-side 仁科唯-
田島が隣に座ったのを確認した私は、早速話を始めることにした。
「あのね、昔話をしようと思うの。まあ、昔といっても4ヶ月前の話なんだけど」
「あー、仁科。ちょっと待ってくれ。昔話をするのはいいけどさ。お前、寒くて手が震えてるじゃねえか。まあ、とりあえずコレを着とけよ」
すると田島は学ランを脱いで私の肩に掛けてくれた。
......あ、少し体温が残っててあったかいかも。
あれ? でも学ランを脱いじゃったら、今度は田島の身体が冷えちゃうんじゃ......
「ね、ねぇ、田島。これを私が着てたら今度は田島が寒くなるんじゃないの?」
「ん? まあ、確かに寒いっちゃ寒いけど......でも、ほら、アレだよ。"バカは風邪を引かない"って言うじゃん?」
「ふふ、なによそれ。だったら私もバカだから風邪を引かないんじゃないの?」
「いやいや、お前より俺の方が点数低いからさ。きっと俺の方が風邪を引きにくいんだよ、多分。あと、お前ってテスト期間に結構無理をして勉強してたみたいだから、身体が弱ってるんじゃないかなー、と思ってさ。まあ、いいから今は自分の身体の心配だけしとけよ。俺への心配は一切無用だ」
「......うん、わかった。ありがとう、田島」
この男は無自覚でこういうことをするから困るのよね。別に狙っても無いくせに、時々女の子が勘違いしちゃうようなことをコイツは平気な顔でやってのけるのよ。もうっ、そういうところは記憶を失っても全然変わっていないんだから。
ふふ、でも私は変な勘違いをしたりなんてしないんだからね? だって私は、田島が100%の厚意でこういうことをするヤツだって知ってるんだから。田島がそういう男の子だっていうのは、誰よりも私が1番理解してるんだから。
確かに田島は普段はバカをやってふざけてるだけに見える。でも実は周りの人のことがよく見えていて、自分よりも他人を優先して行動してしまうヤツなんだよね。だから、さ。今もこうして自分が寒いのを我慢してまで私のことを暖めてくれてるのよ、きっと。
そういう他人を思いやれる優しい性格は田島の長所なんだと思う。でも......私は田島のその性格は短所にもなり得ると思ってるのよね。
だって田島は自分のことをもっと大事にするべきだもん。周囲の人優先で動くのはもちろん悪いことじゃないわ。でもたまには......自分のことも優先してほしいと思っちゃうのよね。
--もう2度と......事故の時みたいに自分の命を張ることだけはやめてほしいの......
「......あのー、仁科さん? なんで急に黙り込むんですかね? 昔話をするんじゃないんですかね?」
「あ、ご、ごめん! えへへ、なんかぼーっとしちゃった......」
田島に声をかけられて現実に引き戻される。いけないいけない。随分と長い間、物思いに耽ってしまっていたみたいね。
「よ、よし、じゃあ早速昔話を始めるわよ」
「おう。よろしく」
そしてその後、私は夏休み最終日に落ち込んでいる私を田島が見つけてくれたこと、そして泣いている私を田島が励ましてくれたことがあったということを田島に話した。
「え、えっと、昔話は今言ったみたいな感じなんだけど......」
「泣いている仁科を俺が励ました、か。そんなことがあったんだな。なんか意外だわ」
「え、意外? どうして?」
「いやー、1ヶ月くらいここに通って分かったんことなんだけどさ、お前って結構男女問わず友達が多い人気者じゃん? そんなお前が人目がないところで1人で泣いているってのがなかなか想像できなくてな」
「ふふ、なるほどね。まあそう思うのも無理は無いかも。だって普段の私は本当の私じゃないからね」
「ん? それはどういう意味だ?」
