「練習するしかないだろうな」

 目を覚ました大五郎が、開口一番に言い放ったのがそれだった。

 時間としてはもうすでに三十分ほどが経過しており、文化祭まで日も少ないことを考えれば、すぐにでも何かしらの対策を取らなければならない。

 新しい脚本を考えるか、代役を立てて進めるか……と思案する米崎の頭には、大五郎をどうにかするという発想は微塵もなかった。

 大五郎が女性に触れられないのは、入学した時から一切変わっていない。

 むしろ異性を意識しすぎているせいか、年々酷くなっている傾向にある。

 今までは、少し触れただけで意識を失うことなどなかったのだ。

 部長としての責任感と、自らの苦手意識が面倒な相乗効果でも引き起こしているとでもいうのだろうか。

 何にしても、今から大五郎を変えるのはリスクが大きすぎる。

 間違いなく時間はかかり、その上で必ず治るという保証もない。

「こうなったら、俺が脚本を書くしかないか……」

「俺の意見は無視か? 米崎よ」

 書いたことがないわけではないが、自信もない。

 皮肉なことに、吾妻が持って来た『フレアマインド(仮)』はよくできていた。

 触れた人間の感情を理解する主人公と、心を開けないヒロインのラブストーリー。

 触れる場所や、強さによって感情の正確さや読み取れる情報量が変わるため、主人公はヒロインを知るために多くの触れ合いを求めていく。

 その中に感情の機微が繊細に描かれており、ラストの抱擁シーンで物語のピークが来るようにしっかりと練り上げられている。

 短期間で吾妻を超すクオリティーの物が仕上げられるかと言えば、正直不可能に近い。

「そうなると、代役を立てるしか方法が、」

「おい副部長、聞いてくれ。俺も人間だ。ずっと無視されたり、全く信頼されてない様を見せつけられたりすると、さすがにきつい」

 大五郎が目の前で露骨に弱っていた。

 この手の天才タイプにありがちとでも言うべきか、大五郎は存外メンタルに難がある。

 波が激しく、調子が良いときであれば問題ないのだが、悪い時だと緊張も激しければ演技も全く身に入らない。

 だからこそ、メンタルケアも米崎の重要な仕事であり、大五郎を気持ちよく演じさせることこそが舞台の成功の鍵となってくる。

 そのため、米崎は基本的には大五郎を甘やかしてきた。

 今回もできることなら、大五郎の望み通りに進めるのが理想ではある。

「……本当に、克服できるのか」

「ああ、勿論。俺を誰だと思っている。演劇部きってのスーパースター、豊島大五郎だぞ」

 大五郎が不敵な笑みを浮かべてみせると、同じように米崎も笑った。

「……見浦、江木。二人同時で頼む」

「は、はいっ」

「かしこまりました」

「お、おい! ちょっと二人で来るのは心の準備がっ!」

 先ほどの見浦と、二年の江木朱里(えぎあかり)が一斉に大五郎を触りに行く。

 そして、

「あひぃん」

 即座にダウンした。

 言わんこっちない、と米崎は心の中で毒づいた。

 大五郎のことは演者として信頼しているが、人間としては信用していない。

 周りからチヤホヤされてきた分、大五郎は素でビックマウスになりがちだ。

 彼の言葉をそのまま鵜呑みにすると、後で痛い目に合うということは経験上理解していた。

 二度目の失神を迎えた大五郎を見ながら、米崎は本格的に頭を悩ませる。

 二人がかりとはいえ、一度気を失った後なので次の復活にはそうかからないだろう。

 そうやって、ショック療法で追い込み続ければあるいは……と一瞬過ったが、以前それで失敗していることを思い出した。

 あの時は確か、部員の一人が強引にキスを迫って――。

「これは一体、何の騒ぎ?」

 不快感を隠そうともせずに、一人の少女が部室に入ってきた。

 抜群のスタイルに、遠目からでも分かるはっきりとした顔立ち、良く通る声。

 舞台女優に相応しい要素を全て詰め込んだような美少女――倉嶋(くらしま)リオは、大五郎や米崎と同じ三年であり、当部活のヒロインでもある。

 そして、かつて大五郎にキスを迫って彼の症状を悪化された張本人でもあった。

「重役出勤だな、倉嶋。こんな時間前何をやってた」

「偉そうに言ってるけど、まだ練習始まっていないんでしょう? あの人も伸びてるみたいだし」

 あの人とは、大五郎のことだ。

 部長が倒れていることを指摘されてしまえば、副部長としては立場が悪い。

 とはいえ、リオが遅れてきた理由には概ね見当がついている。

 こめかみを抑え、ブツブツと呟きながら首を振っているところを見ると、十中八九補修帰りだろう。

 倉嶋リオは、容姿と立ち振る舞いこそ最上級だが、中身に関しては空っぽに近い。

 成績はほぼ全て赤点であり、食事と人間の好き嫌いが激しい。

 我慢ができない性格をしており、欲しいものが手に入らないと他者を巻き込んで暴れる。

 大五郎が一年の時、主役を任せるかどうかで一部の上級生が揉めたことがあったのだが、その時にもリオが割って入っていった。

 当時三年にはヒロインができる女性がおらず、リオは一年でありながら主役の相手方として配役が決まっていたのだが、そんな自分の立場を利用して、

「豊島君が主役じゃなきゃ部活辞めます」

 と宣言したのだった。

 それにより、二つ返事で大五郎の主役が決まったことは言うまでもない。

 その他にも、加湿器がないと練習できないやらエチュードが嫌いやらと言いたい放題であり、特に大五郎に関する要求は人一倍大きかった。

「仮でも何でも、私は豊島君としか練習しないから」

 台詞合わせの時に、リオが上級生に向かって言い放った言葉である。

 生徒会の雑務に追われ、部活に顔出しができない大五郎に代わって練習を買って出た先輩に対して遠慮の一切ない感情をぶつける様は、さながら一国の姫君であるかのようだと囁かれ、裏では『リオ嬢』などと呼ばれている。

