そうこうしている間に本格的な受験シーズンに入り、柚子もかくりよ学園で面接を受けることになった。
当然ひとりで行くものだと思いきや、なぜか玲夜も一緒についてきたことに驚きつつも、ひとりではないことに安堵もした。
初めてかくりよ学園にやって来た柚子は、その敷地の広さに感心してしまう。
初等部から大学部までが同じ敷地の中にあるのだから大きいのは当たり前だが、確実に迷うだろうな、と入学後の不安を感じた。
一応初等部、中等部、高等部、大学部と区分けされているようだが、後で地図をもらわなければ思ってもみない所に迷い込みそうだ。
とりあえずは、卒業生で学園内の地理に詳しい玲夜の後についていく。
大学部のある区域には、講義のない学生が幾人もそこらにいたが、見ただけである程度あやかしか人間か見分けができた。
なにせあやかしの容姿のよさは、人間離れしているからだ。
人間でも綺麗な人はいるので絶対とは言い切れないが、玲夜が歩くと慌てて頭を下げる人と、見惚れたようにぽうっとしている人とで分かれていた。
きっと、すかさず頭を下げて玲夜に道を開けたのがあやかしだろう。
鬼龍院様だとか、若様というような驚いた声がひそひそと聞こえてきた。
さすが鬼龍院の次期当主。有名人のようだ。
まるでモーゼが海を割ったかのように開いた道を王者のごとく堂々と歩く玲夜の後ろからついていくのが、容姿もなにもかも平々凡々な自分というのがなんだか悲しい。
目立たぬように息を潜めて玲夜とちょっと距離を開けて歩いていると、玲夜が足を止めて柚子を振り返る。
そして差し出される手。
その手を取らないわけにはいかず手を握ると、周囲から息をのむ気配がする。
お前が花嫁? 本当にお前のような奴が? と疑うような視線を向けられていると思うのは柚子の被害妄想だろうか。
さらにひそひそ話が増えた気がして、できるだけ早く人の目から離れたかった。
注目を浴びるのが得意でない柚子には針のむしろだった。
大学の建物の中に入り、やっと目的の部屋の前に来ると安堵する。
形だけの面接だから気楽にすればいいと玲夜から言われていた柚子だが、部屋に入った瞬間、十数人がずらりと並んだ大人たちを前にして、思わず回れ右をして帰りたくなった。
こんな大勢と相対した面接だとは聞いていなかったので、気後れする。
大学の面接がどういうものか分からないが、これが普通なのだろうか。
急に緊張してきた心を落ち着けるように、ひと呼吸してから勧められた椅子に座る。
面接での一般的な質問の傾向と対策をまとめた本は読んできた。
絶対に聞かれると思われる、この大学を選んだ志望動機を心の中で反芻して、その時に備えていた柚子だったが……。
始まったのは柚子の面接というより、玲夜との会議かと勘違いしそうなものだった。
並んだ面接官は柚子ではなく、玲夜とばかり話している。
柚子は時々玲夜の答えに相槌を打つだけだ。
これは本当に面接なのかと疑問に思ったまま、いつの間にか面接官と玲夜の話は終わり、「もう帰っていただいていいですよ」とそのまま退出を促された。
あれ?と思っている間に、玲夜に手を引かれ、車に乗り屋敷へ帰ってきていた。
後日届いた合格と書かれた書類を見て、なんとも言えない気持ちになった。
「私なにもしてないんだけど……」
一切感じない手応え。
せっかく面接対策の本を読んで頭に叩き込み、透子とも面接の練習をしてきたというのに、まったくの無駄だった。
後日透子に聞くと、透子の方は普通の面接だったと言っていた。
面接官も三人ほどだったようだ。
自分との違いに驚いたが、透子以外に比較対象がいないので、柚子と透子のどちらが変なのか分からなかった。
だが、きっと玲夜がいたからだとなんとなく柚子は思っている。
なにせあやかしの学園で、あやかしのトップである鬼龍院の次期当主が来るのだから普通の対応でなかったのは仕方がないのかもしれない。
少し先行きの不安を感じた柚子だったが、そんなこんながありつつも、あっという間に卒業式を迎えた。
今生の別れというわけではないと分かっていても、友人たちとの別れは寂しい。
今はスマホという文明の利器があるのだから話をしようと思えばできるのだが、悲しいものは悲しいのだ。
互いにまた会おうと約束を交わす。
そんな中、柚子のもとには泣きながら別れを惜しむ者たちが、両手に抱えきれないほどのプレゼントを渡しに次から次へとやって来た。
しかし、柚子への贈り物ではない。これらはすべて子鬼たちへのものだ。
子鬼たちがいかに愛されていたかが分かる。
