佐藤先生が私にとって「先生」としての存在だけでなくなったのは、ほんの一ヶ月前。

 電飾や店の電灯で賑やかな暗い夜道を、一人で歩いていた。


 向かった先は会員制のリゾートホテル。門をくぐるだけでも予約者の名前が必要となり、私は母の名前を伝え、制服姿でも不審に思われることなくホテルの人に案内された。宿泊ではないから勿論入り口までで、そこからは一人。夕御飯時のこの時間、ラウンジに人は少なく目で数えられるくらいの人数しかいない。とても静かで、落ち着いている。クラシックの音楽が、心地よく耳に入る。

 セキュリティーが高い来慣れたこのホテル内を、一人で歩くことは何の恐怖も感じないどころかむしろ、自分が特別な存在になっているかのような錯覚に陥り、いつもより気が高くなる。



 ――せっかくならイタリアンにしてくれたら良かったのに、なんでバイキングにしたのよ、お母さんは。



 和食、中華、フランス料理、イタリアン。どこも小さな子供は個室を除いて空間に足を踏み入れられないが、唯一バイキングは例外だ。その規則のお陰で非常に騒々しい空間を想像する。バイキングには時間制限もあるから、こうして着替えもせずに急いで来る羽目になっていることに、母は気付いているだろうか。



 ――のんびり食べてるからゆっくりおいでって……そんなことしたら、私が急いで食べなきゃいけないことになるじゃない。



 急いで来るのと、急いで食べるのなら、前者を選択する。のんびり来て、のんびり食べたいという願望を現実にすれば、時間制限により後々お腹が後悔することになる。大食いとまではいかなくても、私はクラスの女子高生並には食べる方だ。