 因みにリオ自身はそのことに気付いているが、特に咎めたりはせず、どちらかというと気に入っている素振りすらあった。

「私ほど綺麗だと、気品が隠し切れなくてつい庶民の話の種になってしまうものね」

 とは本人の談である。

 そんな個性の強いリオではあるが、演技をさせればこれまた天下一品だった。

今回の脚本でもヒロインはリオの配役になっており、ある意味では大五郎以上に変えの利かない存在となっている。

「これ、脚本?」

 リオが脚本を手に取ると、吾妻がビクッと肩を震わせた。

 彼女の様子を窺うように、俯いたままで目線をやる。

「ふーん、面白そうね」

 パラパラとめくりながらリオが言う。

 ホッとしたような、しかしそれ以上の心配があるのか吾妻は複雑な表情を浮かべていた。

 とはいえ、彼女にとって大事なのは内容ではなく、自分がいかに輝くかであるため、シナリオの出来に関しては何の言及もない。

「その脚本だが、没になるかもしれない」

 中を読み進めているリオに、米崎が一連の説明をする。

 粗方を話し終えたタイミングで、リオが脚本を机に置いた。

「そうね。このままの脚本でいきましょう」

「……話聞いてたか? これだと大五郎が主役できないから、どうにかして変えないといけないってさっきから、」

「だったら豊島君の方を何とかすればいいでしょう? 本人もやる気みたいだし、止める理由はどこにもないと思うけど」

 豊島君のためなら、私も協力するわよと悪戯っぽく笑う。

 米崎自身に、リオへの特別な感情というのは一切ないが、それでもこうまで露骨に贔屓されていると腹が立つ。

「……随分と大五郎がお気に入りみたいだが、アイツに気があるのか?」

「この部活に豊島君以上に演技が上手い人いる? それが答えだと思うけど」

「……一理しかないな」

 一瞬で言い負かされてしまう。

 そもそも米崎も大五郎を贔屓している側なので、やっていること自体はリオと大差がない。

「あ、分かってると思うけど。もし代役なんてこと考えてたら私、部活辞めるから」

「何度も聞いたよ」

 実際は代役の案も考えてはいたのだが、口にすると余計な波紋を生みそうだったので黙っておくことにしたのだった。


「う、うーん」

 大五郎が目を覚ます。

 頭を抑えつつ、辺りを見回しているところをリオが間髪入れずに話しかけた。

「私を差し置いてサボりなんて、随分なご身分ね」

「く、倉嶋……。おはよう」

「おはよう豊島君。私は寝てないけど」

 二人のやり取りを見ていた江木が、米崎に耳打ちする。

「……あれって、会話が成立してるって言っていいんですかね?」

「さあ……アイツら、どちらも一方的だから」

 米崎の目から見て、二人の仲は悪くない。

 というより、リオが好き好んで話しかける部員が豊島しかいないから、相対的に良く見えているだけかもしれないが、大五郎もリオを嫌っている素振りはない。

「いっそ二人が付き合いでもしたら、触れる触れないの問題もあっさり片付くんですけどね」

「恋愛感情は演技に雑味を生む原因になる。勝手にするのは構わないが、引退してからにしてくれ」

「……相変わらずかったいなこの副ソ部長」

「何か言ったか?」

「いや別に全く何も」

 そんな雑談をしているうちに、大五郎は立ち上がり、いつもの調子を取り戻していた。

「もう平気だ。皆、心配をかけたな」

「そう。私は全然心配してないからいいけど。ところで豊島君、次の舞台もあなたが主役になるみたいね」

「ああ、そういうお前も変わらずヒロインだな」

「勿論、私だもの。もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「そうだな……さすが倉嶋だ。わが演劇部において、お前ほど俺のヒロインに相応しい奴はいないよ」

「ふふっ、そう? まあそんなこと、言われなくても分かってるけどね」

 得意げな顔でリオが胸を張る。

 大きく表情に出るタイプではないが、上機嫌なことだけは伝わってきた。

「……倉嶋って、大五郎の前では可愛く見えるんだよな、なぜか」

「完全に恋する乙女は何とやらって感じですからね」

「は? 恋する? 誰が誰にだ?」

「……頭固い上に鈍感とか終わってんなこの腰巾着」

「何か言ったか? さすがに言ってるよな?」

「いえ全然そんな滅相もございません私めが副ソ部長様にご意見などと」

「そうか……ならいいが。……本当に言ってないか?」

「ええ全然」

 米崎と江木が雑談をしている中、リオは大五郎に話しかけ続ける。

「今回の脚本見た? すごく面白そうよね」

「ああ。そうだな。俺としてもぜひ最後までやり切りたい内容だ」

「そうよね。私もそう思う。でも豊島君、女の子に触れないでしょう? どうするの?」

 不意にリオが切り込んだ。

 大五郎が女性に触れられないことは部内において周知の事実になっているが、直接それに言及できる人間となると数が限られてくる。

 今回のように、周りの目がある中で平気で踏み込んでいくのはリオくらいものだ。

「どうするも何も、練習するしかあるまい。今までもそうしてきたのだから、次もできるようになるまで繰り返すのみだ」

「どこから来る自信なんだそれは……」

 思わず米崎がツッコミを入れるが、渦中の二人は気にも留めない。

「さすが豊島君ね。あなたならそう言うと思ったわ」

「フッ、そんなに褒めても何もでないぞ」

「別に褒めてはないわ」

「そうか……」

 心なしか、大五郎の肩が落ちる。

「……あの二人だけで喋らせておくと、何とも言い難い空気感になりますね」

「天才同士だからな、波長が俺たちとは違うのだろう」

「ですねぇ……」

「……何か言ったか? 今度こそ」

「は?」

「…………」

 因みにこの時間、他の部員は自習練習と題して発声や読み合わせを行っている。

 とはいえ、ほとんどの部員が会話を盗み聞きしながらの練習となるので、部内全域に何ともいたたまれない空気が広がっているのだった。

「ね、豊島君。どうせ克服するなら、私と一緒に練習しましょう?」

「練習か……。それもいいが、俺としてはまずは軽いところからだな」

「何それ意味分かんない。私と触れるのがゴールなんだから、私と練習すればいいでしょ」

「いや、しかしだな……。何というか、物事には順序というものがあって」

「ないわよそんなの。豊島君は私と練習するの。さ、行きましょ」

 そう言って、半ば強引に大五郎を誘い、彼の手首を掴んだ。

「あ」

 大五郎が振れた箇所を見て、一瞬硬直する。そしてすぐに、

「うふゃぁん」

 いつものように気を失った。気絶した主人公に対してヒロインは、

「……そうだった。うっかりしてたわ」

 結局その日は、全く練習することなく一日が終わったのだった。


 次の日から、特訓が始まった。

「というわけで、最初は私からですね」

 あれから、主演二人の強い希望により、とりあえずは現行の脚本で進めるという形に落ち着いた。

 部員に脚本を渡し、各自読み合わせと演技指導。

 細かい部分はさておいて、大まかに概要を掴むところまで詰めていく。

 その間を縫って、大五郎は女性に慣れるための特別指導を受けることなった。

 場所は演劇部から離れた多目的室。

 遮光カーテンが引いてあるせいか、どこか空間全体に物々しい空気が漂っている。

 集まったのは江木と米崎、見浦。

 大五郎も呼ばれているはずだが姿が見えない。

 因みにリオは、読んでいない上に読み合わせに参加するよう指示を出していたのだが、言うことを聞かずにちゃっかり椅子に座って、パックのリンゴジュースを飲んでいた。

 どうせ言っても戻る気がないことは自明だったので、今は「絶対に邪魔をしないこと」を条件に見学を許可している。

 時間もあまりない中、他のことに気を回していられない米崎の苦肉の策といったところだ。

 その米崎と言えば、なぜか妙にノリノリな江木を見てため息を付いている。

「どうしたのですか副部長。テンション低いですね」

「いや……色々言いたいことはあるが、どうして江木はスーツ姿なんだ? それに赤眼鏡までかけて。視力は悪くないだろう?」

「こうした方がそれっぽいからです」

 眼鏡を上げて、わざとらしい笑みを浮かべてみせる。

 着ているスーツは本物ではなく、部室に置いてあったなんちゃってスーツであり、眼鏡も度が入っていない伊達ではあるが、こうして見ると本人が言っているように普段と大分印象が変わってくる。