「子鬼ちゃぁぁぁん!」
「会えなくなるなんて悲しいわぁ!」
「今度絶対に会いに行くからねぇぇ」
「あいあい」
「あい」
号泣する在校生と卒業生入り乱れたお別れ会に、柚子の顔は引き攣った。
友人たちなんて柚子との別れより悲しんでなかろうか。
そんな別れを惜しむ者たちを押しのけてやって来たのは、手芸部部長である。
無事に志望大学に受かった部長は、それから卒業までの学校生活を子鬼の衣装作製に当てたそうで、山ほどのお手製衣装を持って来た。
「子鬼ちゃん、これは私からの餞別よ」
「あい」
「あーい!」
子鬼も何だか嬉しそう。いつも色んな服を作って持ってきてくれる部長を、子鬼はとても気に入っていたようだ。
「子鬼ちゃん。私のこと忘れないでねぇぇ!」
「あーい」
子鬼たちはにぱっと邪気のない笑みを浮かべて、部長と別れの握手をする。
そして最後に写真をたくさん撮って、柚子の高校生活が終わった。
透子とは同じ大学に行くので、特に感傷に浸るでもなく軽く別れを告げ、柚子はいつものように迎えに来た車に向かう。
しかし、今日は運転手だけでなく玲夜も降りてきた。仕事を抜けてきたのだろうが、いつもより質のいいスーツを着ているように思える。
その瞬間、尋常ではない女子たちの悲鳴が上がる。
滅多に玲夜が迎えには来ないことから、なにやら一部では神聖化されていたりする。
気持ちは分からないでもない。あの人外の美しさを見たら拝みたくもなる。
柚子も未だにはっと息を呑む時があるぐらいだ。見慣れぬ者には破壊力が大きいだろう。
そこかしこで写真を撮りたそうにしている女子がいるが、「神々しくて恐れ多い」とかなんとか言って尻込みしているようだ。
たくさんの荷物を持った柚子を見た玲夜は眉を上げ、運転手に指示を出して車に荷物を詰めさせる。そして、手の開いた柚子に手を差し出した。
柚子は迷わずその手を取り、車に乗り込んだ。
「玲夜、仕事はいいの?」
「今日は柚子の大事な日だからな、桜河に押し付けてきた」
桜子の兄でもある鬼山桜河。鬼龍院グループの副社長をしているので、社長である玲夜に仕事を押し付けられたようだ。ご愁傷様である。
窓の外を見ていると、いつもとは違う道を走っていることに気が付く。
「あれ? 玲夜、道間違っているみたい」
「いや、間違ってはいない」
玲夜はそれ以上答えず、柚子は不思議に思いながらも静かにしていた。
着いたのは、柚子でも知る高級ホテル。
玄関に横付けされた車から降り、玲夜に肩を抱かれそのままエレベーターに乗る。
そして、ホテル内にあるレストランの個室に通された。
「玲夜?」
ここで食事をするのだろうか?
玲夜と暮らすようになってから、外食をした記憶はなかった。
なにせ、料理人が常駐している屋敷では、高級料亭にも引けを取らない、見目も鮮やかかつ、栄養バランスも考えられた豪華な食事が出てくるからだ。
外食をしないというより、わざわざ外食をする理由がないというのが正しい。
なので、ここに連れて来られたことを不思議に思った。
「たまにはいいだろう。柚子の卒業祝いだ。前に来たいと言っていただろ?」
そう言われて思い出す。
ここは以前、テレビで見て美味しそうだなと思い、「食べてみたい」と言っていたレストランだと。
玲夜はそんな他愛ないひと言を覚えていたということか。柚子本人ですら忘れていたことなのに。
「……玲夜は私に甘すぎると思う」
「これぐらい甘やかしたうちに入らない」
「私が今より我が儘になったら玲夜のせいだよ」
「柚子を我が儘だと思ったことはないし。柚子の我が儘なら大歓迎だ。もっと俺に甘えろ」
口角を上げる玲夜のその顔は、甘く、それでいて自信に満ちている。
柚子には眩しいほどに自信に溢れた玲夜。
そんな玲夜だから、そばにいると安心し、頼ってしまうのだ。
この人なら大丈夫だと思わせてくれる。
そんな玲夜にこれ以上甘えようがないほどに甘えているというのに、玲夜はまだ足りないという。
際限なく甘やかしてくる玲夜に、柚子はすべてを委ねてしまいそうになるのを抑えるのがやっとだ。
玲夜にエスコートされて席に着くと、次々と持ってこられる料理に舌鼓を打つ。
「美味しい!」
料理の内容まで、柚子がテレビで羨ましげに見ていたものとまったく同じだった。それを覚えていた玲夜の記憶力には舌を巻く。
玲夜の記憶力がすごいのか、はたまた柚子への愛がなせる技か。
美味しそうに食べる柚子を、玲夜はただただ蕩けるような甘い表情で見ている。
