才能なしと言われたおっさんテイマーは、愛娘と共に無双する!

「本当にこの先4人でやっていけるかは、実戦でないと証明できないでしょう?なので、明日クエストをこの4人で受けて、無事に帰ってこれたら認めましょう。…正直、あの商人のドラ息子に渡すくらいなら、冒険者になって出ていった事にした方が万倍マシですからね!でも、誰かが一人でも大怪我をしたら認めません。それだけは譲れませんからね?」

 マチスさんがそう言って差し出したクエストの内容は、なんとも厳しい内容でした。

 どうやらギルドから発行されているクエスト書を、わざわざ持ってきてたみたいです。

 えーとこれは、討伐クエストね。
 で、その討伐内容はというと…、討伐対象がジャイアントウーズ。
 討伐場所は、地下水道の奥。
 そして、討伐数は1体となっている。

 ちなみにジャイアントウーズは、俗にいうスライムの一緒です。
 スライムより、すこし厚い膜に覆われていて半球状の体を持っているのが特徴的です。

 打撃攻撃は殆ど効かないし、弓矢は刺さってもダメージはほぼ無いの。
 剣や槍で核となる部分を貫くか、炎で燃やして体を溶かしていくかしないといけない。

 そして、一番厄介なのがその巨大な体です。
 普通のウーズが大体子供の頭くらいの大きさしかないのに、ジャイアントウーズになると大人の背丈を超す大きさになるものがいるらしいのです。

 今回の討伐依頼の場所は、カンドの町の地下水道になっている。
 地下水道にいるジャイアントウーズを討伐…ね。
 という事は、どういう状態かと言うと…想像出来てしまう。

 ───
 クレスの卒業パーティーが終わり、マリアを冒険者の仲間に加える条件でマチスさんからクエストを渡された。
 その内容を見た瞬間、少女3人が顔を引き攣らせたので何事かと見せて貰うと、なるほどこりゃ嫌がるよなぁ。

 ウーズは体液が酸で出来ていて、触れると腐食して溶けてしまう。
 地下で死んだ動物などの死骸を溶かして吸収するので、そのあと掃除が楽になる。
 そのため、ある程度の数をわざと放つらしいのだが、餌となる死骸が増えすぎると一気に増殖してしまう。

 そんなウーズは、ある一定数以上に増えると仲間同士融合して大きな個体に進化する。
 それがジャイアントウーズというわけだ。

 倒したら倒したで破裂して酸を飛び散らせるので、装備が痛むだけでなく服や髪の毛を溶かしてしまう。
 しかもとてもベトベトするので、好ましく思う女子はこの世にいるわけが無いだろうな。

 でも、俺と同じく娘を大事にしているマチスさんがこんな依頼を持ってくるだなんてなぁ…。
 もしや、冒険者にさせない為か?
 いやいや、ドラ息子(見知らぬ青年よ、すまない)にあげるくらいなら、冒険者の方がマシって言っていたから何か意図があるんだろうな。

 そう思っているとマチスさんが、一言付け加えた。

「内容は全員見ましたね?今、その魔物が現れたせいで多くの人が困っているんだ。冒険者とは、人を救う職業であるべきだと私は思うんだよ」

 なるほど、そういう事か。
 お金稼ぎのためだけに冒険者になるのではなく、そういう冒険者になって欲しいという意味もあるんだな。

 3人を見ると、先ほどまでの嫌そうな顔つきから真剣な表情に変わった。
 クエスト書に書かれている内容をもう一度真剣に読んでいるようだ。

「マチスさん、私達やります!」

「そうだね、そんな話聞いたら断る理由が無いわね。やってやろうじゃない!」

「お父様、私も行きます。多くの困っている人を助ける事が出来るのであれば、貢献したいですわ」

「そうですか、みんな立派に成長したんですね。良かった、ではこのクエストを無事に達成する事を祈ってますよ」

 こうして、俺達はマチスさんから差し出されたクエストをそのまま受ける事になったのだった。
 一応正式にクエストを受諾するために、冒険者ギルドに受ける事を報告しに行った。

 本来ならば、駆け出しの俺達が受けるような内容ではないらしい。
 ただ、クレス達3人は既にギルド職員で知らない者が居ない程有名らしく、『でも、貴女達なら大丈夫ね。受ける人が居なくて困っていたのよ、とても助かるわ。頑張ってね!』と逆に応援される結果となった。

 初依頼から期待されるって、どんだけすごい成績だったんだ?

 そんな事を考えながら、次の日の朝に皆でマチス商会前で待ち合わせをした。
 みな装備をしっかり整えてきていて、かなり様になっている。

 俺は前にマチスさんから貰った皮装備と上等な弓矢を装備しているので代わり映えはない。

 クレスは成長して背が伸びてより可愛くなった…じゃなくて、装備の大きさが合わなくなっていたのでマチスさんから貰ったものを再調整してある。

 ちなみに養成学校の時は、装備で優劣が付かないように訓練や演習の際は、皆学校から支給されたものを使っている。
 その間は使っていなかったので、かなり時間かけて直してもらっていた。

 15歳にもなるとより女性らしく成長していくため、体に合わせていろんな所が調整が必要になっていく。
 なので、体形にあわせて半分オーダーメイドしているようなものだ。

 大切な娘を守る為の防具であるため、お金をケチらずに作り直して貰った。

「わぁ、クレスの革鎧カッコいいね。それ、結構したんじゃない?」

「ありがとう。元はマチスさんから頂いた防具なんだけど、今の体形に合わせて作り直して貰ったみたい。ただ、どのくらい掛かったかをお父さんに聞いても教えてくれないの」

「さすがウードさんね。クレスへの惜しみない愛情が、そこに現れている気がするわ…」

 レイラが若干引いた目でこちらを見ているが、気にはしない。
 自分としては当然の事だと思っているからだ。

 かく言うレイラも、なかなかいい防具を与えて貰ったようだ。
 彼女の家もそこそこ裕福な商家なので、到底新人冒険者では揃えられない装備に見える。

 マリアに関しては、言わずもがなである。
 あのマチスさんが、俺らに与えたものよりもランクが低い装備を自分の娘に与えるはずがない。
 ただし分厚い革鎧とかではなく、丈夫で質の良いローブのようだが。

 4人と2匹で目的地である地下水道に入った。
 討伐対象のジャイアントウーズが居るのは、ここからかなり奥に入ったところになる。

 カンドの町は辺境の町にしては珍しく、下水と浄水が通っている。
 生活排水がこの地下水道へ流れ込み、放されたウーズ達によってゴミが取り除かれた後に、特殊な貯水池に戻される。

 そして、湧き水と綺麗になったその池の水を混合して、町の水くみ場に送られているのだそうだ。
 (すべて昨日マチスさんに教わった話なんだけどね)

 学の無い自分では、話が半分しか理解出来ないが、この地下水道が重要な施設だと言うのだけは辛うじて理解出来た。

 なのでとても重要な仕事なのだという。

「さて、そろそろジャイアントウーズがいる場所に付くはずだけど…」

 渡された地図を頼りにここまで進んできた。
 丁寧に描かれた地図はかなり正確で、ここまで迷う事も無かった。

 次の角を曲がれば、指定されたポイントなんだけど…。

「うわー・・・・、あれが今回の討伐対象ね…」

 レイラが嫌そうな声で、そう呟いた。

 そこには、通路一杯に詰まって身動きが取れなくなったジャイアントウーズが待ち構えていたのであった。
 ああ、やっぱりね。

 ──

 やっぱり、想像していた通りでした。
 指定されたポイントに辿り着くと、通路を塞ぐようにというか、詰まってしまったウーズがいました。

 あたりには餌となったのであろう、ネズミや野犬などの骨らしきものが散らばっていて、中には、小さな子供くらいの人型の骨もあって、一瞬血の気が引いたけど、よく目を凝らして見ると頭蓋骨に角のようなものがあったので、多分あれはゴブリンね。

 ふう、人じゃなくて良かったぁ。
 さて気を取り直して、戦闘準備をします。

 ウーズ系の魔物と戦うのは初めてだけど、魔物図鑑で討伐の仕方は覚えていました。
 弱点は炎か、槍のように深く刺すことが出来る武器。

 でも、あいにく4人の中に炎の魔法を使える人はいないし、槍を使う人もいない。
 炎に弱いからって、こんな狭い所で火事を起こすわけにもいかないので、今回は違う方法で倒さないといけないよね。

 ちなみにジャイアントウーズの脅威度は、Dランク。
 なんとあのワーエイプと同格です。

 今でも、あの時の事を思い出すと震えが来るけど、怖がっている場合じゃない。
 このクエストが成功するかしないかで、マリアと一緒に冒険が出来るかが決まってくるんだから。
 それに、今回はひとりじゃない。
 頼りになる仲間と、お父さんがいるんだから。

 自分を奮い立たせて、前に出ようとしたその時だった。

「クレス、まずは俺に任せてくれないか?」

 なんと、お父さんが試したいことがあると言ってきた。

 え、お父さん大丈夫?
 いくら最近魔物の狩りが出来るようになったからって、一人で相手するのは無茶だと思うよ!?

