第39話 ハルヱ婆の暗躍

 十月に入った。ハルヱ婆の快進撃は勢いを増しているらしい。らしいとしか言えないのは、ハルヱ婆の暗躍ぶりをアイナと上杉さんがガンガン報告してくるからで、あたし自身が知らなかったからなのだ。

 まずはアイナだ。なんとハルヱ婆は放送を待たずに『よんよんまる』を全巻揃えて読破、そこから商品企画を立て、あのアイナにどんどん送っていたらしいのだ。
 『よんよんまる』と言えばピアニストのヒビキとシオンの話だ。二人のピアノバトルのシーンがガンガン出て来る。まだ放送されていない部分であってもそんなことは気にしない、「放送前に始めないと間に合わない」と言って、ハルヱ婆はオリジナルサウンドトラックを企画していたのだ。

 更に同時進行で商品企画を募り、これまた女子高生たちの希望でラインスタンプなどが企画された。っていうかさ、スタンプ? 普通、もっと物理的なもの考えるでしょ? 思いつかないよ、あたしやアイナじゃ。そこは流石女子高生だよ。っていうかその女子高生たちとフツーに交流しちゃってるハルヱ婆だよ!

 そしてさりげなく『よんよんまる』と『風間兄弟』と『十津川温泉』をタイアップして地元の観光に結びつけることで、両方の宣伝効果を狙っているところが流石ハルヱ婆と言ったところである。今じゃ何故か『十津川スタンプ』『斉藤ハルヱスタンプ』がバカ売れ状態なのだ。……地味にハルヱ婆、アイドル化してる。自らをキャラ化することで、宣伝効果を生んでいるのだ。

 その程度で驚かれちゃあ困る。まだまだ出て来る。なんぼでも出て来る。チョコレート業界。『黒のヒビキ、白のシオン』のイメージから、ブラックチョコにヒビキのイラスト、ホワイトチョコにシオンのイラストを付けたいと、大手菓子メーカーからの打診があったとアイナから聞かされたときには、もうひっくり返って笑ってしまった。『よんよんまる』の中でも、ヒビキとシオンはチョコのCMに出てるんだもん。
 とにかく世の中の黒と白なものは何でもヒビキとシオンのキャラが付くというくらいの人気なのだ。それは胡麻のパッケージから子供向けのオセロの駒まで、なんでもアリなのかってくらい。

 勿論アイナはウハウハだ。どんな企画を立案してもあっさり通して貰えるし、バックには最強のハルヱ婆が付いている。しかもハルヱ婆は「趣味でやってる」と豪語し、その手柄はみんなアイナや上杉さんにくれてやっているのだ。これを趣味だと言い切るんだからホント手に負えない。

 十月の中旬には秋葉原を『よんよんまる』キャラのラッピングバスが走り、全国のピアノを習ってる男子小学生の比率がガツンと上がったというから凄い。その効果は『よんよんまる』キャラを音楽教室やピアノ教室で使わせて欲しいという話にまで発展し、アイナは目の回るような忙しさになっている。

 正直言って、あたしの『風間兄弟ブログ』なんかもう要らないんじゃないかってくらいの勢いだ。だけどそれを言うとアイナは「やめちゃダメ」と言う。彼らを取り囲む環境がどんどん華やかになって行く中でも、彼らがいつまでも変わらないままの素朴な姿でいることがファンの喜びなんだとアイナは語る。

 確かにそんなもんなのかもしれない。
 あれだけ騒がれてアイドル化しちゃっていても、彼らの生活は全く変わることはない。モヤシ炒めを食べて六百円のTシャツを着る。服に穴が空いたら自分で繕うし、葱と牛蒡のはみ出したマイバッグをぶら下げてスーパーから帰ってくる。煮物を作るカオルさんが居て、お風呂掃除をするメグル君が居る。そして、窓際にはカイワレ大根がたくさんの芽を出して並んでいる。
 風間家の日常は変わることはない。カオルさんの好きな『通常運転』だ。ブログでそれを見せるのはやっぱり必要なのかもしれない。

 そうこうしている間にどんどん月日は過ぎ、十月もあっという間に終わってしまった。あたしは『風間兄弟』ブログを地味に更新しながらも神代エミリーとの対決の為の漫画をせっせと描き、十一月を迎えた。
 あと一ヵ月半でやっつけなければならない。締め切りの決まっている作品は『仕事』って感じがして気が引き締まる。カオルさんがいつも横で『よんよんまる』を頑張ってるのがあたしの励みになってる。頑張らなきゃ。ここで頑張ってカオルさんに恩返ししなきゃ。

 そう思っているところに友華ちゃんから連絡が来た。いいお知らせだ。彼女が出品した『広告写真賞』、優秀賞をゲットしたというのだ。これは幸先がいい。あたしも負けていられないじゃん。
 友華ちゃんから「授賞式に来ていく服が無いんですー! 買い物付き合って貰えませんかー?」なんて言われて、ちょっとだけ気分転換にお出かけしたりして。
 落ち着いたらお祝いしてあげようよってメグル君に提案したら、彼も二つ返事でOKしてくれた。だからあたしたちは楽しみにしてたんだ、友華ちゃんのお祝いパーティ。

 本当に心から祝福して、本当に楽しみにしてた筈だったんだ。……今朝までは。