夏は境界。ギャラリストが移転を決めた旅。~和光時計の街編

ヒルズビレッジにある
オフィスタワーの
上層階VIPラウンジは、
思った通りに、
ハイクオリティで、
オーセンティックなインテリア
空間だ。

ここは、オフィススペースの
幹部や社長同士が異業種交流
にも使っているとかで、

クリスタルガラスで
ゾーニングした、
ミーティングテーブルも
ある。

もしかすると、
この天井のって!
いかにもな
某クリスタルガラスの
シャンデリアじゃん!

シオンは、ポカンと
口を開けたままで、
照明を眺めてる。

まだ時間も早めなせいか、
『武々1B』ギャラリーのメンバー
貸し切り状態。

セットアップも
大方終わり
ハジメに連れられ
ギャラリーメンバーは
ラウンジにいる。

「そーですね↑↑。ちょーど、
オフィスビューにある
ルーフトップガーデン
ですけど。
『名うて』?のガーデナー作庭
とかでですね、
ナショナルVIPをゲストに、
『お茶会』も
オープンされてますね↑↑。」

いち早く、ヒルズビレッジに
入り情報収集していた
ケイトウとダレンが、
ハジメとヨミに レポート中だ。


「 意外、『見合い』活用も多く
レジデンス住人
オフィスの企業関係、
テナント名店の御曹司、
老舗の若旦那衆も
頻繁に
庭園施設は 活用されています」

ダレンの言葉に オーナーである
ハジメは、顎に片手を
当てながら 頷いた。

「ハジメオーナー。今回は、
オフィスを置くファシリティに
かなり特化したアート展開を
考えておられると 言うことで、
宜しいでしょうか?」

ヨミは、並んだ惑星のような
眼鏡のツルを
いつもの様に押し上げてる。

そんなヨミに ハジメは、

「ヨミくんのさぁ、
鼈甲のフレーム?その上のぉ
ツーブリッジに まるで~
星みたいに添えてるのん、
淡水パールぅ~?」

横槍を入れて楽しんでいる。

「ハジメオーナーっ!
ヨミ先輩のツーブリッジグラス
は勝負眼鏡ですからっー!」

シオンが、ふざけるハジメを
あわてて 小突くと

ええ~、ヨミくん
玉の輿ねらい~と叫ぶ
ハジメ。

全員が、無言白い目線で
咎める。

「オーナー。
オフィスの新展開に、私も
気合いが入っていると
言ってもらいたのですが!!」

ごめん~ごめん~。
ハジメの ヒラヒラと謝る声が、
ラウンジに響く。

「このオフィスはねぇ、他の
オフィスと違ってぇ このさ、
セレブリティなヒルズコンセプト
に押し上げられて~、生活圏も
含め、限りなくぅ
エコノミックゾーンに近い
アートビジネスを 展開するよう
なるんだよねん。OK~?」

早い時間の為
ラウンジにサーブされているのは
アフタヌーンスイーツ。

ハジメ達のテーブルには
ブランドのテーブルウエアに

コーヒーや、ティー、
プティガトーが
並んでる。

「『ステイルーム』の流れでー
リモートコミュニケーションが
主になるなら、インテリアアート
も多くなりますしーって
事ですか?ハジメオーナー?」

シオンは、
まるでハイジュエリーのような
プティガトーを

白い指から紡ぐカトラリーに
ぶっ指して、
クルクル 揺らす。

「シオンくん、君ねぇ。ま、
いっ けど、、、
今回の自粛スタイル~、
全然さぁ、ほんと想定外だよぉ。
で、
転居したのはぁ、顧客が30代
ラインのぉ 若返り
エグゼクティブになるって
兆候からなんだよねん。 」

うん、
コーヒーも良いやつだよん。と、
ハジメは ご機嫌で
カップを傾けた。

「オゥレディ↑↑!
インテリア&コレクション
アートへのシフトですね↑↑」

シオンの口に、
ケイトウが スイーツを あーん
させながら、ハジメに
続ける。


ケイトゥくんはぁ、シオンくんを
好き過ぎだよねん~と、

ハジメは、苦笑して
ソーサーにカップを
下ろした。

「もとの画廊街での顧客はねぇ、
これからはぁ、相続転売の傾向
になるよねん~。うちは新参
だしぃ、業界の潮目が変わる
タイミングでの引っ越しだよん」

ヨミが、
ダレンに この後の予定、

打ち上げを兼ねて、
1つ下のフロア
レストランで
ディナー予約をしてるからと
聞いている。

「想定外の流れで、ハジメ
オーナーが思ってたー、
交流的アートセンターって
方向を 調整していくって
今後は なるんですかねっー?」

そんな事を
シオンが 事もなげに
言葉にして、
ケイトウは、意外そうに
眉毛を上げた。

それに気がついた
ハジメが、
自分の思考を、提示する。


「昔ならさぁ、宗教とか?
聖地をメインにね、経済や人の
流れをつくられたよ。
でもぉ、
今は それに変わる
何かとしてねぇ、公共的な
国の戦略で~ヨーロッパなんか
は、
アート・センターをつくって
結果を出してる。有効だよねぇ
従来なら、この国でもねぇ
インバウンドゲストは
歴史や芸術、景観を見て、
街に出て行く動線で計画
できたんだよ。
それがさぁ、そのベクトルを
今回はぁ、調整する事に
なるねってシオンくんは
さぁ、言いたいんだよね?」