 でも、お父さんの顔を見ると無茶をする時の顔はしていなかった。
 長年、娘をやっているから顔を見たら分かるのよね。
 こういう時のお父さんは、自信があるから言っている時だ、とね。

「分かったよ、お父さん。でも、絶対に無茶な事はしないでね?」

「娘にそんな事いわれたら立つ瀬がないけど、まぁ、実際クレスの方が強いもんなぁ。でも、ちょっとまかせてみろ」

 そう言うと、お父さんは一人でジャイアントウーズに近づいていくのでした。
 さーて、娘にいい所を見せないとな!
 って思って一人で前に出たわけじゃ無い。

 自分の実力なんて分かり切っているし、恰好を付けて死ぬような真似をするほど馬鹿じゃないつもりだ。

 じゃあ、なぜ一人でやろうとしているかと言うと…。

『ウードよ、我に任せるのだ。我のチカラを使ってあの魔物を弱体化させてやろう』

 と手に持つ、ヘルメスの本体である智慧の杖から声が聞こえてきたからだ。

 あの日、このヘルメスと契約してから色んな魔物と戦ってきた。
 いや、正確にいうと戦わせられていた。

 なんでも、本来のチカラを取り戻すためには俺から供給される魔力では足りないらしく、魔物が持つ魔力を奪う必要があるのだとか。
 そのため、ヘルメスのチカラで魔物を探しては倒して魔力を吸収するというのを繰り返してきた。

 まぁ、おかげで冒険者ランクが最低のGからEまで上がったわけだから、今では感謝もしている。

 ヘルメスが今の状態で使えるチカラは主に3つだ。
 一つ目は治癒。
 キールのケガも一瞬で直したあのチカラは、魔力を多く使えば使う程治癒力が高まるらしい。
 流石に死者の蘇生は出来ないらしいが、瀕死の人をピンピンに復活させることくらいは可能らしい。

 もちろん、実際にそんな事をしたら俺が瀕死になるくらい魔力が奪われるわけだけど。

 2つ目は、神の眼と言われる能力。
 魔力を持っている者であれば、半径5kmくらいなら感知する事が出来るらしい。
 さらに近づけば、相手の魔力の量や生命力が分かるらしい。
 ちなみに、ある程度であれば辺りの地形も見渡せるらしくかなり便利だ。

 3つ目は、相手の魔力を奪う能力。
 これは杖で直接触れる事で、相手の魔力を強制的に奪う事が出来るらしい。

 人であれ、魔物であれ、魔力が無くなると気を失い、最悪死に至る事もあるのだとか。
 なので、ある程度弱らせてからヘルメスの智慧の杖で触れる事で、すべての魔力を吸い取って魔物を倒す事が可能らしい。

 今回は、既に身動きが出来ない相手なので、弱らせないでも魔力を奪う事が出来るだろうという事だ。

(あの体に突き刺していいのか?酸で溶けたりしないのか?)

『心配するでない。我の体があの程度の酸で溶けるはずがなかろう。いいから気にせずにやるのだ』

(はいはい、分かったよ。じゃあ、いくぞ~!)

 俺とヘルメスは、杖に直接触れている時だけ心で会話する事が出来る。
 なので、声に出さないでも意志の疎通が可能なのだった。

「今から、この杖をあのウーズに投げて突き刺す。そのあと、ウーズが弱くなる筈だからそうなったら皆で攻撃するんだ!」

「ええ!?その杖、そんな効果があるの?ウードさん、すごい物を拾ったんだね…」

「お父様に言ったら、金貨100枚くらいは積んで買取ろうとするかもしれないわ」

 金貨100枚!?
 いやいや、駄目だ。
 これは単なる杖じゃなく、ヘルメスの本体だ。
 売り払ったら、祟られるどころじゃ済まない。
 どのみち、俺から離れることは出来ないみたいだから、無理なんだろうけどな。

『何か良からぬ事を考えておらぬか、お主』

 いえいえ、滅相もございませんよ!?
 そんな、売ったらもう冒険者ではなくても、クレスとあちこち旅行に行けるよな~とか思ってませんよ?

『…』

 考えている事が筒抜けになるので、どうやら本気で呆れられたようだ。
 ええと、少し自重します。

 さて、戦闘中なのを忘れかけてたけど、このでっかいウーズを倒さないとだな。
 倒すのは俺ではないんだけど。

「じゃあ、いくぞ!1・2・3!」

 力一杯に智慧の杖をジャイアントウーズに投げつける。
 杖の尖った部分がズブッと突き刺さる。
 これは膜を突き破ったというより、そのまま中に飲み込まれていったというのが正しいな。

 しばらくすると、杖を飲み込んだジャイアントウーズに変化が訪れる。
 あちこちが波打ち、蠢きだした。
 声をあげているわけではないが、苦しんでいるのが分かる。

 しばらくすると、ジャイアントウーズがへたっとなり、徐々に萎むかのように小さくなっていく。
 それでも通常のウーズより遥かに大きいが、おおよそ半分くらいになった。

「本当に弱ってる!?すごいねウードさん!」

「すごいですわっ!これなら倒せるかも!?」

 見るからに弱ったジャイアントウーズを見て、歓喜の声を上げるレイラとマリア。

「今がチャンスだね!みんな畳みかけよう、お父さんは下がって!」

 クレスが皆に声を掛けて、攻撃体勢に入った。
 精神を集中し、魔法を繰り出す。

「はぁっ!『電撃』!」

 クレスの風魔法の『電撃』を受けてあちこちから焼かれたようにあちこそから煙があがる。
 試験の時に使えるようになったらしいけど、凄い威力だな。

 それに続いて、マリアが氷魔法で追撃した。

「凍てつく氷の飛礫、『氷の矢』!」

 蠢くジャイアントウーズに、マリアが放つ氷魔法が次々と突き刺さる。
 突き刺さった跡は、凍り付いているようだ。
 マリアは治癒魔法もかなりのものだけど、この氷魔法の威力も凄いな。

 そして、トドメとばかりに極限まで集中していたレイラが前に出る。

「くらえええええっ!『高速剣』!!」

 目にも止まらない速さで繰り出される無数の剣。
 レイラの『高速剣』が、弱ったジャイアントウーズの膜を何度も切り刻んでいく。
 俺の目には、何本もの剣が同時に突き出されているようにしか見えない。

 凄いな、あれが剣技の才能がある人物しか発現出来ないという『高速剣』か。
 クレスを天才だと思っていたが、この歳でこんな技を使えるだなんて、レイラも負けないくらいの天才だな。

 怒涛の攻撃により、反撃する力も残っていないジャイアントウーズ。
 最後まで油断は出来ないが、あと少しで倒せそうだ。

 クレスとレイラが一際強い烈気を放ち、渾身の力を込めて同時に剣を突き刺した。
 そしてついに、ジャイアントウーズを守る分厚い膜を、完全に突き破る事に成功する。

「はあああああっ!」

「やあああああああっ!!」

 そのまま二人とも剣を奥まで差し込み、中心に浮かんでいる核を狙った。

 ズブ…ズブズブっと鈍い音を立てつつ、体の中に埋まっていく二人の剣。
 そして、遂にその剣先が核を二人が同時に貫いた。

 そういや、ギルドの職員が言っていたな。
 ウーズ系の魔物を倒すときには、核を狙えと。
 でも、核を破壊すると破裂するので、酸を持っているウーズを倒すときには注意が必要だと。

 え、という事は…。
 あのデカいのから大量の酸が出てくる!?

「いけないっ!二人とも離れろっ!」

「え、お父さんっ!?」
「ちょっ、ウードさん!!」

 言うが早いか、自分の体が勝手に動いていた。
 既に剣を差し込んだ場所から、酸が飛び散っている。
 残された時間はほぼ無いに等しい。

 荷物袋から持ってきていた布を取り出し、二人を庇いつつ抱き寄せる。
 そしてマリアの方へ飛び込み、3人がすっぽりと収まる様に布を被せた。

 次の瞬間。

 ドバァアアアアアアアアンッ!!
 と、ジャイアントウーズの体が弾け飛んだ。
 中から酸の液がウード達目掛けて噴出し、頭上から降り注いでくる。

 布で庇い切れないかもしれないと咄嗟に思った俺は、自らは噴き出す酸を遮る壁になるように背を向けて3人を庇った。

 ジュウウウッっと嫌な音を立てて、焼けるウードの背中。

『馬鹿者!お主、何をしているんだ!』

 慌ててヘルメスが治癒を始めるも、酸で爛れ焼ける方が早いようだ。

「うぐうううっっ!!」

 が、我慢だ俺!

 数秒してすべての酸が流れ出た後に、カランと物が落ちた音がするのが聞こえた。
 どうやら、なんとか耐えきったようだ。

 うん、もう大丈夫だな…。
 
 俺はそこで力が抜けて、その場にずるりと倒れ落ちた。
 
 その音を合図に、自分達に被された布をはぎ取り中から3人が出てくる。

「お父さん、大丈夫!?って酷いことになってるじゃないっ!!」

「うわわっ、ウードさん?!私達を守るためとはいえ、なんて無茶しているんだよ!」

「きゃあ、酷い怪我になっているじゃないですか!いくらなんでも、あれを直接被るだなんて!」

 3人が3人とも、無茶をしたウードを叱りつける。
 その目には、ウードを心配する涙を浮かべているが、本人は痛みで意識を失って見えてはいない。

「マリア、お願い!」

「クレス、もうやっているわ!」

 慌ててマリアが治癒魔法を掛ける。
 既にヘルメスが治療を掛けているので、徐々に傷が塞がっているようだ。

 そこにマリアの治癒魔法がかかる事で、加速的に治っていった。

 ──

「いてててて、ははは。ごめんな、咄嗟に体が動いてしまったよ」

「もう、笑い事じゃないんだから!」

「本当ですよ、ウードさん?!」

「お人好しってレベルの話じゃないよ?」

 クレスに頬っぺたをぎゅーっとされて、叱られるウード。
 もはやどっちが子供か分からない。
 マリアもレイラも怒りつつも呆れ顔だ。

 ヘルメスとマリアのお陰で、酸で焼け爛れた背中には傷跡が殆どない。
 しかし、治療を施しているマリアは納得がいかない顔だ。

「すごい綺麗に治ってる…。私の魔法だけじゃ、ここまで綺麗に治療できないわ。このヘルメスって、本当に魔物なの?」

『ふむ、良い勘をしている娘だな。だが、その話はいずれな…』

 ヘルメスも、治療に集中するため話を後回しにした。
 そして、数分後にはウードのケガは完全に治るのだった。
 ヘルメスとマリアのお陰でわずかな傷跡もなく、全快する事が出来た。