「ならば、俺もスーツを着た方が良かったか?」

 米崎が首を傾げて尋ねる。

「いえ、男の需要は求めてないので。大事なのは私が可愛いかどうかですから」

「……そうか」

 前々から思っていたが、倉嶋と江木は少し似てるのではないか。

 そんなことを考えていると、江木の咳払いが聞こえてきた。

「まあ、ガワの話はどうでもいいです。大事なのは中身なので。ということで、本題に入りますか。改めまして、豊島大五郎さんの登場でーす」

「ああ、俺だ」

 颯爽と扉を開けて登場する大五郎は、いつもの制服を若干崩しているようだった。

 そのせいか、どことなく色っぽさが増しているように見える。

「これは江木がやったのか?」

「指示出しだけですけどね。着替えさせちゃうとあの人失神しちゃうので」

 つくづく面倒くさい人ですよね、と愚痴を吐く。

 今度はちゃんと聞こえた。

「異性に触れられないってことは、要するに意識しすぎだということです。だから逆に、相手により異性を意識させることができれば、打ち消し合ってプラマイゼロになるかと」

「何だその謎理論は」

 途中までは理解できたのだが、中盤くらいから急に分からなくなった。

「百聞は一見に如かずです。では見浦さん、お願いします」

「ひゃ、ひゃい!」

 例のごとく最初に触れるのは見浦の役となった。

 この件に関してはリオが最後までぼやいていたが、大五郎の、

「大丈夫だ。主役は遅れてくるものだろう?」

 という説明になっているのか不明な一言で、とりあえず場は収まった。

 それでもまだ不満はあるらしく、パックのストローを噛みながら「何をチンタラしてるのよ」とぼやいている声が聞こえた。

 心なしか見浦の動きも堅いように見える。

 リオに見られて、緊張でもしているのだろうか。

「見浦、倉嶋のことはあまり気にしなくていい。何かあれば俺が責任を取る」

「え、あ……はい。そうですね。ありがとうございます」

 呆けたようなリアクションをされて、思わず拍子抜けしてしまう。

 我が事ながら、米崎は自分が人の感情を察するのが上手くないことを知っている。

 それでも今の見浦は、通常よりもやや強張っているように映ったので声をかけたのだ。

「緊張していないのか……? それとも、前提が間違っている?」

 見浦が普段と様子が違うのなら、大五郎の訓練にも影響が出るかもしれない。

 止めさせるべきか、あるいは自分の考え過ぎか……。

「はあ、大五郎さん……。いつもより色気があってカッコいいですう」

「……は?」

 自分の耳を疑った。

 大五郎の色気についてではない。見浦の反応についての方だ。

 見浦は部活に入って来た時から大人しい方で、演劇部を選ぶ生徒には珍しく自己主張もほとんどなかった。

 キャストにも脚本にも興味がなく、人数が足りないという理由で回した小道具係を不器用ながらも丁寧にこなしていく。

 そんな、地味ながらも真面目な後輩という認識をしていたの、だが。

「はあっ、どうしよう。私、大五郎さんに触るんだあ。それとも触られちゃう? それかいつもみたいに、倒れちゃうかも……。ああっ、どんな大五郎さんでも、ス、テ、キ♡」

 とても正気とは思えない彼女の言動を冷静に観察し、米崎は一つの結論を出した。

「そうか……。豊島ファンクラブの館員だったのか。実際、したんだな……」

 特徴のない後輩がなぜ演劇部に入部したのか。

 その理由をしみじみと噛み締めていると、大五郎がパチンと手を叩いた。

「よし、やろう。来い、見浦!」

「ふひゃ、ふぁあいっ!」

 気合十分の大五郎に対し、そんな彼にメロメロで若干千鳥足になっている見浦。

 対照的な二人だが、結果としては江木の思惑通り見浦には異性を意識させられている。

 そう思い横を見ると、江木はまんざらでもなさそうな顔をしていた。

 どうやら、作戦通りなのだろう。

「さあ、打ち消し合ってください。大五郎さんが見浦さんに感じている意識よりも、見浦さんが大五郎さんに感じている意識の方が強ければ、大五郎さんは気絶しないはず……。なんだったら、見浦さんが大五郎さんにあてられて倒れちゃったりしてそのまま女性に触れることを覚えた色気たっぷりの大五郎さんが夜の街へ見浦さんを連れ出してウフフ」

「…………あ」

 ブツブツ呟いている江木に気を取られていた隙に、大五郎と見浦の邂逅は終わっていた。

 全くもって、いつもと何ら変わらない形で。

「ひぅょおん」

 力が抜けた大五郎がその場に倒れる。

 あまりのあっけなさに、思わず米崎と江木は顔を見合わせる。

 それから、

「あ、あれ? 失敗?」

 動揺する江木の反応をよそに、「そりゃあこんなので解決されてもな」と米崎は秘かに思っていたのだった。


「え、えっと……。次は、私……ですね」

 次に新しい案を持って来たのは、見浦だった。

 周りに目配せしながら、遠慮しがちに話し始める姿は、今まで米崎が描いていた彼女の印象とそう大差ない。

 の、だが。

「……俺たちは一体、何を見せられているんだ」

 場所は同じ多目的室。

 いつものように女性に触れられて伸びている大五郎に対し、「あ……えっと、準備しちゃいますね」と言いながら見浦はためらいなく目隠しを付けていった。

 そして今。

 大五郎は意識がないまま、縄で椅子に縛られている。

「いつかやらかす子だと思ってはいたのですが、まさかここまでとは……」

 自らの作戦が失敗に終わり、意気消沈としていた江木が目の前の光景に打ち震える。

 というより、明らかに引いていた。

「……う、ううん」

 大五郎が目を覚ます。

 同時に、体の自由と視界が奪われていることに気付き、しばらく静止した後で、

「なるほど。次はこういうタイプか」

 特に動揺することなく現状を受け入れた。

 元々マイペースな男ではあるが、ここまで来ると気味が悪い。

 この現状を受け入れられて、逆になぜ女性に触れられるくらいで意識を失ってしまうのか。

 米崎は不思議でならなかった。

「これは、誰の案だ?」

「わ、私です」

 おずおずと見浦が名乗り出る。

「あ、あの……。苦しくないですか? どこか痛かったりとか?」

「全く問題ない。むしろちょうどいいくらいだ。縛ってくれた人の顔が浮かぶようだよ」

「ほ、本当ですか!」

 見浦がぱぁっと表情を明るくさせる。

 人の心を一瞬で掴む話術はさすがのカリスマといったところではあるが、会話の内容についてはあまり言及しない方が賢明なように思えた。

 気をよくした見浦は、そのまま企画説明に入る。

「えっと、こ、今回の作戦は……。相手の姿が見えなければ気を失わないのでは? ということで、目隠しとをさせてもらいました。ふ、触れることだけに意識をしてもらおうと、手以外は拘束してあります」