目が合う度に笑みを深めるので正直食べづらい。
「……玲夜」
「なんだ? 美味しいか?」
「うん、すごく美味しい」
「そうか」
あまりにも満足そうな顔をするので文句を言うこともできず、気にせず食べ続けることにした。
玲夜の視線も、料理の美味しさを前に忘れさり、デザートまで完食。
「う~、お腹いっぱい」
調子に乗って食べ過ぎた。
柚子が苦しんでいる間に玲夜はスマートにお会計を済ませていたようで、食後のコーヒーを優雅に飲んでいる玲夜をじっと見ながら柚子は思った。
思い返してみたら、こうしてふたりっきりで出掛けることは今までなかったように思う。
いつもなんだかんだで高道がいたり子鬼がいたりしたが、今は高道もいないし子鬼も車でお留守番なので本当にふたりだけだ。
「ねえ、玲夜」
「なんだ?」
「なんかデートみたいね」
玲夜にそんな気があったのかは分からないが、目を丸くした玲夜を見ると、玲夜も柚子に言われて思い至ったようだ。
ただ食事をしているだけだが、そんなことすらしていなかったことを思うと、柚子と玲夜は恋人としては色々と順番が違う。
出会いを考えれば仕方がないのかもしれないが、こういう普通のデートを楽しみたい願望がムクムクと膨れ上がってくる。
「時々でいいから、またふたりで出掛けたいな」
珍しい柚子からのおねだり。
玲夜の忙しさは分かっているので、頻繁にというわけにはいかないことは柚子も分かっている。けれど、今日のような特別な時ぐらいはいいものだと思った。
そう言った後の玲夜の反応は分かりきっている。
「柚子が望むなら毎日だって」
嫌だなどと言うはずもなく、柚子のお願いに、それは優しい笑みを浮かべて柚子の頬を撫でた。
「それは桜河さんが可哀想だから止めとく」
「あんなのは放っておけばいい」
あんなの呼ばわりされた桜河には悪いが、もっと玲夜と色々なデートをしたいなと柚子は思った。
満腹感以上に幸せな気持ちでいっぱいのままレストランを出た。
玲夜と恋人繋ぎで手を握り歩いていると、向こうから男性が歩いてくる。
相手が真っ直ぐ歩いてくるので道を空けようとしたが、男性はなぜか玲夜の前で足を止めた。
薄茶の髪に黒縁の眼鏡を掛けた、玲夜と同じ年頃の男性は、人のよさそうな穏やかな笑みを貼り付けて玲夜の前に立ち塞がる。
「久しぶりだな、鬼龍院」
玲夜を敬称をつけて呼ぶ者の多い中、呼び捨てる男性は珍しく、知り合いなのかと玲夜を見上げると、特に興味がなさそうな無表情の玲夜がいた。
「……津守」
「はははっ、俺の名前を覚えていたとは光栄だな。てっきり眼中にないと思っていたよ」
顔は笑っているが、どことなく棘のある言い方。
津守という男性が玲夜から視線を外し、隣にいる柚子を見る。
笑っているはずなのに友好的な空気を感じない眼差し。
ねっとりとからみつくような嫌な感じがして、柚子は玲夜に身を寄せた。
「ふーん。あの鬼龍院玲夜に決まった相手ができたと噂で聞いた時はまさかと思ったが、本当だったみたいだな」
玲夜が柚子を隠すように背に庇う。
「別に取って食いやしないさ。今日は貴重なものが見られたな。誰に対しても無関心なあの鬼龍院が、人間の、しかもこんな普通の小娘を選ぶとはな」
「お前には関係のないことだ」
一瞬警戒を滲ませた玲夜だったが、すぐに男性に興味をなくしたように表情を消した。そして、代わりに柚子に笑みを向ける。
「柚子、行くぞ」
「う、うん」
柚子の腰を引き寄せて歩き出した玲夜についていく。
津守という男性が気になった柚子がゆっくりと振り返ると、先ほどまでの穏やかな笑みは消え去り、射殺しそうな眼差しで玲夜を睨みつけていた。
なんだか分からない怖さを感じた柚子は玲夜にしがみつき、早くこの場から離れんと足を動かし続けた。
柚子は車に戻ってから玲夜に問いかけた。
「玲夜、さっきの人って誰?」
「ああ、あいつは津守幸之助。かくりよ学園で初等部から一緒だったやつだ。特に話した記憶はないがな」
先ほどの津守の表情を見た後ではただの顔見知り程度のようには思えなかったのだが、玲夜はまったく興味がなさそう。
「本当にただの知り合い?」
「知り合い以下だな。最初誰だか分からなかったぐらいだ」
「そう……」
その割には玲夜に敵意のようなものを抱いているように見えたのだが、気のせいなのか……。
「確か陰陽師の家系だったはずだ。そうじゃなければ名前も忘れていただろうな」
「陰陽師!? ってことはあやかしとは犬猿の仲なんじゃ……」
「大昔の話だ。今ではあやかしの社会的地位が高すぎて、陰陽師も手を出せない」