ヨミと話がてら
聞こえていただろう、
ダレンが

「シオン姫は、よくオーナーの
未来的思考まで、推し量れる
ね?意外なシオン姫の一面だ」

ケイトウからのあーん攻撃を
終えた、シオンに
驚いたなと、
感嘆した。

いやいやっー、
ギャラリスト探偵なんて
変わりモノの思考を
アタシが 読めるかいっー。

「まあねぇ、
知りあって長いから~、
シオンくんも、ヨミくんもね」

シオンの変わりに、
ハジメが返事を 引き受ける。

シオンは、やや不服顔。

「シオーンと、オーナーは、
いつから『腐れ縁』ですか↑↑」

自分は、
今日2杯目の コーヒーを
手に持って、
ケイトウが
前のめりに ハジメに聞く。

シオンは、
青みがかった琥珀色の
ダージリンティーに
あえて、
ミルクを落として

ケイトウの言葉に、ふと
時間を遡って
しまった。

ハジメとの
始まりの時間軸。

それは、
決してキラキラとした
このラグジュアリーな空間に

全く縁の無い
人生の頁。

「あれからー、
何年たちました、、ですか?」

シオンの
小さな
その小さな
呟きが、
琥珀色の湯気に
くゆりと
シャンデリアに

昇る。




『それでは、授業を始めましょう
か。シオンさん、アザミさん、
教科書の13ページ、開いて。』

そういって
目の前の 女性教師は
授業を始める。

教師の名前は、
知らない。

年齢も。

担任ではない。

只、全ての教科を、
この教師から 教わるから、
恐ろしく優秀なのだろう。

現に、
私の隣に座る彼女は、
私より学年は下だ。



あれは、
もう10年以上前になる、
本来なら高校生として 迎えた
季節。

シオンは、
関西の中心地にある
駅ビルの1つで、
『高校』の授業を受けていた。

生徒は 隣の彼女、アザミと
自分、シオンだけ。

ここは、
『陰の学校』だ。

シオンも、こうなるまで、
知る事がなかったが、
西には
企業家倒産の時における
いくつかの共済保険が独自的に

闇に
存在する。

その1つに、
倒産による
夜逃げ企業家家族の
教育機関が あるのだ。

必ず開校されるわけではなく、
好景気時なら0人生徒。

不況になれば、
中学生で1くくり、
高校生で1くくり
それぞれ
隣の教室で、
全教科を 開校される。

シオンの時は
世界的経済不況の煽りで、
中学教室に 3人。
そして
この高校教室に シオンとアザミの
2人で 開校された。

多い方、らしい。

大抵、この生徒は子女。

子息達は、基本帝王学までないが
それまでに
経営学など学んでいて、
稼業の事業情報という
アベレージがある。

その為、
役立ち所が多いのだろう。

倒産の憂き目でも、
親族、知り合いに
引き取られて
学業を継続する事が
多い。

けれど、
子女は、よっぽどなければ
そのような 旨みがないのか
親戚などからの 待遇はなく、

共済に組する
企業家の協賛金や、
寄付で
闇に運営される
ここへ来る
という事実がある。

高校生の年齢である
シオンは、この『陰の学校』で、
卒業資格を習得する
しかない。

ここで、時間を稼ぎながら、
程なく 事業を建て直したり、
嫁入り先が決まったり
すれば、
年度途中でも
子女達は 姿を消す。

大企業ではなく、
中堅会社の令嬢達では

それがなければ、
とにかくここで卒業資格を
もらい、
自分で進学するか、
就職をするしかない。

そんな中
シオンと、アザミは
今日も、隣同士で、ほぼ
マンツーマンで
名も知らない 女性教師の授業を
受けていた。

そんな時だと思う。

駅ビルの 廊下側の窓から、
顔を出して 急に覗いた
タレ目の青年が、

武久一こと、ハジメだった。

彼は、
母親の名代として
この日 『陰の学校』に

訪れていた。

と、後で シオンは聞いた。


『陰の学校』には、
チャイムは鳴らない。




「・・・」

今日、
あんな遠い時間を
思い出すなんてねっ 、、
そう、
頭に浮かんだ光景を
シオンは
もとに 記憶の引き出しに 沈める。

表情には、明るさだけを
乗せて、

「アタシとハジメオーナー?
そんなに珍しくない話でっ、
アタシが高校の時に、
ハジメオーナーが、学校の見学に
来た時から?ですよね?」

シオンは、
溺れかけた記憶から
一旦浮上し、
まず、ケイトウに笑って見せて、

ハジメに目線を移した。


「う~ん。ほんと、どれぐらいに
なるのかなあ~。僕も 大学
インターン前かなぁ。てぇ、
ことはぁ10年は 立ってるの
かぁ。早いよねぇ~。うん。」

ほんとに、腐れ縁かなぁ~と
ハジメが ケラケラと
笑うのを、

「ならっ、ヨミ先輩とハジメ
オーナーなんて、中学からの
付き合いですよねぇ、もう
幼馴染っていうぐらいっ、
『腐れ縁』じゃないですか?」

やや、食い気味に
シオンが
ヨミを横槍に出して
ハジメを追いたてる。

途端に、
ケイトウとダレンが、
ヨミに視線をやって、

「え、そんなに、、、」
「ウワゥ、」

唸った。
成功だ。

こうして、満足感したシオンの
側から、

ヨミに

「余計な事は言わなくて宜しい!
後輩ちゃん!!
年がばれるでしょ!はい、この
話は終わり!この後、下で
ディナーの予定よ。いい?」

パンと軽いリズムで
顔の前、手を叩かれる。
それは、
次の合図。

ラウンジにも、
どこかの オフィスからか、
仕立てのいいスーツ姿の
男性陣が 品良い声を立てて
現れた。

「イェース↑↑!ディナー&
ステイね!オーナーサンキュー
です!今日は、シオーンとヨミ
3人で、パジャマパーティー、
サイコーですね↑↑!!」

ケイトウの声が、
そんな新手の客陣の
声を消した。

すでに、
アフタヌーンティーは
片付けられて、
ラウンジは 黄昏時を迎えている。


きっとねっ、
最上階展望フロアの眺めは、
極上のサンセットビュー
だろうなー。

シオンは、窓の外を見て、

「ヨミ先輩、アタシ、予定通り
この後ちょっと人に 会うんで
ディナーは、ホテルの夜食に
してもらっていいですか?」

ヨミに 少し
申し訳無さげに
伝えた。

「ああ、そうだったわね。了解。
って、後輩ちゃん、ちゃっかり
部屋に夜食オーダーするのね?
さすが、食べ物だけは、
譲らないっていうか。」

てへへ。ですねっ。
呆れ顔のヨミ先輩は、それでも
OKサインをくれるんですっ。


「ノー!!シオーン!
ディナーは?
下のラグジュアリーフレンチ!
一緒しないのですか!」

ケイトウが、シオンの肩を
掴んで揺らすから、
シオンはカクカクと

「ごめんねーっ。同級生が ここに
いるんだよー。久しぶりに
会えるから、どうしてもねー。
ほら 今日は、部屋一緒に泊まる
から、ケイトウ。sorryー。」

頭、
揺らされながら、
言い訳をしておく。

電話をかけていたヨミが、
シオンに OKマークを
指で作った。

どっちにせよ、
今日は、
ディナーの後も 下のホテルに
ギャラリーで
男女別れて
ホテルのラグジュアリーな
お部屋を、
ハジメオーナー様が
取ってくれている
わけですっ。


女性陣は、
3人の女子会で、

男性達は、バーかラウンジで
飲み会になる。
ーーーはず。


「ディナーはぁ、残念だけど~、
シオンくんは 時間大丈夫?
待ち合わせ。間に合うかなぁ?」

今さらながら、
ハジメが 時間を気にして
腕にした時計を
確認して、シオンに
声をかけてくれる。

「あ、オーナー、大丈夫ですっ。
この下のホテルで働いてるんで
直接、顔 見に行けば。
あの、アザミちゃん、ここで
今働いてて。覚えてますよね?」

ラウンジから、
エレベーターホールに
全員移動しながら、
シオンは、
下のフロアを
指さした。

何機もある
エレベーターは、
音もなく すぐにフロアへ来て
その 重厚な扉を開く。

「あれぇ?!今から会うのぉ、
アザミちゃんなんだぁ。
なんだ、なら誘ったらいいよぉ。
僕だってぇ
アザミちゃん 会いたよん~。」

ハジメは、タレた目を
さらにハの字にして、

ヨミから
カードキーを貰う。

今日の宿、ルームキーだ。

「覚えてましたか!なーんだ。
なら、アザミちゃんと相談して
もしかしたら合流してっ、
いいですか?図々しいですけど」

ヨミは、手際よく
ダレンやケイトウにも
カードキーを
配り終えて、
最後、ちゃんと
シオンにも渡しながら

「後輩ちゃんの図々しいのは、
今に始まったわけじゃない
でしょ?オーナーが了承なら
連れていらっしゃい。
私も、会ってみたいし。」

シオンの頭を
軽ーく、小突く。

イタイですって、ヨミ先輩っ。


高速エレベーターは、
スタイリッシュに
7の番号を
電灯させて、

扉を開ける。

「ありがとうございますっ!
じゃあ、先輩ー。可愛い 後輩の
荷物だけ、部屋に持っていって
くれませんかー。すいません」

シオンは、
顔の前で 両手を合わせて
ヨミに、
おねだりする。

1度 新オフィスに置いている
荷物を取って、
改めて オフィスクローズに
戻った、ハジメ達。

思い思いに、
鞄や、トランクを
手にしている。



「いやですわ!シオーン。
ワタクシがトランク、
ピックアップしますわ。
かわり、アピアランス
楽しみ、してるね↑↑」

ケイトウが、シオンの鞄を
引ったくって
バンバンと バグしていく。

「ありがとうっ。じゃ、
アタシ、下に行きますねっ。」

シオンも、
バンバンバグをケイトウに
して エレベーターボタンを
下に押す。

それに
ダレンが、?な顔をして

ハジメ達は、
再び エレベーターを
上にボタンを押す。

「1つ下のサロンホールに、
彼女いてるみたいなんで。」

一足先に
シオンが呼んだ エレベーターが
来ている。

あわただしく、
降りてきた
エレベーターに 飛びのりつつ、
シオンが 上に昇る
ハジメ達に 叫ぶと、

そのまま、

ハジメ達の目の前で、
その重厚な扉は 閉まり、

『チン♪』と、

合図をして

シオンを乗せた扉は、

下降ランプを灯した。




シオンは、
ハジメ達と 別れた扉がしまると、
さっきのエレベーターで
ヨミから渡された、
ブランドホテルのロゴが
デザインされた
カードキーを 一瞥して、
自分のポケットへ
入れる。