彼のこの問いに答えること。それはつまり『本当の私は泣き虫で臆病で打たれ弱い』ということをコイツに伝えることになる。
そして今回テスト勝負を田島にもちかけたのは、まさにこの機会を作り出すためだった。
そう、つまり点数勝負の勝者である私が田島に下そうとしといた命令とは『仁科唯の弱い部分を田島亮に受けとめてもらうこと』だったのだ。
もし今から『それ』を伝えたら、私は前よりも田島に依存することになるかもしれない。もっと田島に甘えたくなってしまうかもしれないし、もしかしたらそれは良いことじゃないのかもしれない。えぇ、もちろん私もそんなことは分かってるわ。
--でも今はそんなの関係ないの。
私はコイツとはこれから隠し事なしで接していきたいの。コイツの隣に居るときだけは演技をしていない私でいたいの。
田島にはありのままの私を見て欲しいの。
それが......紛れもない今の私の本心。
ーーだから私は隣に居る優男に向けて問いかける。
「ねぇ田島、私の全てを受け入れる覚悟はある?」
-side 田島亮-
突如立ち上がって俺の方を指差し、『自分の全てを受け入れる覚悟があるか』と問いかけてきた仁科。その言葉の意味自体は完全に理解はできないものの、彼女の表情からはどこか覚悟を決めたような様子が窺える。
「な、なぁ、仁科。それってどういう意味なんだ......?」
「どういう意味も何も、今言った通りよ。普段は隠している私の一面を知る覚悟がアンタにはあるのかって聞いてるの。『私の全てをアンタに受け入れさせる』っていうのがテスト勝負の勝者としての命令よ」
「な、なるほど」
「まあ、でも無理に話を聞いてほしいとは思ってないの。嫌なら別に断ってくれても構わないわ。『え、仁科ってそんなヤツだったのか』なんて思われて田島に幻滅されるのは嫌だから」
「は? 俺が仁科に幻滅? 何言ってんだ? そんなの、あるわけないじゃないか」
「え.......?」
「他人に知られたくない一面なんて、誰にでもあるだろうよ。そして本当の自分を隠し続けているのが辛くて、本音を誰かに吐き出したくなることだってあるだろうさ。多分お前が今から俺に話そうとしてるのってさ、そういう感じの話だろ? 違うか?」
「う、うん......まぁそんな感じ......」
「あのな、仁科。勇気を出して『本当の自分』について話してくれた友達に幻滅なんてするわけがないんだよ。むしろそういう話をしてくれるのって、すげぇ嬉しいことなんだぞ? 仁科が俺のことを信頼してくれてるっていうのがよく分かるからな」
記憶を失う前の俺が、仁科にどんな影響を与えていたのかは詳しく分からない。でも仁科が俺のことを信用してくれているのは純粋に嬉しいし、だからこそ仁科が自分のことについて話してくれるんだったら、その時は話を真剣に聞いてやりたいと思う。仁科に何か悩みがあるんだったら、俺は一緒にコイツと悩んでやりたいと思う。
うん、多分友達ってそういうもんなんじゃね? よく分からんけど。
「た、田島は......私のことを信頼してくれてるの?」
「あぁ、もちろんだとも。教室で1番最初に声を掛けてくれたのはお前だったからな。アレは純粋に嬉しかったよ。今でもよく覚えてる」
「! へ、へぇ......そうなんだ......」
「......あれあれ? 仁科さん? 今、もしかして照れましたか?」
「べ、べべべ別に照れてないし! ちょっと暑くて顔が赤くなってるだけだしー!」
そう言いながら顔をパタパタと手で仰いでいる仁科さん。
「え、えっと! じ、じゃあ話を始めるわ! 面白い話じゃないと思うけどちゃんと最後まで聞くように! いいわね!」
「お、おう」
すると立ち上がっていた仁科はもう一度俺の隣に座り直し、こちらに顔を向けてから話を始めた。