「なるほど、じゃあさっきのは……」
あやかしと陰陽師故の敵意だったのだろうか。
「なにをブツブツ言っているんだ?」
「ううん、なんでもない」
考えたところで分からないので、考えることを放棄した。
のちに、もう少し警戒しておくべきだったと後悔することになる。
三章
かくりよ学園大学部の入学式が行われた日。
入学式に一緒に出る気満々だった玲夜は、急な会議が入ったので行けなくなったと、それはもう不機嫌に報告してきた。
玲夜は不満そうな顔をしているが、柚子としてはむしろ来なくて助かったなどと思っているとは言えない。
きっと玲夜が来たら入学式どころではない騒ぎが起きそうだからだ。
代わりに祖父母が出席してくれた。
二度目となるもやはりその大きさと随所に見受けられるお金をかけた装飾には目を見張るものがあった。
入学式ということで、この日のためにオーダーメイドしたスーツを着ている柚子。
別にオーダーメイドなんてしなくてもよかったのに、玲夜に押し切られていつも玲夜が利用する高級店に連れていかれた。
式用の一着があればよかったのに、なぜか最終的には十着も作ってもらうことになったのは今でも首を傾げるしかない。
とは言え、生地から選んで柚子のサイズに合わせて作られたスーツは、市販品では味わえない最高の着心地だ。
そんなスーツを戦闘服に入学式に挑む柚子は、保護者席に向かう祖父母と別れ、新入生の列に並ぶ。
どこかに透子と東吉もいるだろうときょろきょろしている柚子は、なんだか周囲の人から見られているような気がしていた。
肩には子鬼を乗せているのでそのせいかと思いながら歩いていると、トントンと背中を叩かれる。
振り返るとそこには透子と東吉の姿が。
無事に見つかってほっとする柚子。
「おはよう、柚子」
「おはよう、透子、にゃん吉君」
「おう」
「あーい」
「あい」
子鬼たちも挨拶をして三人で列に並ぶ。
「よくこの中で私が分かったね」
柚子は中々見つけ出せなかったというのに。
「私じゃなくてにゃん吉がね。柚子がこっちにいるって」
「なんで?」
「お前なあ、前にも言ったと思うが、お前からは強い鬼の気配がしてるんだよ。しかもその子鬼からも。だからすぐに見つけられたんだ。さっきから弱いあやかしが怯えてるの気付いてなかったのか」
確かに先ほどから視線は感じていたが、自分とは思わなかった。しかも怯えられてたなんて。
「てっきり子鬼ちゃんを見ているのかと……」
「弱いあやかしほど強いあやかしの気配には敏感だ。すでに一部で要注意人物扱いされてるようだぞ」
「え、うそ!?」
「まあ、思ったより人間が多いから気付いているのは少ないけどな」
言われて今度は注意して周りを見てみると、柚子を見てぎょっとした反応を見せた者もいれば、まったく気にも留めない者もいる。
どっちかというと後者の方が多いのは、人間だからなのだろう。
あやかしのために作られた学校と言われていたが、思ったより人間が多いことに柚子は少し安堵する。
けれど、さすが入学金も授業料も高いかくりよ学園。
見ているとその容姿の美しさで、なんとなくあやかしか人間か分かるのだが、人間と思われる人もどこか洗練されていて、本当に同じ新入生かと疑問を持ってしまうほどに大人っぽい。
来ている服も上質だと分かるもので、玲夜に言われるまま作ったスーツだが、ちゃんとした所で作ってもらっていて正解だったと今なら分かる。
人間も資産家の子が多いというのは本当のようだ。
そんな上流階級の子が多い中で友人を見つけられるかと不安になる。
庶民的な柚子と話が合う人がいるだろうか。
とりあえず明日からはどんな服を着ていこうかと柚子は頭を悩ませた。
せめて浮かない程度には柚子も大人っぽい服とメイクを勉強する必要がありそうだと、式の間中斜め上の心配をしていた。
そんな問題はありつつも式は特に問題も騒ぎも起きずに和やかに終わった。
そうして、無事に入学を果たした柚子は、朝からバタバタと準備に忙しくしていた。
制服のある高校と違って、大学は私服。当初の心配通り、変な格好をして周りから遅れを取らないよう大学生らしく少し大人っぽい服を選んだりと、服装にも気を付けなければならない。
まあ、柚子に用意された服はどれも柚子に合ったデザインの高級品ばかりなので、資産家の子が多いかくりよ学園でも変に浮くことはまずないだろう。
だが、周囲を見ていると年齢が変わらないはずなのに、やけに大人っぽい人が多く感じて、自分が子供に見えてしまう気がした。
