足音を響かせて、私は城内を歩く。
 既に業務は終えているので、行く先はひとつだけだ。

「え、ええっと……」
 
 部屋の前に立ち、異空間から取り出した手鏡で身だしなみをチェックする。

「すぅ……はぁ……」

 息を整えることで、心のざわめきを抑える。
 この扉の向こうにいる彼のことを想うだけで高まってしまう熱を、まだ彼に知られたくないから。

「……勇者さん、こんにちわ」

 努めていつも通りの声で、私は部屋の扉を開ける。
 そこにいるのは、椅子に腰掛けてのんびりとお茶を飲んでいる、私が恋した人。

「おう、来たか。お疲れさん、魔王」
「は、はい。勇者さんも、お疲れ様です!」
「いや俺は別に疲れてはないけどな……とりあえずお茶淹れてやるよ、座っててくれ」
「……ありがとうございます」

 顔を見るだけで、声を聞くだけで、微笑みかけられるだけでドキドキしてしまう。
 胸の音が聞こえてしまっていないだろうかと不安になりながら、私は椅子に腰を下ろした。

「ほい、お茶。さっき淹れて少し冷めてるけど、一応気をつけてな」
「あ、ありがとうございます。んく……」

 渡されたお茶を一口飲むと、少しだけ心が落ち着いた。

「えっと……その、この間は、夜遅くまでお邪魔してしまって、すみませんでした」
「ん? 気にすんなよ、俺だって、楽しかったんだから」
「えへへ……はい」

 投げかけられる言葉も、勇者さんがこちらを見てくれることも、一緒にいられる時間も、ぜんぶが愛おしくて、顔がほころんでしまう。

 ……好きだなぁ。

 顔を見て、改めて自覚してしまった。
 私は、彼のことが好き。
 今はまだ、それを正面から伝える勇気はないけれど。

「あ、あの、勇者さん」
「ん、どうした、魔王」
「……今日も晩ご飯、食べていって良いですか?」

 あなたと一緒に過ごしたいと、遠回しに伝えるくらいは、したいと思った。

「おう、もちろん良いぞ。今日は肉にする予定だけど、それでいいか?」
「っ……は、はい! 宜しくお願いします!」
「なんだ、改まって……まあ良いけどよ。感想は聞かせてくれよな」
「えへへ、任せてください。食べるのは得意ですよ! 料理とか片付けは一切出来ませんが!」
「後半は胸張って言うことじゃないけどな」

 呆れた顔で笑って、勇者さんはチェス盤を持ってきてくれる。
 恋心を伝えることも、彼をもっと自由にしてあげることも、まだ先になるけれど。
 今はまだ、この距離感が心地良いと思う。

 ……でも、いつか。

 叶うのならば、この小さな部屋の中だけでなく、もっといろんな景色を彼と見たい。
 魔界のあちこちを、人界の隅々を、彼と一緒に歩きたい。
 そしてそのときに、私と彼の手と手、心と心が繋がっていたら。

「……えへへぇ」

 想像するだけで、幸せすぎて顔がにやけてしまう。

「ん、なんだ機嫌良さそうだな。なんかあったのか?」
「なーんでもなーいですよーう」

 大好きなあなたと一緒にいられるからですよ、という言葉を飲み込んで。
 いつかきっと、彼に気持ちを伝えることを、ひっそりと誓いながら。
 私は今日も、許される限りの時間を勇者さんと過ごすのだった。