ここは、錦町に接する妖との境界。
ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。
たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。
元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵』に辿りつけれるかもしれない。
桜も終わりを迎え、初夏に突入した。
錦の界隈で小料理屋を営む、猫人の火坑は店の玄関掃除をしている時に思った。
また名古屋の焼けるような暑さが来る時期に近づいている。
どんな食材を、どんな料理を作ろうか楽しみが増えてきた。特に、恋人の美兎にどんな料理を作ってあげようか、と思うと楽しみが自然と増えてしまうのだ。
「ふふ。自分で言うのもなんですが、僕も変わりましたね?」
猫人の生を得て、わずかに二百年程度。
そのうちの、ほんの砂粒程度の年月なのに。
愛しい愛しい、人間とは言っても女性と心を交わして、恋仲になれた。
婚姻を結ぶのは、彼女の人生を考えてしばらく先ではいるが。
いつか、とは思っている。
そのいつか、が五年十年先だとしても。妖の生き方を思えば、本当に砂粒程度の時間だ。美兎も受け入れてくれるかは、わからないが。あの短い期間、悩んでくれたのだ。いい方向であって欲しい。
「精が出ていますね? 大将さん?」
「……おや」
掃き掃除に夢中になっていると、客足の音に気づかなかった。
顔を上げれば、目の前にいたのは雨女の灯里。その後ろには、息子である晴れ男の灯矢が恥ずかしそうに、モジモジしていた。
空が晴れなのは、灯矢がいるせいだろう。まだまだ幼いのに、妖力が確実に育んでいるのかもしれない。
「……こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。お久しぶりですね?」
「ええ、去年以来。色々立て込んでたもので」
それと、と灯里は灯矢の頭を撫でてやった。
「お、おかあさん……」
「灯矢? お母さんは連れてきたのだから、大将さんにきちんと伝えなくては」
「……僕に御用が?」
なんだろう、と。掃除道具を店に立てかけて、灯矢の前に屈んでみた。
あの時は、感情の起伏がそこまでなかったが。今は年相応に恥ずかしがったりと、表情を変えていた。
にっこりと笑ってやれば、灯矢は恥ずかしがりながらも笑顔になってくれた。
「あ、あの……お兄さん、の」
「はい」
「ご飯……また…………食べたく、て。連れて来てもらいました」
「おや、そうなんですか? ありがとうございます」
「すみませんね? この子が、いい子に出来たご褒美に何がいいか聞いたら。大将さんのご飯がいいって」
「構いませんよ? 仕入れは終わったので、仕込みも落ち着いていますし」
昼過ぎだったのが幸いだった。
今日は気分的に朝イチで響也となって、柳橋に行って仕入れをしてきたお陰で。昼過ぎには、仕込みが完了していた。
ランチ営業は、ひとりで切り盛りしているせいでなかなか出来ないでいるが。今日くらいはいいだろうか。貸し切りにさせるのも悪くない。
了承すれば、灯矢が火坑に両手を差し出してきた。
「心……のかけら」
一度きりなのに、覚えていたのだろう。
火坑はまた嬉しくなったが、少し待っていてくれと、掃除道具を片付けてから二人を店に入れて。表には、『貸し切りです』と一筆書きで貼り紙をしたのだった。
「さあ、灯矢君? 何が食べたいですか?」
「……オムライス」
と、リクエストがあったので。心の欠片はあの時と同じようで違う、『卵達』にさせて。
自宅で作る時とは違う、楽庵らしいオムライスを作ることにした。
ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。
たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。
元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵』に辿りつけれるかもしれない。
桜も終わりを迎え、初夏に突入した。
錦の界隈で小料理屋を営む、猫人の火坑は店の玄関掃除をしている時に思った。
また名古屋の焼けるような暑さが来る時期に近づいている。
どんな食材を、どんな料理を作ろうか楽しみが増えてきた。特に、恋人の美兎にどんな料理を作ってあげようか、と思うと楽しみが自然と増えてしまうのだ。
「ふふ。自分で言うのもなんですが、僕も変わりましたね?」
猫人の生を得て、わずかに二百年程度。
そのうちの、ほんの砂粒程度の年月なのに。
愛しい愛しい、人間とは言っても女性と心を交わして、恋仲になれた。
婚姻を結ぶのは、彼女の人生を考えてしばらく先ではいるが。
いつか、とは思っている。
そのいつか、が五年十年先だとしても。妖の生き方を思えば、本当に砂粒程度の時間だ。美兎も受け入れてくれるかは、わからないが。あの短い期間、悩んでくれたのだ。いい方向であって欲しい。
「精が出ていますね? 大将さん?」
「……おや」
掃き掃除に夢中になっていると、客足の音に気づかなかった。
顔を上げれば、目の前にいたのは雨女の灯里。その後ろには、息子である晴れ男の灯矢が恥ずかしそうに、モジモジしていた。
空が晴れなのは、灯矢がいるせいだろう。まだまだ幼いのに、妖力が確実に育んでいるのかもしれない。
「……こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。お久しぶりですね?」
「ええ、去年以来。色々立て込んでたもので」
それと、と灯里は灯矢の頭を撫でてやった。
「お、おかあさん……」
「灯矢? お母さんは連れてきたのだから、大将さんにきちんと伝えなくては」
「……僕に御用が?」
なんだろう、と。掃除道具を店に立てかけて、灯矢の前に屈んでみた。
あの時は、感情の起伏がそこまでなかったが。今は年相応に恥ずかしがったりと、表情を変えていた。
にっこりと笑ってやれば、灯矢は恥ずかしがりながらも笑顔になってくれた。
「あ、あの……お兄さん、の」
「はい」
「ご飯……また…………食べたく、て。連れて来てもらいました」
「おや、そうなんですか? ありがとうございます」
「すみませんね? この子が、いい子に出来たご褒美に何がいいか聞いたら。大将さんのご飯がいいって」
「構いませんよ? 仕入れは終わったので、仕込みも落ち着いていますし」
昼過ぎだったのが幸いだった。
今日は気分的に朝イチで響也となって、柳橋に行って仕入れをしてきたお陰で。昼過ぎには、仕込みが完了していた。
ランチ営業は、ひとりで切り盛りしているせいでなかなか出来ないでいるが。今日くらいはいいだろうか。貸し切りにさせるのも悪くない。
了承すれば、灯矢が火坑に両手を差し出してきた。
「心……のかけら」
一度きりなのに、覚えていたのだろう。
火坑はまた嬉しくなったが、少し待っていてくれと、掃除道具を片付けてから二人を店に入れて。表には、『貸し切りです』と一筆書きで貼り紙をしたのだった。
「さあ、灯矢君? 何が食べたいですか?」
「……オムライス」
と、リクエストがあったので。心の欠片はあの時と同じようで違う、『卵達』にさせて。
自宅で作る時とは違う、楽庵らしいオムライスを作ることにした。