高校の時はそんなことを思ったことはなかったのだが、私服になった途端急に周りが大人になった気がする。
なので、その日の服選びにも力を入れてしまうのだが、その結果として部屋の中は服が散乱して大変なことになっている。けれど片付けている時間はない。
申し訳なく思いながら、柚子付きの使用人である雪乃に後を任せて、朝食の席に着いた。
玲夜はすでに来ていたが、柚子が来るのを待って食べずにいてくれたようだ。
「おはよう、玲夜!」
「ああ、おはよう」
時間もないので慌ててご飯を食べ始める。
「柚子、喉に詰まらせるぞ。ゆっくり食べろ」
「だって遅刻しちゃうから」
前日から準備をしていればいい話なのだが、これから始まる講義のことを考えたり、玲夜とまったりとした時間を過ごしていると、忘れてしまうのだ。
「行ってきます!」
「ああ、子鬼を忘れるな」
「はーい。子鬼ちゃん、行くよー」
「あーい」
「あいあい」
子鬼と鞄を持って急いで車に乗り込み、大学へと向かった。
入学して間もない一年生はまだ講義は行っていない。最初は学部ごとに説明を聞いて、どの講義を受けるかを各々決めなければならないのだ。
説明を受けるため透子と一緒に入った教室内は、ガラガラだった。というか誰もいない。
だがそれも仕方がないことだった。柚子の入った花嫁学部の新入生はたったの三人。わざわざ教室を使う必要があるのかと思うほど人数が少ないのだ。
たとえ上級生を合わせても、花嫁学部の者は両手の指で足りるほどの人数しかいないらしい。
貸し切り状態の教室の椅子に座り講師が入ってくるのを待っていると、もう一人の花嫁学部の学生と思われる女の子が入ってきた。
柚子はその女の子を見て、透子にひそひそと話しかける。
「ねえ、あの子が花嫁? 人間……だよね、あやかしじゃなくて?」
「ここに来ているんだから花嫁でしょう?」
柚子と透子が確信を持てなかったのは、彼女の容姿にあった。
ハニーブラウンの肩までの長さのゆるふわな髪に、庇護欲を誘う垂れ目気味で幼げな顔。
さすがにあやかしの中でも最上級である桜子とは比べものにならないが、一見するとあやかしなのではと思ってしまうほど彼女の容姿は整っていた。
「か、かわいい」
「話しかけてみる?」
柚子たちから少し離れた場所に座った彼女と話すべく立ち上がろうとしたが、タイミングよく講師が入ってきたので断念する。
たった三人だけの説明会は淡々と行われた。
説明が終わり、受講する講義を提出するようにと言って出ていった講師を見送ると、素早く透子が動いた。
真っ直ぐもうひとりの花嫁に突撃する透子を、柚子は慌てて追いかける。
「こんにちはー」
「……こんにちは?」
突然声をかけてきた透子に彼女は戸惑っている様子。
それでも気にしないのが透子だ。初対面の相手とぐいぐいと間を詰めようとする。
「私は透子よ。こっちは柚子。あなたは?」
「わ、私は梓です」
「じゃあ、梓って呼んでいい? 私たちも呼び捨てでいいから。新入生で花嫁は私たちだけみたいだから仲良くしましょう」
「は、はい……」
大人しそうな雰囲気の梓は完全に透子の迫力に押されているようだ。
柚子は強引な透子の袖をぐいぐいと引っ張る。
「透子、怯えてるから。かわいそうだから」
「なによ、私はただ仲良くしようと思っただけじゃない」
「皆が皆、透子みたいに社交性あるわけじゃないんだから。ごめんね。でも決して悪い人じゃないから」
「ちょっと柚子、その言い方じゃ私が虐めていたみたいじゃない」
「似たようなものでしょ。怖がってるのに、そんなにぐいぐいと」
「そんなことないわよ、ねえ?」
突然矛先を変えられた梓は、驚いた顔をしつつ、こくこくと頷いた。
透子の勢いに負けているようにしか見えない。
「えっと……梓ちゃん? 嫌なら嫌って言ってくれていいからね」
こんな暴走娘にロックオンされた子羊に柚子は助け船を出したつもりだったが、梓は首を横に振った後、にっこりと笑顔を見せた。
その笑顔はあやかしなのではと疑うほどにかわいらしかった。
「ちょっと戸惑っちゃったけど、話しかけてくれて嬉しかったです。大学には仲のいい友人もいなかったから寂しかったの」
「梓は外部入学? 私たちも高校はかくりよ学園じゃない外部入学なんだけど」
「はい。私も大学からこのかくりよ学園に来ました」
「へぇ。じゃあ花嫁になったのは最近?」
「はい。高校卒業間近で。おふたりは?」
「なら柚子の方がちょっと先輩ね」
「透子はそれよりもっと先輩だけどね」
