ーーーーーー好きと思っていても、その言葉を口に出さない限り、相手には伝わらない。

「耕太君‥‥」

私は、彼の名前を口にした。彼には聞こえないぐらい、その声はとても小さかった。

「‥‥‥」

もちろん、私の声は彼には聞こえてない。大川耕太は、私のとなりの机で肘をついて小さな寝息を立てていた。

ーーーーーー起こさないと。授業中だし‥‥‥。

と、私、酒井結衣は心配そうにそう思った。

「あ、あの‥‥‥耕太‥‥」

「大川君、また授業中に居眠りですか?」

私が声をかけようと思ったそのとき、担任の若い女性教師が先に耕太君に声をかけた。

ーーーーーいいなぁ。

と、私は心の中でそう思った。

「す、すみません。先生」

うつろな目をこすりながら頭を下げる、耕太君。黒い髪を短く切り揃えられた、私よりも背が高い。メガネをかけており、陽に焼けた健康的な褐色の肌色。周囲の男性とは見た目は変わらず、どこにでもいる普通の男子高校生。でも、私は一瞬で好きになったんだよ。君に出会った瞬間。君に声をかけられた瞬間。私は君のやさしい心と、寂しい雰囲気に一気に好きになったんだよ。

「‥‥‥」

話は、思い出す。青い絵の具を塗りつぶしたような広々とした夏空を教室から見上げ、彼がこの高校に転校してきた日を‥‥‥。



「ねぇねぇ、今日でしょ」

「なにが?」

友だちの阿野麻耶が、私に声をかけてきた。麻耶とはこの高校で出会って、すぐに仲良くなった。なんでも言い合える仲であり、悩み事にも相談にも乗ってくれる。つまり、私のすべてを知っている親友だ。

「忘れたの?転校生だよ、転校生。先生、今日言ってたでしょこのクラスに、転校生がやってくるって」

「あー。そういえば、そんなこと言ってたけ。」

興奮して話す麻耶の言葉を聞いて、私はてきとうにあいづちをうつ。

「ちょっと、結衣。全然興味ないって顔してるじゃん。さっきから、空ばっかり見上げてるし‥‥‥」

「え、そんなことないよ。男性かな?女性かな?楽しみー」

教室の窓際の近くで、私はあえておおげさな反応を見せた。外からは雨音がうるさくきこえており、梅雨真っ盛りの不安定な天気が続いている。
「はいみんな、席について」

担任の若い女性教諭と見たことない若い男性が、教室の中に入って来た。さわがしかった教室も、先生の指示通りにみんな自分の席に戻っていく。

「あー、結衣。転校生、男の子だよ。私、女の子方がよかったなぁ」

と、言いながら、麻耶は自分の席に戻った。

「私は、どっちでもいいかな」

そう言って私も、自分の席に戻る。
「この前から言ってたとおり、転校生が今日からこのクラスの仲間になります。授業を始める前に、転校生から簡単な自己紹介をしてもらいます。では、お願いします」
「はい」
担任の若い女性教諭が教壇からおり、反対に転校生が教壇に上がった。クラスメイトの視線が、転校生に集まる。
「大川耕太です、よろしくお願いします」

低い声で、簡単な自己紹介を済ました転校生の大川耕太。

「ありがとう。じゃ,空いてるあの席に座って」

担任の若い女性教諭が、空いてる私のとなりの席を指さした。

ーーーーーードクン。

その瞬間、私の心臓の鼓動が音を立てた。

ーーーーーーなんで、私のとなりに転校生が‥‥‥。

「あの、耕太です。よろしく」

「酒井結衣です。よ、よろしく」
彼の近いで来る足音すら聞こえず、気がつくと私のすぐ真横に転校生の耕太の姿が映った。
ーーーーードクン。

また、私の心臓の鼓動が音を立てた。
「これって‥‥‥」
緊張してるのか恋をしてるのかわからなかったが、私の顔は赤くなっていた。
「耕太君は、となりの結衣さんに教科書を見せてもらってください。結衣さん、お願いしますね」
「は、はい」
私は、小声で返事をした。そして先生に言われたように、彼に教科書を見せる。
「なんか、ごめんな」
「えっ!」
耕太は、さみしそうな口調で私に謝った。彼から伝わる寂しそうな雰囲気と、波のように揺れる悲しい瞳。
「い、いいよ」
そんな彼を見ると、私の心音が大きくなる。
ーーーーーーその日の放課後。

「あれ、結衣。傘、忘れたの?」

親友の麻耶が、声をかけたきた。

「うん」

私は、教室の窓から空を見上げた。今も強い雨が降り続いており,止む気配はない。

「これ、よかったら使って」

「えっ!」

私が困ってると、耕太が横から青色の傘を渡してきた。

「え、そんないいの?」

「教科書、僕に見せてくれたお礼」

私が断る前に、彼は傘を渡してその場から去った。

「結衣、好きなんでしょ」

「‥‥‥」

となりから麻耶の声が聞こえたが、私は顔を赤くしたままだった。


「酒井さん、起きなさい」

「は、はい」

頭上から怒鳴り声が突然聞こえて、私は飛び上がった。目の前には、険しい表情をした担任の若い女性教諭がいた。

「‥‥‥」

どうやら、思い出にふけているうちに眠ってしまったようだ。夏の日差しが教室の窓から降り注いでいるのと同時に、私の片思いも長引いてると思った。

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