「おかると……なんとやらは、よくわからんが。なにはともあれ、お前は神やあやかしを信じておらんようだな」

さっきからなんで、ちょっと古めかしい口調? ますます怪しい。

「生まれてこの方、そういうのは見たことがないので」

別に欲しいとも思ったことはないけれど、私に霊感はない。幽霊を見たこともないし、子供の頃はいたずら半分にコックリさんをしたり、花子さん目当てに三番目のトイレをノックしたりもしたが、怪奇現象に遭遇した経験は皆無だ。それなのに、どうやって目視できないものを信じろと?

「それならよかったな。今日、初めて霊を見られたではないか」

「……は?」

今の私は、相当な間抜け面をしていることだろう。その間にも、女は扇で自分の口元を覆い、妖艶(ようえん)な流し目を私に向けてくる。

「私は静御前。かつて日本一の白拍子として私を邸(やしき)に招き、舞を所望(しょもう)する貴族(きぞく)は星の数ほどおった。初めて見る霊が私であったこと、光栄に思うがいい」

「しずか、ごぜん……」

ドクンッと鼓動が跳ねる。全身の細胞がざわざわっと動き出すような、そんな経験したことのない感覚が私を襲った。

私、その名前を知ってる。でも、なんで? さっきの苧環のこと、狩衣衣装のこともそう、どうしてか耳馴染みがある。

「静紀、お前はなぜここに来た?」

「え……それは、幸せに……なりたくて」

「お前の考える幸せとはなんだ?」

「……ありのまま……ありのままの私を好きになってくれる人と出会いたい、とかですかね。幸せな結婚ができたらいいな、と……」

失恋したばかりだからこそ、そんな願いを抱いてしまうのかもしれない。ありきたりだと笑われるだろうか。そう思って静御前さんの様子を窺(うかが)うと、遠い目で夜空を見上げている。

「そうだな、愛する人と結ばれるのはどんな世でも女の幸せ。私も、お前にそんな未来を手に入れてほしいと思っている」

「え……どうして、そこまで私のことを……?」

「静紀、幸せになりたいのなら、ここでひとつ舞ってみよ」

私の疑問には答えずに、静御前さんが扇を差し出してくる。金箔(きんぱく)が張られ、桜の花びらが散っているそれは、底光りする絢爛(けんらん)さがあった。