ここは、錦町に接する妖との境界。
ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。
たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。
元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵』に辿りつけれるかもしれない。
雪女の花菜は少しうきうきしていた。
雪女の本領発揮と言える、12月な理由もあるが、今日は少し違う。
料理人の端くれである自分の兄弟子にあたる、猫人の火坑と人間の友人となった湖沼美兎。
二人が先月末に目出たく付き合うことになったと知らせを受け、かつ、火坑からは楽養一同にお願いがあると告げてきたのだ。
花菜はまだまだ未熟者ではあるが、友人と兄弟子のために今日のデートのお手伝いはしようと張り切っている。自分自身、ろくろ首の盧翔とは何も進展がないのだが。それはそれ、これはこれ。
とりあえず、師匠である黒豹の霊夢に必要な材料を仕入れるように、と、お使いに行っていた帰りだ。
人間界の食材で作るらしいので、雪女の花菜の体温は零度以下。冷蔵食材などにはちょうどいい温度なので、空気中の温度とも相まって保冷剤要らずの移動式冷蔵庫状態になる。
今日は肉や魚を多く仕入れたので、鮮度は抜群。火坑が普段仕入れるのと同じく、人間界の柳橋にわざわざ仕入れに行ったので、ゆっくりと楽養に向かっている。
自転車の方が当然徒歩よりも移動は早いが、花菜は雪女なので空中に溶け込んで飛翔することが可能なのだ。だから、盆地特有の寒さを含んだ風に乗り、雪女の本性のまま飛んでいる。
人間で霊力が高い見鬼の才を持つ人間は、多いようで実は少ない。
時代の流れもあるだろうが、美兎や彼女の常連仲間である美作辰也のように。妖自らが守護につくことを望む才能はごく稀。
だから、本性のまま飛んでも大抵の人間の目には留まらないだろう。花菜は界隈に到着してから地面に降り、妖気を抑える人間紛いの装いに変化してから荷物を抱えて歩き出した。
「あんらぁ? 花菜じゃなぁいのん」
ちょっと歩いた先に、派手だがケバくないくらいに装いを整えている、女のように話すが女ではない。
ヒールを履いてはいるが、足の形がゴツい。
けれど、知り合いではある。
狐狸の一種で、通称化け狐とも呼ばれている男。BAR『wish』の看板バーテンダーである宗睦だ。
名前もゴツいので、普段はチカと呼ぶように言われているが。
「こ、こんにちは。チカ姐さん」
「こ〜んにちは〜。すっごい買い込んでいるけど〜? 鏡湖の袋じゃないわねん?」
「は、はい! 柳橋まで行ってきました」
「わざわざ人間界に〜? 火坑ちゃんもだけど、みんな好きね〜〜? ま、あたしもマスターに言われてたまに仕入れに行くけど」
シャランと鳴りそうな装飾品の数々は目を見張る程だ。花菜は基本的に防寒重視なのであまりお洒落はしないのだが。
けど、少し。
男ではあれど、女性のように着飾る宗睦が羨ましかった。彼は、盧翔とも飲み友達で仲が良く。むしろ、宗睦のお陰で盧翔と知り合えたのだ。
であれば、彼に相談すべきか。
だが、今はまだ仕事途中だ。それに、美兎と火坑のためにとびっきりの料理を作るのだから。
「あ、あの。すみません。仕事の途中なので、私これで」
「あら〜? 何も用がなくてあんたに声をかけたわけじゃないのよん?」
「え?」
「あたしも霊夢っちに呼ばれてるのよ〜。きょーちゃんの初デートに、ふさわしいカクテルを作ってくれないかって。だから、あんたを迎えに来たの」
「そ、そうだったんですか」
なら、出張バーテンダーと言うところか。
花菜はまだ片手で数えれるだけだが、バーテンダーの宗睦の装いを見たことがある。口調は変わらずだが、キリッとしたバーテンダーの出で立ちになると。女性の妖の注目を一度に集めるくらいの美形になる。
化ける、が専門分野の狐だが。人間社会に溶け込めるくらいにならないと人間のような職種にもつけない。
だから、普段はいわゆるオネエではある宗睦でも妖としては憧れの的になるのだ。
荷物は、花菜が袋に触れてるので霜焼けになるからと歩調だけは合わせてくれた。
「人間の女の子で、しかもあの真穂様が守護についたのがお相手でしょう? 具体的には聞いてないけど、どんな子なの?」
「えっと……その。物凄く優しくていい子です。私が……勘違いしたのに、責めてくることもなくて」
「勘違い?」
「えっと……」
花菜が美兎にしでかした事を告げれば、宗睦は腹を抱えるくらい大笑いしたのだった。
「あんたもあんたね〜? そんなに盧翔が好きなら、もう告白しちゃいなさいな?」
「け、けど……」
「盧翔そこそこ人気だから、誰かに取られちゃうわよ〜?」
「え、い、いやです!」
「ほらほら〜?」
「うう……」
たしかに、美兎もぬらりひょんの間半に背を押されたことで、楽庵に行けたし火坑からも思いを告げられたとダイレクトメールで聞いた。
次は、花菜の番だとも言われたが。正直言って、自信がない。
明るさの塊である盧翔は、元師匠で亡くなってしまったイタリアの人間の女性を思っているから。
それを知っているので、花菜は自分の想いを告げられないでいる。
宗睦もそれを知っているのか、軽くニット帽の上から頭を撫でてくれてそれ以上は何も言わなかった。
だけど、あと少しで楽養に到着しかけた時に。
正面から急いで走ってきた盧翔と鉢合わせたのだった。