エレベーターのボタンを
見れば、
きっと ホテルフロアの
エレベーターキーも
兼ねているのだろうと 理解する。

もう随分前に 毎日使っていた
あの 『陰の学校』のカードキー。

真っ白で、何の表情も表示もない
カードキー。

駅ビルの迷宮に潜む、
『陰の学校』への道しるべ。

それは、
隣の同級生、アザミの潜伏家にも
出入りする為には 必要な
カードキーでもあった。

過去の記憶を辿る。

駅ビルを地下から入り、
左へと曲がる。

それをまた繰り返し
幾つかめの ビルテナントの
飲み屋街路地を左に折れた先に

その 間口の小さな
エレベーターは
あった。

このエレベーターで、
駅ビルのオフィスフロアに
上がれる。

戦後、西で最大の闇市があった
場所に、高度経済成長と共に
発展した 駅都市開発は、
この地域に、幾つも
高層駅ビルを建設させる。

昭和に建てられ、
それ以後どんどん 建て増し、
ビル同士の 階を渡して連絡通路、
地下街で 入り口を繋ぐ。

後から、継ぎ足し工事をして
膨らんだ駅ビル群は、
今となれば
その全容を知るものが
居るのか わからない
都市迷宮となっている。

そこに働くモノでも、
とりわけ 若い世代なら 特に
駅ビルの 上は 一生その迷宮を
知ることは無いだろう。

シオン達が
『陰の学校』を卒業してから、
耐震工事をするため、
建て直しをした 関係で、
大分、迷宮化は整備されたが、
それでも
利便性、デザイン仕様の
新しい近代ビルが
他に建設されると
人々の興味を惹くわけでもなく

時代の斜陽を見せるだけの
仕込み箱として、
話題にもならない。

そんな、迷宮を、
教えられた通りに シオンは
後ろから
尾けられる気配を感じつつ
なるべく、マクように
歩く。
と、いっても それは本当に
些細な抵抗だ。

1つ目のエレベーターを上がって
オフィスフロアに来る。

そのフロアから、
連絡通路を歩いて、隣の駅ビル。

そのフロアも、事務所ばかりが
入っているけど、シオンは
詳しくは わからない。

その一番奥。
非常階段のドアを、
例のカードキーで、

『ピッ。カチャン』
開ける。


「今日も、、」
「・・まあ、学校だろう。」

戸を開ける、

シオンの後ろから
男の声が
これ見よがしと耳に入る。

振り返り見る。
相手は、
隠れるでもない
スーツの男性
2人。

顔を 覚えても
意味はない。

シオンは
非常灯に浮き出す 扉を入って
キチンと締める。
見回せば
踊場に 2つめの、エレベーター。

年季の入った 駅ビル達の、
少しレトロな雰囲気がある
これまでのエレベーターとは
格段違う
真新しい。
エレベーターが、
場違いな非常階段の踊場に
出現するのだ。

これが、
サンクチュアリー聖域の入口。


シオンは
この毎日みる 非現実的行動と
最新鋭エレベーターの光景に、
最初こそ とまどったが、
今となれば この踊場が

安心して 息を吸える
場所になっている。

そんな
神聖な空気さえ 纏う、
エレベーターに
カードキーでタッチする。
このエレベーターには
外側にボタンは無い。

ややして、
エレベーターは静かに、
その扉を 常連である
シオンに開くのだ 。

『シオンさん、
このエレベーターは
このカードキーが無ければ呼ぶ
事も、動かす事も出来ません。
決して無くす、捕られるは
しませんように気を付けて。』

『陰の学校』入校の時に、理事と
呼ばれる男性に、諭された。

今日もシオンは、
エレベーターの中に並ぶ
ボタンの1つを押して、
カードキーで 認識ボタンを
タッチする。

そうすれば、

『シオンちゃん。お早よ!』

隣人 アザミが
教室の扉から顔を出した
シオンに 挨拶してくれる。

奥からは、中学組の子女達が
いかにも キャイキャイと
挨拶する声が 聞こえて、
それさえ 今のシオンには
微笑ましく 安堵する。

ちなみに、中学組の登校ルートは
入口も全く違うらしい。

「アザミちゃんっお早う。
あー、今日も目の下にクマ!
またー寝てないんじゃないっ?」

正統派美少女のアザミちゃん
なのに、目の下にクマ、、

さらりと
ショートヘアを揺らして
自然に目の下を、クックッと
指でマッサージをして
アザミは 笑う。

そう、
同じ女子でも見惚れる
『西山王の華』と、言われた
1つ年下の美少女、
西山莇美、、せいざんあざみ。

彼女の事は、
ここに来る前から
知っていた。

小中高一貫の女子学園の後輩。
美少女なのに、ショートヘア
なのが 学園で、人気で。

ジュニアボールルーム
ダンスの大会に出ていた。
彼女自身も有名だったから。

『シオンちゃんさ、今日は
大丈夫だった?
怖い事されてないの?』

オリエンタルな長い睫毛を
クッと広げて、毎日アザミは
シオンの安否を確認する。

シオンはチラリと
目の前の 美少女を
観察して、

「もうー。大丈夫だってっ。
なんなら 今日は、アザミちゃん
とこ行って、手伝っちゃうよ。
だから ご飯食べさせて
もらっても 良いっー?」

そうシオンが 鞄から教材を
出して、電話から母親にメールを
すると、アザミは

「シオンちゃんだって、いっぱい
バイトのシフトあるにさ。
手伝ってもらうの、悪いよ。」

シオンに謝る。

「いーのっ。それに、その方が
息詰まんないからっ。
アザミちゃんとこ、ホント安全
だし、居させてもらえるの、
正直言うとねっ、助かるよー。」

『カラカラカラ』

教室の引戸が空いて、

『はい!お早う。授業
始めましょうか。シオンさん、
アザミさん、1限目、世界史ね。
教科書の13ページ、開いて』

シオンは、
机に出した教科書の1つの
13頁を開いた。

世界史の授業を 始めた
女性教師の 講義を受けながら

何もかも『夜逃げ』て置いて
きた、自分の部屋を
思い浮かべる。

もう、
金目のモノなら なくなっている
だろう家財と一緒に、
あの 自室の部屋に
存在した 金庫も
無くなっているだろう。

あの中にあったものには、
もう 2度と会うことは
無い。

それでも、シオンの記憶には
鮮明に そのモノ達は
刻まれていて、
いつか そのモノ達の 謎を
紐解きたいと 思う。

今、籠の中のシオンに
やれることは、少ないけど、
何か自分の存在を
確かめながら 過ごさないと
生きて行けないような

不確定な毎日だった。


『世界史における、この時期の
日本の情勢というのは、、』


女性教師は、まるで難関大学
予備校の 有名講師のように、
全ての教科を、効率良く

興味深く講義していく。

質問にも 丁寧明確で、
引き込まれる。

世界史は 大戦時代。
世界恐慌であったり、国の
パワーバランスの変革が 顕著な
時代を 耳にしていて、

ふと 意識の交差点が
世界史を越えて、

かつての
『金庫の中身』に
シオンの意識の界隈が
戻ってしまった。


その古い大きな金庫は、
シオンの家に いつから
あったのだろうか?