「なるほど。それで縛られているわけだな」

 納得がいったというように大五郎が頷く。

「は、はい。では早速。意識をさせないために、こちらからは何に触れているかは言いませんので、合図を出したら手を伸ばしてみてください」

 そう言うと、段取り通りに米崎が前に出た。

 そして、大五郎の前に手を差し出す。

「では……お願いします」

「ああ」

 ためらわず大五郎が米崎の手に触れる。何度か感触を確かめた後、

「うむ、何ともないな」

「あ、ありがとうございます。で、では次……」

 米崎が戻り、今度は江木が前に出る。

 同じように手を伸ばし、合図が来るのを待った。

「はい、また……お願いします」

「よし来た」

 真っ直ぐに江木の手に触れ、その感触を味わう。

 気絶は――していない。触れた段階では、いつもの大五郎と何ら変わらなかった。

「なるほど、考えたな」

 感心したように米崎が独り言ちる。

 大五郎の女性克服計画は、部内において何度か話題に上がっていた。

 その中で、目隠しの案は上がっていたし試したこともあったのだが、今回のようでランダムで触れさせることはしなかった。

 これで計画は一歩前進か。そう思った瞬間、

「んっ……」

 手を執拗に触られていた江木が短く反応する。

「ん? 何か湿った声が聞こえたような」

「お、俺がつい言ってしまったんだ! ほ、ほら! お前が熱心に触るから、つい!」

 大五郎に悟られる前に、米崎が二の句を告いだ。

「ほう、なるほど。これは米崎の手なのか。随分やわっこいというか、小さくてかわいらしい手だな」

「~~~~っ!」

 声を出すまいと必死に声を抑える江木。

 男性だと思い込んだことによって、大五郎の触れ方の思い切りを増してしまったようだった。

「……はい、オッケーです。あ、ありがとうございます」

 時計で数えていた見浦が終了を告げる。

 自分が触れられていた時と同じ時間しか経っていないはずなのに、米崎はどっと疲れた面持ちをしていた。

 それは勿論、大五郎に触れられていた江木も同じである。

 ふらふらと米崎の元に戻った後で、一仕事終えたように大きなため息を吐いた。

「……すまない、江木」

「い、いえ。フォロー、ありがとうございます。っていうかあの人、結構ためらいなく触るんですね。手つきもなんか、ねちっこいというか」

「……まあ、そういう奴だよ、アイツは」

 なんと反応するべきか迷い、米崎はそんなことを口にした。

 因みに米崎が触れられた時、そんなねちっこさは感じなかった。

 無意識化の中で、男女の区別が付いているのかもしれない。

「チッ……」

 その時、耳元で小さく舌打ちをする音が聞こえた。

 確かめようと振り返る前に、見浦の声がかかる。

「では、えっと次……。お願いします」

 言われるが先か、即座にリオが動き出した。

 大五郎の前に行くと、ためらわず彼の手首を掴み、そのまま――。

「お? これはまた随分感触が良いというか。まるで包み込まれているかのような」

 指示を待たずして、リオが自分の体に大五郎の手をあてがう。

「だ、大五郎、それは……」

「ん? なんだ、また米崎か。さっきの手といい、お前は随分と柔らかくできているのだな、はっはっは!」

 楽し気な大五郎に対し、周りは気が気ではなかった。

 触れさせている方のリオはなぜか得意げで、不機嫌そうに出てきた時とは打って変わって満足そうな表情をしていた。

 それはいい、いいのだが――。

「……あの痴女、マジで何考えているのですか」

 呆けたままで、江木がなんとか言葉をひねり出す。

 リオの意図は分からないが、正直言ってこれは……と。

 米崎の中で、何やら別の邪な感情が過っていくようだった。

 それは大五郎の方も同じなようで、何度か触っているうちにようやくその違和感に気付いた。

「むぅ……? さてはこれ、手ではないだろう! 誰だ、俺が見えないのをいいことに、変なことをさせているのは?」

「……変なこと?」

 その一言が癇に障ったのか、リオがまたも不機嫌になる。

 そしてあろうことか、大五郎の目隠しを片手ではぎ取って見せた。

「んぅぉっ! 光が、眩しいなっ!」

 急に明るさを取り戻した大五郎が、薄めがちに目を開ける。

 そして、目の前に広がる予想外の光景に、思わず絶句した。

「リ、リオ……お前」

 嫌な予感はしたのだろう。

 何を言われずとも、大五郎の顔は青ざめている。

「それ、手。触れてるところ」

 感情をこめず片言で話すリオに従い、おそるおそる目線を下げていく。

 そして自らの手があてがわれる場所を確認し、またもや凍り付いた。

「おま、お前……。これはお前、おお、おっ」

「そう。そこ、私のおっぱい」

「ぶぷっぅ!」

 一撃必殺だった。

 まるで昇天するように魂のような息を吐き出し、縛られたままぐったりと気を失った。

 一連の加害者であるリオは、大五郎を見て不服そうに口を尖らせている。

「……折角、揉ませてあげたのに」

 内容までは聞き取れなかったが、今の米崎にはそんなこと関係なかった。

 本来であれば勝手な行動をしたリオに対し叱責したり、今後に備えての作戦を練ったりする必要があるはずだ。

 しかし米崎はそんなことお構いなしに、ただ一つの感覚に自らの思考を支配されていた。

「いい、なぁ……」

「……は?」

 思わず漏れ出した思考を慌ててふさぐが、もう遅かった。

 江木は汚物でも見るかのような嫌悪の意思を隠さずに米崎へ向けている。

「え、えっと……あの」

 自ら立案した企画で場が荒れたことにより、見浦はおろおろと慌てていた。

 そんな後輩に構う余裕もなく、またも計画は取り付く島もないまま収束することとなった。



 そして詳細は伏せるが――倒れ行く大五郎の表情は、いつもと比べて若干と口角が上がっていたという。


 その後も。

 思いつく限りの案をできるメンバーで持ち回り提案していったのだが、結果として一番の進展は「相手を女性と認識しなければ触れることができる」というものだった。

「まあ、何もなかったよりは良かったと考えるべきか……」

 ぐったりとしたまま、放課後になったのでメンバーは部室へと向かっていた。
 大五郎に関しては、直前でまたリオの暴挙で気を失ったため、仕方なく米崎が担いでいる。

「あ、お疲れぇ」

 部室に戻ると、ちょうど練習を終えた部員たちが片付けをしているところだった。

 米崎が現場を取りまとめられない今、脚本担当の吾妻が指示を出している。

 比較的、米崎と対立することが多い吾妻だが、熱心で真面目なため特殊な事情がある時は今回のように全体の取りまとめも行う。

「どうだったぁ? 大五郎君」

「どうもこうもない。一応進歩はあったが、基本的には現状のままだ」

 内容を吾妻に説明し――胸の下りはカットするなどしたが、大まかな流れを共有すると吾妻が不意に首をひねった。

「でもさ、そもそも大五郎って、何で女性に触れられないのかなぁ」

「何でって……」

 それは以前も、聞いたことがある。

 すると彼は「幼少期のトラウマだ」と怯えながら言っていたので、深く言及することはなかった、が。

「……なるほど。そこは盲点だったな。その辺りに案外金脈が埋まっているかもしれない。でかしたぞ吾妻、お前のおかげでまた進展しそうだ」

「い、いいって! 大五郎君が倉嶋さんに触れられるようになってくれたら、僕としても助かるしぃ……」

「ん? どういうことだ?」

「え? あ、いやぁっ! な、何でもない、かなぁ?」

「……? そうか、ならいいが」

 若干疑問は残ったが、脚本を書いているのは吾妻だ。

