結局私は、中間テストの前日まで天道くんの勉強をみてあげた。決して、変な妄想を膨らませてやった訳ではない。あくまでもクラスメートとして彼と適度な距離を保ち、ちょっと冷たく、他人行儀にテスト勉強を指導した。怠けていたら、ピシャリと叱った。
きっと周りから、間抜けなやり取りをしているように見えただろう。図書室には、中学生一年生から高校三年生まで、男女を問わず大勢の生徒が出入りする。中間テストが近づいているこの時期、本館二階に位置するこの部屋には、普段よりたくさんの人が訪れていた。
もちろん、その中には天道くんのことを知っている子もいて、貸出カウンターに一緒に座って甲斐甲斐しく面倒を見ている子は誰なんだ、新しい彼女がだろうか、などと様々な憶測が流れたらしい。
その日も私は、バーコードリーダーを握りしめつつ、隣に座って唸り続けている彼のことをため息をつきながら見守っていた。
「ちょっと待って。どうして平安時代に鎌倉幕府が倒されるの?…ちゃんと資料を整理してないからだよ。ごちゃごちゃに憶えたら、日本史、全滅しちゃうよ」
そう言いながら放っておくことができず、あたふたしている彼の前に乗り出して、机の上に散乱している歴史資料を年代順に並べていく。自分が何のためにここに座っているのか忘れ、カウンターの前で立ち尽くしている女子生徒をぽかんと口を開けて見上げていた。
「あの、お取込み中、申し訳ないけど…本の貸出できます?」
「…あぁ、はい。ごめんなさい」
「よかった。じゃあ、これ、お願いします」
そう言って差し出された文庫本を、私は全く見てなかった。代わりに、カウンターの向こうで佇んでいるその人に吸い込まれるように見入っていた。
二年生か三年生、いや女子大生が制服を着て忍び込んだ…そう思ってしまうくらい優雅で大人びて、小春日和みたいな奥深い笑みを小さな口に湛えている。窓から忍び込んだ風に、首筋に掛かった髪が揺らいでいる。制服越しでも豊かな体型の子だと一目で分かる。自分が持ち合わせてないなものをすべて備えていると知って、負けた、と思ってしまった。
それから、彼女から受け取った文庫本をバーコードリーダーに読ませて、プリンターが印刷した貸出レシートを本に挟んで…一連の流れを一つも憶えてない。ただ、私から文庫本を受け取った彼女が、ありがとう、と言った後、隣で、鎌倉幕府が滅亡した平安時代で右往左往している天道くんに一言、
「がんばって…」
と掛けた声だけ耳にした。そして、それに答えることなく歴史の資料と格闘している彼を愛おしそうに見つめている姿に、何処からともなく降ってきた勘を働かせていた。
この人は天道くんに飛び込んでくる。きっと…。
どうしてそんな考えに思い至ったのか分からないまま中間テストを受けた。
二日間に渡って行われた試験で私は、学年二位の成績を修めた。
ちなみに天道くんは、二三一位だった。私の個別指導が良かったのか悪かったのか、微妙な結果だ。
そんなテスト結果の他にもう一つ、私は、奏からもたらされた驚くべき…いや、どうでもいいニュースを、千沙と一緒に口をあんぐりと開けて聞いていた。それは、
「あいつに新しい彼女ができたらしいよ。相手は、C組の北川凪さん」
きっと周りから、間抜けなやり取りをしているように見えただろう。図書室には、中学生一年生から高校三年生まで、男女を問わず大勢の生徒が出入りする。中間テストが近づいているこの時期、本館二階に位置するこの部屋には、普段よりたくさんの人が訪れていた。
もちろん、その中には天道くんのことを知っている子もいて、貸出カウンターに一緒に座って甲斐甲斐しく面倒を見ている子は誰なんだ、新しい彼女がだろうか、などと様々な憶測が流れたらしい。
その日も私は、バーコードリーダーを握りしめつつ、隣に座って唸り続けている彼のことをため息をつきながら見守っていた。
「ちょっと待って。どうして平安時代に鎌倉幕府が倒されるの?…ちゃんと資料を整理してないからだよ。ごちゃごちゃに憶えたら、日本史、全滅しちゃうよ」
そう言いながら放っておくことができず、あたふたしている彼の前に乗り出して、机の上に散乱している歴史資料を年代順に並べていく。自分が何のためにここに座っているのか忘れ、カウンターの前で立ち尽くしている女子生徒をぽかんと口を開けて見上げていた。
「あの、お取込み中、申し訳ないけど…本の貸出できます?」
「…あぁ、はい。ごめんなさい」
「よかった。じゃあ、これ、お願いします」
そう言って差し出された文庫本を、私は全く見てなかった。代わりに、カウンターの向こうで佇んでいるその人に吸い込まれるように見入っていた。
二年生か三年生、いや女子大生が制服を着て忍び込んだ…そう思ってしまうくらい優雅で大人びて、小春日和みたいな奥深い笑みを小さな口に湛えている。窓から忍び込んだ風に、首筋に掛かった髪が揺らいでいる。制服越しでも豊かな体型の子だと一目で分かる。自分が持ち合わせてないなものをすべて備えていると知って、負けた、と思ってしまった。
それから、彼女から受け取った文庫本をバーコードリーダーに読ませて、プリンターが印刷した貸出レシートを本に挟んで…一連の流れを一つも憶えてない。ただ、私から文庫本を受け取った彼女が、ありがとう、と言った後、隣で、鎌倉幕府が滅亡した平安時代で右往左往している天道くんに一言、
「がんばって…」
と掛けた声だけ耳にした。そして、それに答えることなく歴史の資料と格闘している彼を愛おしそうに見つめている姿に、何処からともなく降ってきた勘を働かせていた。
この人は天道くんに飛び込んでくる。きっと…。
どうしてそんな考えに思い至ったのか分からないまま中間テストを受けた。
二日間に渡って行われた試験で私は、学年二位の成績を修めた。
ちなみに天道くんは、二三一位だった。私の個別指導が良かったのか悪かったのか、微妙な結果だ。
そんなテスト結果の他にもう一つ、私は、奏からもたらされた驚くべき…いや、どうでもいいニュースを、千沙と一緒に口をあんぐりと開けて聞いていた。それは、
「あいつに新しい彼女ができたらしいよ。相手は、C組の北川凪さん」