『全く、無茶をしおってからに』

 いやいや、ヘルメスさん。
 もとはと言えば、ヘルメスが任せろって言ったから前に出たのに。
 仕留めれなかったからじゃないか。

『我は、一撃で倒せるとは一言も言ってないぞ?しかし、この娘たちは皆優秀な子達だな。一流の域に到達するのもそう遠くはあるまい』

 勝手に思考を読まれた挙句に微妙に話を逸らされた気がするが、終わった事をいつまでも言っても仕方ないか。

 そうだ!折角苦労して倒したんだし、何か良い物でも落ちてないだろうか。

 クレス達は、周りに他の魔物が居ないかを警戒しつつも、ジャイアントウーズの残骸を調べている。
 なんでも、あのプヨプヨした半透明な膜も何かの素材になるらしく、酸を洗い流して回収している。

 なるほど、なんでも使えるんだな。

 そう言えば、破裂した後に何かが落ちた音がした気がするな。
 何か落ちているかな。

 そう思って地面を照らしながら探すと、きらりと光るものを見つける。

「なんだこれ?」

「お父さん、何か見つけたの?」

 俺が何かの変な顔が付いた像を拾い上げる。
 なんかのお守りか、置物か?

「変な像を見つけたぞ」

「うわー、何それ。ちょっと気直悪いねウードさん」

 レイラが俺の方を見てそう言うので、まるで俺が言われたような気分になる。
 うん割れてしまっているし、こんなガラクタは捨てよう。

『ふむ、それは何かの魔具のようだな。だが、既に魔力が宿っていない所をみると、既に価値はないだろう』

 ヘルメスもこう言っているのだし、もう使えないのであれば捨てといていいだろう。
 そう考えて、ぽいっと捨てた。

「わぁ。これは凄いですね」

 今度はマリアの声だ。
 手にはこぶし大の大きな魔石を持っている。

「核の中にあった魔石のようです。流石、ジャイアントウーズともなれば魔石の大きさも規格外ですわ」

「わぁ~、こんな大きな魔石を初めて見たよ!キラキラして、綺麗だね」

「いいね~、これだけ大きければきっと高値で売れるんじゃない?」

 マリアが拾い上げた魔石を見て、クレスもレイラも目を輝かせていた。
 レイラは流石商家の娘だけあり、既にどのくらいの価値があるのかを頭の中で計算しているようだ。

 ちなみに、レイラは少し大雑把な所があるが、決して頭の悪い子ではない。
 商家の娘に育っただけあり、それなりの教養は備わっている。
 他の二人が出来過ぎて目立たないだけだ。


 暫く辺り調べるも、目立った戦利品は無かった。
 念のため、ジャイアントウーズによる被害を調べてみたが、素人目では目立った被害は無いよう見えた。
 取り込まれていた遺骸も殆どが動物の骨だったし、人間らしきものがなかった。
 人が襲われる前に討伐出来たのは幸いだろうな。

 細かい調査は後でギルドが専門業者を雇って行うって言ってたし、俺らのクエストはこれで終了で問題ないだろう。

「討伐を証明する素材と魔石も回収したし、町へ帰ろう」

「「「はい!」」」

 3人の元気な返事を合図に、俺達は地下水道から町へ戻るのだった。

 ───

 ウード達が地下水道を去った後、1組の男女がそこに現れた。

「やはりか。これは奴らの使う魔具だな。…まだこの町のどこかに潜んでいるかもしれない」

 そこに現れたのは、ウード達が3年前に会った銀髪の青年ヴァレスと、一緒にいたマーレ。
 二人はその魔具を回収して、その場を後にするのであった。

 ───

 地下水道から出ると、エースがお座りして待っていた。
 俺らを発見すると、尻尾をふりふりして嬉しさ全開にしていた。

 最近はクレスが丁寧にブラッシングしているので前よりも毛艶が良くなり、ふわふわもふもふになっている。
 クレスもエースの傍まで駆け寄り、ぎゅうっと抱きしめる。
 うん、なんとも微笑ましい姿だ。

 ひとしきりエースを撫でてから、おやつ代わりに干し肉をあげる。
 涎を垂らしつつおねだりする姿は、狼と言うよりは犬に近いな。

『なんとも嘆かわしい姿よな。狼と言えば、元は神獣の眷属であろうに』

「そう言ってやるなよ。俺はエースのお陰で狩りが出来るようなもんなんだよ。こういう時は甘えさせてあげないとな」

 クレスとエースの様子を眺めがら、ヘルメスと会話をしていると、マリアが不思議そうな顔で話掛けてきた。

「ウードさんって、たまにその蛇の魔獣とまるで話が通じているかのように話し掛けていません?」

「ん?そりゃあ、ヘルメスは言葉を話せるからな」

『…』

 あれ、もしややっちまった?
 でも、これから一緒に冒険するんだしいいよね?

『…はぁ、好きにするが良いわ』

「「えええええええっっ!!?」」

 マリアとレイラが驚きの声を上げた。
 あ、ちなみにクレスはこの事を知っているので、「あーあ」って顔でしょうがないなって顔で見ていた。


 ───

「というわけで、こちら神獣のヘルメスさんです」

「なんで、そんな大事な事を先に言わないんですか!!今まで、結構失礼な事を言っていた気が…」

「ウードさんって、そういう所あるよね…」

「まぁまぁ、お父さんも悪気があっての事じゃないからね。許してあげて、ね?」

 マリアには怒られ、レイラには呆れられる始末。
 クレスがなんとか宥めてくれるが、最初からこんな事をぺらぺらと話すわけにはいかないので、仕方のない事なのだ。

「まぁ、正式にパーティーを結成出来たら話そうとは思ってたんだよ。なんせ、あの山の神様みたいなもんだしさ…。勝手に連れて来たってバレたら大事だろう?」

「それはそうですよ!あの山の神様と言えば、この地を悪い神様から守っていたって有名な話があるくらいですよ?!…そういえば、数年前に社の管理者が亡くなってから、社が老朽化してどうするかって町長が頭を悩ませていたみたいですが…」

 ぎくっ

「まさか。その神様がここに居るって事は…」

 ぎくぎくっ

「社、壊しちゃったんですか!??」

「いやっ、すまない!あれは事故だったんだ。それに壊したんじゃなくて、壊れていたんだよ!」

 珍しくマリアが興奮して詰め寄ってくる。
 勢いに負けて、思わず謝ってしまう。

 しかし、数年放置されてたとはいえ、なぜ社が無くなっていたんだ?

『それは、我が説明してやろう』

 ヘルメスは、分身を通して皆に言葉を伝える事が出来る。
 普段、本体である智慧の杖に触れている俺は言葉を発しなくても会話が出来る。
 まぁ、ついつい癖で動いている分身の方を見て話してしまうのだけど。

『あの社は、我を祀っていたのではなく、我をあそこに封じ込める為にあったものでな…』

 ヘルメスからこの話は俺も初めて聞く。

 遥か昔に、あの山に傷を癒すためにやってきたヘルメスを従えていた神は、その身を休めるためにその地に結界を張り降り立ったのだという。
 やがて、その身が癒されるとヘルメスを置いて天に還ってしまった。

 残されたヘルメスは、まだ完全にその傷が癒えていなかったのでそのままその地で眠り続けていたのだが、ある時にヘルメス達を傷つけた者の手先がその土地の人間を利用して、ヘルメスを封印する建物を建てたのだという。

 それから外に出る事が出来なくなったヘルメスは、長い時をずっとその地の底で眠り続けていた。
 そんなある時、銀の星が2つ落ちた。
 一つは、その社の上に。

 もう一つは、山の向こうに森に。

 そうして、暫くしてから二人の人間が現れ、その地の底から出る事が出来たという事だった。

「それって、俺とキールの事か?」

『そう言う事だ。長い事封印されていたせいで、魔力が枯渇していたからな。本当にあの時は危なかった。改めて礼を言うぞ、ウード』

「わぁ、じゃあ結果的にウードさん達はヘルメス様を助けた事になるんですね」

『娘よ、既に我はウードと契約せし従魔だ。様などいらぬ』

「じゃあ、私もマリアと呼んでくださいね。ヘルメスさんっ」

 すっかりヘルメスを山の神だと信じ、打ち解けてしまうマリア。
 レイラは話が長かったせいか欠伸をしているが、信じていない訳でもないようだ。
 ただ、怖れることも無く「じゃあ、よろしくねヘルメス!」と軽い感じで挨拶していた。

「そんな凄い神様だったんだね、ヘルメスって」

『正確には我は神でなく、神獣と言われるものだ。まぁ、人間からしたら大した差ではないのかもしれないがな』

「ふふっ、そんな凄い神獣がお父さんを守ってくれていたんだね。ありがとうね!」

 相変わらず、いい娘に育ったと思いながらもその銀色に輝く髪を眺め、先ほどの銀の星という言葉を思い出す俺だった。

「銀の星か…」

 もしかしたら、俺は天から落ちてきた星の子を授かったかもしれないなと、柄にも無い事を思うのであった。
 地下水道のクエストを終えて、町へ戻ってきたウード達。

 まだ夕方に差し掛かったばかりなので、ギルドは冒険者達で賑わっている。

「おう、ウードのおっさん。もう帰って来たのか?流石に1日じゃ、見つけるのも大変か?」

「馬鹿おめー、あの養成学校の首席で卒業様がいるんだぞ?もう、倒して戻ってきたのかもしれねーじゃねーかっ、はっはっはっは!」

 今日分の稼きを終えたのか、先輩冒険者である者達が酒を飲みつつウード達をからかう。
 ただウードを馬鹿にしていると言うよりは、先輩冒険者として冒険者稼業はそんな易しいもんじゃねーだろ?という、意味を含めて言ってるみたいである。

 その証拠に、「俺らも新人のころはよー」と昔話に華を咲かせている。
 しかし、当の本人はというと。

「ああ、そうだな」

 と軽い相槌を打つだけだった。
 ウードは、『ええ、終わりましたよ』という意味で返したつもりだったが、反対の意味で捉えられたらしく『そうか、そうか。だが、そんなもんでめげるんじゃねーぞ!』とバンバン背中を叩かれた。

 うん、流石熟練の冒険者達だよ。
 叩かれた背中が結構痛い。
 
 いくら脅威度Dの討伐対象とはいえ町の地下だったし、一日でクエストを終わらせて帰ってくるのが普通だと思っていたが、そう思っていないと思われる周りの反応に少し戸惑いを覚える俺達。

(あれ、1日で終わったのってかなり早かったのか?)