狐狸の精である宗睦は正直言って、目が飛び出しそうになった。
イタリアンレストランのサルーテの店長兼オーナーシェフであり、飲み仲間なろくろ首の盧翔が。血相を変えてこっちに走り寄ってきたのだから驚かないわけにはいかない。
それに、飲み仲間のこんな表情は初めて見た。
宗睦か雪女の花菜に用があるのか。どちらにしても、あまり良さげな内容ではなさそうだが。
「……盧翔ぉん?」
「……に、してんだ」
「ん?」
「なんで、あんたが……花菜と一緒にいるんだ!」
「は?」
怒ってる。
基本的に口調は粗野だが温厚な性格である、このろくろ首が。かなり、怒っているのだ。
隣に立っている花菜をちらっと見れば、顔面蒼白。
いくら、好きな相手でもこんな怒りを露わにさせていたら怖くて仕方がないだろう。本当だったら宗睦の影に隠れたいだろうが、荷物の多さと盧翔に睨まれて無理だった。
だが、盧翔も花菜の様子に気付いて、ハッと我に返ったようだ。
「わ……悪りぃ。いきなり怒鳴ってごめん」
「はーいはい。あんたが声荒げるのも大変珍しいけどぉ。なんで、あたしが花菜と歩いてただけで、そんな怒ってるわけぇ?」
「い、いいいいいい、いやその!?」
怪しい。物凄く怪しい。
たしかに、花菜が盧翔を好きなのは宗睦も知っているがその逆は知らなかった。花菜も知っているように、盧翔はイタリア時代の師匠を想っていたのだが、彼女は人間だったのでもうこの世にはいない。
それに既婚者だったし、子供もいた。けれど、それでも盧翔は彼らも自分の子供のようの大事にしていたのだ。わざわざイタリアまで会いに行くくらい。
だから、その思い出があるから他の妖に見向きもして来なかったはずなのに。花菜への態度で豹変するほど。これは、もしや。
「……なーによ。あんた、花菜んとこに鞘を収めようとしたわけぇ?」
「む、宗睦!?」
「姐さん!?」
「チカとお呼び!!」
ずばり、図星というわけか。いったいいつからと言うのを聞くのはやぶさかだけれど、いい兆候だ。
花菜の積年の想いも、これで報われるかもしれない。
「ろ、盧翔……さん」
宗睦の問いかけで確証を得られたのか、大の恥ずかしがり屋で有名な花菜から盧翔に声をかけた。盧翔は、思わず首が伸びそうになっていたがすぐに元に戻した。
「お、おう?」
「そ、その……私、自惚れちゃってもいいんですか?」
しっかりと口にした問いかけ。
盧翔は頬だけ赤くなっていたのが顔から首まで浸透していき、ついには首を多少伸ばしてから縦に強く振った。
さて、これを見た宗睦がすべき行動は。
「お互いに良かったじゃなぁい? 種族は違えど、番になれるんだから」
「つ!?」
「つ、つつつ、番だなんて!?」
「いいじゃなぁい? とりあえず、冷たいけど食材だからあたしがその荷物は持って行くわよん。霊夢っちには事情話しておくから。かごめとかに行ってきたらぁ?」
「…………俺の店に行こ」
「あんらぁ? 大胆発言」
「違う! 話し合うだけだ!」
「わかってるよん? 今度行く時にピザ一枚くらいは奢りなさいねー?」
「……おう」
と言ってから、花菜から食材の袋を受け取ったが、やはり氷のように冷たかった。狐狸とは言え、寒さにはどちらかと言えば弱い方だが、背に腹は変えられない。
痩せ我慢しつつ、二人が向かう方向とは逆に進んでいくのだったが。
「……大神?」
楽養に着く手前。
白髪白髭、けれど青年顔の元狗神由来の神。
大神がひょっこりと道端から出てきたのだ。
「息災か、狐狸の?」
「……宗睦よ。チカと呼んでちょうだい?」
「では、チカよ。すまぬな? 当て馬の役割を背負わせて」
「……盧翔と花菜を引き合わせたのは、貴方様の仕業?」
「なに。神の一端となった儂だからの? 神無月は過ぎたが、縁を繋ぐのが役目。あれらは、火坑と美兎以上に糸がこじれていたからの?」
「……そうねぇ?」
あれだけの形相。
あれだけの羞恥心。
先の人間の師匠への想いを断ち切るのにどれだけ時間を要したか。
その想いが昇華されたのか、単純に花菜に惚れたのかは後で聞かされるだろうが。
今は、そっとさせておこうと思う。
「しかし、あれだ」
感傷に浸っていたら、大神が指を立てた。
「主の店で飲もうかと思っておったが、主が不在では帰るしかないのぉ?」
「マスターがいるわよ?」
「気分が主に向いておったのだよ。縁繋ぎも終わった故に、今日は仕方がないが帰る」
「そ?」
そうして、大神は空気に溶け込むように消えていき。
宗睦は楽養を目指すのだった。
錦の界隈にある、イタリアンレストランの『サルーテ』。
雪女の花菜は実に久しぶりにこの店に訪れることになった。
狐狸の宗睦に連れて来てもらった時と同じ、変わらない温かさに。変わらない店の調度品。今は休憩時間なので店には誰もいない。
雪女と言えど、調理の氷結対策に加えて温暖な場所でも生活出来る対策が今ではあるので。暖房の付いた室内でも過ごせる。
だけど、でも。
長年想いを寄せていた、店主でもあるろくろ首の盧翔が花菜を想っていたことがまだ信じられなかった。
とりあえず、飲み物はどうすると聞かれたのでオレンジジュースと答えた。普通のとブラッドとどっちがいいかとさらに聞かれたので、せっかくだから久しぶりにブラッドオレンジをと答えた。
ルビーのように、濃い赤色のオレンジ。
盧翔の血のように赤い瞳とよく似て好きだった。味も、酸っぱいものは好みだったから気に入っていた。
差し出されると、手が触れそうになったので。慌てて離してからバックに入れて置いた特殊手袋をはめたのだ。
「……そこまで、冷たいのかい?」
