いざ、食べようと。火坑(かきょう)がコンビニとかで渡されるような紙おしぼりで手を拭いた後。

 火坑もだが、隆輝(りゅうき)美兎(みう)の後ろをじっと見つめていた。沓木(くつき)も気がついたらしく、美兎の後ろを振り向くと目を丸くしたのだった。


「あ、あの……?」
湖沼(こぬま)ちゃん、後ろ後ろ」
「はい?」


 やっぱり何かいるのかと振り向けば。

 まったく人化にも変身していない、『河童』がよだれを隠さずに立っていた。だが、この前会った水藻(みずも)とは違って、もっと子供な感じだ。

 誰だろうと首を傾げると、左の方向から誰かがやってきたのだ。


「みーずーとぉおおおおお!?」


 この河童の名前を呼びながら、美しい黒髪を振り乱してやって来たのは目を見張る程の美少年だった。上着をきちんと着込んで、パッと見た感じは人間には見えたのだが。

 呼ばれた河童が彼を見れば、『にいちゃ』と可愛らしい声を上げたので、十中八九妖なのだろう。


「にいちゃ!」
「おバカ!! 水藻が必死になって探しているのに、なーんで僕の近くからも離れるの!?」
「ご、ごめしゃ……」
「はいはい。言い訳は俺より水藻に言いなさい。……あ」


 少年もこちらに気づいたが。美兎や沓木よりも、火坑や隆輝に目を向けていた。


「お?」
「おや?」
「大将さん達だ! え、なんで? なんで……って、ことはそっちのお姉さん達は」


 ぽんっと手を叩いて、一人で納得していたのだった。


「ふふ。美兎さん、こちらの方は水藻さんがおっしゃっていた方ですよ?」


 そして、火坑は美兎のちんぷんかんだった頭にヒントを出してくれた。


「水藻さんが……?」


 美少年と河童。

 たしか、山の神に仕える妖であり。楽庵(らくあん)で席を共にした時に、人魚に会わせてくれると約束してくれたのだが。

 まさか、この美少年が、と妙に納得出来てしまいそうだった。


「はじめまして! 僕は千夜(せんや)と言います!! えと……そっちの桃色の振袖のお姉さんが、水藻を知っているなら。聞いているかもね? うん、僕……河の人魚」


 名乗りは元気だったが、正体に関しては小声で教えてくれた。人魚だから勝手に女の子をイメージしていたのだが、どうやら男の子らしい。

 みずとに妖術で人間の子供にさせてから、一緒にぺこりと謝ってくれた。


「水藻さん達も参拝ですか?」


 火坑が聞けば、千夜が苦笑いしたのだった。


「半分は、ここ近辺の露店巡りだよ。人間達の供物よりも美味しいからね? まだちっちゃい僕や水藻の弟や妹達を連れていく理由にもなるけど」
「だよなだよな? 露店のもんは高くてもうまいもんな?」
「隆輝んとこのお菓子も美味しいよ?」
「どうも、ご贔屓に」


 見た目は少年でも、隆輝は火坑と同じ年頃らしいから、千夜の方が歳上かもしれない。

 それも気になるが、みずとが相変わらずかまぼこのおにぎりを見つめていたので、美兎が火坑に目配せしてから二つを取り。みずとと千夜の前に差し出した。


「う?」
「え、いいの!?」
「たくさんあるし、みずと君が欲しがっていたから」


 ラップを巻いてあるおにぎりをそれぞれの手に握らせたら、千夜が苦笑いしたのだった。


「ありがと。今度楽庵行く時に、お土産持ってくよ」
「あら、いいのに」
「ふふ。僕、お姉さんが気に入ったよ! 山の神にも頼んで、とびっきりのお土産持ってく!!」


 じゃあ、またね、と。軽く風が吹いたら二人の姿はもうなかった。


「……妖怪でも、見た目通り元気な子達だったわね?」
「あれでも、神の使いだから。俺やきょーくんよりずっと歳上だよ?」
「そうなの? まあ、(たか)君まだ若いもんね?」
「ふふ」


 いったい幾つかと聞くのは野暮かもしれない。

 火坑も江戸時代から生きているらしいし、二人は友人だから同じ年頃かもしれないが。

 とりあえず、美兎達もかまぼこのおにぎりを口にすると。

 やはり、料亭レベルのおにぎりは時間が経っていても美味しかった。