「わーい。林檎のうさぎだ。テイちゃん、ほんと器用だよねー」

暁は私を"テイちゃん"と呼ぶ。
本当は"テイシさま"と呼びたいらしいが、"さま"とか絶対やめてと頼んだら、テイちゃんになった。

テイシさまというのは、平安時代に実在した貴族のお姫さまのことだ。
藤原道長が権力者の頂点に立つ時代に生きた女性で、一条帝の皇后でになられた方である。

私と同じ定子という字を書く。私の名前はサダコだが、暁にはテイシという呼び方のほうが、馴染みがあるのだろう。

暁の話では、一条帝とテイシさまとは幼き頃に結婚して仲睦まじく、誰もが羨むほどに相思相愛の仲だったらしい。

だが、そこに登場してきたのが有名な藤原道長だ。

テイシさまにとっても叔父である道長は、自分の娘を中宮にするために姪のテイシさまを追いつめた。
なんとか彼女を助けたいと願う一条帝の力及ばず、失意の中亡くなったテイシさま。

切なくも、悲しい話である。

ここまでの話は歴史の教科書には出てこないが、繰り返し繰り返し暁がその話をするので覚えてしまった。

清少納言は、そのテイシさまに仕えたのだ。

『枕草子はね、テイシさまへ捧げた物語なの。
 テイシさまがどれほど宮中で輝いていたか。失意の中にあっても、明るく笑ってみんなを気遣ってくださったテイシさま。あのお方がどんなに素敵な方だったか。
 あの草子は、輝いていたテイシさまの時代を後世に残すために書いたの』

暁はそう言う。