「え……と。種族により……ますか。師匠達にも、最初かなり驚かれました」
「……そう」
とりあえず、ジュースのグラスを受け取ってから彼にカウンターに座るよう促された。
「え、えと……あの」
ただし、手袋の上からぎゅっと大きな手で握られてしまった。
花菜は嬉しくて恥ずかしくて。どうしていいのかわからず、ただただ口を上下に動かすことしか出来なかった。
「ダメかい?」
「ダメ……と言いますか。その」
「ん?」
「し、知りたいんです」
「なにを?」
「……チカ姐さんから、以前聞いたんです。……ろ、盧翔さんには、忘れられないヒトがいることを」
「……ああ、そうだね」
「なのに……なんで、私なんかに」
「なんか、って言うな」
「いたっ」
帽子の上から、軽く小突かれてしまった。大袈裟な程痛みは感じなかったが、わずかな衝撃でも彼は花菜の言葉をよく思わなかったようだ。
「あんた、だから気になった」
そうして、紅い瞳を向けて真っ直ぐに伝えてくれた。
「……わ、私……だから?」
「そ。花菜だから、目が離せなかった。宗睦に連れて来られてた時とかは、可愛い女の子くらいにしか思ってなかったけど」
「じゃ、じゃあ、どうして??」
「……多分、一度楽養に行ってからだと思う」
「? うちの店に?」
「俺も同じ料理人だし。あんたの働きっぷりを見たかったのもあったが……真剣な表情に、最初は師匠を重ねてた。けど、何回か行ってから気づいた。あんたを師匠と重ねるのは良くない。花菜は花菜なんだって」
それから気になり出して数年経つが、日に日に花菜がサルーテに来る回数が減ってしまい。
店を持ったのかと勘違いしたが、実際は楽養で修行したまま。
なら何故、と盧翔も気にかけてた時に気づいた。自分の想いを。
もう、師匠への想いを完全に吹っ切ったわけではないが。新しい恋に目覚めたんだなと。
「そ、それが……私?」
「ああ。今日たまたま仕入れが終わって、あちこち散策してた時に見かけて。……まあ、情けないが宗睦と並んでたら焦った」
「チカ姐さんに?」
「ほら。あんたとあいつ結構親しいだろ? だから……まあ、あいつは女みてーな格好してるけど。整えば女共には人気だからさ? だもんで、あんたもそうなんじゃないかと」
「ち、違います! チカ姐さんはチカ姐さんです! わ、私が好きなのはあなたです!」
「!……うん、それが今日わかったから……正直安心出来た」
花菜がしっかりと言えば、盧翔は蕩けたように笑顔になってくれて、手袋から熱は伝わっていないのに身体中が熱くなってきたのだ。
だが、とても心地良くて嬉しかった。
「え、えと……その。私もひとつ勘違いしてたことがあるんです」
「なに?」
実は、湖沼美兎と盧翔が出会い、客として気に入ったことを夢喰いの宝来から聞かされ。
そこから美兎を探し出して、盧翔との関係を聞き出そうと迫ったのだ。
実際は勘違いだとわかり、さらには友達になれたことも告げれば。
盧翔には大笑いされてしまったが、その後に花菜に抱きついてきてさらに花菜の身体を熱くしてきた。
「ろ、ろろろ、ろしょ!?」
「なーんだ。俺達、なんだかんだで似たもん同士じゃん?」
「え?」
「あんたが極度の恥ずかしがり屋でも、結構行動力あんだな? 今日の俺みたいに」
「…………怒らないん、ですか?」
「俺も今日やっちまったじゃん? だからおあいこ」
「……はい」
それなら、とほんの少しだけ力を抜いて彼に寄りかかってみた。
すると、彼はさらに腕に力を込めてくれて。しばらく、二人でそのままでいたのだが。
厚着じゃなかった、花菜の服装の上から抱きしめても冷気に当てられたせいか。
彼はシベリアに行った並みに凍えてしまい、花菜は介抱しながら同胞にもう少し冷感を伝えにくい術を教わろうと、心に決めたのだった。
狐狸の宗睦から聞かされた内容は、黒豹の霊夢もだが、弟子の狗神だった蘭霊の度肝を突くくらい、驚かされた。
「あの、小僧! 気があるない風態してて、うちの花菜をか!?」
「……だな? 生意気面は火坑と変わんねーが、まさかあいつまでとは」
「そうよん? あたしも、まっさかあいつがね〜とは思ったわ〜?」
「だな? ところで、チカ。おめー平気か?」
「早く受け取ってぇええええ!?」
「ちょっと待て。手袋してくる」
雪女の花菜の冷気を吸った物体は、しばらくその冷気が溶けることがないので。それが狐狸であれ、辛いことにかわりない。とりあえず、店の席に適当に置いてもらった。
「んもぉ〜〜、盧翔の生意気っぷりは、火坑ちゃんより上だと思うわ〜? あたしが花菜と歩いていただけで、すっごい形相できたんだものぉ」
「くく。ちぃっと拝んでみたかったな?」
「だな?」
「とりあえず〜、話するって言ってたから遅れるそうよん? 花菜を無闇に襲いはしないだろうけどぉ?」
「無理だろ」
「無理だ」
「同時に言う〜?」
「雪女や雪男の冷感をちぃっとでもわかっただろ?」
今は霊夢と蘭霊が専用の手袋をはめて、手分けして冷蔵庫や冷凍庫に入れているが。わずかに冷気を感じる程度。
直に触ったに等しい、宗睦も理解したのか。蘭霊に手渡されたホットおしぼりで勢いよく手を温めていた。
「なるほどなるほどぉおおお!? あれを直にハグするだなんて無理ね!? 手袋越しじゃなきゃ難しいのぉ!?」
「俺ぁ、あいつの親父さんとかが挨拶した時に聞いた程度だが」
「服の上からでも、冷感はあんま防げないっつってたな?」
「な?」
「え〜〜? 盧翔、今頃大丈夫かしらん? あいつ、結構オープンな性格だからぁ?」
「身を持ってしれ」