『まぁ、討伐対象が脅威度Dのジャイアントウーズだからな。新人冒険者なら、初見で倒せるなんて思わないんだろう。それよりも、さっさと報告をしたらどうだ?』

(そういうもんなのか。まぁ、俺以外の3人が周りの期待以上の能力を発揮したって事だな)

 ウードが周りにバレないように、ヘルメスとこそこそと話をしていると、クレスが不思議そうに顔を覗き込んできた?

「どうしたの、お父さん?早く報告終わらせて帰ろうよ!早く湯あみして、この汚れを落としたいの」

「あ、クレス!どうせならうちに寄っていくといいわ。お風呂に一緒に入りましょうよ。うちなら一緒に入れるから」

「あ、ずるい!私も混ぜてよ!」

 クレス達は下水も流れるあの地下水道でついた臭いを早く落としたいらしく、さっさと報告してきて欲しいみたいだ。

 そのあと、どうなるかは想像もしていなかったが…。

「お帰りなさい、ウードさん。首尾はいかがですか?初めての本格的な依頼でしたし、大変だったでしょう。今日はどこまで潜れましたか?」

 冒険者ギルドには、クエストの受発注をしてくれる受付嬢が必ずいる。
 強者たちを相手にするだけあり、ちょっとやそっとじゃ表情を崩したりはしない。
 そんな彼女の表情が、次の言葉で一変した。

「はい、いただいていた地図の通りに進んで対象を発見して、無事に討伐出来ましたよ。アドバイスもありがとうございました。いやー、助かりましたよ」

 にこやかな笑顔で、そう報告すると一瞬固まり。

「なるほど、討伐出来たんですね~。って、ええええっ!!??あ、いやいや、冗談ですよねウードさん?もう、…一瞬信じちゃったじゃないですか。そういう冗談はダメですよ!」

 もう、ウードさんはそういう悪ふざけしないと思ってたのに、と可愛く怒る受付嬢に、再度本当の事を告げる。

「え?いやいや、本当に討伐しましたよ。はい、これが素材と魔石です」

 そう言って、あの半透明の膜とこぶし大の大きな魔石が入った荷物袋を渡す。

 受付嬢は受け取るとすぐに中を確認し、それらをカウンターへ並べていった。

「…。あはは…、本当だー。本当にこれジャイアントウーズの素材と魔石ですね…。って、ええええええええええっ!!?脅威度Dですよ?!それをたった一日?しかも、皆さん全然怪我も装備の損傷もないじゃないですか!」

 普段そんな大きな声を出さない受付嬢の声を聞いて、なんだんだと集まってくる冒険者達。
 みな娯楽に飢えているので、こういう時はすぐに集まってくるんだな。
 てか、俺の装備はほぼダメになったんだけどなぁ。
 クレス達のは、綺麗なままだからそう見えるのか?

「ヒュウ~ッ!マジじゃねーか。あのデカ物を本当にやったのかよっ」
「おい、あの魔石の大きさ見ろよ。ジャイアントウーズの中でもかなりの大きさだぞ」
「たった一日で討伐!?マジかよ。マジであの嬢ちゃん達はすげーんだな。噂以上じゃないか?」

 と、冒険者達が驚きの声をあげるのでカウンターがざわざわと騒がしくなってきた。
 そして、皆の視線は受付嬢に集まっていた。

 皆、『で、クエストは達成なのか?』と。

「あっ、はい!ウードさん達のパーティー。『ジャイアントウーズ討伐依頼』を無事達成です!!」

 すると、周りの冒険者達から一斉に『おおおおおおおっ!!!』と歓声があがった。
 そして、周りの冒険者達から賞賛の嵐が巻き起こる。

「ウードさん、あんたんところの娘はすげーじゃねーか!良かったな、これで誰もが認める冒険者だぞ!」
「ウードのおっさん、あんた頑張ったなー。また一つ、あんたの話がこの町に広がるぞ!『冒険者を諦めなかった男ウード』ってな!」
「マジかよ、俺達ですらあんなの倒せないぜ?!まさか、ウードのおっさん達に先をこされるとはなー!」

 と、クレス達を褒める人半分、冒険者として成果を上げた俺を称えてくれた人半分という感じだ。
 冒険者達に囲まれて、もみくちゃにされる(主に俺が)。

 しかし、この町の冒険者はいいやつばっかりだな。
 冒険者になったばかりの頃は、『ウードのおっさん、いい歳して無理するなよ?』と良く忠告されたが、どうやら本当に心配して言ってくれてたようだ。
 言ってた冒険者本人が、いい笑顔で背中を叩いて称えてくれた。

 いや嬉しいけど、それ本当に痛いからねっ!?

 そんな冒険者達に俺は捕まってしまい、奢りだ飲めだの乾杯ラッシュに遭う。
 酔っ払いのおっさん達に付き合って貰うわけにもいかないので、クレス達はマリアの家に言って貰う事にした。

「すまんなマリア。クレス達を頼むな」

「いえいえ、私もクレス達に来て欲しかったので気にしないでください。ウードさんは、私達の分まで皆さんからの洗礼をきっちり受けて来てくださいね!」

 もう家には帰れそうにないので、俺は宿に泊まるとクレスにも伝えて、ギルドにいた冒険者達と酒場へ行く事になった。

「お父さん、…ほどほどにしてきてね?明日も、し・ご・と、あるからね?」

「はは、ははは…、わ、わかったよ」

 若干、目が怖かったが、周りが奢るといって聞かないので仕方ないのだよ。
 そう、これは不可抗力なんだ!
 と、自分を誤魔化しつつ誘ってくれた冒険者達と酒場へと流れていった。

 ───

「ほんと、男の人ってお酒が好きなんだね。まぁ、今日くらいはいいけどね…」

「ふふふ、仕方ないわよ。あのウードさんだもの」

「そうそう、あのウードさんだもんな!」

 マリアとレイラが湯船に浸かりつつ、にやにやしながら含みのある言い方をする。
 髪を洗いながら、二人にそれってどういう意味って聞いた。

「前に言ったことがあるでしょう?ウードさんは冒険者を諦めたけど、努力したおかげでちゃんとした生活を送れているんだって話。それを、みんなが知っているって」

「うん、前に学校で教えてくれたよね」

「そうそう。だから、皆嬉しいんじゃないかな?ウードさんが、本当は冒険者を諦めていなくて、努力し続けてきたから、あの歳でも一人前の冒険者になる事が出来た事をね」

「ウードさんは、秀でた能力を授からなかったですが、不思議な魅力がありますから。実は、みんなウードさんの事を慕っているんですよ?」

 レイラの話もそうだが、マリアの話はもっとびっくりだ。
 お父さんって、みんなに慕われていたんだね。
 確かに、町でお父さんを嫌っている人を見たことはないし、意外とみんなに声かけられるなとは思っていたけど。

「案外、あの蛇の神様もその不思議な魅力に引き寄せられたのかもね」

「あっ!それはありそうね」

「ああー、確かにそうかもね。お父さん動物には異様に好かれるから、案外あるかも」

 女の子三人、お風呂に浸かりながらお父さんの事や自分達の事、そして今度のことから他愛のない事を話を咲かせていく。
 私達は卒業後、久々に3人で夜遅くまで盛り上がるのだった。

 ──

 その頃、ウードは数人からひたすら酒を注がれたせいで酔いつぶれていた。
 普段はあまりお酒を飲まないせいもあり、酔うのが早いようだ。

『全く、明日二日酔いになっても我は治療などせんからな?』

「え~、つれない事いうなよ~。俺とお前の仲だろ~」

「がははははっ!蛇にまで話しかけるのかよ、ウードさん。かなり酔ってんな!」

「おー、その蛇をテイムしてからウードさんのクエストこなす回数増えたよな?なりは小さいけど、そいつはかなり優秀なやつなんだろう?」

「……」

「ありゃ、もう潰れてるぜ。あっはっはっは」

『全く。これでは大事な事が伝えれないではないか…。』

 ヘルメスはジャイアントウーズから大量の魔力を吸収したことで、新しい能力(チカラ)に目覚めていた。
 ヘルメスは元々様々な能力(チカラ)を持っていたが、長い年月を経て魔力を失いその大部分を失っている。
 こうやって、魔力を集めれば再び元の能力(チカラ)を目覚めさせる事が出来るのかも知れないと一人思うのだった。