シオンの部屋は 離れにあって、
女子学園の友達が
帰りに 寄る
溜まり場になっていた。

というのも、シオンの部屋は
美術部員っぽく
アトリエ化して、アンティーク
雑貨が混在した部屋は、
女の子の部屋にしては
渋く、それが
『いい感じ』らしい。

その中にあって、
存在感を放っているのが、
祖父の古い金庫だった。

祖父が亡くなり、
シオンが鍵を見つけたそれを、
珍しく集まった、女友達の前で、
シオンは 『解放式』をした。

入っていたモノは
金庫の大きさにも 似つかわしく
ない、3つのモノ。

玉璽のような風合いの印鑑。

菊紋が入った陶器の貨幣を入れた
陶器の銘々皿。

元は窓に嵌めていたであろう、
ステンドガラス、しかも一部分。
だった。
シオンを含め 女子達が、

『何?!これっ?! これだけ?!』と叫んだ。

宝石とか、真珠の指輪とか、
アクセサリー
あわよくば、お金が
あるかもしれないと
期待していた所の、謎のモノ。

シオンが見つけた、モノ。は
お祖父様が大事に
したものだったのは
分かるが、それ以降の状況を
助けるものには
ならなかった。


『カタン、、カタン』

女性教師が、
教卓の椅子に座る。
プリントで、講義した内容を
すぐにテストする。

意識は、
目の前のプリントに向くけど、
シオンは、
明日の授業終わり、
バイトに行く途中で
図書館によることを
決める。

また、後を尾けられながら
だろうけど
嫌がらせを 気にはしない。

自分を位置付けする
作業に没頭しないと。
そう、
勉強している間は
自分を
生きていられるから。

シオンは、
引き出した、シャーペンの
『星』の型のノックを
親 指先を押しあてて
自分の
白い指に『星』形を
グッと
つけてみる。

隣でプリントをする
『華』アザミ。
彼女は、友人や同級生というより
同士だろう。
成金のお嬢様といわれるが
オーラが違うから

彼女も 父親の倒産の憂き目から
護られる 『華』だ。

幼いころから
教育された品格と
姿の存在感と
名家でないとの 謙虚さ。

こんな時代でも、
封建な考えが まだある
世界はあって、

こんなお家状況なら 子女は
買われることもある。

現代の、裏面に凹みを
作っている世界を
シオンもアザミも
肌に感じながら

『学校』で小テストを終えて、
女性教師は確認すると

『カチャカチャ』

と、教卓脇のデスクトップに
打ち込む。
メールが届いた電子音もする。

宿題は出されない。
この授業だけで、
全てを 教え切り、
理解する。

今日があるからと
明日があるとは
限らない。

「シオンさん。お昼休憩の時に、
時間を貰っても
よろしいですか?
この間、寄付をしてくださる
方が 見学に こられました件で」

放課後もない学校だから、
呼び出しは 昼休憩中。

最近は、隣の中学組と
シオンとアザミは
一緒に ランチをしている。

シオンは「わかりましたー。」と
頷いて
アザミを見れば
彼女も、頷く。

『短大に自分で行きたいかい?』

寄付金元の名代と言った
タレた目の青年は、あの時
口を弓なりにして
シオンに聞いた。

きっと、その件だ。

かつては
東京湾の入江であった池は、
琵琶湖に見立て、
竹生島になぞり
中島に弁天堂が造られた。

夏は眺めが美しく、
絵や小説にもなり
蓮の名所あったことで、
袂の茶屋では
蓮飯を 出していたという。

そんな
池の付近にある 霊園。

7月盆で、いつもより霊園には
人の姿が多い。

その人々の姿の中に、
レンと カスガの姿があった。

「カスガ、ここだ。
お前の名刺も 入れておくと
いい。一応、ハンカチ使え。
名刺受け 触らないようにな。」

レンは、大きな 墓石に 手を合わせ
自分は、持参した
白手袋を はめた手で
さっき、何枚か 先刷りした名刺を
墓石の横にある
名刺受けに 入れた。

「先輩っ!これなんすか?
名刺入れるとこが、お墓に
あるって、妖怪ポストっすね」

カスガは、レンに言われた通り
ハンカチに、名刺を挟んで、
器用に 妖怪ポストならぬ、
名刺受けに、
社から渡される
名刺を ポトンと入れた。

「まあな、最近は置くのも、
少ない。俺は西の生まれだが、
あっちでは置いているのは、
一部だな。
企業墓ぐらいだろう。いくぞ」

レンは、手帳を出して
次の企業墓への道を 確認している。

「墓参りって、営業になるんす
ねっ。名刺なんて、そのまま、
置いとかれそうなんすけど。」

てか、すげー広いんすねっ!
とか しかし暑いっすとか
文句を言うカスガに
目もくれず、レンは 隣の区画に
足早く移動をしていく。

「ここは、企業墓だけじゃない。
芸能人や、歴史人の墓もある。
大学のゼミで 研究している
教授や生徒が 名刺を
入れたりすると、故人の家から
礼状が届けられたりもするらし
い。企業墓も、キチンと管理
されている。意外にな。」

だから、出入りしている
企業の墓には、足を向ける事に
していると 、レンはいいながら
次の 墓石の前で
足を止めた。

「なんで、今どきデジタルで済む
のに、名刺なんかって思うっす
けど、確かに ここはデジタル
って訳に、いかないっすね。」

どこからか、線香の炊く匂いが
流れてくる。

法事なのか、
いや、僧侶の読経が聞こえる。

見れば、喪服の親族が
並ぶのが見えた。

全く知り合いでもない
骨入れの儀を、遠くに見ると、
レンの意識が
古い記憶を引き出してくる。

レンは、目の前の企業墓に
合掌をして。

「そうだな。この時制、手渡しの
名刺は風雪の灯火かもな。
それでも、俺は この紙で 今の
仕事をしているんだ、カスガ」


俺は、
あの 祖父の葬儀で、
手渡された 1枚の名刺と、
祖父の墓に 手向けられた 名刺を
頼りに、
自分の人生を賭けたんだ。

「まあ、営業にとっちゃあ、名刺
配ってなんぼっすよね。先輩
とこは 7月盆っすか?オレん
とこは、8月なんすけど、」

カスガも、レンに並んで
合掌をするやいなや、
向こうにみえる 僧侶を見て
話を続ける。

「俺のとこも、8月だ。あそこの
読経は、盆じゃなく、骨入れだ」

へぇー、先輩よくわかるっすね、
と カスガがした相づちは、

ー祖父の葬儀に 名刺をくれた
記憶の男の声に 遠くになるー

『おまえさん、惣兵衛さんとこに
来てた坊主だろ。爺さんが
懐かしくなったら、来たらいい。
ケーキ食って、昔話してやる。』

ー雨の中で、
行列になる 弔問客の1人の
顔を仰ぎみると、
たまに 母親と手伝に行く、
祖父の食堂で見た男だった。ー


「俺の母親が、墓世話にうるさく
てな、よく仕込まれたんだよ。」

再び、レンは
白手袋をはめた手で名刺を
入れる。
そんなレンを見て、慌てて、
カスガも ハンカチに名刺を
取った。

「じゃあ、先輩んとこにも、
『名刺受け』ってあるんすか?」

「ああ、母方の墓にな。祖父が
亡くなった時に、母親が
わざわざ用意したよ。西はな、
あまり 『名刺受け』は個人で、
置かないからな。ここらへんは
個人でも、よく見かけるよ。」