「としか言えない」
「だよね〜〜?」
とりあえず、本日霊夢達がすべきことは彼らを祝うのではない。
元弟子であり、界隈に店を構えている猫人の火坑とその恋仲になった人間、湖沼美兎の祝賀会。
その猫人に頼まれて、予約が一件入っているのだ。宗睦は界隈随一のバーテンダーとして、楽養に出張しているわけだ。
花菜も当然、美兎の友人として祝う予定ではあったが。今日はどうなるやら。
霊夢達も祝い酒を飲みたいところだが、仕事前なのでそれは出来ない。
仕込みのだいたいは終わってはいるので、後は二人が来店してから仕上げるだけ。
だいたい、19時前には来るとは言っていたので、まだ時間に余裕はあるが。飲み過ぎると面倒な奴がいるので、開けるのは許さないつもりだ。
「とにかくぅ〜? 大神が縁繋ぎにわざわざ関わっていたくらいなのよん? あいつら、神の縁繋ぎの候補にとっくに入ってたらしいわん」
「あいつに?」
「ってことは、10月からストーカー紛い……」
「怖いこと言わないでよ、蘭!?」
「いや、可能性を言っただけ」
「つか。それなら、今日来るメインゲストの方も、関わってたんだろうなあ?」
蘭霊と同種繋がりで神になったあれは、蘭霊と同じく結構お節介焼きだ。出会った縁を蔑ろにはしないだろう。
目を合わせれば、奴も苦笑いした。
「だな?」
「花菜にちょこ〜っと聞いたけどぉ。盧翔が気に入るくらいのいい子だってぇ?」
「ああ。食べる反応がいちいち面白いお嬢さんだな? と言っても、俺は一回しか会ってねーが」
「俺もビール飲みに行った時に会ったのが二回目」
「じゃ、圧倒的に会ってるのはこん中だと花菜?」
「っつっても、あいつも携帯でのやり取りばっかだそうだ。お嬢さんの好みは、やっぱ楽庵だからなぁ?」
「元地獄の補佐官様の心を鷲掴みしちゃうほどの子ねぇ? 顔? 霊力? 他は? うぇ?!」
「真穂が守護についている子の情報、根掘り葉掘り聞かない!!」
「……おっと」
そう言えば、もう一人来ると連絡があった妖を忘れていた。
姿はいつもと違って、人間の成人くらいにまで化けている、座敷童子の真穂。美兎の守護についている最強の妖の一端だ。
今、宗睦の脳天をかち割る勢いでチョップしたわけである。
「んもぉ〜。皆真穂のこと忘れ過ぎ!」
「いや、家妖怪が建物の中で本領発揮されちゃ」
「手出ししにくいだろう?」
「ちょっとぉ!? あたしの心配はぁ!?」
「ねーな?」
「ない」
「うん!」
「んもぉ〜〜!?」
とにかく、まだ時間はあるとは言え有限ではないので。宗睦にはバーテンダーの服に着替えてもらっている間に、真穂にも花菜と同じサイズの制服を貸したのだが。
胸の部分がガバガバで、さすがに霊夢や蘭霊を爆笑させたのだった。
紗凪や翠雨と別れて水族館を後にした、美兎に火坑は。
場所を移動すると、火坑に言われてまた電車に乗ろうとしたのだが。
「電車でゆったり、少々急ぎ目でバスも使ったりとありますが」
「急ぐ場所なんですか?」
「ええ。ひょっとしたら、いい品がなくなるかもしれませんのっで」
「? 食材ですか?」
「いいえ。食材ではありません」
なら、少々急ぎ目で向かいましょう。と、火坑に強く手を握られてから電車に急いだ。
金山に戻り、わざわざ名古屋駅に向かい。そこからあおなみ線という滅多に乗り換えない路線に乗った時、美兎はひとつ思い出したことがある。同僚が作っていた、大型ポスターの内容を。
「クリマですね!」
「……クリマ?」
「あれ?! 違いました? えと、クリエイターズマーケットですけど」
「ああ、すみません。略称を存じていなかったもので」
「私もすみません。うっかり、いつもの調子で」
クリエイターズマーケット。
それは、つくるひと達の『発表の場でありたい』と言う想いからスタートした、クリエイターを応援するイベントである。
ジャンルを問わず、多種多様なクリエイターが出店出来るイベントなので、一般客も気軽に訪れられるのである。夏と冬、各季節二日間行われるので、東京の俗に言うコミケとはまた違うとされているが。
デザイナーであれ、クリエイターのひとりでもある美兎は少し憧れていたのだが。学生時代も、就活や卒論に明け暮れていたので無理。
新卒の今年も無理だと思っていたのに、出来立ての彼氏様は本当に妖であれ、出来た存在である。
「ふふ。美兎さんはデザイナーでいらっしゃいますからね? きっと気に入るのではないかと」
「……火坑さんのお誕生日の日なのに、私が喜んでばかりです」
「いえいえ。美兎さんが喜んでいただけたのなら、僕も嬉しいです」
「……もぉ」
本当に、出来過ぎた彼氏様でいらっしゃる。
そんな、デート文句でもテンプレで王道な台詞でも様になるとは、美兎の心臓をキュンキュンさせるばかりだ。
とにかく、金城ふ頭に到着したら徒歩でゆっくりと移動して。会場であるポートメッセなごやに着くまで、美兎と火坑は指を絡めて手を繋いでいたが。
少し、紗凪が翠雨にしていたことを思い出したので、ひとこと断ってからぎゅっと彼の利腕に抱きついてみた。
「……おや」
「迷惑ですか?」
「いいえ。人混みの多い場所だと動きにくいでしょうが、今は大丈夫ですしね?」
「じゃ、マーケットに入ったら手でいいですか?」
「もちろん」
猫の頭ではなく、人の顔ではあるが。笑い方はそっくりだったので、美兎の胸も自然と熱くなっていく。
「あ、チケット」
が、すぐに大事なことを思い出したら、火坑にくすくすと笑われた。
「今日は、僕と美兎さんの大事なデートですよ? 前売り券は既に入手済みです」
