ベッドの上で横たわる男へその刃物がどう刺さったのかは分からない。ここからでは遠いし女の腕が死角を作っていてよく見えなかった……けれどその光景は凛太にとってあまりにも凄惨に見えた。
「大丈夫ですかー。これは夢ですよ。私たちが来たのでもう大丈夫です。……えっとこの患者さんの名前なんですっけ?」
「木下さん」
「木下さん。生きてますかー」
凛太は部屋のドアの位置からそのやり取りをずっと見ていた。早くこれが見えない場所に行きたい……その思いはあるが、見える景色が衝撃的過ぎて逆にその場から動くことができなかった。
「もう心配いりませんよ。私たちが来ましたから。これはただの悪い夢です」
桜田が励ましながら男に近づく間も女は刃物を振るい続けた。何度も何度も……刺す場所を変えて、包丁らしき刃物を振り下ろし続ける。
女の手は青白い。けど、赤い血管が蜘蛛の巣のように浮き出ている。髪は長く乱れて、服は雑巾みたいに汚い。典型的な霊と言えば、こんな感じという見た目をしていた。
ここから見えない女の顔はどんな表情をしているんだろう……。
「わあ。危ないな」
桜田が無警戒に女のすぐ横まで近づくと女は桜田に刃物を向けた。
凛太はよくあんな化け物に近寄れるなと思っていたが、案の定こちらにも危害を加える存在だった。
「増川さんお願いします」
「はいよ」
軽く答えた増川はおもむろに部屋にあった椅子を持ち上げると、あろうことかその椅子を女に向かって振り回した。
衝撃を受けた女はベッドから振り落とされて床に倒れた。凛太の足下にちょうど顔がくる形で。
「あ。ごめん草部君」
眼鏡をかけた平凡な男なのにとんでもないことをする……。さらに増川は続けて、凛太の下で崩れ落ちた女を部屋の隅に蹴り飛ばし、止めの一撃まで加えた。
凛太はその光景が最も恐ろしかった。それこそが悪夢に見えた。
目を見開いて口が裂けるほど口角を上げた女が、その表情を変えぬまま首が折られた様子は当分目に焼き付いたままになるだろう。
「君たちはっ……。ありがとう……助けに来てくれたんだね」
「はい。もう大丈夫ですよ。こんな悪夢ぶっ壊しちゃいましょう」
男はというと……ようやく桜田の存在に気付いた様子だった。体を起こし、桜田に抱きつきそうな勢いで迫っていた。
「よしよし。もう怖くない」
「ありがとう……ありがとう……君はなんて美しいんだ。俺の女神だ」
桜田は母のように男を受け入れ、頭を撫でていた。男からしてみればあの美貌の助けられたら確かに女神に見えるだろう。
「ちょっと羨ましいよな」
「…………は、はい」
増川が腕を組んで言った。
「何だこれ。俺の体血だらけじゃないか。いってえ」
男がようやく自分の体の痛々しさに気づく。現実では絶対に生きてないであろうほど血まみれの手足を見て慌てふためいた。
「大丈夫です。それも夢なんでほんとは痛くないはずです。私たちが付いているのでもう一度ゆっくり眠ってみましょうか。それとも散歩にでも行きますか?」
「本当だ……。言われてみれば痛くはない。……明日も仕事だ。寝ようか」
「はい」
増川と桜田はしばらく男が眠るベッドに座って、男を寝かしつけた……。
「草部君。帰ろうか」
男が眠りに落ちたのを確認すると桜田が笑いながら言った。その顔や体にはまだ男の血が生々しくしたたっていた。
「大丈夫ですかー。これは夢ですよ。私たちが来たのでもう大丈夫です。……えっとこの患者さんの名前なんですっけ?」
「木下さん」
「木下さん。生きてますかー」
凛太は部屋のドアの位置からそのやり取りをずっと見ていた。早くこれが見えない場所に行きたい……その思いはあるが、見える景色が衝撃的過ぎて逆にその場から動くことができなかった。
「もう心配いりませんよ。私たちが来ましたから。これはただの悪い夢です」
桜田が励ましながら男に近づく間も女は刃物を振るい続けた。何度も何度も……刺す場所を変えて、包丁らしき刃物を振り下ろし続ける。
女の手は青白い。けど、赤い血管が蜘蛛の巣のように浮き出ている。髪は長く乱れて、服は雑巾みたいに汚い。典型的な霊と言えば、こんな感じという見た目をしていた。
ここから見えない女の顔はどんな表情をしているんだろう……。
「わあ。危ないな」
桜田が無警戒に女のすぐ横まで近づくと女は桜田に刃物を向けた。
凛太はよくあんな化け物に近寄れるなと思っていたが、案の定こちらにも危害を加える存在だった。
「増川さんお願いします」
「はいよ」
軽く答えた増川はおもむろに部屋にあった椅子を持ち上げると、あろうことかその椅子を女に向かって振り回した。
衝撃を受けた女はベッドから振り落とされて床に倒れた。凛太の足下にちょうど顔がくる形で。
「あ。ごめん草部君」
眼鏡をかけた平凡な男なのにとんでもないことをする……。さらに増川は続けて、凛太の下で崩れ落ちた女を部屋の隅に蹴り飛ばし、止めの一撃まで加えた。
凛太はその光景が最も恐ろしかった。それこそが悪夢に見えた。
目を見開いて口が裂けるほど口角を上げた女が、その表情を変えぬまま首が折られた様子は当分目に焼き付いたままになるだろう。
「君たちはっ……。ありがとう……助けに来てくれたんだね」
「はい。もう大丈夫ですよ。こんな悪夢ぶっ壊しちゃいましょう」
男はというと……ようやく桜田の存在に気付いた様子だった。体を起こし、桜田に抱きつきそうな勢いで迫っていた。
「よしよし。もう怖くない」
「ありがとう……ありがとう……君はなんて美しいんだ。俺の女神だ」
桜田は母のように男を受け入れ、頭を撫でていた。男からしてみればあの美貌の助けられたら確かに女神に見えるだろう。
「ちょっと羨ましいよな」
「…………は、はい」
増川が腕を組んで言った。
「何だこれ。俺の体血だらけじゃないか。いってえ」
男がようやく自分の体の痛々しさに気づく。現実では絶対に生きてないであろうほど血まみれの手足を見て慌てふためいた。
「大丈夫です。それも夢なんでほんとは痛くないはずです。私たちが付いているのでもう一度ゆっくり眠ってみましょうか。それとも散歩にでも行きますか?」
「本当だ……。言われてみれば痛くはない。……明日も仕事だ。寝ようか」
「はい」
増川と桜田はしばらく男が眠るベッドに座って、男を寝かしつけた……。
「草部君。帰ろうか」
男が眠りに落ちたのを確認すると桜田が笑いながら言った。その顔や体にはまだ男の血が生々しくしたたっていた。