ーあれは、
祖父が亡くなって 程ない
月命日に、母親と
墓世話に 行った時だったー

「確かに、名刺受け置いてるっす
ね。でも、中に 名刺って入って
るんすかね。あ、あれとか!」

カスガは、
よっと 軽く勢いをつけて、
向かいの墓に 見に行く。


ー 『母さん、いくつか名刺ある』
そう、母親に声をかけて
名刺受けから、出した手袋の
手に、例の葬儀で貰った
名刺が また乗っていたんだー

「カスガ!墓は、むやみに
石の穴には 触るなよ!やめとけ」

レンの声に、カスガがビクッと
肩を揺らした。

「先輩、怖い事言わないで
くださいよっ。驚くっすよ!」

レンは カスガを
残念な眼差しで 射ると、

「カスガは、
墓参り、あまりしないのか。」

手袋を外して
カスガに問いかける。

「いやー。あんまりっすね。
自分ちの墓っても、嫁さんと盆
に、親に連れられて 子どもらと
行くぐらいっすよ。はは。」

そう、自分よりも若い
この後輩は、意外に学生結婚を
して、すでに子どもも
何人かいる。

「穴に寝ているモノを起こすのは
よくないと、母親の教えだよ。
人生を変えられるって戒めな」

レンの言葉に、
カスガは一瞬 顔を強張らせて
名刺受けに使った、ハンカチを
すぐにはたいた。

「だから、先輩 白手袋なんすね。
なら、早く言ってくださいよっ
オレ何かあったら、
嫁と子ども が泣きますって。」


ーあの名刺を頼りに、かの男を
訪ねた、高校の俺は 祖父が
可愛いがった 孫娘の窮地を、
助けて欲しいと 懇願した。ー

「迷信だろ。でも、それぐらい
人が眠る場所には、いろんな
力があるって事だ。むやみに、
荒らすなよ。これからもな。」

さっきまで聞こえていた
読経が もう止んでいるが、
焼香の匂いが、今度は漂う。


『あの時の坊主か。
惣兵衛さんに似とるなあ。、、
お前さん、長男だっけか?
うちんとこで 、金返せるか?
お前んとこの稼業捨ててだ。
働いて 恩を返すの、どうよ。』

あれから、男も亡くなり
グループ会社で 今も こうして
部下を連れて
歩いてるなんてな。

「わっかりましたっ。って、
先輩も、企業墓に名刺置くって
教育は会社で受けたんすか?」

レンが、腕の時計で時間を
確認する。
そろそろ次のアポだ。

「カスガ。こんなの、営業研修
なんかしないぞ。俺の経験
からだ。俺の独自の方法だよ。」

えー。そーなんすか?!
営業プロっぽいって思ったん
すけどーと、カスガが
口を尖らせる。

「じゃあ先輩は、いつから
こうしてるんすか?」

霊園の駐車場に、足を向けるて
レンは

「大学から、このグループの
企業墓に足を運んでたよ。
昔から、世話になってた
からな。お陰で、面接官に、
資料で、それを聞かれたよ。」

苦笑して、カスガに答えた。

「でも、あのセレブヒルズの
病院の後に こんなお墓って、
ギャップがキツいっすよ。」

「また、この後 回る院がある。
ここからも近いからな。それ
が終われば、今日は解散だ。」

霊園の周りには、大学病院が
多い。

「でも、さっきのセレブ病院の
ドクターに、夜誘れてたっす
よね。オレも行きますよっ。」

止めていた車に乗り込んで
カスガが意気揚々と、
レンに宣言するが、

「カスガ。お前は、帰れよ。
ドクターには、個人的に誘われた
んだからな。大学の研究室時代
からの 顔繋ぎだ。悪いな。」

レンは ツレなく却下して、
カスガに さっさと、車を出せと
ハンドルを握らせた。

江戸時代には
この池で蓮レンコンは
将軍献上品。

蓮は 仏の慈悲のシンボル
でもある。

よって 蓮飯は、
仏教における 盂蘭盆の供物。

茶屋は、団子やおこわを
蓮の葉で包んで
紅白に咲く 美しい蓮を見に来る
モノに出していた。


「ヨミ女史、どうかしました?」

いつの間にか 隣に来ていた
ダレンに声を掛けられ
ヨミは 手放した意識を
戻した。

「 あらやだ。ちょっとね。ほら、
後輩ちゃんも この景色見れば
良かったのにって思ってね。」

ヨミは、ダレンに
窓の景色を 指す。

「 ええ、シオン姫は この美しい
景色を見逃すなんて、
勿体ない事をしました。そう、
こっちに来る事が無いのだし」

ああ、
オーナーが
呼んでますよ。と、
ダレンが
展望フロアの奥を
見て、
ヨミを そちらに促す。

「 そうね。後から、『お友達』と
合流できれば いいのだけど。」

ヨミは、言葉にして
ダレンと、ハジメ達のいる
場所へ と
歩きながら
周りに展開される
光景を 眺める。


『じゃあ、また後でっ。先輩!』

閉まりゆく
重厚で エグゼクティブな
デザインドアの
向こう側で、

カードキーを振る
後輩の姿を、
眼下に暮れ行く 景色の中に
浮かべる。


まだディナーには早いからと、
最上階にある展望フロアーまで
上って
ハジメ達は
360度、首都圏の高層景色を
窓沿いに 並べられた
スクエアソファーに寛ぎ
堪能していた。