 自分の作品が思い描いたように演じられることに、特別な感情があっても何ら不思議ではなかった。

「とはいえ、今日はもう遅い。その辺の話はまたすればいい……ん?」

 何気なく周りに視線をやると、リオが気絶している大五郎のことをジッと見つめていた。

 どうしたのか、と様子を見ていると吾妻から声がかかった。

「じゃあ僕、もう帰るねぇ。お疲れ様ぁ」

「ああ、お疲れ。また明日」

 挨拶を交わすも、米崎はリオの様子が気になっていた。

 元々リオはかなり気のてらった行動をする方だ。

 自分の思うがまま、あるがまま、野性的とも取れる本能に基づいた行動には米崎にも覚えがあるし、手を焼かさせれたこともある。

 それでも、今日のリオはいつにも増して異質だった。

 過激という点でもそうだが、今日のリオはあくまで提示されたルールの中で動いていた。

あくまで大五郎が女性に触れられることに対し協力的で、やり方こそ違っていたが、今も本気で心配して覗き込んでいるように思える。

「……そういえば、江木がそんなことを言っていたな」
 不意に思い出す。

 大五郎へのリオの態度は、恋する乙女のそれだと言っていたことを。

 あの時は何も考えずスルーしたが、それもあながち間違っていないのかもしれない。

 米崎にとって恋愛感情の類は演劇にとって邪魔なものと切り捨ててはいるが、今回のような件に関してはそういった強い感情があるいは鍵になるのかもしれない。

そんな事を考えていると、大五郎を覗くリオが彼に顔を近付けた。リオはそのまま、自らの唇を彼の唇に触れさせる。

「……んっ」

 短い呼吸音と共に、リオが彼から顔を離す。

 頬は紅潮しており、目はとろんとして焦点を失っているようだ。

 そんな二人を見ていた米崎と言えば、

「ななっ、なな……」

 まるで予想していなかったとばかりに、あからさまに動揺していた。

 先程、ようやく自らの頭で「もしかして倉嶋は大五郎を好いているのでは」と思い当たったばかりなので、思考がよほど追い付いていなかったのだ。

「……あぁ、いたの」

 米崎の存在に気付くも、リオは気にもとめずに唇を拭った。

「じゃあ、私帰るから。後のことはヨロシク」

「ちょっと、おい! 倉嶋!」

 そう呼びかけるもむなしく、リオは部室から出て行った。

 とはいえ、呼びかけに応じられたところで米崎にはどうしようもなかったのだが、それでも声をかけずにいられなかった。

「んんっ……ああ」

 幸か不幸か、倉嶋が去ったタイミングを見計らったように大五郎が目を覚ます。

「最近、どうも気絶してばかりでいかんな」

 体を伸ばし、大きな欠伸を一発する。

 当然、キスの件には気付かない。
「もうお前だけか、米崎。待っていてくれたのだな」

「あ、ああ。気を失った奴を置いてはいけないからな」

「さすが副部長……といったところだが、お前は少し気負い過ぎだな」

 米崎の心境を知ってか知らずか、大五郎が優しい目を向けてくる。

「期待されているとはいえ、文化祭の劇は祭りのようなものだ。楽しませるべき劇に対し、演じる側の俺たちが気負っていると客に緊張が伝わってしまう。心配しなくても、同期も後輩たちも、立派に育っているさ」

「ああ……そうだな」

「とはいえ、女性にも触れられず気を失っている俺が言っても、説得力ないかもしれないがな!」

 豪快に笑う大五郎につられ、米崎も口角が上がった。

 しかし米崎の頭には、先程のリオの顔が頭から離れなかった。

 ――大五郎は、どう思っているのだろうか。

 でかかった疑問を、ぐっと飲み込んだ。

 大五郎はあくまで公平な男だ。

 勿論人並みに欲はあるだろうし、リオの容姿を褒める姿もよく見ているので気がないとも言い切れないが、普段の言動を見るにリップサービスの色が強いように感じられた。

 大雑把な男ではあるが、これで大五郎は人の顔色をよく見ている。

 体に叩き込ませる反復指導を主とする米崎に対し、大五郎は心をくすぐりそれぞれのモチベーションを上げた。

 そういった機微が分かる大五郎は、だからこそ一人を特別視する姿を想像できなかった。

 大五郎の人気を考えれば、恋人などいてもおかしくない。

 だが彼は、それをしなかった。

 高校三年にもなって、女性に触れられないでいるのも、ある意味でそうした平等性を保つために生まれたものかもしれない。

 だが、仮に。

 もしもリオが、大五郎への気持ちを成就させることができなかったら。

 我儘で不遜な彼女が、三年間拘り続けた大五郎の特別な存在になれないとしたら。

 それはとても、悲しいことのように思えた。


 週明けの放課後、またも一同は多目的室に集まっていた。

 しかし今回は少し顔ぶれが違う。

 大五郎に、米崎、リオ、江木、それから吾妻がいた。

 見浦はと言えば、細かい雑務がたまってきているせいでメインの方に駆り出された。

 それだけ、残り時間が迫ってきているとも言えるだろう。

「さて、今回だが。いよいよを持って時間が無くなってきた。今日明日でもしも改善しないようなら、本格的に別の手段を取ろうと思う」

 各々が神妙に頷く。

 別の手段というのは、三年生のみで行う即興劇のことだ。

 何の準備もしないというわけではないが、大五郎の言うようにお祭りだということであれば、アドリブを含めた劇であっても温かく迎えてくれるだろう。

 どうしても脚本は弄れないという吾妻の心情を優先した苦肉の策ではあるが、できることならその手段は使いたくない。

 長年、文化祭で演劇部は新作の脚本で劇をすることが習わしだ。

 そういった伝統を崩せないという理由も勿論あるが、ここまで協力してくれた部員たちの努力を無下にしたくなかった。

 大五郎としても、自分のせいで劇ができなくなれば責任を感じてしまうだろう。

 それだけではない。

 米崎の中にはまた別の、リオへの想いが湧いていた。

 ここでもし、大五郎が女性に触れられるようになれば、二人の仲は少しでも変化するのではないか。

 それが必ずしも好転ではないにしろ、そう思っているからこそリオも積極的に協力しているのではと米崎は考えたのだ。

 ならばここは副部長として、部内における功労者二人を労う意味でも是非一肌脱いでおきたい。

 そんな内なる思惑が、米崎の中にはあった。

「ということで今日も色々試していこうと思うわけだが、その前に……大五郎」

「ん? 何だ」

 大五郎の真っ直ぐな目が米崎を捉える。

 まるで米崎が何を言おうとしているのかを、分かっているかのように。

「答えづらかったら……いや、できれば答えづらかったとしても言ってほしい。お前がどうして、女性に触れられなくなってしまったのか。その、理由を」

 全員の空気が固まる。

 触れようとして、誰もが触れられなかったアンタッチャブルの領域である。

「……そうだな。俺も覚悟を決めるべきかもしれないな」

 深く息を吐き、大五郎がどこか遠くを見つめる。

「ずっと、話そうと思ってはいた。だが、それを思い出そうする度に、心がざわつくのだ。ある一人の、痛ましい記憶を掘り起こすことになってしまうからな」

 ゴクリと唾を呑む。

 重たい唇を開き、大五郎がついに、記憶の一ページを開いた。



「叔父が、童貞だったのだ」

 その真剣な語り口から。

 あまりにもふさわしくない言葉が出てきたことによって。

 場の張り付いた空気は行き場をなくし、誰もがするべき表情を忘れてしまった。

「童貞だからモテないのか、モテないから童貞なのか……。とにかく叔父は、
多くの女性から嫌われ続けた。しかし叔父は、それでも叔父は、あきらめず女性に話しかけ続けた。そんなある日……。叔父は、童貞を拗らせて死んだ」

