ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。










 四月(卯月)目前。

 三月もあと少し、と言うところで。美兎(みう)は大好きな恋人、猫人の火坑(かきょう)と着物でデートする約束をしていた。

 着物はレンタルショップではなく、美兎の守護である座敷童子の真穂(まほ)から借りることになったのだ。

 金曜の夜に、界隈の真穂の家にお邪魔して。小物から何から何まで用意してくれたことには驚いた。


「すっごーい!」


 豪華絢爛と言うゴージャスなものから、可愛らしいもの。現代に合わせた生地に模様があるものまで。

 どれもこれもが素晴らしく、本当に美兎が借りていいのか、と少々不安になった。


「着せるのはまっかせなさーい? とりあえず、三月も終わりだーかーらー」


 パパっ、パパっと着物と小物などを仕分けて。片付けながら美兎の前に置くと、それもそれで美兎の好みの着物ばかりを用意してくれた。


「こ……こんな綺麗なのを……?」
「美兎に地味柄着せれるわけないじゃん? 真穂の人化と背丈あんまり変わんない……けーど」
「けど?」
「浴衣じゃないけど。美兎の胸でかいから、ちょこっとは潰さないとね?」
「……そーなの?」


 例の元彼には小さいのなんのとか言われていたから、平均以下だとは思っていたが。

 そうか、小さくないんだ。と、少し嬉しくなった。

 とは言え、火坑とそう言う進展にまで行くのは当分先だ。うっかりで致してしまったら、美兎の人生を大幅に狂わせてしまう。

 LIMEで、先祖の美樹(みき)に聞いたりはしたが、出来るだけ人間界での生活を謳歌してからがいいと言われた。たった一回でも。妖の力で、人間の体は簡単に変わってしまうらしい。

 それに、身近。会社の先輩同期もだが。美兎の兄である海峰斗(みほと)までもが、今目の前にいる真穂と付き合っているのだ。

 女もだが、男の方が性欲が強いとされているのに。

 海峰斗は大丈夫か、少し心配になってきた。


「ん? どうかした?」
「……あの、さ」
「うん?」
「お、お兄ちゃんと……その」
「うん?」
「せ……っくす、我慢してる?」
「ぶは!? いきなりどしたの?」
「ちょ、ちょっと……気になって」


 直球過ぎだと思ったが、気になると聞いてしまっていた。

 真穂と海峰斗との問題だが、美兎も他人事ではない。多分だが、いつか響也(きょうや)の姿で火坑とはそう言う関係になるだろうから。

 だから、聞いてみたかったのだ。


「まあ、そうね?」


 帯をカーペットの上に置いてから、真穂は腕を組んだ。


「みほには超我慢させてるわ。男だし、人間にしちゃいい歳だし。キスしかしてないけど、まあ凄い凄い」
「す……ごいんだ?」
「そう言う面は、妹のあんたでも知らなくて当然よ? お陰で、キスシーンのネタには事欠かないわ」
「おお……」
「は、ともかく。みほの仕事は接客メインだもの。しかも、真穂みたいに定年があるようでない職種。だから、もしみほと結婚しても子供作るまでは、なーし。って話し合ったわ」
「……すごい長いね?」
「みほも納得してくれてるわ。ま、最後までしなきゃ大丈夫は大丈夫だけど」


 理性無くす可能性あるから、禁止にはした。と、真穂は言い切った。海峰斗も頑張っているんだなと、美兎は思えた。

 なら、美兎も今は我慢しようと決めた。


「うん。ありがと」
「けど、美兎も美兎でちゃーんと火坑とそう言う決め事した方がいいわよ?」
「? うん?」
「半分人間のようでいて、あいつは獣だからさ?」
「猫だから?」
「猫だから」


 意味がよくわからなかったが、とりあえず。

 美兎はピンクと薄い金色が地の着物を選ぶことにして、髪も着付けも一通り真穂に手がけてもらうことになった。