「透子さんはいつから?」
「やだ、透子でいいわよ。私は中学生の頃よ」
それを聞いた梓は驚いた顔をした。
「それなのに大学までかくりよ学園に入らずにいられたんですか?」
「にゃん吉……私の相手がね、高校は柚子と一緒がいいって言ったら許してくれたのよ。まあ、その柚子も花嫁になって、一緒にかくりよ学園に来ることになったのは想定外だったけど」
「そうなんですね。羨ましい……。私なんて……」
急に沈んだ顔をして唇を噛み締める梓に、柚子と透子は目を合わせる。
あまりこの話を広げるのはよくなさそう。
そう思っていると、柚子の鞄に入っていた子鬼がぴょんと机の上に乗り、梓に挨拶をするように声を上げた。
「あいあい」
「あーい」
子鬼を目にした梓は目を丸くする。
「かわいい……」
「でしょう。この子たちは柚子のボディーガード兼癒し係なのよ。私もこんなかわいい子が欲しかったけど、にゃん吉じゃあ作れないのよね。残念だわ」
さすが、あやかしが多く通うかくりよ学園。子鬼を一緒に連れていくことに反対の声はなかった。むしろ、そういう存在がいるなら身を守るために連れて歩くようにと忠告されたぐらいだ。
東吉だけでなく、玲夜や高道までもがそう言うのだから、花嫁とはよほど危険と隣り合わせなのだろう。しかし、これまで特に危険を感じたことがないので、あまり実感はない。
とは言え、花嫁云々は関係なく子鬼に助けられたことがあるので、できるだけそばに置くことにしている。
「角が生えてる……」
子鬼の頭を撫でる梓は、子鬼のてっぺんに生える小さな角にそっと触れた。
「柚子の相手が鬼なのよ。私の相手は猫又。梓の相手はどんなあやかし?」
「私は……」
途端に表情を暗くした梓が答えをためらっていると、教室の扉がガラリと開いた。
入ってきたのは、ものすごく目つきの悪い体の大きな男性だった。
裏の世界の住人だと言われても納得してしまう人相の悪さと体格。けれど、銀髪に黄色の目と人間離れした綺麗な顔をしていたので、あやかしだろうことは分かった。
「だ、誰?」
「分かんない」
あまりの顔面破壊力に、それまで楽しそうにしていた透子も柚子と同じく顔を引き攣らせている。
ふと梓を見ると、不快そうに眉を寄せていた。
「梓」
男性が呼んだ。
梓の知り合いだと分かったが、梓は無視するように返事をせず鞄を持って立ち上がり、男性に目を向けることなく通り過ぎようとした。
しかし、男性が梓の腕を掴んだ。
その瞬間、静かな教室を切り裂くような声が響く。
「触らないで!!」
先ほどまで大人しい印象だった梓から出たとは思えない、大きく、そして厳しい声。
その顔は嫌悪感に溢れていた。
「迎えに来た」
「そんなの頼んでないわ!」
梓は腕を振り払おうとしていたが、男性の力に叶うはずもない。
「離してよ、汚らわしい!」
「お前がどう思っていようと、お前は俺の花嫁だ。花嫁なら一緒にいるべきだろう?」
「私が望んだことじゃないわ。あんなことがなかったらあなたの花嫁になんて死んでもなってないもの!」
一瞬、男性の顔が悲しげに歪んだが、腕を振り払おうと必死な梓はその表情を見てはいなかった。
そうこうしていると、東吉がひょっこり顔を出した。
「おーい、透子。終わったか……ん?」
のんきな声で顔を出した東吉は、中で起こっている異様な空気をなんとなく感じ取ったのか、不思議そうな顔をしながらそれぞれの顔を見て、男性で目を止めた。
「おー、蛇塚じゃねぇか。相変わらず目つき悪いな」
この最悪な空気を分かっているのかいないのか、気にせず蛇塚という男性に近付いていく東吉は、彼が手を掴んでいる梓に視線を向けた。
「おっ、もしかしてその子がお前の花嫁か?」
「……ああ」
「へえ、かわいいじゃんか。うちの透子と大違い……ぶへっ」
透子が投げた子鬼が東吉の顔面にヒット。
「あーい」
子鬼も今のは東吉が悪いと言っているのか、ペしペしと顔面を叩いている。
「何すんだよ!」
「自業自得でしょ! かわいくない私はあんたの花嫁なんて止めてやるわよ」
「そんな怒るなよ。俺は一般論をだな……」
ギロッと睨まれて東吉はタジタジ。
負けることを分かっているのに、東吉も学習能力がない。
透子とて、東吉が本当にかわいくないなどと思っているわけではないのは分かっているはずだ。
花嫁を持ったあやかしとは、自分の花嫁が誰よりもかわいく見えるものなのだ。
だから冗談だとは分かっているが、だからと言って他の女の方がかわいいと言われて気分がいいわけがない。