 これは、どういう表情で聞けばいいのだろうか。

 あのリオですら、目を丸くしたままそれ以上何をすることもできないでいる。

「叔父は、女……叔母になったのだ。自分が男で、童貞であるという事実に耐えられなくなって」

 ふう、と息を吐いて、大五郎が全員を見回す。

「この中にいる全員が、同じ人種とは思っていない。だが、もしも俺の関わる女性の中に、叔父を叔母に変えるまで責め続けたような輩がいると考えると、たまらなく恐ろしかったのだ。だから俺は、そんな恐ろしい女性に触れることを無意識的に避け、同時に叔父から否定されないため、俺自身も童貞でい続けたのだ」

 大五郎の顔は、至って真剣そのものである。

 だからこそ、米崎も同じように真剣に聞かざるを得なかった。

「その叔父……叔母は、今どうしているんだ?」

「ああ、結婚した。ブラジル生まれのナイスガイとな。今は南米の方で幸せに暮らしているそうだ」

 ふっと力なく笑い、大五郎が寂しげに窓の外を見つめる。

「まさか叔父も、俺があんな昔話を未だに拗らせているとは思ってもいるまい。だが、女への私怨に満ちた、当時の叔父は本当に恐ろしかった。『女に触れたら死ぬ、確実に死ぬ。仮死状態を作れ、意識を失えばまだ助かる』と繰り返し聞かされた。そんな言葉が、高校に入ってからもトラウマになるほどにはな。本当に……」

 肩を震わせて、大五郎は自らの手で顔を覆った。

「なんて、バカな話なんだこれ……。できることなら、一生触れたくなかった……」

「だ、大五郎!」

 思わず米崎は大五郎を抱きしめていた。

 もう何もかも分からなかったが、とにかくそうするべきだと思ったのだ。

「大丈夫、お前はまだ大丈夫だ! きっと幸せになれる! そうだ、お前たちもそう思うだろう?」

「う、うん! そ、そうだねぇ!」

「え、ええ! 本当に、私もよくわかります!」

「みんな……こんな俺を、それでも慕ってくれるのか」

「当たり前だろう! 俺たちは一つ、一蓮托生だ! これから何があっても俺たちだけは裏切らない! なあ、そうだろう!」

「そ、そうだともぉ!」

「は、はい。私も裏切りません!」

 テンションを見失い、それでも互いに言葉をかけ続けた結果として、辺りには妙な空気が漂っていった。

 米崎が、全員に向かって言う。

「よし! みんなでハグし合おう! そうやって俺たちは、友情を育んでいくんだ!」

「え、でも……私。多分大五郎さんに触れたら……」

「大丈夫だ! 俺たちは一つだ! ここにいる五人に、性別の壁なんかない! なあ大五郎! そうだろう!」

「あ、ああ。しかし、だが……」

「何を恐れているんだ! お前ともあろうものが、情けない! 男大五郎、お前に抱けないものなどないはずだ! 夢、希望、自由、未来、愛、男、女! その全てが、お前の掌の上だ! あとはそれを掴むだけなんだよ!」

 途中から、何を言っているのか米崎自身も分からなくなっていった。

 熱量と雰囲気だけで、それらしい言葉を後から乗せているような感覚だった。

「米崎……。そうか、そうだったのか……。俺はもう、全てを持っていたのだな……」

 そんな言葉たちも、あるいはそんな言葉だったからこそ、大五郎には届いた。

 理不尽すぎるトラウマを抱えた一人の少年の心を溶かしたのは、同じように理不尽な情熱だったのかもしれない。

「よ、よし。行くぞ!」

「は、はい」

「う、うんっ」

「ああ、行こう!」

 四人が波長を合わせ、一斉に抱き合う。

 目を瞑り、誰が誰かも分からない状況で。

 すると……。

「お、おお! 触れてる! 触れてるぞ!」

「ほ、本当か! 意識はあるのか!」

「ああ、バッチリだ。俺に触れる三人の手を、しっかり感じているぞ!」

「わ、私の手、分かりますか?」

「ああ、分かる! 手がいっぱいだ! 俺たちは自由だ! 恐れるものなど何もない!」

「よ、よかったねぇ、よかったねぇ!」

 各々のボルテージが勝手に上がり続ける中、リオだけは冷静に四人のことを眺めていた。

 一度も輪に入ることなく、何も言わず。

 ただ事の成り行きだけを見守っている。

 それから、四人が正気を取り戻すまで、この異様な語り合いは続いたのだった。

「…………」

 五人が無言のまま、演劇部の部室へと向かっている。

 リオだけは平然と前を向いているが、それ以外は下を向いたり咳ばらいをしたり、気まずさを払拭しようとどこか落ち着かない様子だった。

「……あの、私がこんなこと言うの、どうかと思うんですけど」

 空気に耐えられなくなって、江木が口を開く。

「……さっきのあれ、本当に何だったのかなって」

「言うな! それだけは言うな! 俺たちももう、頭がパンクしそうなんだ……っ!」

 若干テンションが戻り切れていない米崎に制されて、江木がまた口を噤む。

 それからまた、しばらく無言の時間が続いた。

「でもぉ、よく考えたらさぁ」

 ぼんやりと、独り言のように吾妻が切り出す。

「大五郎君が女性に触れられないのって、本当に叔父……叔母さんのせいなのかなあ」

「ああ、うん……」

「どう、ですかね……」

 もう誰も、その真相には興味がなくなっていた。

 実際、先程の勢いに合わせた全員抱擁の時には触れることが適ったので、勢いと気持ちの問題さえ何とかなれば克服できるものだと知ることができた。

 あとは本人が、どう思っているかだが。

「…………おお」

 大五郎自身は、じっと自分の手を見つめていた。

 何か思案するように、開いたり閉じたりと繰り返したと思えば、背中に手を回してその熱を噛み締めている。

「……江木、ちょっといいか?」

「はい? ……え?」

 反応するや否や、大五郎が江木の手を取った。一秒……五秒……十秒。

 大五郎の体には、何の変化もない。

「だ、大五郎……お前まさか」

「江木。背中も触るぞ」

「は、はひぃ」

 言葉通りに大五郎は江木の背中に手を回す。

 今度は大五郎の表情が少し曇ったが、それでも倒れることはなかった。

「……ってことは」

 米崎、江木、吾妻の三人が顔を見合わせる。

「もしかして、克服、できたのか?」

「いや、多分違う。江木、今度は俺に触ってみてくれ」

「い、いいですけど。……えいっ」

 掛け声を放ち、江木が大五郎の体に触れる。

 すると、大五郎の顔色が明らかに悪くなり、片膝をついて倒れた。

「ぐ、ぐうっ」

「お、おい! 大丈夫か、大五郎」

「ああ、心配ない。それに……やはり、思った通りだ」

 大五郎は神妙な顔のまま、自分の出した結論を伝える。

「さっきのやり取りのおかげで、俺には少し耐性が付いたらしい。皆に俺の過去を話して、少し楽になったのもあるだろう。だがやはり、まだ根本の恐怖が抜けてないから、触れられることに関しては苦手意識がある。だが、自分から触れるのは少し抵抗がなくなったようだ。……それもこれも、米崎、お前の、熱い言葉のおかげだ」