「さすがです! けど、あんまり告知されていないのに」
どちらかと言えば、通常のポスターよりもWebでの告知が多い昨今では。クリエイターにもよるが、広告での告知よりもWebで確認することが多い。
妖でもある火坑なのに、と思うが。既にスマホなどを持ち歩いている時点で、現代社会に溶け込める要素はあるなと考えを改めた。
楽庵に、わざわざビールサーバーを導入するくらいだから。充分今風であるし。
その考えを読まれたのか、火坑にもまた、ふふと笑われた。
「ネットサーフィンはよくしますよ? SNSもごく一部ですが、料理人同士でやり取りをしますし」
「人間用ですか?」
「いえ、妖用です」
「妖でもあるんですか?」
「ふふ。妖には寿命の限りがありませんからね? 錦だけでなく、他府県の界隈でも妖の料理人は多数いますよ? その彼らから得る情報はまさに宝の山です」
「お店のお料理も、霊夢さん達から教わった以外のが?」
「ええ。近頃は、京都のおばんざいを参考にしています」
「京都!」
古都。美しい風景、美味しいもの。
メインは最後になってしまうくらい、食い意地が張るのは仕方がないが。もし小旅行などで彼と京都に旅行出来たらどんなにいいことか。
その前に、まずは彼御用達の市場に行くことが先だが。
「ふふ。冬場はかなり冷え込むので、おすすめしにくいですが。春辺りに桜を見に行きませんか?」
「春の京都!?」
桜満開の季節。
古都の春。
そして、やはり美味しいもの。
けど、今の火坑が着物姿になったらきっと様になるだろう。美兎は、ちょっと舞妓さん体験も出来たら、と思ったところでやめた。きっと、絶対似合わない。
「ふふ。美兎さんのお着物姿、とか。見てみたいものです」
なのに、この猫人は。美兎の頑な心を上手に溶かしてしまうのだから。
「に、似合いますかね?」
「ええ、きっと。いえ、絶対」
「……響也さんもお似合いだと思います」
「ふふ。僕の方は着物に少々慣れていますからね?」
それか、予行演習で名古屋でもお着物デートしますか。
と聞かれたものだから。
美兎はあと少しで、会場に到着する手前で火坑に強く抱きついたのだった。
そして、クリエイターズマーケットで思い思いに展示を見て回ったり販売物を一部購入したり。
飲食店からの出店もあったので、アイスだったりケーキだったりを少々食べ過ぎなくらいに。だから、美兎は少々後悔していた。
楽しみ過ぎて、未だに火坑に誕生日プレゼントを渡せていないのだ。ずっと持っているから、彼に聞かれるだろうとも思っていたのに、彼はわざとか単純に美兎の持ち物だと認識しているのか。
まるでつっこんで来ないので、美兎もトイレ休憩とメイク直しをするまで、すっかり忘れていたのだ。
「迂闊だった……楽しみ過ぎて」
それは別段問題はない。が、せっかくの初デートで彼氏の誕生日であるのに、その誕生日プレゼントを渡していないことだ。
そのことについては、今更渡しても申し訳ない気がしていた。もっと早く、むしろ今日最初に会った時点で渡せばよかったのにと思ってもあとの祭り。
今までの彼氏達には、わざわざ用意しなかったのに。それは火坑が妖だからとかは関係ない。大切に、大事にしたいと思う相手だからだ。
美兎は初めて、彼氏を大事にしたいと思えたのだ。これまでもまったく大事にしていなかったわけではないが、こう違うのだ。
とにかく、寄り添いたい気持ちが強くなるのがこれまでなかったので。彼には、嫌われたくないと強く思ってしまう。
だから、今日のプレゼントも気合を入れて選んだのに。
「……でも。後悔し過ぎて、またすれ違いたくない!」
メイクを整えてから、軽く両のほっぺを叩いて気合を入れたら。火坑は、ポートメッセなごやの扉前で待ってくれていた。
その待ち姿ですら、人間の顔であれ様になるのに。通り過ぎるマーケットの観客は女性客を含めてスルー。たしかに、烏天狗の翠雨のように振り向くほどの美貌ではないが。普通に人間の頭でもかっこいいと思うのに、誰も声をかける様子がない。
少し不思議に思ったが、彼の魅力は美兎だけが知っていればいい。そんな風にも思えたので、美兎は駆け寄ってから彼に紙袋を差し出した。
「……? これは」
「自分の荷物じゃなくて、火坑さんへのプレゼントだったんです」
「!……そうですか。ありがとうございます」
開けてもいいですか、と聞かれて。受け取ってもらってから美兎は強く首を縦に振った。
シックな黒い小さな紙袋の中身を取り出すと。もこもこではないが、少し薄手の細長いツートーンのマフラー。
臙脂と黒。今の火坑の服装にも似合いそうだった。
「ど、どうでしょうか?」
マフラーなら、界隈で身につけていても問題はないだろうと思って選んだのだが。
少し目を見張っていた火坑だったが、すぐに美兎に微笑んでくれてマフラーをそのまま自分の首に巻いてくれた。
「ありがとうございます! 大切に使わせていただきますね?」
「つ、使い心地。どうですか?」
「ええ、もう。薄いのにあったかいですね? 高かったのでは?」
「た、誕生日プレゼントですし」
「ふふ。失礼な聞き方でしたね?」
「いえ!」
喜んでもらえたのなら、美兎も嬉しい。
その気持ちが欲望になったのか、急に可愛い笑顔になった彼に抱きつきたくて。
つい、彼の胸元に顔を寄せてしまった。
「おや?」
「だ、ダメですか?」
「いえ。僕はいいんですが……」
「けど?」
「ここだと目立ち過ぎなので……抱き返すのは少々気恥ずかしくて」
「あ」
たしかに、今日はイベント。つまりはお祭り。