『まぁ、この話はいずれするとしよう。今回は、能力(チカラ)を取り戻せることが分かっただけでも大きな収穫であったな。しかし、神の贄(サクリファス)に銀の娘か。なんとも、数奇な廻り合わせなことよ』

 ヘルメスはそう呟きながら、酔いつぶれたウードの頭を小さな羽でペシペシと叩くのだった。

 マチスさんから受けた依頼を達成した翌日、クレスを迎えに行くのとクエストを無事に達成した事を報告しにマチス商会に来た。

 元々酒に弱いので潰れてしまったが、その分飲んだ量はそれほどじゃ無かったので何とか二日酔いにならずに済んだみたいだ。
(卒業パーティーの時は、そこまで飲んでいなかったから平気だったんだな)

 宿屋までは一緒に飲んでいた冒険者に肩を貸して貰って帰ってきたらしいが、記憶が曖昧になっている。
 もう少し酒には気を付けないといけないなと反省した。
 というより、この事がバレたらクレスに怒られそうだしな。

(ああ見えて、怒ると怖いからなクレスは)

『全く、浮かれ過ぎだぞウードよ』

(ははは、面目ない)

 いつも通りヘルエスと会話しながら待っていると、マチス商会の丁稚さんが迎えに来た。

「ウードさん、旦那様がお呼びです。こちらへどうぞ」

 案内されるまま、応接室に通された。
 しばらくすると、そこにクレスとレイラもやって来た。

「おはようお父さん!昨日はちゃんと帰れた?」

「てっきり酔いつぶれて、もっと遅く来ると思っていたわ」

 ぎくっ。
 クレスにおはようの挨拶をされて挨拶を返そうとしたら、すかさずレイラにキレのあるツッコミをいれられる。
 …相変わらず勘のいい子だな。

「おはようクレス、レイラ。ははは、そんな事はしないぞ?ちゃんと宿屋に問題なく帰ったさ!」

『…』

 嘯く俺に冷たい視線を送るヘルメス。
 頼む、今はそんな目で見ないでくれ。
 訝しむクレスの視線に、冷たい汗を流す俺だったが。

「おおー、ウードさん。よくいらした」

「ウードさん、おはようございます」

 マチスさんとマリアが応接室にやってきた。
 ふう、助かった。

「おはようございます、マチスさん。娘のクレスを泊めていただいてありがとうございました」

「いやいや、うちのマリアの友人なのです。いつでも泊まりにいらしてください」

 にこやかな笑顔で返答するマチスさん。
 何かとても機嫌がいいみたいだな。

「ありがとうございます。お風呂にも入らせていただいて、マリアとレイラとも沢山お話出来てとても楽しい時間を過ごせました!」

 クレスもマチスさんに改めてお礼をいう。
 レイラも『ありがとうございました』とクレスに合わせてお辞儀をしていた。

 うんうんと頷いてから、まずは座ってと手で合図するマチスさん。

「まずは、クエストの件ですが…。無事達成していただいたようですね。私からも感謝いたします」

 ん?感謝?
 確かにクエストを持ってきたのはマチスさんだが、感謝されるとは思わなかった。

「実は、あのクエストですが…。依頼者は私なんですよ」

「えええっ!?そうだったんですか?でも、ギルドからは町からの依頼と聞いていましたが…」

「あの地下水道はですね、町の領主から我がマチス商会が管理を依頼されているのですよ。なので、あそこで何か事故でも起こると私の責任になってしまうのです」

 なるほど、通りでマチスさんがクエスト書を持っていたわけだ。
 あれを偶然に選んだわけでもなかったんだな。

「勿論、数人の息のかかった冒険者にも依頼をしていたんですが、中々空いている者がいなくて。そんな矢先に先日の話になったので、試験も兼ねて依頼したのです。おかげで大変助かりましたよ」

 さすがこの町を仕切っている大商人である。
 一つの依頼で二つの事を済ましてしまうあたり、頭のキレが凡人の俺とは違うみたいだ。

「ただ、ギルドからの報告を聞いて肝を冷やしました。まさか、そこまで育ったジャイアントウーズだったとは…。マリアに何かあったら、一生後悔するところでしたよ。改めて、ウードさん、そしてクレスさん、レイラさん、ありがとう。マリアもよく頑張ったね」

「ううん、私はまだまだだったわお父様。ウードさんが体を張ってくれなかったら、大怪我をしていたかもしれない。それに、クレスとレイラが一緒だったから倒せたのよ」

「なるほど、自分の力量を正確に確認する事も出来たようだね。良い経験になっただろう?これからは、守られてるだけではダメなんだよ?マリア、それがお前に出来るのかい?」

「ええ、もちろんよお父様。今回の事でより自分の力で皆を助けたいと思ったわ。だからこそ、ここで諦めたり出来ない!」

 わがままは言う事があっても、マチスさんに強い意志を持って主張するマリアはここ数年見たことがないかもしれない。
 それほど、彼女も真剣だという事だろう。

「マチスさん、私からもお願いします。マリアは私達には必要なんです。治療が使えるからだとか、氷魔法が使えるからとかではなく、マリアだからこそ一緒に来て欲しいんです」

「うんうん。マリアがいないと、私達は結構突っ走るところがあるからね。マリアがいないと、きっと駄目になるわ。お願いします、マチスさん!」

 クレスとレイラもマチスさんに改めて、パーティーにマリアを欲しいとお願いする。
 あのレイラが、真剣な顔で頭を下げている。

「ウードさんは、どう考えていますか?」

「勿論、マリアさんは優秀な方です。どのパーティーでも欲しいという人材だと思います。でも、それ以上に3人を見てて思いました。まるで姉妹なんじゃないかというくらい、息がぴったりなんですよ。何かあっても、俺が身を挺してでも守りますからどうか許可貰えませんか?」

 昨日の戦闘を見てて思った。
 言葉で伝える前に、既に言われることが分かっているかのように動く3人。
 まるで熟練の冒険者達のように、意思疎通が取れていた。

 素人の俺が見ても、その連携は見事なものだったのだ。
 これ以上のチームワークは中々ないと思える。

「…わかりました、いいでしょう。そもそも、約束でしたからね。商人とは交わした約束は絶対に守るのが鉄則です。見たところ、4人とも大きなケガをしていないようですし、合格としましょう。但し、一つだけ条件があります」

「それは、なんですか?」

 クレスが、条件と言う言葉に食いつく。

「それはね、クレスさん。4人のパーティーのリーダーをウードさんがやるという事だよ」

「「え!?」」

 レイラとマリアがこっちを見る。
 しかし、クレスだけがなぜかホッとした顔をしていた。

 すると一人の男が使用人の案内で部屋に入ってきた。

「よお、ウードさん久しぶりだな」

「君は…、ドリス」

「マチスさんから話は聞いたぜ。ウードさん達がこのクエストを失敗したら、俺らが受ける予定だったんだよ」

「なるほど、そうだったんだな」

 なるほど、先ほどの息の掛かった冒険者の一人はあの時のドリスか。
 彼は俺よりも若いが、熟練の冒険者だ。
 このくらいのクエストなら、問題なくこなせるんだろう。

「お嬢ちゃん方、パーティーリーダーに必要なのは何かわかるかい?」

「えーと、冒険者としての強さとか?」

 ドリスの質問にレイラが答える。

「それも一つの基準だな。だがな、一番大事なのは心の強さだ。だから、パーティーリーダーは本人の強さが重要なんじゃない、むしろそれよりもパーティーを纏める能力や、メンバーを守るための知識や度量がないとダメなんだよ。それを考えたら、ウードさんしかいないだろう?」

 そこで3人がなるほどと、頷く。
 年長者だからというのもあるが、一番に安全を考えていたのは間違いなくウードであった。
 そして、予期しない出来事が起こった時に、真っ先に体が動いたのもウードであったからだ。
 ギルドでも詳しく話を聞いて、色々準備していたのもウードだった事も思い出す。

「そっかー。最初は、魔物の知識が豊富なクレスかマリアがいいかなと思ってたけど、今の話を聞いたら…。私はウードさんで異論はないわ」

 レイラが真っ先に賛成の意思を告げる。

「私もそれで問題ありませんわ。ちょっと無茶する時もあるけど、ウードさんが居なかったら全員が無事では無かったと思うの。だから、私も賛成ですわ」

 マリアも俺がリーダーになる事を賛成する。
 そして、クレスはと目配せをした。

「私は勿論賛成よ。だって、最初からそのつもりだったし、お父さんともそう話をしていたから」

 クレスはさも当然だと、いうかのように返事をする。
 そうだ、そもそも変な虫が付かないようにするために俺がついて行くんだったな。

「では、決まりですね。ウードさんがパーティーリーダとしてマリアを冒険者になる事を認めましょう」

 クレス、レイラ、マリアが同時に「やったー!」と喜び飛びあがる。
 そしてマチスさんに、「ありがとうございます!」と感謝を伝えていた。

「ウードさん、これからは同業者なんだ。何かあったらいつでも頼ってくれよ!」

「それはありがたい、よろしく頼む」

 俺はドリスから熱い握手を求められて、ガシッと握り返す。
 こうして、マリアが冒険者になる事を許され、そのパーティーリーダーを俺がやる事になるのだった。

「しばらくは冒険者として活動する拠点はカンドになるのでしょう?でしたら、私が拠点となる家を提供しましょう。それと…」

 マチスさんは、マリアがパーティーに加わるという事もあり、全面的に支援してくれると言ってくれた。
 いちいちサイハテ村に帰るのは時間が掛かるだろうからと、余っている家を使わせてくれる事になった。
 また、装備の補給もしてくれるそうだ。
 これは、注目を浴びている俺らがマチス商会の装備品を使っているとなれば、活躍をするたびに宣伝になるからだと言っていた。