「お、おう。そうか……良かった? よ」

 正直言って自分が何を言ったのかを覚えていなかったが、大五郎が喜んでいるのでそれ以上の言及は避けた。

 それに元々、大五郎は主体で動く能動的な男だ。

 触れるのと触れられるのとで比べた時、触れる方が得意だという大五郎の姿は至極自然なもののように思えた。

 思い返せば、今までの特訓は大五郎に触れる方の練習が多かった。

 米崎の中で、無意識的に「触れるより触れられる方が負担が少ない」と思っての提案だったのだが、それがかえって、大五郎の克服のさまたげになっていたのかもしれなかった。

「何でもいいんだけどさ」

 冷たく、しかしはっきりと。

 今まで一言も発さなかったリオがついに口を開いた。

「これで豊島君は、私に触れるようになったってこと?」

「ああ、そうだ。どんと来い」

「そう。なら試してみてよ」

 そう言ってリオが、抱擁を求めるように両手を差し出した。

 大五郎もそれに応じるように、リオに近付く……が。

「……いや、やはり今は止めておこう」

「は? 何、どういうこと?」

「もう少し準備がいるようだな。……そうだ、部員たちにこのことを話してからでも遅くない。それからゆっくりと証明していこうじゃないか」

「何それ、意味分かんないんだけど」

 リオが露骨に不機嫌になっていく。

「ま、まあ。取り敢えず今はおめでたいということで、一旦保留にしましょうよ、ね?」

 止めに入った江木を一瞥し、つまらなそうに吐き捨てる。

「……泥棒猫」

 それだけ言うと、リオは先に部室へと歩いて行った。

「……何か今、とても酷いことを言われた気がします」

「ああ、気にするな。アイツはああいう奴だ」

 リオの後姿を目で追いながら、米崎はしかし大五郎のことを考えていた。

 どうして今、大五郎はリオの抱擁を拒否したのか。

 まだ完全にトラウマが治っていないからなのか、それとも……。

 ただ、リオの抱擁を断った時、大五郎が寂しそうな表情をしているように見えたので、それ以上もう何も言えなくなってしまったのだった。


 部室に着き、事のあらましを説明すると、部員の誰もが驚愕した。

「ええっ! だ、大五郎さん! 女性に触れるようになったんですかっ!」

 興奮気味に詰め寄っていく見浦を中心に、大五郎はあっという間に人に囲まれた。

「ああ、恐らく問題ない。握手くらいなら、今すぐにでもしてみせよう」

「じゃ、じゃあ、私! お願い、したいです……」

 豊島大五郎ファンクラブ会員の疑惑がある見浦が右手を差し出すと、大五郎は迷わずその手を握った。

「わ、わぁ」

 握手をする大五郎と見浦。

 まるで本当に俳優とファンのやり取りのように見えるそれが、米崎の目にはたまらなく眩しかった。

「ようやく……ここまで来たんだな」

「ですねえ……」

 江木も同じように頷く。

 それからは取り合うように大五郎の握手会が始まった。

 部員の中には見浦のように大五郎に憧れて入った者も少なくないので、必然の流れと言えるだろう。

「……本当なら、練習をしてほしいところだが。今日くらいなら、まあいいか」

 米崎のその一言を皮切りに、部内はイベントの様相を呈した。

 各々が雑談に花を咲かせ、どこからか誰かがお菓子を持ってくるとそれに群がってプチ宴会が始まった。

 誰も口に出さずとも。大五郎の性質には思うところがあった。

 女性に触れることができれば、彼の演技の幅ももっと広がっていたはずだと、部員であれば誰もが一度は考えていた。

 そんな念願の想いが成就した日とあれば、盛り上がるのも必然だろう。

「さあ、他に俺と握手したいものはいないかあ!」

 空気にあてられて、すっかり出来上がった大五郎が朗々と周りに呼びかける。

 と言っても、もうほとんどの部員が握手した後だったので、特にその後に続く者はいなかった。

 ただ、一人を除いて。

「私も、いいかしら」

 倉嶋リオが、豊島大五郎の前に現れる。

 そして他の部員と同じように手を差し出した。

「ああ、そうか。お前がまだだったな、よし」

「違うわよ。私が求めているのはそっちじゃない」

 握手をしようと大五郎が手を出すと、リオが首を振った。

「さっきの続き、いい加減してくれないかしら」

「……抱擁の方か。悪いが今日は、そういう気分じゃない」

 またもや、大五郎がリオの誘い出を断った。

 賑やかだった会に、一瞬にして緊張感が走る。

「何で? さっきあの子にはしてたじゃない」

 リオが江木を指さして言う。

 指摘された江木の方は、バツが悪そうに頬をかいていた。

「検証のために背中を触っただけだ。抱擁などはしていない」

「なら検証でもいいわ。私の背中に触りなさいよ。胸だって揉んだのだから、今更照れることなんてないでしょう?」

 む、胸ぇ? と辺りがざわつき始める。

 だが、当の二人はそんなガヤなど意にも解さない。

「あれは事故のようなものだろう。第一俺にそんな意志はなかった」

「何? じゃあ触りたくなかったってこと?」

「そうは言ってないだろう」

 大五郎とリオの言い合いなど、部活始まって以来のことだった。

 リオは大五郎に絡むことはあっても否定することはしなかったし、そんなリオを大五郎はうまくあしらっていた。

 そんな二人が、目の前で一触即発の危機に陥ってる。

「……これ、どうなるんだ」

 誰かの声が聞こえた。

 あるいはそれは、自分の声だったのかもしれない。

 横で吾妻が明らかに動揺している。

 「どうしよう……」「こんなはずじゃあ」と、何やら一人で呟いているが、米崎にとってそれどころではなかった。

 この争いは、きっと互いを思って起こっていることだ。

 嫌っているわけではなく、互いが互いを憎からず思っているからこそ、その表現方法の差によって生まれているすれ違いだ。

 ならば、周りの人間にできることなど、何もない。

 ただ、黙って見守っていることしか――。



「……ふざけないでよっ!」

 怒号、というにはあまりにも感情的な。

 叫んだリオの目尻には、うっすらと涙がにじんでいた。

「どうしてわからないのよ! 私はずっと……。あんなくだらない茶番にだって、何も言わずに黙ってた! あなたが私に触れられるようになるためには、私が色々しない方がいいって思ってたから、ずっと我慢していたいのに!」