「回りくどいのは嫌いだから早速言うわね。私って実は結構臆病で傷付きやすいし泣き虫なのよ。臆病で友達が離れていくのが怖いから普段は『明るい人気者の仁科唯』を演じているの」
......マジか。
「そ、そうだったのか......でもさ、それって結構キツくないか?」
「えぇ、もちろんキツいに決まってるじゃない。だってずっと演技しているんだもの。でも、友達が離れていく方がもっと辛いのよ」
「うーん、でも別に演技をやめたからといって、友達が離れていくとは限らないんじゃないか?」
「まあ確かにそうかもしれないわね。私の友達って基本的に良い人ばっかりだし。でも私は今までずっと人気者を演じてきたからね。今更やめるのもそれはそれで怖いの」
「なるほどな...」
うむ、演技をしている理由は分かったしやめられないという事情も分かった。確かに仁科が人前で自分を偽るのは仕方のないことなのかもしれない。うん、そこは納得した。
でも1つだけ気になることがある。
「あのさ。だったら、なんで仁科は今ここで演技をしていないんだ?」
今の仁科は明らかに教室にいる時と様子が違う。まあ、ある意味では、素の仁科というのはこんな感じなのかもしれないが。
「ふふ、それはね......田島になら本当の私を見せられるからだよ」
「はい!?」
予想外の返答に思わず鼓動が高鳴る俺。
え!? ち、ちょ、ちょっと待って!? そ、それってもしかして仁科は俺のことを......!?
「なーんてね。田島はバカだから、アンタ相手に一生懸命演技をしてもあんまり意味ないかなって思っただけだよ。あれれー? 顔が赤いけど、どうしちゃったのかなー? もしかして何か期待しちゃったのかなー?」
そう言ってニヤニヤしながら俺の肩を叩いてくる仁科。
「お、お前なあ......」
だぁ、チクショウ! 完全にからかわれた! クソ〜! この小悪魔め! 俺の純情を弄びやがって!!
「はい! というわけで! 田島はこれからは定期的に私のガス抜きに付き合うように!」
「ん? ガス抜き? それってこんな感じで2人で話すって認識でOK?」
「うん、それでOKよ。約束ね」
「えぇ、マジか......」
いや、こんなことを定期的にやるなんて耐えられないんですけど。いくら相手が友達の仁科とはいえ、人目が無いところで定期的に女子と2人きりはなかなかキツいんだけど。思春期男子的には結構ハードル高いんですけど。
「仁科、すまん。残念ながらお前の言うことは聞けそうに......」
「ふふふ、ねぇ、田島? 勝負は......わ・た・し・の・勝・ち・だったよね?」
ガス抜きを断ろうとするも、そんなの知らんとばかりに笑顔で俺に詰め寄ってくる仁科。つーか目が笑ってない。ちょー怖い。
「ねぇ、田島亮くぅん? 勝者の言うことは......?」
「な、なんでも聞きます......」
チクショウ。やはり敗北者が勝者の命令を断るなど不可能だったか。
「あー、一応言っとくけどこの事は他の人には内緒ね」
「いやいや、こんなこと、他のやつに言えるわけがないっつーの......」
「うむ! それならよろしい!!」
そう言うと、なぜか仁科は体を屈めて俺と目線の高さを合わせてきた。
って、いや、待って! ちょっとコレはやばいって! 顔近過ぎだって!
しかし、仁科は慌てふためいている俺のことなど気にせず、鼻先に右手の人差し指を当て、ウィンクをしながら俺に囁いた。
「今日のことは......2人だけの秘密だぞ♡」
あ、ああ、こ、これは......これは......
か、かわえぇぇぇぇぇぇぇ!
な、なんかこう、あれだ! 同級生に対してドキドキするというよりはテレビでアイドル見て悶えてるような感じだ! うん、なんかそんな感じの気分になったわ!