 流石、抜け目ない人だ。
 まぁ、半分以上は娘の安全の為であろうけど。

 こうして正式にマリアを迎え、ギルドにパーティーの申請を提出した。
 パーティーリーダーには勿論ウードと記載して。

 ウード的にはマチスとの約束もあるし、自分が一番歳をくっているだけだからと思っていたが、他の3人もその方が安心だと改めて言ってくれたのでそれでいこうとなった。
 やはり、ドリスの助言は大きかったようだ。

 ギルドにパーティー結成を申請する際、必ずパーティー名が必要になると言われた。 
 後でも変更出来るということで、仮で新しい星という古代語からとり『ラ・ステラ』とした。
 この命名案は、物語好きだというマリアだ。

 『風魔法』のクレス。
 『高速剣』のレイラ。
 『治癒と氷魔法』のマリア。

 …そして、新人の『おっさんテイマー』のウード。
 
 こうして、新パーティーの『ラ・ステラ』は結成されたのであった。
 マチスさんに正式に認められ、正式にパーティーを組む事になった俺と、クレス、マリア、レイラ。
 拠点として家も提供してもらい、俺の装備も新調したものを提供してもらった。

 パーティーのリーダーには俺がなり、いよいよ冒険者として本格的な活動をすることになった。

 ジャイアントウーズ討伐を、俺達のパーティー『ラ・ステラ』が異例の速さで達成した事はすぐ町中に知れ渡り、クレス達の知名度と注目度が高くなっていた。
 そしてそのパーティーに俺がいる事で好奇の目が半分、驚きが半分といった感じで違う意味でも注目されている。

「それで、ウードさん。しばらくの活動目標はあるの?」

「そうだな。俺はクレスと他の町へ旅をするために冒険者になったんだけど、他の国の町の中に入るには依頼を受けてない場合はすんなり入れないんだ。だから、まずはDランク冒険者を目指そうと思う」

 冒険者ギルドは、各国同士で取り決められていてルールが厳格に統一されている。
 その中に、ギルドタグは偽造出来ない魔法で印字された物を利用するというのがある。
 その為、このギルドタグというのは身分証明書代わりになるのだ。

 そして、Dランク以上の冒険者の情報はすべての国に通達する義務が課されている。
 他の国で犯罪を犯してしまうと、すぐに身元が割れるわけであるが、逆に恩恵として、どの国に行ってもDランク以上の冒険者はタグを見せるだけで入国する事が可能なのだ。

 よって自由に国を行き来するには、Dランク冒険者になるのが一番いいのである。
 と、もちろんこれはマチスさんから教えて貰った知識である。
 ギルドにも確認したが、その通りだと答えてくれたので間違いない。

「なるほどね…。冒険者のランクには、そういう恩恵もあるんだね」

「ええ、そうですわ。商人なら、商人ギルドのタグに同じような恩恵がありますが、私達が今から商売を始めても、同じように国を行き来が出来るゴールドタグを貰うのには十数年は掛かるでしょうね」

 ちなみに、商業ギルドのランクはプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズの順になっていて、マチスさんはゴールドタグらしい。
 その上のプラチナとなると、王家御用達とかいう本当に上位の商人くらいしか持っていないとの事。

 このランクも商人としての功績によって上がるのだが、簡単に言うとどれだけ稼いだかが基準になるという。
 一生を掛けてもシルバーのままとかザラにいるらしいので、今から俺らが頑張っても無謀である。

「それでも早い方だろうさ。実際わたしの父は…。いや、そんな事は置いといてさ。じゃあ、まずはパーティー全員がDランクを目指すという事かな?」

「そうだな。クレスは幸い、既にDランクになっているからあとは俺らだな。ジャイアントウーズを討伐したおかげで評価が上がっているみたいだけど、パーティーで討伐したからDランクに上がるのには功績が少し足りないみたいだ」

「だからと言って、クレスみたいに一人でDランクの魔物とか無茶な戦いはしたくはないよ?」

「レイラ。それ、やった本人を目の前にして言う!?」

「ウードさん、別に全員がDランクになる必要はありませんよ?私達はパーティーなのですから、パーティーとしての冒険者ランクをDにすれば同じ恩恵が受けれるようになりますわ」

 なるほど、パーティーを正式に組むとそういうメリットも生まれるのか。

 ちなみに、『ラ・ステラ』のパーティーランクはEランクだ。
 これは、ジャイアントウーズを討伐した事と、パーティーメンバーの平均ランクを勘案して決定されたらしい。

 新人ばかりのパーティーとしては、かなり異例だという。
 他の卒業生たちは全員Eランク冒険者なのに実績が低いという事で、パーティーランクはその下のFランクだと言っていた。

「まずは地道に依頼をこなしていくしかない。まだ始めたばかりだし、焦って失敗したら元も子もない。大丈夫、この4人でやればなんとかなるさ」

 年長者らしく、余裕ぶってそう言うも。

「そんな事を言っている、ウードさんが一番無茶しているんだけどね~」

 と、悪戯っぽい顔をしたレイラにからかわれるのだった。

「もう、レイラったら!」

「あはははっ」

 こうして、俺達『ラ・ステラ』の活動は始まったのだ。

 ───

 まずはパーティーとしてDランクを目指しつつ、小さな依頼から、近隣の討伐依頼などを卒なくこなしていった。

 それこそ、どぶさらいからスライム討伐、ゴブリンの討伐、オーク討伐およびの肉の調達、薬草採取や護衛任務などなど。

 順調に評価が上がり、そろそろランクがあがりそうな時であった。
 ウード達のパーティー『ラ・ステラ』に討伐依頼が舞い込んできた。

「ゴブリン退治ですか?」

「はい、それも集落の可能性が高いです」

 内容は、最近見つかった大きな地下洞窟にゴブリンの集落があるのが分かったので、大きくなる前に討伐して欲しいというものだった。

 ゴブリンは、単体では脅威度Gランク以下の最下級魔物となるが、集団となると一気に危険度が上がる。
 まして、大きな集落ともなればDランク相当となるのだ。

 さらに集落の中に上位種のホブゴブリンに進化したものや、ゴブリンロード、ゴブリンキングなど高位種などが現れた場合は脅威度がどんどん上がっていく。
 そうなる前に、早めに討伐するのが通例となるらしい。

 今の所、ホブゴブリンは見かけないため上位種が生まれていないと思われるので、今のうちに討伐することになったのだという。

「まぁ、今更ゴブリンとかなら楽勝じゃない?」

「レイラ、そんな事言って油断したら駄目よ?あいつらは狡猾で残忍な性格。下手をして捕まったりしたら無事では済まないわ」

 レイラがあんな雑魚は目を瞑っても倒せるくらいの勢いで言うが、マリアがそれを窘めた。
過去に自分も経験しているのもあり、条件が悪ければ熟練の冒険者でも後れを取るのを目の当たりにしている。

「そんなに警戒するほどなのかなー」

「レイラ。冒険者ギルドの人の話では、私達駆け出しの死亡率が一番高いのはゴブリン討伐らしいわ。既に小隊規模は討伐したことがあるけど、集落レベルは初めてでしょう?だから決して油断すべきじゃないよ」

「はいはい、わかったよー。二人してそんなに怖い顔しないでよぅ・・・」

 流石のレイラも、クレスにまで窘められれば白旗を上げるしかないみたいだ。
 ここでもお姉さん気質を発揮しているクレスだった。

「まぁまぁ。俺も冒険者になったばかりで偉そうには言えないけど、慎重に行って損する事はないさ。皆ならもっと強くなれるだろうし、まずは確実に準備はしておこう」

 この時は俺もそこまで心配はしていなかった。
 まさか、あんな事になるとは…。
 ギルドから依頼された依頼の内容は、ゴブリンの住処になっていると思われる大きな洞窟だった。
 数日前に、薬草採取で訪れていたFランク冒険者が見つけたらしい。

 何体ものゴブリンが行き来している事から、中には集落が出来上がっていると思われる。
 大規模な集落に発展すれば街道を襲ったりする恐れもあり、そうなる前に、討伐して欲しいという内容だった。

 最近精力的に活動していたのと、ジャイアントウーズを討伐した実績を買われて、俺らを指名しようとギルド内で名前が挙がったらしい。
 ちなみに、指名されたクエストを達成すると通常のクエストよりも評価があがるらしく、これをクリアすればDランク昇格間違いなしですよと、ギルドの受付嬢に言われた。

 こちらとしても願ったり叶ったりなので、すぐにクエストを受諾して出発した。

 カンドから馬車で1日半掛けてやってきた俺らは、洞窟から少し離れたところに馬車を留めて、エースを見張り番にした。
 食事を軽く済ませてから、諸々の準備を済まし、さっそく洞窟の調査を開始した。

 洞窟の入口には、見張りのゴブリンが数体入れ替わりつつ警戒している。
 これは、見張りを立てれるくらい規模が大きい集落になっているという事だ。

 ここに来る前に、ギルド職員からゴブリンの集落について詳しい話を聞いてきた。
 10~20体くらいでは、見張りを立てる集落は殆どなく、見張りが居た時点でそれ以上の規模になっているという事らしい。
 さらに、見張りが武装している場合は上位種がいる可能性があるので、最初は偵察のため入口付近である程度戦闘をしたら一旦引き返すように言われている。

 さらに、見張りがホブゴブリンだった場合は、中にいる最上位種はゴブリンロードもしくはゴブリンキングとなるので、その時点で高位ランク冒険者の討伐隊を出すレベルになる。
 その場合は、戦闘せずにすぐに引き返してギルドに報告するようにとの事だった。

 今回は、武装しているゴブリンとはいえ木を削ったこん棒などの簡易なものだった。
 なので、状況とギルド職員の話をすり合わせると、上位種はいないが集落としては30体以上はいるということになる。
 この時点で脅威度はEランクだ。

 既に油断出来る状況ではなくなった事になる。

「結構大きな集落になってそうだな」

「そうだねお父さん。でも、持っている武器や防具は粗雑なものだから、中規模ってところじゃないかな?」

 クレスも概ね俺と同じ考えのようだ。
 それにレイラとマリアも同じ意見だと頷き返す。

「まずは様子見で入口を制圧しよう。そこを起点にして、徐々に中に進んでいく」

「わたしは異議なし!」
「はい、問題ありませんわ」

「うん、じゃあ前衛は私とレイラ。マリアは真ん中で支援を宜しく。お父さんは殿をよろしくね」

 すっかり冒険者らしくなったクレスを見て、逞しく育ったなと涙腺が緩みそうになるが、まだ始まってすらいないのでグッと堪える。
 歳を取ると涙もろくなるって誰かが言ってたが、本当の様だな。

 まずは、こっちに注意を向かせるために石ころをぽいっと投げる。

 コロン。
 ギャギャッ!?