「や~、どうだったぁ?あっち
だとタワーがぁ、見えたかなん」

ハジメは、やけに楽しそうにして
戻って来た ヨミと、ダレンに
ヒラヒラ 手を振った。

「プリーズ、Msヨミ!
ここすわってくださいね!汗」

ケイトウは、、意外に高所が
苦手なのか、顔を青ざめさせて
ヨミを 隣に呼ぶ。

「 オーナー!ケイトウが 怖がって
いるじゃないですか。位置を
変わってあげるべきでしょ!」

展望フロアは
天井から 床までが、
ガラスが無いのか?という程の
クリアウインドウ。

まるで 夕焼けの中
夜景へと、変わりゆく 都会に
ダイブしそうな
錯覚に 落ちる。

「だからさぁ、ケイトゥには~
ガラスを背中に出来る スツール
に座らせているじゃない~。」

ハジメは、悪気がない顔で、
両手を上げるポーズを
ヨミにして、見せた。

いえ、オーナー
きっと背中から
悪寒が這うような 感覚席ですよ
それ。

「それにしても、綺麗に タワーが
見れるフロアーですね。ここは」

ダレンが、感嘆してハジメに
さっきの景色を 報告する。

それは、
このソファーから
少しだけ、場所をかえれば、
シンボルとなる
大小のタワーさえ眺められる
贅沢なロケーションに
ヒルズビレッジがある
証拠。

「 ノー。ワタシも 苦手じゃ
なければ、タワービューしたい
のですね。けど、ムリ!!」

ケイトウの絶叫に、一同
笑うしかない。

世界には、
絶景といわれる 夜景があるが、

どこまでも、視界いっぱいに
広がる この街の夜景は、
別格だという。

「 ええ、とても良くできた
展望フロアですわ。この、
ウインドウにぐるりと、灯る
フットライトの演出が効いて、」

沈む夕陽が フロアに陰を
落としていくと、
窓の足元を照らす オレンジの
ライトが、ボンヤリと床を
幻想的に
浮き上がらせる。

同時に、ヨミは
どちらかといえば、

川向に広がる都会の
真ん中にタワーが立つのが
見える
もう1つのタワーから見る

夕焼け夜景が
1番好きだと思った。

まるで、砂漠に現れた
輝く夢のような パノラマ。

川を越えないと、
それは、とても手に入れる
事なんて出来ない
そんな夜景。

「 ここは 街ごと、夜景を
手に入れた そんな 贅沢な
気分に、、なりますわ、、」


後輩は、
『同級生のアザミ』に会うと
言っていた。

彼女が、後輩と
小中高短一貫の女子学園で、
同窓だというのは
知っていた。

けれど、
このヒルズビレッジ、

いや『東に』来ていたとは
思いもしなかった。


ダレンが、ケイトウを
揶揄しながら、
ハジメに 話す声がする。

なのに、
つい ヨミは 後輩とその
『同級生』に思いを寄せる。

アザミ=莇美。


この国が類をみない
好景気に潤っていた時。

いわゆる『不動産王』と呼ばれる
存在が 数多くにいた時代。

このタワーオフィスがある
『ヒルズ』という形態を
生み出し、
世界の 長者番付1位にもなった
有名な不動産王も、
その頃に台頭した人物だった
と記憶する。

学者ならではの 合理さ、
経営知識を活かしたタイプの
不動産王だ。

今では当たり前になった

地権者、借地権者共同での
先進的な開発で、
ヒルズスタイルを確立した。

所有不動産を担保に
資金で開発した不動産を
担保に、
さらに融資を受け
近隣まとめ開発を続けて、
ビル単一ではなく、
一画ヒルズ化をして
トレンド価値を高め拡大。

それにより
地域の魅力を高めた
ヒルズスタイルは、みごと
時代にマッチング成功し
今にいたる。

「 ハジメオーナー、
こちらのヒルズビレッジは、
所有は、今回、動産グループ
ではなかったのですよね?」

ヨミは、歓談するハジメに
思い立って聞く。

「うん~。そうだよん。ここはぁ
旧財閥所有でぇ 開発してる」

ん?何ぃ~?と、
ハジメが ヨミに 首を傾げて
いるが、ヨミは
それを放って思考の海に
再度 沈む。
顎に、片手を当てて 思いを
巡らすヨミを、ハジメも
追及はしない。