いやー、普段は友達として普通に話しているもんだから、全然そんなこと考えてなかったけど......仁科が普通にかわいい女子だってことを完全に忘れてたな......いや、マジで今の破壊力はヤバかったわ。
「ふぇっ!?」
「ん? どうした仁科?」
「か、帰る!」
「は、はぁ!? いきなりどうしたんだよ!」
「バ、バイバイ!」
「いや、待てって! ホントどうしちゃったのお前!?」
しかし仁科は俺を無視して、そのまま猛ダッシュで体育館裏を去ってしまった。
えぇ......アイツ、なんか顔真っ赤だったけど、どうしたんだろ......あれ? 俺、なんかアイツを怒らせるようなこと言ったっけ?
「うーん、まあ、いっか。よく分からんけど、とりあえず今度謝っとくか」
こうして、短かったものの色々あった俺の2学期は終わった。
-side 仁科唯-
自分の部屋のベッドの上。枕に顔を押しつけて、最後にアイツが言った言葉を頭の中で何度も思い出してしまう私は、もう夜中だっていうのに全然眠れない。
『いやー、普段は友達として普通に話しているもんだから、全然そんなこと考えてなかったけど......仁科が普通にかわいい女子だってことを完全に忘れてたな......いや、マジで今の破壊力はヤバかったわ』
ねぇ、ちょっと田島!? あの発言はどういう意味なのよ!?
いや、なんかあの時は目が合ってなかったし、心の声が出ちゃったみたいな感じなんだろうけどね!? それでもどういう意味よ!?
アイツ、私のことかわいいって言ったよね......? それって女子として意識してるってことなのかな? でも普段は友達として普通に話してるし......
「あー、もう! アイツにとって私ってどんな存在なのよ! 全然わかんない!」
今までは田島に話を聞いてもらえればそれでいいと思ってた。でも......この日を境に私の考え方は少し変わってしまった。
ーーそう、私はアイツにどんな目で見られているのかが気になり始めたんだ。
「ねぇ、田島。教えてよ.....」
アンタは私のことをどう思っているの?
田島が隣に座ったのを確認した私は、早速話を始めることにした。
「あのね、昔話をしようと思うの。まあ、昔といっても4ヶ月前の話なんだけど」
「あー、仁科。ちょっと待ってくれ。昔話をするのはいいけどさ。お前、寒くて手が震えてるじゃねえか。まあ、とりあえずコレを着とけよ」
すると田島は学ランを脱いで私の肩に掛けてくれた。
......あ、少し体温が残っててあったかいかも。
あれ? でも学ランを脱いじゃったら、今度は田島の身体が冷えちゃうんじゃ......
「ね、ねぇ、田島。これを私が着てたら今度は田島が寒くなるんじゃないの?」
「ん? まあ、確かに寒いっちゃ寒いけど......でも、ほら、アレだよ。"バカは風邪を引かない"って言うじゃん?」
「ふふ、なによそれ。だったら私もバカだから風邪を引かないんじゃないの?」
「いやいや、お前より俺の方が点数低いからさ。きっと俺の方が風邪を引きにくいんだよ、多分。あと、お前ってテスト期間に結構無理をして勉強してたみたいだから、身体が弱ってるんじゃないかなー、と思ってさ。まあ、いいから今は自分の身体の心配だけしとけよ。俺への心配は一切無用だ」
「......うん、わかった。ありがとう、田島」
この男は無自覚でこういうことをするから困るのよね。別に狙っても無いくせに、時々女の子が勘違いしちゃうようなことをコイツは平気な顔でやってのけるのよ。もうっ、そういうところは記憶を失っても全然変わっていないんだから。
ふふ、でも私は変な勘違いをしたりなんてしないんだからね? だって私は、田島が100%の厚意でこういうことをするヤツだって知ってるんだから。田島がそういう男の子だっていうのは、誰よりも私が1番理解してるんだから。
確かに田島は普段はバカをやってふざけてるだけに見える。でも実は周りの人のことがよく見えていて、自分よりも他人を優先して行動してしまうヤツなんだよね。だから、さ。今もこうして自分が寒いのを我慢してまで私のことを暖めてくれてるのよ、きっと。
そういう他人を思いやれる優しい性格は田島の長所なんだと思う。でも......私は田島のその性格は短所にもなり得ると思ってるのよね。
だって田島は自分のことをもっと大事にするべきだもん。周囲の人優先で動くのはもちろん悪いことじゃないわ。でもたまには......自分のことも優先してほしいと思っちゃうのよね。
--もう2度と......事故の時みたいに自分の命を張ることだけはやめてほしいの......
