加護を、またひとつもらったらしい。

 美兎(みう)の身体にそう変化は起きなかったが、滝夜叉姫の五月(さつき)はそれからスッポンのスープと雑炊を平らげてから。

 来た時と同じく、いきなり去ってしまい、また会おうとだけ言い残して行った。

 何が起きたのかさっぱりだが、楽庵(らくあん)の店主であり恋人の火坑(かきょう)は相変わらず涼しい笑顔のままだった。


「ふふ。不思議そうですね?」
「……はい。よくわからなくて」
「あの方からの加護……と言うと。ひょっとしたら、美兎さん。妖術が多少使えるのかもしれませんね??」
「え!?」


 そんなまさか、と思っても火坑はふるふると首を横に振ったのだ。


「いえいえ。人間で妖術を扱えたあの方だからこそですよ? 気にいる人間など米粒の数ほどだけ。その条件をクリアした美兎さんですから……可能性はあります」


 そして、酔い覚まし用にと熱いほうじ茶を出してくれたのだ。


「けど……使ったことがないのに。どうやれば……?」
「そうですね? では、蛍火といきましょうか?」
「ほたるび??」
「蛍の灯りのように、薄緑色の灯りを作る妖術ですね?」


 イメージと呪文を教わり、美兎は試しに妖術とやらを実践してみることにした。


「薄灯り、灯火、揺らぐ蛍……照らせ」


 すると、ひとつだけだが頭上にぽんっと小さな薄緑色の灯りがともった。

 火坑のではない、と分かったのは彼が手を叩いてくれていたから。なので、本当に使えたと美兎も喜びが込み上げてきた。


「お見事です」
「わ……わあ!? すっごいです!! 私にも魔法が!?」


 はしゃいでいたら、いつのまにか彼の手を掴んでしまった。人間ではない、猫の手に似た手。

 そして目が合うと。自然と距離が縮まって、と思ったら。


「ごっめーん! 野暮用だったから抜けてきたー!! ……れ?」


 いきなり乱入してきた座敷童子の真穂(まほ)のせいで、キスはお預け。二人揃って咳払いをしてから、彼女に五月のことを話したのだった。


「ふーん? 自由気ままなあいつがね?? 美兎ったら、怨霊だったやつにまでモテモテ過ぎない??」
「う、うーん。よくわかんないんだけど」
「美兎さん……だから、と僕は思いますけどね?」
「火坑、余裕ぅ?」
「いえいえ。僕も多少は嫉妬くらいしますよ?」
「へー?」
「……なんで私見るの?」
「愛されてるなあって」
「んもぉ!!」


 それともう一つ。真穂がいるから聞けるかもしれないが、妖。真穂や雪女の花菜(はなな)は例外だけれど、火坑達にタメ口を使っていいものかと聞けば。


「僕はどちらでも構いませんよ?」


 美兎さんのお好きな方で。と言われたら、悩むしか出来なかった。


「じゃさ? 真穂は当日隠れているけど。美兎のお母さん達に聞いたらいいじゃない? 設定は二十八歳にしてるんだからこそ、普通の人間だとなかなか敬語って取れないんだと思うし」
「それ以上に、本当はもっと歳上だもん」
「だからよ。真穂は違うけど……火坑も本当は外して欲しいんじゃなあい?」
「ふふ。ご想像にお任せします」
「ちぇ」


 火坑と対等に話が出来る。

 あと数日で、それが外せるかと言われても。美兎には難しいとしか思えなかった。ので、その話はそこで終わることにした。