『西山王』と呼ばれた
『西山莇美』の父親は、

転じて、
もう1つの不動産王スタイル。
いかにも、
不動産を扱う キングだった。

資産をキャッシュで
常にジュラルミン満タンに
積めて、歩くのも有名。

西日本の
繁華街を中心に
ビル賃貸業の業績を上げた。

衛星都市の
目抜き通りでの ビル建設は
好景気需要にあって
最盛期の 私生活は
伝説的に派手だったと
聞く。

手腕は、国内のみならず
海外の動産をも
まさに 買い漁りながら。
加えて
赤字申告をすることで、
法人税を支払ったことが
ない
ことでも 有名だった。

報酬の水増し、
設備投資の前倒し、
利益発生の翌年期には
赤字申告をするという、
ある意味
典型的
違法節税方法で 脱税。

『信用できるのは自分だけ、
家族もいらない』という

破天荒な不動産王。

『西山王』の西山は、名前由来
だけでなく、
西日本の 山林売買を
多くしていた為 でもある。

どうも立木権を
海外客に斡旋し結局、
何らかのトラブルがあったと
噂が立った頃
一代で築いた栄華の男は
姿を消した。


「 オーナーは、後輩ちゃんの、、
『 同級生』と、お知り合いだった
のですね、、
存じ上げませんでしたわ、、」

気が付くと、そう
ヨミの口から 考えが 漏れて
出ていたらしい。

ハジメが
ああ、それを考えてたのぉと

「意外かなぁ?でもさぁ、前職で
有名人だったからねぇ~ほら」

お父上がさぁ~と、
ヨミの漏れたセリフに
返した。


彼の妻は、西のどこか
古い家に後妻に入ったのは
その筋では知られていけど、
『西山王の華』と呼ばれた
娘の行方は、パタリと
途絶えている。


「 でも、後輩ちゃんの同級なら、
オーナーは、後輩ちゃん
にも話してたように、大学の
頃に出会ったって事ですよね。」

ヨミは、少し考えて
今度はハッキリと ハジメに
疑問を投げる。

「ヨミくんはぁ、鋭いなぁ~」

後輩と 彼女が
繋がっていたのは 意外だが、
オーナーも
顔見知りとは。

「 ハジメオーナーの存在は
本当に 計れません、わね。」

ヨミは、
よく分からない顔する
麗しのハーフ組み2人を

そのままに、
ため息をついて、
眼下を見やる。

この後、本当に
彼の華に
会えるだろうか。

楽しみで、何か、ざわめく。

フロアビューは、
夕暮れを越えて
宝石が煌めく 夜景へと
変貌していた。

目を開くと、
蒸した暑さが こもる部屋の天井に
カラフルなドレスの裾が
天蓋ベッドのように
つられて
さわさわと、揺れている。

ああ、そうかー 天国じゃなくて
ここ、アザミちゃんの
プレハブ小屋だ。

いつの間にか、
寝てしまったんだ。帰らないと。
アザミちゃんに迷惑かかる。

覚醒したシオンは
仰向けに寝てた
上半身を ゆっくりと 起こした。

『シオンちゃん。起きたのね。』

上品で落ち着いた声が
マリア様の声?って

寝ぼけてる
端からシオンに
投げられて、
見ると
アザミちゃんに良く似た
彼女の母親が、
膝に レースたっぷりの

純白のドレスを乗せて
シオンをのぞいている。

『シオンちゃん、大丈夫よ。
ほんの30分かしら? それ
ぐらいしか 寝てなかったから。』

緩いロングパーマの髪を 簡単に
まとめた 女神な顔は
やっぱり綺麗なのに、
アザミちゃんと
同じように 余り寝てなさそうだ。

『気を使って手伝ってもらって
悪いわ。アザミも、さっき
息抜きに 外 出て行ったから。』

それでも、ちゃんと
夕食の 肉じゃがを
食べさせて貰ったから、
キリいいとこまで
手伝ますよって
シオンは 、

アザミの母親に
さっきまで 手伝っていた
ドレスのレースだけを
手縫いすると
伝えた。

窓の外は暗いはずなのに
街のネオンに照らされ
ガラスも
ドレスもカラフルだ。

『今週中に、8着仕上げなのよ。
これで、なんとか間に合うわ。』

天井から吊り下げられた、
優雅な スタンダードドレス。

ワルツにタンゴ、ベニーズ、
フォックッストロット、
クイック。

長めのドレスを纏う淑女と
燕尾服の紳士が
ホールドしたまま踊る
スタンダード社交ダンス。

貴族の舞踏会のような
ドレスは その衣装達だ。

『昔、私の母がね。女学校を
抜けてダンスホールで踊った
話してくれた ドレスが
忘れられなくて、社交ダンス
始めたのよ。笑うでしょ?』

アザミだけじゃなくて、
アザミの母親も 踊っていたと
聞いて、シオンは

眩しそうに 目を細めた。

信じられない話だが、
フィギュアの衣装なども、
デコレーションといわれる
飾り付けは、全て
手作業。

アザミの母親は、ジュニア大会で
踊るアザミのドレスの
デコレーションを
自らから 趣味でと、やっていた。

『まさか、趣味の延長で、
デコレーションの内職が出来る
なんてね。人生何があるか
わからないわ、シオンちゃん。』

手元で手伝う、
シオンのレース縫いを
指示しながら、アザミの母親は
今の潜伏生活を支える
内職話を 可笑しそうに
シオンに喋る。

『アザミと、2人でやるけど、
どうしても、ギリギリの締め切り
になるでしょ?寝不足よね。』

ドレススタジオから
宅配で届けられる内職は、
デザイン画に指示と、材料が
詰められ、
顔を出さなくて
やり取り出来る分、
仕事の締め切りも シビアだ。

『あら、縫い付け終わったのね。
丁寧に出来てる。じゃあ、
そろそろアザミに、次の作業
してもらうわ。あら、そう?」

シオンは、変わりに
アザミを呼びに出るからと
立ち上がって、
プレハブ小屋の引戸を開けた。

ビルの送電線から電気を
もらいながら
クーラーが付いてると いえど、
駅ビル群の屋上に建てた
プレハブは、
どうしても 昼の暑さを
こもらせる。

ぬるいビル風で、今は
外のほうが 涼しかったし、

改めて 屋上に出ると、
非現実な景色に
どこか 気持ちが スッキリする。



『アザミちゃん!』

屋上の電飾看板裏に 囲まれた
スペースは、
アザミを黒いシルエットに
浮き上がらせて、
彩るネオンを 反射させていた。

シルエットの令嬢は、
プレハブ小屋の前に、
広がるネオン色の 屋上で

夜の街をBGMに、
ソロで、踊っている。

くーーーるーーんんん、、

ゆるやかにカーブを
滑る。あれは、

フォックストロットのターン。

スローモーな流れで
つむじ風そのものになったような
体躯。

ソロで、夜と ダンスする
アザミにシオンは
もう一度声を掛けた。

『気がつかなかったな。』

少し伸びたショートヘアの
シルエットが、
シオンの方へ歩いてくる。

『アザミちゃんっ。縫い付けっ
終わったから、そろそろビル
出るねっ。石付けまでやれたら
良かったんだけど。もう行く』

プレハブの引戸を
開けると、シオンは教材が入る
鞄を掴んで、アザミの母親に
ペコッと頭を下げる。

『肉じゃが、ごちそうさま
でした。美味しかったです。』

ポケットのカードキーを
確かめるシオンに、

『途中までさ、見送るね。』

アザミが フード付きパーカーを
深く被って いつものように、
引戸の鍵を掛けた。

屋上のプレハブ小屋は
電飾看板で、周りの建物から
死角になる。

中心地に立つビル群の屋上は
夜も電飾や、ネオンで
暗くなることはない。
そして、
このビルには屋上への
出入口も ない。

アザミを先に、
シオンも プレハブの裏に
回る。
そこは、屋上の柵があるが、

本来あるはずの ない
扉が外側に 付いている。

屋上の外に扉が付いてるのだ。

その不可思議の答えは
簡単。
隣の駅ビルと1メートル離れて
隣接しているこのビルは、

屋上から 隣に鉄筋の橋が
掛けられいた。

15階にある この橋を
最初シオンは、渡るのに
かなりの勇気がいったが、
今は慣れたものだ。

柵の鍵を開けて、
下からの風に煽られたら
橋を渡る。

到着は 隣の駅ビルの
途中階にある、外階段踊場。
その柵扉を開ける。

ネオンとドレスが
はためく シンデレラ隠れ家は
ここまで。

この外階は、非常使用で、
普段は閉鎖しているが、
カードキーでタッチする。

そこは
『陰の学校』がある
フロアで、『学校』は24時間、
電気がついている。

アザミは、外階段の扉の前まで
いつも送ってくれる。

『今日はさ、ありがとう。
シオンちゃん、気を付けてね。』

アザミに手を振って、
シオンは 『学校』に来た通りの
道順を戻る。

最新鋭エレベーターに
カードキーをタッチして
下に降りれば、

非常灯に浮き出す 扉がある
あの踊場に エレベーターは
止まる。

サンクチュアリー聖域との
境界になる ドアノブを
回せば

年季の入った 駅ビルの
レトロな雰囲気漂う リアル世界。

灰色で四角く追い立てられる
オフィスフロア。

ここの事務所も、どこの部屋も
いつも電気がついてるが、
そんなに、忙しいのだろうか。

いつも、そんな
どうでもいい事を考えるのは


シオンが、向こうの物陰に
2人のスーツ男を見つける
からか?

彼らが、いる限り
アザミの所には 決して
泊まれは しない。

アザミの潜伏先が、
『陰の学校』の間近だと
知られることに
ならないように。

肩に力を、足に気合いを。
何故なら、
今日も、後ろから

『今、学校から出てきました、
どうぞ。』
『了解。』

これ見よがしなやり取りが、
聞こえてくるのだから。


あの頃の
シオンとアザミには、
外の世界は 灰色で、
その外の世界から

自分達を
四角いコンクリートの箱庭に
隠すような場所が、
駅ビルの迷宮で、

橋は、綱渡りのような
日常だった。


それは、急にやってきた。

いつもなら、必ずといっていい程
アザミちゃんは 教室に
先に来ていて、

アタシが 下から上がってくるのを
挨拶をして
待ってるのに。

この日は
『学校』の授業が、先生が
入ってきて 始まったのに
隣の アザミちゃんが
来ない。

担任?でもない先生に
聞くことなんて
出来なくて、
そのまま 古文の授業が
流れるのを
アタシは 受けとめていた。


ふいに、
何か?が呼んだ気がして、
先生の言葉から

自分の意識が 切れた。

風の音?

きっと 煽られる風の声!

そしたら、廊下を
走る音がして
『ガターーンッッ』

て、教室の戸が 思いっきり
引開けられた ドア口に、

ハアハアって
凄い息をして、

真っ白な顔の アザミちゃん?

ゼイゼイして、
なんだか 言葉にならないみたいで

ただ、
その手に握られたのを
アザミちゃんは アタシに 見せた。

『黒のカードキー』。

!!!

ああ、片道オープンの
『飛ぶ』時のヤツ

だって
頭が認識したら、そのまま
アタシは

自分が 座ってた
椅子を『ガターーンッ』って
ぶっ飛ばして
廊下に 走る。と、
アザミちゃん!!って叫ぼうって
なのに

『アザミーーーー!!!』

聞いたことない 大声で叫ぶ
アザミちゃんの お母さんの声に

アタシが 思った口の動きが
かき消された、、、、、っ!

扉に掛けられた
アザミちゃんの 手に
自分の手が 少し触れたところが

すぐに 離されたら、
アザミちゃんは、エレベーターに
向かいながら 走ってんのに。

泣きそうなのに、
凄く笑ってて、何笑ってんだよ
って、
アタシは 廊下に追いかけながら

よくわからないけど、
めちゃくちゃ 涙流しながら、

降りてきて、中に
アザミちゃんの お母さんが
呼び叫んでる、
そこに走り行く アザミちゃんの
背中に手を伸ばして、
伸ばして、伸ばして!