なので、人通りが多くて当然。それなのに、美兎は欲の進むがまま、彼氏の懐に入ったので。周囲を見渡せば、にこにこしている観客が何組か見えた。
実に、恥ずかしくなった美兎は慌てて離れようとしたら。珍しく声高らかに笑った火坑に、肩を掴まれて押し留められた。
「ははは! あなたはいつも僕の予想をはるかに越えた行動をしますね?」
そして、ひとしきり笑ってから、美兎の肩に顔を埋めてきた。
「こんなに楽しいこと、今までありませんでしたよ」
耳元で囁かれる低音が心地よく、心を震わせてくる。
美兎も、自分もだと答えれば火坑は肩に置いていた力をわずかに強めた。
「さて。次でひとまず最後です。錦に戻りましょう」
顔を上げた彼が、美兎の顔を覗き込んできた時は。
蕩けるような笑みで、美兎の心を鷲掴みしてきたのだった。
美兎の手を絡めながら、行きましょうと足を動かす前に美兎は彼に詳しい行き先を聞こうと口を開いた。
「楽庵に戻るんですか?」
「いいえ。本当は着くまで秘密にする予定でしたが。……実は、楽養や他のお店にも協力をお願いしたんですよ」
「わあ!」
絶対、素敵なパーティーになると美兎は期待が大きくなったのだ。
パーティーと言っても、火坑と美兎が到着するタイミングに始めるらしく、時間はそこまで気にしなくていいようだ。
けれど、パーティーと知ってしまった今。美兎は錦に着くまでそわそわしてしまっていた。
「ふふ、気になってしまいますか?」
栄の駅を降りた途端、火坑が小さく笑ったのだった。
「あ、すみません! その……恥ずかしながら、親しい人達とパーティーだなんて。学生時代もほとんどなかったので」
「おや。失礼ですが、大学もですけど、高校生とかでも?」
「その……夢に突っ走ってばかりで、あまり友人もいなかったんです」
まったくいなかったわけでもなかったが、夢であった今就職した会社に行くために。様々な青春を犠牲にしていた。だから、合間に少しだけ付き合っていた彼氏ともうまくいくわけはなく。
相手も悪かった部分もあったが、つまんない女だとレッテルを貼られてしまったくらいに。それを話せば、火坑が人混みの中なのに、ギュッと抱きしめてきた。
「き、響也さん!?」
いったい何を、と思っていると。ちょうど美兎の耳元に彼の顔があったのかくぐもった声が聞こえてきた。
「……そんなわけがありません。美兎さんは、とても魅力的な女性です」
「……響也さん?」
少しだけ腕の力が緩まったので、顔を覗き込めば彼は苦笑いでいた。
「僕と付き合って、よかったと思えるくらいに。これからもっと素敵な時間を過ごしましょう?」
「! はい!」
たしかに。
まだ新卒で大学を出てから一年も経っていないのに。妖達と関わり出したお陰で、美兎の色のなかった世界に少しずつ色が足されてきた。
それは、猫人の火坑と付き合い出してからもっとずっと。
改めて、彼の腕に抱きついてから界隈に行く道順を歩いて行ったが。彼の顔は、界隈に入ってもまだ人間のままだった。
「……戻さないんですか?」
「ふふ。とりあえず、今日ばかりは良いかと」
「?」
「少し、お久しぶりの方もいらっしゃいますからね? せっかくなので、変化の評価をしてもらおうかと」
「化けるのが、得意な人ですか?」
「美兎さん。人間だと化かされるで有名な妖、もとい妖怪はなんだと思いますか?」
「んー……狐、とか?」
「正解です。少々性格に難ありですが、バーテンダーの狐さんがいらっしゃるんです」
「バーテンダーですか!」
まだ界隈もだが、栄周辺のお洒落なBARにも行ったことがない。どうやら、霊夢の頼みで界隈の注目バーテンダーである狐狸の妖が出張してくれることになったそうだ。
無論、火坑とも顔見知りなので、知り合いではあるそうだが。性格に難ありとはどう言うことか。
それは、到着してからすぐにわかった。
「らっしゃい!」
「来たね!」
「お? らっしゃい!」
「あら〜ん? やっと来たのぉ〜?」
霊夢に蘭霊まではわかったが、今朝界隈で別れた座敷童子の真穂まで居て。
さらに、雪女で友達の花菜がいない代わりなのか。和装の楽養には不似合いの黒と紺で統一された、バーテンダーの制服を着ているおそらく男性。
と思うのは、口調がいわゆる『オネエ』だったからだ。今日出会った、烏天狗の翠雨に負けないくらいの美貌と背丈なのに。口調ですべて台無しにしているような気がして、美兎にはもったいなく映った。
とりあえず、彼が火坑の言っていた狐の妖らしい。
「こ、こんばんは。あの……バーテンダーさんははじめまして。私は、湖沼美兎と言います」
美兎が挨拶をすれば、バーテンダーの彼はぱあっと顔を赤らめたのだった。
「やだやだ! 火坑ちゃんの恋人の女の子、ちょー可愛いじゃなぁい!? それにあたしにも挨拶してくれるだなんて良い子ねん? こんな口調と也だけどぉ。あたしは狐狸……狐の宗睦よん? チカって呼んでもらってることが多いから、あんたもそう呼んでちょうだい?」
「え……と、じゃあ。チカさん?」
「んふふ〜〜! じゃあ、あたしは美兎ちゃんって呼んであげるん!……ちょっと、きょーちゃん? 化けは妖ならもっと華美になさいって言ったわよね? なんで、そんなフツメンちょい上くらいなの!?」
「ふふ。あまり目立つのは嫌なので」
「猫の顔ならイケメンなんだからん! 恋人出来たんだし、もっと素敵になさいな?」
「とは言え、この顔で目立つ場所に行き来しましたし」
「んもぉー!」
あと、火坑の行きつけの仕入れ先でもその化け方らしいので、今更と言うのもあるらしい。