きっとこの後、きついお仕置きが待っていることだろう。
そんな夫婦喧嘩をしている間に、蛇塚の手から抜け出した梓が走って教室から出て行った。
そして残されたのは、すべての不幸を背負ったかのように負のオーラを発して肩を落としている蛇塚という男がひとり。
さすがの透子と東吉も喧嘩を止めた。
「おーい、蛇塚大丈夫か?」
「…………」
「無理そうね」
「なに、お前ら仲悪いの?」
きっとその言葉は彼の痛いところに刺さったのだろう。
目つきの悪い目からポロポロと涙を溢し始めた。
これには東吉も驚く。
「うおっ!」
「あー、いけないんだ~。にゃん吉君が泣かしたー」
「にゃん吉、最低~」
柚子と透子で東吉を責め立てる。
「えっ、いや、ちょっと聞いただけじゃんか! おーい、蛇塚泣くなよぉ。男だろ?」
「うっうぅ」
「ほらほら、話聞いてやるから」
肩をポンポンと優しく叩かれて、次第に涙も引っ込んでいったようだ。
泣くのをこらえる顔はさらに人相が悪くなり、人ひとり殺ってきたんじゃないかと疑うほど怖い。
そんな蛇塚を連れて、大学内のカフェへ行く。
「かくりよ学園のカフェって品揃え豊富」
「ほんとだね。それに味も美味しいんだって。全メニュー制覇目指そう」
味がいいとは、ここの卒業生である雪乃からの情報だ。しかしその分、学食にしては少し値段が高いのが難点だ。
支払いは学園から配られるカード型の学生証を使い、後払いになっている。
カフェに限らず、購買も同じ支払い方法。
なのでお金を持ち歩く必要はないが、気を付けなければひと月後に予想外な金額が請求されることもあり得る。
まあ、柚子の場合は玲夜が払うので心配をする必要はないが、一般受験で受かった一般家庭出身の学生は気を付けなければならないだろう。
飲み物とケーキを購入した四人は空いた席に座った。ちなみに落ち着きを取り戻した蛇塚の飲み物とケーキは、泣かせた東吉のおごりである。
「まず自己紹介だな。透子と柚子は初対面だから」
東吉が指をさしながら説明していく。
「まず、こっちが透子。俺の花嫁だ。そんでその隣が柚子。あの鬼龍院様の花嫁だ」
鬼龍院と聞いて驚いた顔をした蛇塚に、柚子と透子はよろしくと頭を下げる。
「そんで、このでかい図体のわりに涙もろい男が、蛇塚柊斗。蛇のあやかしで俺らと同じ新入生だ」
「蛇塚です」
礼儀正しく頭を下げる蛇塚。
見た目は怖いが、どうやら本人は悪い人ではなさそう。
東吉とも仲がよさげである。
「こいつとは中等部までよくつるんでいたんだよ」
中等部まではかくりよ学園に通っていた東吉。ここに友人がいてもおかしくない。
「へえ」
「だから、こいつに花嫁が見つかったってのは聞いていたんだけどさ……なんか仲悪いのか?」
核心を突く東吉の言葉に、再び蛇塚の目が潤んでくる。
「おいおい、大丈夫か?」
こくりと頷く蛇塚。
「さっきの子はお前の花嫁で間違いないんだな?」
蛇塚は再びこくりと頷く。
あまり口数は多くない人のようだ。
「花嫁の割に梓はあなたのことすっごく嫌がっていたみたいだけど? 嫌悪感丸出しで、あれは毛虫を見るような目だったわね」
蛇塚はドーンと重しが乗ったように落ち込む。
「透子、オブラート! もっと包んで」
柚子は蛇塚の様子を見て、慌てて透子をたしなめる。
「ええっ、えーっと……」
遠回しな言い方が苦手な透子が言葉に迷う。
どうにもこの蛇塚という男は、見た目が厳ついわりに心はかなり繊細のようだ。
「どうやって出会ったんだ?」
東吉の問いに、蛇塚は重い口を開いた。
「あやかしと人間の親睦パーティーで見かけて……。嬉しくて舞い上がったけど、俺目つき悪いから……。急に話しかけたら怖がらせるかと思ってその時は声をかけられなくて」
「にゃん吉とは真逆の性格ね」
「悪かったな。花嫁見つけて舞い上がってその場で突撃したアホな男だよ! 即、切り捨てられたけどな!」
「当然でしょう。どこの世界に初めて会った男に告白されて了承する女がいるのよ。いるなら見てみたいわ」
始まった夫婦喧嘩を納めるべく、柚子はパンパンと手を叩く。
「はいはい、夫婦喧嘩は後で。それで蛇塚君はどうしたの?」
「その女の子のことを調べて梓って名前を知った。けど、こんな怖い顔の俺が急に花嫁って言っても困らせるだけだろうから、とりあえず梓の両親の方に話を持っていったんだ。そしたら是非にって返事がきた。梓も花嫁になることを了承しているって聞いて嬉しくて。それからはトントン拍子に話が進んで、俺の家で一緒に暮らすってことになったんだ。けど、家に来た梓はその時からあんな調子で、俺のことを嫌っていて、まともに話すらしてくれなくて……」
