-side 岬京香-

 今日は2月の第1日曜日。ついに田島兄妹と出かける日がやってきた。

「き、今日は一応私なりにオシャレをしたつもりだけど...これ似合ってるのかな...?」

 約束の時間の10分前に駅のホームに着いたものの、どうしても心を落ち着かせることができない。今着てるちょっぴり大人っぽい服が背の低い私に似合ってるのかなって気になっちゃうし、田島くんとこれから顔を合わせるってことを考えるとそれだけでドキドキしちゃったりして...

 でも...やっぱり今日はワクワクするなぁ...

 ...なんてことを考えて頬を緩ませた時だった。
 
「おはよう岬さん! 着くの早いね! もしかして待たせたかな?」

 駅のホームの壁に寄りかかっていた私に明るく声を掛けてくれた男の子。今日の彼はニットシャツの上に茶色の皮のコートを羽織り、下にはジーパンを履いている。

「お、おはよう田島くん! わ、わ、私は全然待ってないよ! い、今来たところだよ!」

 うぅ...緊張して思いっきり噛んじゃった...

 どうしよう...私服姿の田島くんが想像以上にカッコよくてまたドキドキしてきた...

「あ! そ、そういえば田島くん! 友恵ちゃんはどこにいるの? もしかして今日は遅れて来る感じ?」

「あー、友恵? ごめん、なんかアイツ風邪引いたらしいんだよね...今日は来れないみたい」

「え...? じゃあ今日って私と田島くんの2人きりなの!?」

「ま、まあそうなるかな...」

 え、ちょっと、友恵ちゃん!? なんてタイミングで風邪引いてんの!? 1日中田島くんと2人きり!? そんなのドキドキし過ぎて私の心がどうにかなっちゃうよ!!


 と、予想外の事態に驚いていると突然ポケットに入れている携帯が鳴った。

「田島くんごめん、ちょっと携帯確認してもいい?」
 
「うん。時間に余裕あるし全然いいよ」

 そして半ばパニック状態のまま携帯画面を確認すると友恵ちゃんからメッセージが来ていた。

『京香さんおはようございます! よくよく考えると京香さんが兄貴と距離を縮めるには2人きりになった方が良いってことに気づいちゃいました! というわけで今朝は仮病を使わせていただきました! 良かったですね京香さん! デートですよ! デート! 今日は頑張って兄貴をドキドキさせちゃってください*\(^o^)/* 』

 あぁ、なるほど...そういうことね...



 って友恵ちゃん何してんのよぉぉぉ!

 いや、その気遣いはとってもありがたいよ!? 私も最終的には田島くんと2人で出かけられるようになりたいしね!? でも今はまだ私的にはその段階じゃないというか! 心の準備が出来てないというかなんというか...

 はぁ...友恵ちゃんって良い子過ぎるのね...気遣いが出来すぎるのも考えものだわ....

「...岬さん、なんか浮かない顔をしてるみたいだけど何かあった? 大丈夫? 具合悪かったりしない?」

「えっ!? あ、い、いや! な、なんでもないよ!」

 2人で出かけることが完全に確定し、田島くんに話しかけられただけで思わず取り乱してしまう私。

 こ、この調子で普通に会話なんてできるのかな...

 私服姿の田島くんを見るだけでもドキドキするのに...これから2人きりでお出かけなんて...

 うぅ...今日一日私の心臓もつかな...



-side 田島亮-

 岬さんと隣り合って電車に揺られ、映画館を併設するショッピングモールがある隣町へと向かう。『友恵の風邪』というハプニングによって岬さんと2人きりになってしまったため、どうしても緊張してしまう。

 しっかし、それにしてもいつもと違う服装で外出するってのは結構しんどいのな。やっぱり部屋着のジャージこそ至高だと思うわ。

 でもジャージのまま家を出ようとしたら友恵が鬼の形相で俺のことを呼び止めてきたんだよね。そしたら俺の部屋のクローゼットからシャツやらジーパンやら色々引っ張り出してきてさ、

『バカ兄貴! これに着替えてから行け!』

 って言ってきたからジャージから着慣れていない服に着替えたわけですよ。

 それにしてもあの時の友恵の動きはめっちゃ機敏だったな...あいつ本当に風邪なんか引いてるのか...?





 それと...岬さんが駅で会った時からずっとそわそわしている気がするんだよな...やっぱ俺と2人きりっていうのは結構気まずく感じちゃうのかな...

 まあ急に友恵が来れなくなって、一度も一緒に出かけたことない俺といきなり2人きりにされたんだもんな。だったらリラックスなんて普通出来ないか。

 ...だが、リラックス出来ないのは俺も同じだ。むしろ俺の方が落ち着いていない説ある。

 だって今俺は美少女と2人きりで出かけてるんですもの。

 こんなのよっぽど女慣れしてない限り緊張して落ち着けないでしょ。家を出た時は『まあ岬さん前髪で顔隠してるし緊張とか別にしないんじゃね?』とか思ってけどさ、全然そんなことなかったわ。

 だってさ、いざ岬さんと対面すると脳裏でチラつくんだよ。以前俺に見せてくれた美しいお顔が。そのせいで岬さんの顔は隠れてるのにも関わらずなんか緊張しちゃうんだよね。

 しかも今日は岬さんの服装がやたら大人っぽいんだよ。身長は小学生並みに低いはずなのに全然幼さとか感じない。いつもの制服姿とのギャップにやられてさらに緊張しちゃう。

 というわけで『そわそわしている岬さん×緊張してる俺』という組み合わせになっているせいでさっきから俺たちの間には全くもって会話が無いのである。

 ...そして結局俺たちは電車内で会話ができないまま隣町の駅に着いてしまった。

「じ、じゃあ降りようか」

「う、うん」

 そして電車から降りた俺たちは改札口で運賃支払いを済ませ、駅の真正面にあるショッピングモールへと歩き始めた。

 うーん、やっぱりこのまま会話が続かないのはマズイよな...せっかく岬さんが俺を誘ってくれたのにこのまま微妙な雰囲気っていうのはお互い良くない気がするし...

