四章
本格的な講義が始まり、柚子は毎日忙しくしていた。
あれから梓とは話していない。
正直何を話したらいいか分からないというのもあった。
時々蛇塚に対して梓が声を荒らげている姿を目にしたが、間に入ると余計にこじれると思ったので、梓に置いていかれてしょんぼりしている蛇塚を慰めるに留めている。
蛇塚はなんとか梓に作られた壁を壊そうと鋭意努力しているようだが、壁は思ったよりも高く強固で、まともに話すらできていないようだ。
そんな態度に、蛇塚家の者たちは梓へあまりいい感情を抱いておらず、時に責められることもあったらしい。そんな空気がさらに梓の心を殻の中に閉じ込めてしまっているようだ。
相談に乗っているうちに蛇塚とは自然と話をするようになり、彼が見た目とは違ってとても心優しい人だと知ったのでなんとかしてあげたい気持ちはあるのだが、柚子もあまり人の心配ばかりしていられる余裕もなかった。
それというのも、花嫁は一族に大事に囲われると聞いていたので、恥をかかない程度のマナーができればいいのだろうと思っていたのだ。授業内容もそれほど難しくはないと。
だが、柚子は花嫁というものを舐めていた。
歴史から始まり、数カ国のテーブルマナー、ダンス、華道に茶道、着物の着付け、さらには政治経済、語学、護身術までと、花嫁が学ぶことは多岐にわたる。
まさか護身術の講義まであるとは思わなかったが、花嫁は時に狙われることもあるようで、いざという時に自分で自分の身を守れるようにと必須科目となっている。
実戦で逃げ方や身の守り方を教えてくれるのだが、本当に役に立つのかと疑っている。実践訓練が本当の実践にならないことを祈るばかりだ。
歴史にしても、あやかしから見た歴史と人間から見た歴史の両方を学ぶ必要がある。
礼儀作法など欠片も関わりなかった柚子には、立ち姿一つだけでも覚えるのに苦労していた。
特にあやかし学という授業は、あやかしの種類やその家の本家や分家、あやかしとしての立ち位置などを教えられるのだが、そこにはたくさんの家の名前が出てきてちんぷんかんぷんだ。
柚子よりは花嫁歴の長い透子ですら家名の多さに頭を抱えていた。
しかし、あやかしと関わる中では、この力関係というのは特に重要らしい。
鬼龍院のように頂点にいる分には分かりやすいが、例えば猫又のような場合、自分より力のある家と下にある家とでは付き合い方も接し方も変わってくるらしい。
自分より力のある家に下の家と同じような接し方をすれば、侮られたと相手を怒らせることもあるという。
なので、家名と力関係を覚えるのは最重要案件らしい。
その点で言えば、柚子はあやかしのトップに立つ鬼龍院の花嫁なので、特に区別する必要はないので助かる。
礼を重んじなければならないのは玲夜の両親ぐらいなもの。例外とするなら、玲夜の父親に継ぐ発言力を持つ妖狐の当主ぐらいだ。
そんな頭の痛い力関係はこのかくりよ学園内でも大いに関わりがある。
カフェで席を取るにしても、力がものを言う。
それを目の当たりにしたのは、桜子と大学のカフェで会った時だ。
桜子は数人の容姿端麗な男女を数人連れて歩いていたのだが、桜子の前にいた人々が桜子に気付くと左右に避けて道ができる。
昼時でカフェは混んでいたのに、カフェの中で最も日当たりのいい席は自然と人が立ち上がって桜子に差し出す。
桜子はにっこりと笑っただけで席を確保してしまった。
そして、桜子の注文を聞いたひとりが受付に走ると、そこに並んでいた者達は文句を言うでもなくどうぞどうぞと先を譲り、桜子の使いを一番に通したのだ。
最短で食事を手にしたお使いに、桜子は「ご苦労様」とこれまたにこりと微笑むだけ。
玲夜の言っていた女王様という言葉を身をもって知った瞬間だった。
確かにその姿は女王様だった。
桜子の振る舞いがというより周囲が桜子を女王様にしていた。