目がウルウルとしてきた蛇塚にハンカチを差し出す。
「でもさ、あっちは花嫁になることを了承したんだろう? その反応おかしくね?」
東吉の疑問は柚子も感じた。
蛇塚の話を聞いている限りでは、話の進め方はとても紳士的で、無理強いしている様子はない。
そんなに嫌ならば断ればよかったと思うのだが。
「梓が了承はしたのは間違いないけど、梓が望んだわけじゃなく、無理矢理だったみたいなんだ」
「どいうことだ?」
「梓の親は会社を経営しているんだが、その頃莫大な負債を抱えていたんだ。そんな時に蛇塚から花嫁の話が来て、花嫁になれば蛇塚に援助を頼めるからと親から言われて、嫌々了承したらしいんだ」
「それは、なんていうか……」
蛇塚の気遣いがすべて意味がなくなっている。
「しかも、梓には好きな男がいるらしくて……」
「最悪だわねそりゃ」
透子はどっちが、とは言わない。あえて言うなら両方のタイミングが悪かった。
けれど、東吉は梓の方に腹立っているようだ。
「それで、お前はあの女の家に援助しているのか?」
蛇塚はこくりと頷く。
「なんだ、それ。嫌なら断ればいい話だろ。まあ、そうなったら蛇塚家が援助する理由もなくなるが、援助してもらっておいてあの態度はないんじゃないのか? 嫌々だとしても、花嫁になると決めたのは本人なんだからよ。歩み寄る努力はするべきだろ。甘ったれんなよ」
まあ、確かに東吉の言い分はもっともだ。
けれど、そのあたりを梓がどう考えているのか、蛇塚の話だけでは気持ちは分からない。
柚子の妹の花梨も相手の狐月家から援助を受けていた。だが、花梨と瑶太は仲がよかったので、梓とは少し状況が違う。
柚子が見たところ、蛇塚は顔は怖いが心根は優しく好感が持てる人のように思えるのだが、やはり好きな相手がいるというのが問題なのだろうか。
好きな相手がいながら別の男の花嫁にならなければならないというのは、つらいことは分かる。
けれど、喜んで花嫁を迎えたのに、あれほどあからさまに嫌われている蛇塚もかわいそうに思う。大事な花嫁のためにと援助までしているのに。
「援助切ってやったらどうだ?」
「……そんなことをしたら、梓が俺のそばにいる意味がなくなってしまう。嫌われていても俺は梓のそばにいたい」
東吉はガシガシと乱暴に自分の頭を掻く。
「あー、だよな。花嫁を持ったあやかしならそうせざるを得ないよな。俺がお前だってそうしてるよ」
同じ花嫁を持つあやかしだからこそ、いじらしい蛇塚の気持ちがよく分かるのだろう。東吉はそれ以上何かを言うことはなかった。
「人間は花嫁なんて言われても分からないからねぇ」
しみじみと透子が呟く。
「そうだよね。花嫁の方も自分が花嫁だって分かったら楽なのにね」
玲夜の花嫁となってから、柚子が幾度も思ったことだ。
今でこそ玲夜と両思いだが、自分の気持ちが分からなかった時、はっきりとしない自分自身に苛立ちを覚えたものだ。
「よし!」
突然立ち上がった透子に全員の視線が集まる。
「ちょっと本人に話聞きに行ってみよう」
「えっ、ちょっと待って透子」
「そうだ、ちょっと待て。お前が出るとややこしいことになる」
「もうすでにややこしいことになってるでしょ。これ以上ないくらいに最悪じゃない」
キッと睨むような視線を透子から向けられ、蛇塚はビクッとする。
「大きなお世話かもしれないけど、あそこまで嫌うことないと私は思うのよ。顔は怖いけどあなたが優しいのはちょっと話せば分かる。あなたたちちゃんと話せてないんじゃないの?」
「話そうと思っても逃げられるから……」
「だから代わりに私が聞いてみるのよ。同じ花嫁の方が彼女の気持ちが分かることもあるでしょ?」
暴走した透子は誰にも止められない。
「そうと決まれば行くわよ!」
東吉がついて行こうとしたが、女同士の話し合いだからついてくるなと怒られていた。
「柚子、頼む。あの暴走娘が暴走しそうだったら止めてくれ」
「にゃん吉君に無理なのに私にできると思えないんだけど」
「それでも頼む。これ以上こいつらの仲が悪化したら、蛇塚が再起不能になる」
「わ、分かった。頑張る」
とは言ったものの自信はない。
勢いで歩き出したものの、この広い大学の敷地内で梓の場所が分かるはずもなく、無駄に歩き回ることになった。
そもそも、午後からも学部ごとの説明会があるのだから、その時間を待てばよかったのだが、それに気付いたのはかなり時間が経ってからだった。