「......あのー、仁科さん? なんで急に黙り込むんですかね? 昔話をするんじゃないんですかね?」
「あ、ご、ごめん! えへへ、なんかぼーっとしちゃった......」
田島に声をかけられて現実に引き戻される。いけないいけない。随分と長い間、物思いに耽ってしまっていたみたいね。
「よ、よし、じゃあ早速昔話を始めるわよ」
「おう。よろしく」
そしてその後、私は夏休み最終日に落ち込んでいる私を田島が見つけてくれたこと、そして泣いている私を田島が励ましてくれたことがあったということを田島に話した。
「え、えっと、昔話は今言ったみたいな感じなんだけど......」
「泣いている仁科を俺が励ました、か。そんなことがあったんだな。なんか意外だわ」
「え、意外? どうして?」
「いやー、1ヶ月くらいここに通って分かったんことなんだけどさ、お前って結構男女問わず友達が多い人気者じゃん? そんなお前が人目がないところで1人で泣いているってのがなかなか想像できなくてな」
「ふふ、なるほどね。まあそう思うのも無理は無いかも。だって普段の私は本当の私じゃないからね」
「ん? それはどういう意味だ?」
彼のこの問いに答えること。それはつまり『本当の私は泣き虫で臆病で打たれ弱い』ということをコイツに伝えることになる。
そして今回テスト勝負を田島にもちかけたのは、まさにこの機会を作り出すためだった。
そう、つまり点数勝負の勝者である私が田島に下そうとしといた命令とは『仁科唯の弱い部分を田島亮に受けとめてもらうこと』だったのだ。
もし今から『それ』を伝えたら、私は前よりも田島に依存することになるかもしれない。もっと田島に甘えたくなってしまうかもしれないし、もしかしたらそれは良いことじゃないのかもしれない。えぇ、もちろん私もそんなことは分かってるわ。
--でも今はそんなの関係ないの。
私はコイツとはこれから隠し事なしで接していきたいの。コイツの隣に居るときだけは演技をしていない私でいたいの。
田島にはありのままの私を見て欲しいの。
それが......紛れもない今の私の本心。
ーーだから私は隣に居る優男に向けて問いかける。
「ねぇ田島、私の全てを受け入れる覚悟はある?」
-side 田島亮-
突如立ち上がって俺の方を指差し、『自分の全てを受け入れる覚悟があるか』と問いかけてきた仁科。その言葉の意味自体は完全に理解はできないものの、彼女の表情からはどこか覚悟を決めたような様子が窺える。
「な、なぁ、仁科。それってどういう意味なんだ......?」
「どういう意味も何も、今言った通りよ。普段は隠している私の一面を知る覚悟がアンタにはあるのかって聞いてるの。『私の全てをアンタに受け入れさせる』っていうのがテスト勝負の勝者としての命令よ」
「な、なるほど」
「まあ、でも無理に話を聞いてほしいとは思ってないの。嫌なら別に断ってくれても構わないわ。『え、仁科ってそんなヤツだったのか』なんて思われて田島に幻滅されるのは嫌だから」
「は? 俺が仁科に幻滅? 何言ってんだ? そんなの、あるわけないじゃないか」
「え.......?」
「他人に知られたくない一面なんて、誰にでもあるだろうよ。そして本当の自分を隠し続けているのが辛くて、本音を誰かに吐き出したくなることだってあるだろうさ。多分お前が今から俺に話そうとしてるのってさ、そういう感じの話だろ? 違うか?」
「う、うん......まぁそんな感じ......」