それに、美兎も顔だけで火坑に惚れたわけでもないと告げれば、宗睦から熱い抱擁をされてしまった。
「わ!?」
「良い子過ぎるわ〜! 花菜の言ってた通りねん!?」
「ちょっと、宗睦さん? 僕の恋人に勝手に抱きつかないでください」
「チカとお呼び!」
「……チカさん」
「はいはい。出来立て熱々カップルの間に水刺す気はないわよん。とりあえず、ウェルカムドリンクだけ、ささっと作ってくるから」
と、あっさりと美兎を解放してから、カウンターの中に入って用意してたらしいウェルカムドリンクとやらを作り始めたのだった。
作る様子はもちろん見ていて楽しみになってきたが、美兎は気になっていたことを真穂に聞くことにした。
「真穂ちゃん、花菜ちゃんは?」
「んふふ〜! あいつにも春が来たのよ! 色々あったけど、ろくろ首の盧翔と付き合うことになったみたいよ!」
「え、いつ!?」
「今日の夕方前?」
「ええ!?」
「とりあえず、盧翔と話すのに少し遅れるそうだ。ついでに、盧翔まで連れてくるかもしんねーが」
「お、おおお、遅れました!!」
「霊夢の大将、すまねぇ!」
と、話が盛り上がってきたら本当に花菜と盧翔がやってきて。
美兎はおめでとう、と火坑と一緒に二人にお祝いの言葉をかけるのだった。
「おめでとう!!」
「おめでと!」
「祝いよん! おめでとう!!」
「おめっとさん!」
楽養で猫人の|火坑とお付き合いすること、兼彼自身の誕生日パーティーをすることになり。
祝われる美兎と火坑は、狐狸の宗睦が作ってくれたウェルカムドリンクの後に、持ち込みのシャンパンで祝杯をあげてもらった。
「あ、ありがとうございます」
「皆さんありがとうございます」
「なに、お前さん達の祝いだ。頼まれたからには、こっちは盛大に祝うぜ?」
と言いながら、黒豹の霊夢が大型冷蔵庫から取り出したのは。脂が凄い、肉の塊だった。
「おや、師匠。今日は牡丹鍋を披露してくださるんですか?」
「んー? お前さんらのリクエストを聞いても良かったが。任されたしな? 猟のシーズンだし、伊豆から仕入れたぜ?」
「伊豆……静岡からですか?」
「おう。別で角煮とかも作ったから、すぐに出してやるさ。蘭、頼んだ!」
「あいよ」
「大将! 俺も手伝う!」
「お前もある意味祝われる側だろ?」
「けど、花菜も仕事してるし」
「んじゃぁ〜? あたしのとコラボしましょうよん? カクテルに合うピザとか」
「お、いいな?」
と言うわけで、美兎と火坑以外てんやわんや状態になったのだが。不思議とゴタゴタしていない。妖ではあるけれど、ここにいるのは料理人に接客のプロ。
客に違和感をもたせない心意気など、お手の物なのだろう。専門外ではあるが、美兎もその気遣いは見習わなくては、と思えた。
「ほいよ。まずは、あったかいもんの一つだ」
狼頭の蘭霊が出してくれたのは、霊夢が言っていた角煮だそうだ。しかも、今調理している牡丹鍋用のイノシシ肉とはまた違う部位らしい。
贅沢、贅沢過ぎると思わず凝視してしまうくらいだった。
照り、艶、湯気に肉の存在感。
イノシシの肉で、角煮どころか肉自体を口にするのが初めてなので。思わずよだれが垂れてしまいそうになった。
「ふふ。美兎さん、冷めないうちにいただきましょう?」
「あ、はい!」
見惚れ過ぎだろうと我に返ったところで、ひとつ気づいた。
何故、真穂まで不格好な割烹着を着て手伝っているのだろうか。
調理補助くらい出来るのは、半同居に近い美兎の自宅での生活でよく知ってはいるのだが。真穂に視線を気づかれると、彼女はくすりと笑ったのだ。
「真穂の気まぐれ、って言うのは聞こえが悪いけど。目でたいことじゃない? たまには、こう言うのをしてみたいと思ったわけよ」
「そうなの?」
「ま。思ってた以上に手際がいいし、うちじゃ大助かりだ。花菜も見習えよ?」
「は……はい」
「ほらほら、角煮冷めちゃうから食べなよ?」
「あ、うん!」
箸で肉を割ると、圧力鍋を使ったかのようにすっと肉の繊維がほぐれて。まずは、辛子もつけずにひと口頬張れば。
夢のような心地よい、脂と肉の層が口いっぱいに広がっていった。加えて、外の寒さを忘れるような暖かさ。
「さすがは、先輩に師匠です」
「おうよ。おめーに負けるつもりは毛頭ねぇしな?」
「これ、ご飯が欲しくなります……!」
「おう。白飯勧めたかったが、祝いってことで牡蠣の炊き込みご飯作ったんだ。キノコじゃないから、お嬢さん食えるだろ?」
「牡蠣!? カキフライとか大好きです!」
「おっと。焼き牡蠣もする予定だったが、そうくりゃフライにしてやんぜ?」
「きゃー!」
火坑の誕生日なのに、火坑の誕生日なのに。
美兎との交際のお祝いでもあるから、もう無礼講。
なんでもありのパーティーとなってしまっていた。
「さて。角煮を堪能しているお嬢さんと紳士さん? ワインだけど、ボジョレーかピノノワール。どちらになさいます?」
辛子で角煮を食べようとした時に、宗睦が見た目通りのバーテンダースタイルでオススメを並べてくれた。
日本酒でも紹興酒とかではなく、ワインとは。とてもお洒落な組み合わせだと思った。
「甘めがお好きな美兎さんには、ピノノワールの方がオススメですが」
「ボジョレーって、毎年11月解禁とかで聞きますよね?」
「ふふーん。ヌーヴォじゃないけどぉ、中華料理に使うスパイスを製造の際に加えることがあるのよん。甘めではあるけど、ピノノワールよりはどっしりしてるわねん? 火坑ちゃんはボジョレー?」
「そうします」
「じゃ、じゃあ、私はピノノワールで」