「…………あ」

 そういえば、と米崎は思う。

 リオは今回の件に関して、どちらかといえば協力的だった。

 かと思えば自分勝手な行動を起こし、場を掻き回してはいたが。

 それでも、胸を触らせた時も、気絶した大五郎にキスをした時も。

 リオはどこか、寂しそうな表情をしてはいなかったか。

 そして今回の多目的室の件。

 リオは何も言わず、何もしなかった。

 あの時のリオは、てっきり米崎を含めたテンションを冷ややかに見つめているものだとばかり思っていたが。

 もしも、自分が余計なことをしてしまうことで大五郎の克服に時間がかかってしまうと考えていたのなら。

 そうまでして大五郎のトラウマを克服したい理由。

 大五郎に、女性に触れられるようになってほしかった理由など。

 そんなものはきっと、いや絶対に一つしかない。

「……もう、いい。私帰るわ」

 荷物を乱暴に掴み、リオが早足で部室を出ていく。

 その姿を見ても、大五郎は何も言わない。

「大五郎! どうして何も言わないんだよ! 大、五郎……?」

 米崎が振り返って大五郎の方を見ると、彼はまたいつものように座ったまま意識を失っていた。

「……へ? 何で?」

「多分、調子に乗って握手しまくったツケが回ったのでしょうね」

 江木の冷静な指摘に、なるほどなと相槌を打つ。

「つくづく、しまらない奴だよお前は……」

 しかし、米崎はそんなところも含めて大五郎が愛らしかった。

 それはきっと、リオも同じだろうと思う。

「で、アイツ……倉嶋についてだが。どうするか」

 多分、今大五郎以外の人間が動いても何も変わらない。

 となれば、自分たちはここで大五郎が目を覚ますのを待っているしかないということになる。

「あ、あのぅ」

 おずおずと、躊躇いがちに吾妻が手を挙げる。

「どうした? 吾妻」

「えっと……。今言うことじゃないけど、でも今言わないと多分もう言えないと思うから言いたいんだけどぉ」

「ん? どうした、はっきりしないな。言いたいことがあるならはっきりとしろ」

「う、うん。実は……あの脚本、『フレアマインド』についてなんだけど。あれ、実は頼まれて書いたものなんだぁ。ある、人から……」

「頼まれた……って、まさか」

 米崎がそう言い、続きを促すと吾妻がゆっくりと頷いた。

「頼んだのは、倉嶋リオ。どうしてもぉ、触れ合いたい人がいるって」


 目覚めた大五郎を引き連れて、米崎、江木、吾妻の四人は例の多目的室へと向かっていった。

 多目的室に向かうのは大五郎の提案である。

「俺がアイツでもきっとあそこに行く。アイツはきっと、探してほしいタイプだからな。そう変なところにはいかないさ」

 そう自信ありげに笑う大五郎は、どこか照れているようでもあった。

 あれからすぐに目覚めた大五郎を含めた部員に、吾妻が大枠の話をした。

 脚本『フレアマインド』ができるまでの、その一連の流れについて。

「僕が倉嶋さんから言われたのはぁ、『触れること』がキーになる作品ってことだけだったんだぁ。だからぁ、彼女が脚本読むときはすごく緊張したしぃ、依頼された時から倉嶋さんの気持ちには気付いていたから、成功してほしいとも思っていたんだぁ」

 米崎は、吾妻のいくらか挙動がおかしかった時のことを思い出す。

 あれは全て、裏でリオが糸を引いていたが故のことだったのか。

「なるほど。だからお前は頑なに脚本を変えたがらなかったんだな」

「うん……。僕の一人じゃぁ、どうすることもできないからぁ」

 吾妻は吾妻で、苦労があったということだろう。

 全ては、一人の少女の淡い恋心のために。

「なるほどな。だが倉嶋は、何も分かってない」

 全てを聞いた上で、大五郎があっけらかん言い放つ。

「分かってない……? どういうことだ」

「今から証明しに行く。着いて行きたいものは着いて来い」

 そして、今。

 四人は多目的室の前の扉に立っていた。

「開けるぞ」

 そんな一言を添えて、大五郎がドアを勢い良く引いた。

 果たして、倉嶋リオはそこにいた。

 後ろにいる三人を見て、露骨に眉をひそめる。

「……何で、そんなにいっぱいいるのよ」

「今回の件の功労者たちだ。事の結末を見送る権利がある」

 因みに見浦についてだが、「え、えーっと、リオさんのことも尊敬はしていますが、二人の恋模様に関しては正直、あんまり見たくないかなって」と言葉を濁しながら言っていた。

 彼女は彼女で、色々と思うことがあるということだろう。

「それで……何しに来たの?」

 先ほどの不満の色は、リオの表情からは感じ取れない。

 あるのは懐疑や不安……、その類の、気弱な少女の物だった。

「決まっているだろう。連れ戻しに来たんだ」

「そう。じゃあ運んで」

 リオはリオで、懲りずにそんなことを大五郎に提案するが、

「いや、すまない。それはできないんだ」

「だから何で? もう豊島君は女の子に触れても大丈夫になったんでしょう? だったら私に触れてくれてもいいじゃないのよ!」

 もはやリオの言葉は、駄々っ子のそれと大差なかった。

「触れられるのと、触れていいは違うだろう。江木は今回の件に最後まで協力してくれた仲間だ、だから協力者として、触れさせてもらったに過ぎない」

「私だって、協力したけど」

「ああ、勿論そうだ。だが、俺にとってお前と江木とでは、本質的に見方が異なるということだ。だからこそ、俺はお前に触れられない」

「……どういうこと?」

 今まで幾度となく露にしてきた、リオの怪訝な表情。

 それに対して大五郎は、まっすぐに自分の言葉をぶつけにいった。

「それは、一人の仲間として見るか、好意を寄せる異性と見るかの違いだ」

「……えっ、は……」

 リオの表情が固まる。

 正しく予想外という反応だ、

 そんな態度も分かっていたとばかりに、大五郎がリオに微笑む。

「そんなに意外か? 俺がお前を意識しているということが」

「で、でもだって……。そんな素振りは一度も……」

「何を言う。お前自身が言っていただろう? 俺はこの部活で、一番演技が上手い男だぞ。お前を騙すことなど容易いものだ」

 気取った台詞を何重にも巻いて、大五郎がリオに自分に思いを告げる。

 それは今まで演技で着飾って、自分の心を打ち明けずにスターとなった男の精一杯の愛情表現ではあった。

「じゃ、じゃあ……本当に……?」

「ああ、そうだ」

 だから、こそ。

 大五郎はその言葉を口に出すことができない。

 好きな人に軽々しく触れることができないのと同じように、愛の言葉などを素直に打ち明けることなどは、彼にとって酷く難しいことだった。

「……私は、好きな人に触れてほしかった。きっとその人は、誰かを特別に見たり、贔屓するような人じゃない。だから私は、せめて役の中であなたに触れてもらえる女になりたかったの」

 そう言って、リオはまた瞳を潤ませる。

「でも、もしも私の想いが届いていたのなら。あなたが本当に私と同じ気持ちだって言うのなら……。それでもやっぱり、私に触れることができないというのなら……体じゃなくて、心に、触れてほしいの」

「心……それはどういうことだ」

 今度こそリオは、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべ、涙をためたまま美しく微笑んだ。

「そんなの、決まってるでしょう? 言って、私に愛してるって。世界で一番、私のことが好きだって」

「う、ぐぅ……っ」

 苦み走った顔で、大五郎がリオの方を見る。

 頭を抱え、一人でブツブツ言いながらも、最後は観念したように息を吐き、

「少し、席を空けてもらえるか」

 そう、三人に告げたのだった。