「あのな、仁科。勇気を出して『本当の自分』について話してくれた友達に幻滅なんてするわけがないんだよ。むしろそういう話をしてくれるのって、すげぇ嬉しいことなんだぞ? 仁科が俺のことを信頼してくれてるっていうのがよく分かるからな」
記憶を失う前の俺が、仁科にどんな影響を与えていたのかは詳しく分からない。でも仁科が俺のことを信用してくれているのは純粋に嬉しいし、だからこそ仁科が自分のことについて話してくれるんだったら、その時は話を真剣に聞いてやりたいと思う。仁科に何か悩みがあるんだったら、俺は一緒にコイツと悩んでやりたいと思う。
うん、多分友達ってそういうもんなんじゃね? よく分からんけど。
「た、田島は......私のことを信頼してくれてるの?」
「あぁ、もちろんだとも。教室で1番最初に声を掛けてくれたのはお前だったからな。アレは純粋に嬉しかったよ。今でもよく覚えてる」
「! へ、へぇ......そうなんだ......」
「......あれあれ? 仁科さん? 今、もしかして照れましたか?」
「べ、べべべ別に照れてないし! ちょっと暑くて顔が赤くなってるだけだしー!」
そう言いながら顔をパタパタと手で仰いでいる仁科さん。
「え、えっと! じ、じゃあ話を始めるわ! 面白い話じゃないと思うけどちゃんと最後まで聞くように! いいわね!」
「お、おう」
すると立ち上がっていた仁科はもう一度俺の隣に座り直し、こちらに顔を向けてから話を始めた。
「回りくどいのは嫌いだから早速言うわね。私って実は結構臆病で傷付きやすいし泣き虫なのよ。臆病で友達が離れていくのが怖いから普段は『明るい人気者の仁科唯』を演じているの」
......マジか。
「そ、そうだったのか......でもさ、それって結構キツくないか?」
「えぇ、もちろんキツいに決まってるじゃない。だってずっと演技しているんだもの。でも、友達が離れていく方がもっと辛いのよ」
「うーん、でも別に演技をやめたからといって、友達が離れていくとは限らないんじゃないか?」
「まあ確かにそうかもしれないわね。私の友達って基本的に良い人ばっかりだし。でも私は今までずっと人気者を演じてきたからね。今更やめるのもそれはそれで怖いの」
「なるほどな...」
うむ、演技をしている理由は分かったしやめられないという事情も分かった。確かに仁科が人前で自分を偽るのは仕方のないことなのかもしれない。うん、そこは納得した。
でも1つだけ気になることがある。
「あのさ。だったら、なんで仁科は今ここで演技をしていないんだ?」
今の仁科は明らかに教室にいる時と様子が違う。まあ、ある意味では、素の仁科というのはこんな感じなのかもしれないが。
「ふふ、それはね......田島になら本当の私を見せられるからだよ」
「はい!?」
予想外の返答に思わず鼓動が高鳴る俺。
え!? ち、ちょ、ちょっと待って!? そ、それってもしかして仁科は俺のことを......!?
「なーんてね。田島はバカだから、アンタ相手に一生懸命演技をしてもあんまり意味ないかなって思っただけだよ。あれれー? 顔が赤いけど、どうしちゃったのかなー? もしかして何か期待しちゃったのかなー?」
そう言ってニヤニヤしながら俺の肩を叩いてくる仁科。
「お、お前なあ......」
だぁ、チクショウ! 完全にからかわれた! クソ〜! この小悪魔め! 俺の純情を弄びやがって!!
