「八百年近く、この世に留まった甲斐があったな」

「は、八百!? どうして、そんなに現世に……」

「霊が成仏せずにこの世に留まる理由など、後悔や恨み、悲しみ……大なり小なりいいものではない。知らぬほうがよいこともあるということだ。余計な詮索はせず、お前はさっさと翠様と愛し合い、子宝に恵まれた姿を私に見せろ」

早々に話を切り上げる静御前。深く聞かれたくなさそうだったので、それ以上は触れられなかった。にしても子宝って……人間の私が神様の子供なんて産めるの?

「静御前様が生きた平安時代末期から鎌倉時代初期は、まだ白拍子や巫女が多く存在し、その舞に応えて神様も地上に多く降り立っていたとか」

吉綱さんは羨むような目で静御前を見上げる。

「今よりは遥かに神もあやかしも身近に存在しておったな。〝見える者〟もたくさんいたが、時が経つにつれ、減ってしまった」

その顔に憂いを滲ませたのは、静御前だけではない。

「神様と繋がることができた舞い手がいなくなり、ご利益を実感できなくなった人間は神社を訪れなくなる。信仰されることで存在できる神社の奉り神たちは弱り、消えるか天へと帰っていくかのどちらかだったそうじゃ。神様方は多くのお仲間を失い、さぞ胸を痛めたことだろうの」

嘆きを含んだ物言いでそう告げると、吉綱さんは深いため息をついた。

翠や神様たちの思いを考えると、申し訳なくなる。今日こそいいことがありますように、幸せになれますように。これまでそうやって軽い気持ちで神社にお参りに行っていた自分が恥ずかしい。

「神様たちは、助けたはずの人間に裏切られたような気持ちですよね。翠の人間嫌いも、それが原因なのかも……」

「そうか、そうして神様の立場に立って考えられる静紀さんなら……」

意味深に見つめてくる吉綱さんに、「え?」と目を瞬かせる。

「ああ、いや、こっちの話じゃ。翠様は……そうさのう、この現状のいちばんの被害者かもしれんのう」

吉綱さんは翠のなにを知っているのだろう。でも、それを吉綱さんから聞くのは違う気がした。本人が話したがらないことを、他人から聞き出すなんて、余計関係が拗(こじ)れてしまうだろうから。