閉まる エレベーターの扉に
ガシッて 両手をかけてた。

ぐいぐい閉まる、
エレベーターの中の
アザミちゃんのお母さんを
見たら
背中に、ちっさい仏壇だけ
しょっててさ。
笑いそうになったら
手の力が ゆるんじゃうよ。

アザミちゃんは、

『シオンちゃんさ、絶対手紙
出す、出すからさ、』

って、アタシの 今の、それに
これからの住所なんか、
アタシだって
どーなるか わかんない くせに
約束を叫ぶんだよ。

『バカッッ!!幸せなれーー!』

って、それで いいんだよっ
叫んでやって、

気が付いたら
そのまま 先生に
羽交い締めされて エレベーター
から
引き剥がされて 嗚咽して
床に座りこんで
号泣して、

隣の教室にいた
中学組の子達も、気がついたら
みんな 廊下出てきてて、

泣いてるのを
ようやく 自分が 気がついた。


朝から、
凄い車が並んでるなあとか、

駅ビルの 両側のスーツが
やけに 多いなあって
思って 迷宮を

『登校 』してきた アタシは

頭で わかってたと思う。

気持ちが ついてかなくて。
ただね。

1人にしないでよって。

明日から 1人で 授業なんて
涙が出るよ、ほんとって。


入校の時に聞いた。

黒いカードキーは
『学校』を出る時の

片道カードキーだ。

いつもの 聖域エレベーターに
タッチすれば、

もう 途中下車はできないまま、
迷宮駅ビルの
深部階まで 降りて、

地下私道を走る ターミナルに
つくとだけ
聞いた。

ターミナルといっても、
きっと 止まってるのは
ワゴン車一台だろう。

そして
地下私道を走った後
どこからか、地上にでて、
どこか飛行場にでも
いくんだと
アタシは
どこか 思っている。

アザミちゃんは、
デイバック1つだけ背負って
仏壇しょったお母さんと
この日消えて、

アタシの手ある

『白いカードキー』では
あのシンデレラの隠れ家への
非常階段は

開かなくなってた。

アタシは箱庭に取り残された。



1つぅ。 階段を 登るとぉ
そこからはぁ、飛び立てる
ポート。

1つぅ、階段を降りるとぉ
昔、僕が 母と住んでいたようなぁ
仮初めに 休む宿。

もう1つぅ
階段を下ればぁ、日々の糧を得る
主戦のオフィス。

1つ向かいには~、、、
僕が まだ見た事の無い

家庭のあるぅ 居住の城。

今日も シンデレラはぁ
白亜のお城を 夢見て~

エレベーターを上がって下がって
働くのさぁ。


この都市は いつも生まれては
変わる。

世界から魅力的に見えるよう。

シンデレラが
カボチャの馬車にのって
住んでいる屋敷から
摩天楼に通勤するのは昔。

もう次のステージなんだってぇ。

摩天楼はぁ、ビジネスだけの
場所から~、

クオリティのいい住環境とか、
彩り多いカルチャーとか、
よりどり選択肢の購買提供とか、
ストレス0交通とか、
エコで計画された癒しのぉ
自然とか
内包したぁ

多機能複合都市になりつつある。

その構造はぁ、
高く高く 上に環境を伸ばす
垂直利用タワーで
可能にするようだねぇ。

これからもっと
この都市はぁ、摩天楼が 木々めく
ようになるのだろうねん。

今の
シンデレラは
エレベーターで お城に登る?

ある日、最上階から
天上に飛び立てる日が
くるのかなぁ~。

僕は、この人生で~
隣にある 家族と住まう塔を
ステージにさぁ 帰れると
思う~?

「ねぇ?君はさぁ?どう思う~」

初めて出会ったシンデレラはぁ、

まだ高校生でぇ、
なるほど 凄く美人でもないけどぉ
人を惹き付ける 雰囲気が
あれだなぁ、
庇護を刺激する感じ?
だなぁ。

色素が薄いのかなぁ。
明るい茶色の髪にぃ、
反射しそうな 色白で、
瞳も 色が薄い。

どこかねぇ、母と同じ
雰囲気あるねぇ。


「母に似てるかなぁって。
だからぁ、、諦めないでね、
生きて行ってくれるといい。」


思わずねぇ、面談した彼女に
それだけ言ったのがさぁ、

昨日のようだよねん。

亡くなった母の名代として
出会うことが なければねぇ

君に声をかけてぇ、
今、
一緒に仕事をしてはないよぉ。

人の繋がりは ミラクルだ。

僕はぁ、母の変わりに
魔法使いになったわけだよん。
これがねぇ
プリンスではなさそう。

ガラスのハイヒールも
ドレスの 1つも
用意できていないから
かなぁ?

「ねぇ~?君もぉ そう思う?~」

ハジメは 摩天楼の夜景を
眼下に 唄う。

近代日本における
『貴族』とは
明治に在した『華族』と
いわれ、その類は
出自や、明治政府誕生に
おける貢献などで、
報奨されたりなど
いくつかに分けられる。

江戸において公家に由来する
『堂上華族』、

江戸大名家に由来する
『大名華族』、

国家勲功により賜る
『新華族』、

公家出身で神僧籍から還俗した
『奈良華族』といった
『僧華族』『神門華族』、
である。

原則、華族は東京に住を
置く事が定められ、
華族の教育のために開校された
一環学院にて教育され
貴族院、帝国軍、明治政府官僚
そして皇邸庁といった公政務に
ついた。
多い時は110家ほどの華族が
名を連ねている。

皇族が婚姻を結ぶのも
華族からとなり、
華族は宮内庁管轄。
時代は
現代となり、華族制度は
終わり
旧華族の扱いである。

ハジメの母親は

還俗からの華族家から
元大蔵省を司る一族に
嫁いだが、
ハジメを出産して後に
治らない病により
離婚させらた。

旧華族の実家には戻らず、
ハジメと籍を興して
母親とハジメは
各地を静養巡礼するかのように
ホテル住まいをしていく。

そんな母子2人の
仮住まい生活も
ハジメが大学に通う頃
終演。

たった1人の家族でもあった
母親が 亡くなった。

本来なら 実家門から
重々たる送儀になるのを
ハジメと 母親付きの
執事と侍女で葬くり
相続の手続きをしていた中

毛色の違う封書を見つける。

西の財閥企業家、本人からの
ある学校への特待生支援の
寄付願い。

経緯はわからないが、
母親が 首都圏でもない
西の特殊な学校に
寄付者として名を連ねて

学校から遠く住し、尚且つ
女性旧華族の血縁である事に
縁を繋げてきたらしい。

母親が亡くなる数ヶ月前に
届いていたままに
なっていた封書。

唯一の家族であった
母親の死は辛く、
その中にあって整理に
忙殺される世界で
気力を削がれていた
ハジメは、

何もかも捨て置いて
封書を言い訳に
首都を出た。

気分転換や、慰労の旅に
出るなんて 今は
気持ちにならない。

母親は、沢山のモノを
残してくれた。

けれど、たった1人になった
孤独の中で
追い立てられるように
それらを
整理をする虚しさに
耐える煩雑さ、

胸に虚空を開けた
ような
生きてないような感情を
蓋している
自分を見続けるのも
限界になった。

何もかも滅茶苦茶になって
壊し巻くって
何処かに 行ってしまいたい。

誰かが待つ
そんなシガラミさえ
もうないくて 1人きり
誰か 片付けてくれよと
笑うしかないのか。

ハジメは、空笑いする
灰色になった世界から
少しだけ
自分を隔離したくなって

新幹線の
当日券を買った。
目指すは、西。

特殊な学校の 『名刺』だけを
手がかりに。