この「くるん」とか「とろん」とかの前後、空いてるよな? ほんの僅かにスペース空いてるよな? 何故読点を打たない? 何故半角スペース?
 というかちょっと待て。何故変な位置で改行する(・・・・・・・・・)? これは詩じゃないだろう? 中編から長編になるんじゃないのか? 

 段落字下げ無し、読点無し、半角スペース有り、途中改行有りの状態で長編書く気か、最後まで?
 まあいい、とりあえずその部分は目を瞑ろう。というか、今度ゆっくり訊こう。そうするべきだ、それがいい。俺自身が破綻する。


お風呂に入っていたら 伊織君の事を思い出しちゃったの。
伊織君 今何してるのかな?
ご飯食べたかな?
お風呂入ったかな?
私のこと思い出してくれてるかな?
私 どう思われたかなぁ。可愛いって思われてたらいいな。
押しが強いって思われちゃったかな。
初対面でいきなり馴れ馴れしすぎたかな。
嫌いになってないよね?
……やだ 心配になってきた。
もうお風呂なんてゆっくり入ってらんない。
すぐメールして確認しなきゃ。
あ、だけどメールしてしつこいって思われたらどうしよう?
いいよねっ!
「今日は楽しかったよ」ってそれだけなら嫌じゃないよね?
あ、でも「また会おうね」って付けてもいいかな?
「また会える?」の方がいいかな?
きゅーん。どうしよう。


 なんだか一人称小説というより……いや、一人称小説か。でも日記みたいな、うーん、思ったことそのまま書いただけ?
 とにかくアイさんそのまんまだ。
 いや、待て。キャラを作ってるって言ってた。いつものアイさんはこの小説の『舞』の為に演じているキャラ……とはやはり思えない。どう考えても素のままのアイさんを『舞』という名前で書きつけている感じだ。
 俺はこれに合わせちゃいけない。寧ろ合わせろと言われてもそれは不可能だ。俺は俺なりの伊織を書く。
 そして、ようやく一晩かけて書き上げた俺の方の一話目を、明け方アイさんにメールした。