 落ちた石ころを見て、警戒しつつ近づいて来る見張りのゴブリン。
 その頭を目掛けて、俺が弓矢を撃ち放つ。

 シュゥ!ドスッ。

 うん、うまく頭に命中。
 一撃で仕留めれたようだ。
 我ながらいい腕だ。

 もう一匹いたゴブリンが警戒する声を上げようとするが、悲鳴を上げる間もなく素早く近づいたレイラに一撃で首を落とされる。

「よし、おっけーだよ」

 しかし、その物音に気が付いた他のゴブリン達が中から5数匹ほど出てきた。
 どれも同じように粗末な装備しかしていない。
 若干痩せているようにも見える。

「ちぇっ。もう気が付いたの?ええい、やー!」

 レイラが毒気づきながらも2体のゴブリンを瞬時に仕留めた。
 ゴブリン如きというだけあり、レイラの力量の前ではゴブリン程度では成す術が無い。

 隣でクレスも危なげなく残りの2体を仕留めた。
 しかし、残りの一体を討ち損じてしまい、一目散に中に逃げ込んでいってしまった。

 ギャッギャギャギャギャー!

「あっ、まてっ!ううっ、逃げられたね」

「くーっ、逃げ足だけは早いんだから」

 打ち漏らしてしまい、悔やむクレスに毒づくレイラ。
 マリアはというと、魔物とは言え血を流し絶命した魔物に顔を青くしていた。

 動物系の魔物なら平気なのだが、どうも人の形に近い魔物の死体は苦手の様だ。
 そろそろ慣れて欲しいところではあるんだけど、こればかりは本人次第なので待つしかない。

 なるべく視界から早く消えるように、それぞれの死体から魔石を抜いて処理する。
 ゴブリン肉は食べても不味いらしいので、肉食のペットの餌か、他の肉食獣をおびき寄せる撒き餌にしかならない。

 一先ず入口前は安全になったので、馬車近くまで持ってきて、エースも呼び寄せた。
 ゴブリン単体なら、エースの方が強いので問題ないだろう。

 ゴブリンから比較的柔らかい所を切り取ってエースに与えて、それ以外は穴を掘って埋めてしまう。
 外から魔獣が入り込んでも厄介だからね。

 さて、中に突入する準備は出来上がった。
 逃げたゴブリンが今頃仲間を呼びに行っているだろうが、どうせ駆除しないといけないのだ。
 前から来る分には好都合だ。

 もし捌き切れない数になったらこの入口まで戻ってきて、体制を整える手筈にした。
 そうならないように、なるべくスムーズに討伐していかないとだな。

 クレスとレイラの二人ならそのくらい楽にやってくれそうだが。

 ─── 

 中に入ってから、既に30分ほど経った。

 中に入って5分もしないうちに、ゴブリンがわらわらと出てきた。
 それからひっきりなしに襲っては来るが、どれも装備が貧弱なので相手の攻撃を受ける前に倒してしまっている。

 打ち合いすらないのだから、剣筋が綺麗な二人の場合なら刃こぼれすら起きていない。
 それどころか、剣に一滴も血が付いていないのだ。

 いや、どんだけ凄いの君たち!?

 クレスも凄いと思っていたが、レイラの剣技も改めて見るとかなり凄いんだな。
 今までそれほど大量の敵を相手にするところを見たことが無かったので、ここまでの腕だとは気が付かなかった。

 しかし、いくら巣の中に侵入されたとは言え、このゴブリン達の必死さは何だろう?
 どのゴブリンも逃げ出すどころか、必死の表情でこちらに襲い掛かってくる。
 まるで何かに怯えた獣のように…。

 森で狩りをしていると、たまにこういう獣に遭遇する。
 普段はそこまで好戦的じゃないのに、遭遇した瞬間から殺気立っている獣だ。

 勿論、狩りをする為に行っているのでしっかり仕留めるのだけど、その後にその理由が判明する。
 大抵は、飢えた熊や魔獣が獣がやって来た方向から現れるからだ。

 嫌な汗が流れる。
 
 ──まさか、こいつらは・・・

「クレス、レイラ!もしかしたら、こいつら・・・」

 そう言い掛けた時だった。
 突然奥から、聞いた事の無い雄叫びが響き渡った。

 グオオオオオオオオオオオオ!!!
  前にいたゴブリンを吹き飛ばし、その後ろから大きな体と屈強そうな体を持つ魔物の集団が現れた。
 その丈は俺の1.5倍はあり、凶悪そうに口からは牙が覗いている。
 手にはゴブリンが持っていた倍ほどもあるこん棒が握られており、目はギラギラと獰猛にぎらつかせていた。

 吹き飛ばされて壁に激突したゴブリンは、頭から血を流しそのまま絶命したようだ。
 大柄の魔物の一体が、その頭にかぶり付いて喰らっていた。

「うえええ。ゴブリン丸かじりかよ~」

「そんな事より、この魔物達はっ!みんな、オーガだよ!」

 オーガ。その脅威度は単体でランクE、集団で現れたらランクD以上となる。
 集団といっても、それほど大勢で現れる事は少ない。
 今回も、現れたのはオーガが6体ほどだが、それでも脅威度がDランクとなる。

 オーガは動きは愚鈍だが、その怪力とタフさが特徴の魔物である。
 群れからはぐれた一体のみでも、冒険者のいない村などが襲われたらひとたまりもない。
 肉があるものをなんでも喰らう悪食で、人や家畜を喰らうので発見されたらすぐに討伐対象となる。

 ちなみにこちらもあまり加食向きじゃない(ようは、不味い)。
 しかも、素材となる部位も少なくせいぜい大き目の魔石を持っているくらい。
 だから、腕の立つ冒険者しか好んで相手にはしないのだ。

 しかし、この状況は拙いな。

『ウードよ、一旦、町に戻って救援を求めた方が良いのではないか?今のお主らでは、勝てなくもないが無事では済まんぞ』

 確かに、いくらなんでも複数のオーガを、しかもこんな狭い洞窟で相手にするのはかなり分が悪いだろう。 
 すぐに撤退を指示しようとした、その時だった。

 ガガガガ…。
 ゴゴゴゴゴ……ゴウン。

 重い地鳴りのような音を立てて、なんと後ろの道が塞がってしまった。
 そして、さっきまで壁だったところがぽっかり穴が空いて、そこから一体のオーガが現れた。

 ウガアアアアアッ!!

 力任せに振られたこん棒は、マリア目掛けて振り下ろされる。
 突然の出来事に、目を見開いて動くことが出来ないマリア。

「マリアッ!!」

「させるかああああっ!」

 咄嗟にレイラがオーガとの間に割って入るが、マリアごと吹き飛ばされてしまった。
 しかし流石と言うべきか、あの一瞬でオーガの腹部に横一文字の大きな傷を作っていた。
 ドバっとそこから血が流れる。

 ガアアアアアッ!!

 怒り狂うオーガ。
 乱暴にこん棒を振り回しながらも、さらに襲い掛かってくる。

 マリアは今の一撃で壁に激突してしまい、意識を失ったようだ。
 そのマリアを庇うように、フラフラとしながらも立ち上がるレイラ。

「う…く…、やらせないよっ!!『高速剣』!」

 レイラが無数に見える剣閃を煌かせ、オーガを切り刻んでいく。
 オーガはそれに構わずレイラに突進していった。
 その結果。

「がああああっ!!」

 グゴオオオオっ!!