「はい! というわけで! 田島はこれからは定期的に私のガス抜きに付き合うように!」
「ん? ガス抜き? それってこんな感じで2人で話すって認識でOK?」
「うん、それでOKよ。約束ね」
「えぇ、マジか......」
いや、こんなことを定期的にやるなんて耐えられないんですけど。いくら相手が友達の仁科とはいえ、人目が無いところで定期的に女子と2人きりはなかなかキツいんだけど。思春期男子的には結構ハードル高いんですけど。
「仁科、すまん。残念ながらお前の言うことは聞けそうに......」
「ふふふ、ねぇ、田島? 勝負は......わ・た・し・の・勝・ち・だったよね?」
ガス抜きを断ろうとするも、そんなの知らんとばかりに笑顔で俺に詰め寄ってくる仁科。つーか目が笑ってない。ちょー怖い。
「ねぇ、田島亮くぅん? 勝者の言うことは......?」
「な、なんでも聞きます......」
チクショウ。やはり敗北者が勝者の命令を断るなど不可能だったか。
「あー、一応言っとくけどこの事は他の人には内緒ね」
「いやいや、こんなこと、他のやつに言えるわけがないっつーの......」
「うむ! それならよろしい!!」
そう言うと、なぜか仁科は体を屈めて俺と目線の高さを合わせてきた。
って、いや、待って! ちょっとコレはやばいって! 顔近過ぎだって!
しかし、仁科は慌てふためいている俺のことなど気にせず、鼻先に右手の人差し指を当て、ウィンクをしながら俺に囁いた。
「今日のことは......2人だけの秘密だぞ♡」
あ、ああ、こ、これは......これは......
か、かわえぇぇぇぇぇぇぇ!
な、なんかこう、あれだ! 同級生に対してドキドキするというよりはテレビでアイドル見て悶えてるような感じだ! うん、なんかそんな感じの気分になったわ!
いやー、普段は友達として普通に話しているもんだから、全然そんなこと考えてなかったけど......仁科が普通にかわいい女子だってことを完全に忘れてたな......いや、マジで今の破壊力はヤバかったわ。
「ふぇっ!?」
「ん? どうした仁科?」
「か、帰る!」
「は、はぁ!? いきなりどうしたんだよ!」
「バ、バイバイ!」
「いや、待てって! ホントどうしちゃったのお前!?」
しかし仁科は俺を無視して、そのまま猛ダッシュで体育館裏を去ってしまった。
えぇ......アイツ、なんか顔真っ赤だったけど、どうしたんだろ......あれ? 俺、なんかアイツを怒らせるようなこと言ったっけ?
「うーん、まあ、いっか。よく分からんけど、とりあえず今度謝っとくか」
こうして、短かったものの色々あった俺の2学期は終わった。
-side 仁科唯-
自分の部屋のベッドの上。枕に顔を押しつけて、最後にアイツが言った言葉を頭の中で何度も思い出してしまう私は、もう夜中だっていうのに全然眠れない。
『いやー、普段は友達として普通に話しているもんだから、全然そんなこと考えてなかったけど......仁科が普通にかわいい女子だってことを完全に忘れてたな......いや、マジで今の破壊力はヤバかったわ』
ねぇ、ちょっと田島!? あの発言はどういう意味なのよ!?
いや、なんかあの時は目が合ってなかったし、心の声が出ちゃったみたいな感じなんだろうけどね!? それでもどういう意味よ!?
アイツ、私のことかわいいって言ったよね......? それって女子として意識してるってことなのかな? でも普段は友達として普通に話してるし......
「あー、もう! アイツにとって私ってどんな存在なのよ! 全然わかんない!」
今までは田島に話を聞いてもらえればそれでいいと思ってた。でも......この日を境に私の考え方は少し変わってしまった。
ーーそう、私はアイツにどんな目で見られているのかが気になり始めたんだ。
「ねぇ、田島。教えてよ.....」
アンタは私のことをどう思っているの?