 よ、よし! まだちょっと緊張してるけどここは男の俺から会話を始めるとするか!

「ねぇ、岬さん? そ、その...今日の岬さんってなんか普段と雰囲気違う感じがするよね」

「そ、そう...? 私に何かおかしいとこがあったりするのかな...?」

「そ、そういう意味じゃないよ! その服似合ってるなーって思ったんだ!」

「ほ、ほんとに!? ありがとう!」

 すると岬さんは突然俺に顔を近づけてお礼を言ってきた。

「ご、ごめん岬さん...ちょっと顔が近いです...」

「あっ! ご、ごめん! 今すぐ離れるね!」

 俺から指摘され、慌てて距離をとる岬さん。

 ...あー、うん。素顔を知ってる状態でいきなり顔を近づけられるのってとても心臓に悪いですね。マジでめちゃくちゃドキッとした。



「えへへぇ...えへへぇ...」

 ...え、なんか隣の岬さんがめっちゃニコニコしながら歩いてるんだけど。どうしたんだろ。何か面白いことでもあったのかな。

「...岬さん? なんか良いことでもあった?」

「えっ! あっ! いやっ! 今ニヤニヤしちゃってたのは、その...そう! 思い出し笑いだよ!」

「? 思い出し笑い?」

「そ、そう! 昨日のテレビ番組に出てた芸人さんを思い出してたの! アー、アノヒトタチオモシロカッタナー」

「そ、そうなんだ...」

 へぇ...岬さんもお笑い番組見たりするんだな...なんか意外...


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 俺と岬さんはどうにか会話を続けたまま映画館に到着。今日は日曜だということもあり、館内は大勢の人で賑わっているようだ。

「岬さん、何か見たい映画あったりする?」

「うーん、友恵ちゃんがおススメしてくれた映画があるからそれ見たいかも」

「よし、じゃあそれにしようか。何て名前の作品?」

「えーっと、確か『マイヒーロー』だったかな」

「おっけー、じゃあ今からその映画のチケットを2人分買ってくるね。岬さんはそこら辺のベンチにでも座って待っててよ」

「え、私の分まで買ってきてくれるの...?」

「うん。1人分買うのも2人分買うのも手間は同じだし」

「あ、ありがとう田島くん...!」

「はは、良いって良いって。じゃあ早速買って来るね!」

 そして俺は2人分のチケットを買いにチケット売り場へと向かった。



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「いらっしゃいませ...ってお前亮じゃん! こんなとこで会うなんて奇遇だな!」

「え、翔!? なんでお前こんなとこにいるんだ!?」

 チケット売り場に到着したは良いものの、受付の店員がまさかの知り合いだった件について。

「なんでこんなところにいるか? そんなのバイトに決まってるだろ。日雇いのバイトだよ。今日はたまたま部活の練習が休みになってな。何もしないのもアレだし働こうかなって思って」

「な、なるほどな...」

「まあ今はそんなことはどうでもいい。今のお前はお客様なんだ。とりあえずチケットの注文をしてくれ」

「ああ、分かったよ。じゃあ『マイヒーロー』のチケットを2人ぶn...ってストップ俺!」

「は? 急にどうしたんだ?」

 マズイ。マズイぞ。このままチケットの注文を済ませるのは結構マズイ。なんか、こう...後々面倒くさい状況になる気がする...

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〜case1〜

俺「チケット2人分くれ」

翔「え、2人分? 誰と見に来たんだ?」

俺「岬さんだよ」

翔「へぇー。で、お前らはどういう関係なの?」

俺「え、えーと、それは...」

BAD END


〜case2〜

俺「チケット2人分くれ」

翔「え、2人分? 誰と見に来たんだ?」

俺「妹だよ」

翔「え、お前の妹ってどの子? 近くにいるんだろ? なあ、どの子なん? 気になるから教えてくれよ」

俺「い、いや、実はこの場にはいなくて...」

翔「え? じゃあお前は誰と来てるんだ?」

俺「え、えーと、それは...」

BAD END


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 というように今の俺は岬さんと居るということを正直に話しても、岬さんといるということを誤魔化そうとしても翔から疑いの目を向けられるというデッドロック状態なのである。

 まあ俺自体は別に翔に岬さんと2人でいるところを見られても構わないんだよ。翔に噂を流されたところで俺に大したダメージは無いからな。

 でも岬さんは性格的に俺と2人きりだったってことを誰にも知られたくないだろ。ただでさえ人目を怖がっているんだ。学校で俺との関係を冷やかされるような噂を流されたら岬さんは深く傷ついてしまうかもしれない。

 というわけで翔に今の状況を知られるのは色々とマズイのである。

「なぁ、亮。お前結局チケット買わねーの?」

「買う...買うがもう少し待っててくれ...」

「まあ別に良いけど早くしろよ? 後ろにもお客さんいるんだからな?」

 考えろ。考えろ俺。この状況を打開する策を捻り出せ...!

 

 ...そして思考すること数秒。とある考えを閃いた俺はポケットから携帯を取り出して岬さんにメッセージを送った。

『岬さん! お願いがある! 申し訳ないけど5分間だけ前髪上げて眼鏡外しといてくれない?』

 ...よし、とりあえずこれでバッドエンドは回避できるはずだ。



「すまん、翔。待たせたな。とりあえず準備OKだ」
 
「やっとかよ。じゃあ早速注文を言ってくれ」




 よし! 作戦決行だ!