五年前、交通事故でお母さんを亡くした私と妹は、仕事が忙しい父に代わり、母方の祖母に厳しく育てられた。
川越の町で代々続く商家の末裔で、創業者から伝えられている厳格な教育方針の体現者である彼女は、箸の持ち方から日々の過ごし方、そして学校の勉強に至るまで、それは事細かく、寸分の漏れも逃さない態度で私たちをしつけた。毎日、運動部の夏合宿を何倍も濃くした内容で小学生の女の子を律したのだ。
そんなクラスメートが聞いたら開いた口が塞がらなくなるような教育方針(そうなったら困るので一度も話したことがないが…)のおかげで、私は、どんな困難にも諦めず立ち向かっていく、努力こそが目指す場所に近づく唯一の方法、という信念を体に染みこませて今通っている学校に合格した。一年遅れてしまったけれど元の生活を取り戻した。
ちなみに妹の琴は、祖母のあまりに厳しい教えに早々に根を上げ、自由奔放で裏表のない、とてもいい子に育った。自分と正反対の性格の持ち主になって、これはこれで私の救いになっている…。
こんな私が、進学した私立高校で、何をやるにも他人任せで自分は一つも努力しない、お気楽な西洋貴族の天道翔と出会った。何の因果か図書委員を一緒にやり、学園祭のイベントで彼と組んで研究発表をやろうというのだから、ぶつかることは目に見えていた。夏休みに入って早々の衝突は、当然の結果、と言えるだろう。
今、思い出しても、沸々と怒りが湧いてくる。
『ごめん。まだ読み終わってなくて…三百ページ、くらいかな』
何故、目の前の課題に立ち向かおうとしないのか。外見も環境も健康も…何もかも持ち合わせているのに。
「……」
それはそうと、これからどうするか…ベッドに寝転がって、カーテンの隙間に浮かんでいる三日月を覗きながら考えた。
彼に連絡して、本を読み終えるのを待つか。つまり、このまま一緒に課題に取り組むか。それとも一切無視して、自分一人でやってしまうか。
一緒に続けるのは面倒だ。きっと膨大な時間と労力を要する。一方で、自分一人でやるのは簡単だ。相応の時間を掛ければきっと目指すものを作れるだろう。
どちらにするか…次の図書室当番は来週だ。もう一度仲良くしたい気持ちもあるけれど…あんた言い方をしてしまったのだ。もう話しかけてもくれないかもしれない…。
などと思いあぐねながら川越の町から一歩も出ずに夏休みを過ごしていると、三日後、突然メールが届いた。
『三百二十ページまで読んだ。何だ、そういうことだったの?ヒロインが幼馴染だったなんて…リンは何処で気づいた?まさか、最初から分かっていたとか…』
リビングのソファから自分の部屋に駆け込んで、もう一度、液晶画面に掲示された文面に目を通す。たった三日で百ページから三百二十ページまで読んだのか。物語に隠された最大の仕掛けに衝撃を受けたらしい。ちなみに私は二百ページくらいで気づいたけど…。
きっと昼夜を問わず読んだのだろう。一体、彼の身に何が起こったのか。この豹変ぶりを信じていいのだろうか。
何やら事態が急変しているらしいが、先の展開を思い描くことができない。どうしてだろうと思ったら、メールに一か所、どうしても引っかかる部分があったからだ。
リンちゃん、という呼び名は何処に行ったの?
川越の町で代々続く商家の末裔で、創業者から伝えられている厳格な教育方針の体現者である彼女は、箸の持ち方から日々の過ごし方、そして学校の勉強に至るまで、それは事細かく、寸分の漏れも逃さない態度で私たちをしつけた。毎日、運動部の夏合宿を何倍も濃くした内容で小学生の女の子を律したのだ。
そんなクラスメートが聞いたら開いた口が塞がらなくなるような教育方針(そうなったら困るので一度も話したことがないが…)のおかげで、私は、どんな困難にも諦めず立ち向かっていく、努力こそが目指す場所に近づく唯一の方法、という信念を体に染みこませて今通っている学校に合格した。一年遅れてしまったけれど元の生活を取り戻した。
ちなみに妹の琴は、祖母のあまりに厳しい教えに早々に根を上げ、自由奔放で裏表のない、とてもいい子に育った。自分と正反対の性格の持ち主になって、これはこれで私の救いになっている…。
こんな私が、進学した私立高校で、何をやるにも他人任せで自分は一つも努力しない、お気楽な西洋貴族の天道翔と出会った。何の因果か図書委員を一緒にやり、学園祭のイベントで彼と組んで研究発表をやろうというのだから、ぶつかることは目に見えていた。夏休みに入って早々の衝突は、当然の結果、と言えるだろう。
今、思い出しても、沸々と怒りが湧いてくる。
『ごめん。まだ読み終わってなくて…三百ページ、くらいかな』
何故、目の前の課題に立ち向かおうとしないのか。外見も環境も健康も…何もかも持ち合わせているのに。
「……」
それはそうと、これからどうするか…ベッドに寝転がって、カーテンの隙間に浮かんでいる三日月を覗きながら考えた。
彼に連絡して、本を読み終えるのを待つか。つまり、このまま一緒に課題に取り組むか。それとも一切無視して、自分一人でやってしまうか。
一緒に続けるのは面倒だ。きっと膨大な時間と労力を要する。一方で、自分一人でやるのは簡単だ。相応の時間を掛ければきっと目指すものを作れるだろう。
どちらにするか…次の図書室当番は来週だ。もう一度仲良くしたい気持ちもあるけれど…あんた言い方をしてしまったのだ。もう話しかけてもくれないかもしれない…。
などと思いあぐねながら川越の町から一歩も出ずに夏休みを過ごしていると、三日後、突然メールが届いた。
『三百二十ページまで読んだ。何だ、そういうことだったの?ヒロインが幼馴染だったなんて…リンは何処で気づいた?まさか、最初から分かっていたとか…』
リビングのソファから自分の部屋に駆け込んで、もう一度、液晶画面に掲示された文面に目を通す。たった三日で百ページから三百二十ページまで読んだのか。物語に隠された最大の仕掛けに衝撃を受けたらしい。ちなみに私は二百ページくらいで気づいたけど…。
きっと昼夜を問わず読んだのだろう。一体、彼の身に何が起こったのか。この豹変ぶりを信じていいのだろうか。
何やら事態が急変しているらしいが、先の展開を思い描くことができない。どうしてだろうと思ったら、メールに一か所、どうしても引っかかる部分があったからだ。
リンちゃん、という呼び名は何処に行ったの?