「かしこまりました」
そして、どこからか出した専用のワイングラスに注がれていくワインを。
宗睦がそれぞれ置いてくれてから、無礼講なので火坑と軽くグラスをかち合わせた。
なかなかに、愛らしい笑顔の人間だと思った。
まったくゼロではないが、宗睦もバーテンダーとなってそこそこ長い。身を置いているBAR『wish』でも魑魅魍魎の変化で、自分と同類である狐狸の幻影術は様々な美女を見てきたものだが。
まあまあ、彼女らのような妖艶さはなくとも、なかなか愛らしい人間。火坑の見立ては間違っていないと思うくらいに。
酒はあまり強くないらしいが、甘めの味付けが好きらしく。宗睦が最初に出したウェルカムドリンクのカクテルもだが、今さっき出したピノノワールも実に美味しそうに飲んでくれている。
酒を勧める側としては嬉しい限りだ。
しかし、今日の楽養が出すメニューはどれも旨そうなものばかりだ。
たしかに、祝いだから仕様がないもあるが。どれもこれも、宗睦の好みでもある。出張費とは別に、一部食べさせてやると、主人である黒豹の霊夢が言ってくれたのだがいつになるのやら。
「牡蠣の炊き込みご飯も美味しいです!」
しかしまあ。
湖沼美兎と言う女は、見ていて飽きない。
宗睦が勧めた酒もだが、霊夢達が出していく料理も本当に美味しそうに食べているのでこっちまで笑顔が伝染しそうになった。
さすがに、飯ものの時には酒を勧めなうようにしたので、その間に一度店に戻って生地を取りに行ったろくろ首の盧翔の様子を見ることにした。
「どうなのよん、今日のピザの出来」
「ピザじゃなくて、ピッツァな!」
「へーへー」
自分の店のように、石窯はこの店にがないので。元狗神の蘭霊に教わりながら、オーブン窯でなんとか焼いているようだ。
「肉っ気が多いって、大将や蘭さんに聞いたからね? ちょっと野菜多めにしよーかと」
「あの子の苦手な食べ物聞いてるのん?」
「ああ。俺も本人に直接聞いたのもあるけど。蘭さん、美兎さんってキノコとコンニャク以外ありましたっけ?」
「俺もその程度だ。花菜は?」
「あ……あと、空豆やグリンピースもそんなに得意じゃないって」
「セーフセーフ! 空豆はともかく、ものによっちゃグリンピースは入れてたな?」
とりあえず、ピザ組も大丈夫なようだ。それにしては、見えているピザのシルエットが丸ではなく四角いのが気になったが。
「盧翔ぉ〜? 急いで作った割には、なんか珍しそうなもん作っているじゃなぁい?」
「へへん。イタリアのローマじゃ、むしろ丸よか四角いのが普通なんだぜ? 地元じゃ、『アルターリオ』とか呼ばれてんだ」
「ほー?」
「ふーん?」
「この作り方だと、宅配にもある四分割の味変もやりやすい。今日はマルゲリータとアンチョビのにしてみた!」
「美味そう……」
「美味しそう……」
「ヨダレ出そう……」
具材も聞けたので、宗睦は早速ピザに合うカクテル作りの準備に入った。
ビール系なら、ジンジャエールと割ったシャンディガフ。トマトジュースと合わせたレッドアイ。
ワインベースなら、白ワインと炭酸のスプリッツァーにカシスを混ぜたキールロワイヤル。
スピリッツなら、ジントニック。ソルティドック。とか、まあまあ上げたら切りがないので。
せっかくだから、本人達に選んでもらおう。腹の方はまだ満たされていないらしいが、これから出てくる盧翔のピザは少々重いですまないだろうから。
「ちょいと、美兎ちゃんに火坑ちゃん?」
「はい?」
「なんでしょう?」
ちょうど、牡蠣の炊き込みご飯を軽く一杯食べ終えたところだった。
「次くらいに、盧翔のピッツァが出来るそうよん? お供にするお酒はどうするん? ワインなら追加しちゃうけど、せっかくだからカクテルにしてみなぁい?」
「そうですね。せっかくのオススメですし」
「チカさん、どんなカクテルがあるんですか?」
提案に乗ってくれたので、先程悩んだカクテルの一覧をすぐに伝えたら。美兎はキールロワイヤルに、火坑はソルティドックを選んだ。
ソルティドックは、一応『wish』からグラスを持ち出しているので塩はレモン汁を使って、グラスの縁にスノースタイルと言う雪化粧のようにつけていく。
次に、グラスに氷を入れてグレープフルーツジュースとウォッカを入れて、マドラーで軽くステアするだけ。仕上げにレモンの輪切りを添えて。
美兎の方も、ビアカクテル用のグラスに材料を入れたらステアするだけ。
カウンターテーブルの上が空になってから、それらをコースターもセットして置いたのだった。
「わ、綺麗! 私、カクテルって少し勘違いしてたんです」
「勘違いかい?」
「はい。テレビの演出とかドラマとかであるじゃないですか? シェイカーでしたっけ? カクテルってあれで全部作るものかと」
「あっはっは! たしかに、人間もだが妖でも知らない連中は勘違いするねー?」
宗睦も酒の世界を知るまでは、美兎と似た疑問を持っていた。しかし、錦の界隈に出入りするようになり、師匠の下で修行するようになってからそれは違うとわかった。
その疑問を持つ存在は人間や妖問わずにまだまだ多いだろう。
もっと酒を知りたいのなら、『wish』にも火坑とかとおいで、と一応名刺を渡しておいた。
「おっと! アルターリオの完成だぜ!」
店中に広がる、ピザ独特のいい香り。
祝いも兼ねているのでかなり大きかったため、霊夢の提案で全員で食べることになった。
御相伴出来たので、宗睦も遠慮なくマルゲリータの部分を食べたのだが。さすがは、ピザ職人。美味過ぎだと絶賛した後に、奴の背中を強く叩いたのだった。