 レイラは強烈な一撃を喰らってしまい、再び吹き飛ばされた。
 だが、オーガも無数の傷を負い全身から血を噴出している。

 そして…。

 バターンとオーガは仰向けに倒れて、絶命したのだった。

「ぐ…、あ…」

「レイラ!今治療するからな!」

 あまりの突然の出来事に我を忘れかけていたが、すぐにレイラとマリアに駆け寄りヘルメスの『治癒』の力を使う。

 しかしオーガの一撃が効いてしまったらしく、レイラもそのまま意識を失ってしまい動けなくなるのであった。
 マリアも、気を失ったまま目を覚ます様子は無い。

 少し離れたところでも、剣と硬い木がぶつかる音が聞こえた。
 クレスがオーガ達と戦ってるようだ。

「クレスっ!」

「おとうっさんっ!こっちは、何とか、抑えるから!…二人をお願いっ!」

 思わず駆け寄りそうになるが、その前に必死に戦うクレスから止められる。
 二人を先に治療して欲しい、と。

 既にヘルメスによる『治療』でほとんど傷は塞がっている。
 しかし、打ちどころが悪かったのか、二人ともすぐには目を覚ましそうになかった。
 このままでは、撤退するのは難しい。
 しかも、退路は先ほど塞がれてしまっている。
 さすがにあの岩で出来た壁を動かす自信は無かった。

 そうなると、迂回路を探すしかないが道は突然オーガが現れた時に出来た道か、今クレスは戦っているオーガ達の後ろにある道か、どちらかしかない。

 当然、オーガ達の後ろの道に続くのはゴブリンの集落と思われていた場所に繋がっている。
 しかし、新たに出来た道は何処に繋がっているかも分からない。

 二人も戦闘不能の状態では、ゆっくり探索も出来ないが、更に敵がいると思われる方に進むのも自殺行為に近い。

 どちらにしろ、このオーガ達をどうにかしないと今の状態では撤退すら不可能だろう。

「『加速』!いくぞぉぉ!はあああああああっっ!!!」

 風魔法の『加速』を使い、高速移動を繰り返しオーガを翻弄するクレス。
 オーガの力任せな大雑把な攻撃をくぐり抜け、一撃一撃を確実に入れていく。

 しかも、その殆どが急所を狙っての攻撃だ。
 右目を斬り付けて視界を奪い、次の手で死角から首筋を狙って切り裂く。

 さらにその隣のオーガを蹴りつけて、踏み台にして後ろのオーガの胸を一突き。
 それでさらに二体目が倒れた。

 素早く剣を引き抜くと、今度は低い位置で回転しながら一閃し、オーガの足を斬り付けた。
 バランスを失ったオーガに対し、わき腹から一突きしその鼓動を止めた。

 1分にも満たない時間で3体を見事倒したクレス。
 しかし、残った3体が黙って見ているわけがない。

 怒り狂うわけでもなく、今度は連携するかのように2体同時にこん棒を振り下ろしたかと思うと、時間を空けてさらにもう一体が襲い掛かってくる。

 どうやら、一撃でもまともに当てればクレスに勝てると思っているようだ。
 その考えは合ってはいるが、そもそもクレスに当てれずにイライラしているように見えた。

『ほう、さすがクレスだな。『加速』を使った状態では、愚鈍なオーガでは当てる事すら出来ぬか』

「だけど、それも魔力が残っている内だけだ。ヘルメス、なんとかならないのか?」

『我が戦闘に加わっても、邪魔になるだけで大した戦力にならんよ。お主にあのオーガの皮膚を貫通するだけの力量がなければ、そもそも突き刺すことも出来ぬしな』

 杖を奥深くまで刺すことが出来ないと、魔力を吸い取る事も難しいみたいだ。
 そうなると、俺が弓矢で攻撃するくらいしかないが、それこそクレスにあたるかもしれないので、下手な事は出来ない。

『向こうから突っ込んでくれでもすれば、刺さるかもしれんがの』

「そんな馬鹿な事…。いや、それだ!」

 オーガはそのタフさからか、自身が傷つく事を恐れないで攻撃をしてきている。
 先ほどの連携も、防衛するというより、より攻撃を当てやすくするためのように見えた。

 その証拠に今もクレスの攻撃を躱すことをせず、力いっぱいこん棒を振り下ろしている。
 そう、手加減した攻撃をする様子が見られないのだ。

「いくら皮膚が硬くても、自分自身の力に耐えれるほどじゃないだろう?」

『そんな事、失敗したら大ケガじゃ済まんぞ?』

「大丈夫、こう見えて結構目はいいんだぞ?それに、このままでは皆あいつらの餌になってしまう」

 さっきのゴブリンだったものの残骸の方に目をやる。
 負ければ自分たちの末路も、アレになるという事だ。
 それだけは絶対にさせない!

 クレスは大量に汗を流しつつ、既に限界に近い状態でなおも交戦している。
 オーガ達はイライラを募らせているものの、まだまだ体力を残しているように見えた。

 チャンスは一度きり。
 失敗すればさすがのオーガにも警戒されてしまい二度を同じ手は使えない。
 しかも、先に俺達を狙うようになってしまい、そのまま全滅もありえる。

「ヘルメス、やつらの動きを教えてくれ」

『本当にやるのか?…仕方ない、気取られるなよ?』

 スチャッと杖の尖った先の方を槍のように前に構えて、ヘルメスの声に耳を傾ける。
 クレスは3体相手に攻めきれず、次第に手数が減ってきている。

 グオオオオオオオッ!
 グガアアアッ!

 2体のオーガが雄叫びと共に、左右同時にクレスに攻撃を仕掛けた。
 そして、その後ろからもう一体のオーガが目をギラつかせながらクレスの隙を狙い、今まさに渾身の一撃を繰り出そうとしていた時だった。

『今だ!真ん中を奴を狙って突っ込めっ!』

「うらあああっ!クレス避けろおおっ!!!」

「お父さんっ!?」

 杖の尖った先を前に構えたまま、力いっぱい握り締めて一番後ろのオーガに突撃した。
 クレスは咄嗟にウードを避けつつ、右側のオーガに体当たりしつつ魔法を繰り出した。

「『電撃』!!」

 グガガガガガッガッ!!

 そして、ウードが突っ込んだオーガはウードに構わずにそのこん棒を振り下ろした。

『今だ、杖の先を上に向けるのだ!』
「おらああああっ!」

 言われたまま、そのまま杖の先を上に向ける。
 すると、丁度そこにオーガの腕が物凄い勢いで振り下ろされた。
 その勢いで、智慧の杖の先がオーガの腕に深々と突き刺さる。
 ウードは勢いに負けて、杖を離してしまい地べたに打ち付けられた。

 ガアアッ!!

 オーガは痛みに顔を一瞬顰めるも、そのくらいの傷を気にしないというように杖が刺さったまま、今度はウードを狙ってこん棒を振り下ろそうとした。
 その時。

『そのままやらせると思っとるのかデカブツめっ!『吸魔』!!』
 
 カッっと杖が光り、オーガのもつ魔力を急速に吸収していった。

 オーガから力が抜けるまで、ほんの数秒だった。
 グラリとオーガがよろける。

「クレスっ!」
「分かってる!」

 『電撃』で行動不能にしたオーガを蹴り飛ばして、すかさずもう一体のオーガの首を狙う。
 1対1なら今のクレスならオーガの勝負は見えたようなものだ。

 ズシャッ・・・ドスン。

 『加速』を掛けたままのクレスの動きについて行けず、もう一体のオーガの首はあっけなくその胴からすべり落ちた。
 そして討ち取ったオーガを踏み台にして軽く『飛翔』する、その勢いのまま魔力を失ってフラついているオーガの首も一閃して刎ねた。

 そして最後に『電撃』で行動不能に陥っていたオーガの胸に深々と剣を突き刺して、その息の根を止める事に成功するのだった。

 はぁ…はぁ…。

 クレスのあがった生き遣いが辺りに木霊する。
 やった…のか!?

「うおおおっ、クレス流石俺の娘ぇ~っ!!」

「お父さんの馬鹿っ!!」

 感激のあまり、クレスに抱き着こうとするがその前にお叱りを受けてしまう。
 あれっ、おかしいな。
 こういう時は感動のシーンになると思ったんだが。

「どうしてあんな無茶したの!?いくら押されてたからって、下手したらお父さん死んでたかもしれないんだよ?」

「いや、でもだな。あのままだとクレスが…」

「お父さんが死んだら、私は…私はどうしたらいいのっ?嫌だよ、そんなの」

「す、すまん…」

 少し涙目になったクレスに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 確かに、イチかバチかの掛けに近かったからな。

 だがクレスのあの動きは、俺が何をしようとしているか咄嗟に分かったように見えた。
 我が娘ながら、流石としか言いようがないな。

「だが、それでも俺を信じてくれたんだな」

「最初は、本当にそのまま体当たりするかと思ったけど、腕を目掛けて杖で刺そうとしたのが見えたから…。だから、一瞬なら動きが止まると思ったの。でも、まさかそのまま動けなくなるまでとは思って無かったわ…。あれは、ジャイアントウーズを討伐した時のチカラ?」

「ああ、ヘルメスの『魔力吸収』だよ。俺の力だけじゃ刺さらないとは思ったからな。相手の力を利用すればいけると思ったんだ」

 その話を聞いてクレスは、感心するというよりも呆れた顔をしながら『お父さんって、たま~にそういう無茶をするよね』と言われてしまった。

「でも、ありがとうお父さん、ヘルメス。おかげでなんとか切り抜けれたね」

「ああ、早くレイラとマリアを連れてここを脱出しよう。こんな所にオーガがいるなんて異常事態だ」

「そうだね…。ここら辺に出るだなんて聞いた事ないものね」

 なぜか嫌な予感が止まらない。
 オーガ達を倒した俺達は、脱出するためレイラとマリアの所に戻ろうとした。

 ──その時だった。

 ズシンッ…ズシンッ…ズシン…。
 オーガ達がやって来た方から、大きな足音が近づいて来る。

 急いで、倒れているオーガから智慧の杖を引き抜いて後ろに下がる。
 クレスもまだ肩で息をしながら、その音が来る方を見ていた。

 そして暗くて良く見えない暗闇の中から、徐々にその姿を現していく。
 現れたのは、さっきのオーガ達よりも一回り大きい。

『ガハハハハハッ!面白い小娘がいたものだな。手下どもが人間をどう料理したのか見に来た筈がまさか全部やられちまってるとはなッ。キサマら、生きて帰れると思うなよッ!!』

 なんと、そいつは人語を話す巨大なオーガだった。