「え、えっと……。次は、私……ですね」

 次に新しい案を持って来たのは、見浦だった。

 周りに目配せしながら、遠慮しがちに話し始める姿は、今まで米崎が描いていた彼女の印象とそう大差ない。

 の、だが。

「……俺たちは一体、何を見せられているんだ」

 場所は同じ多目的室。

 いつものように女性に触れられて伸びている大五郎に対し、「あ……えっと、準備しちゃいますね」と言いながら見浦はためらいなく目隠しを付けていった。

 そして今。

 大五郎は意識がないまま、縄で椅子に縛られている。

「いつかやらかす子だと思ってはいたのですが、まさかここまでとは……」

 自らの作戦が失敗に終わり、意気消沈としていた江木が目の前の光景に打ち震える。

 というより、明らかに引いていた。

「……う、ううん」

 大五郎が目を覚ます。

 同時に、体の自由と視界が奪われていることに気付き、しばらく静止した後で、

「なるほど。次はこういうタイプか」

 特に動揺することなく現状を受け入れた。

 元々マイペースな男ではあるが、ここまで来ると気味が悪い。

 この現状を受け入れられて、逆になぜ女性に触れられるくらいで意識を失ってしまうのか。

 米崎は不思議でならなかった。

「これは、誰の案だ?」

「わ、私です」

 おずおずと見浦が名乗り出る。

「あ、あの……。苦しくないですか? どこか痛かったりとか?」

「全く問題ない。むしろちょうどいいくらいだ。縛ってくれた人の顔が浮かぶようだよ」

「ほ、本当ですか!」

 見浦がぱぁっと表情を明るくさせる。

 人の心を一瞬で掴む話術はさすがのカリスマといったところではあるが、会話の内容についてはあまり言及しない方が賢明なように思えた。

 気をよくした見浦は、そのまま企画説明に入る。

「えっと、こ、今回の作戦は……。相手の姿が見えなければ気を失わないのでは? ということで、目隠しとをさせてもらいました。ふ、触れることだけに意識をしてもらおうと、手以外は拘束してあります」

「なるほど。それで縛られているわけだな」

 納得がいったというように大五郎が頷く。

「は、はい。では早速。意識をさせないために、こちらからは何に触れているかは言いませんので、合図を出したら手を伸ばしてみてください」

 そう言うと、段取り通りに米崎が前に出た。

 そして、大五郎の前に手を差し出す。

「では……お願いします」

「ああ」

 ためらわず大五郎が米崎の手に触れる。何度か感触を確かめた後、

「うむ、何ともないな」

「あ、ありがとうございます。で、では次……」

 米崎が戻り、今度は江木が前に出る。

 同じように手を伸ばし、合図が来るのを待った。

「はい、また……お願いします」

「よし来た」

 真っ直ぐに江木の手に触れ、その感触を味わう。

 気絶は――していない。触れた段階では、いつもの大五郎と何ら変わらなかった。

「なるほど、考えたな」

 感心したように米崎が独り言ちる。

 大五郎の女性克服計画は、部内において何度か話題に上がっていた。

 その中で、目隠しの案は上がっていたし試したこともあったのだが、今回のようでランダムで触れさせることはしなかった。

 これで計画は一歩前進か。そう思った瞬間、

「んっ……」

 手を執拗に触られていた江木が短く反応する。

「ん? 何か湿った声が聞こえたような」

「お、俺がつい言ってしまったんだ! ほ、ほら! お前が熱心に触るから、つい!」

 大五郎に悟られる前に、米崎が二の句を告いだ。

「ほう、なるほど。これは米崎の手なのか。随分やわっこいというか、小さくてかわいらしい手だな」

「~~~~っ!」

 声を出すまいと必死に声を抑える江木。

 男性だと思い込んだことによって、大五郎の触れ方の思い切りを増してしまったようだった。

「……はい、オッケーです。あ、ありがとうございます」

 時計で数えていた見浦が終了を告げる。

 自分が触れられていた時と同じ時間しか経っていないはずなのに、米崎はどっと疲れた面持ちをしていた。

 それは勿論、大五郎に触れられていた江木も同じである。

 ふらふらと米崎の元に戻った後で、一仕事終えたように大きなため息を吐いた。

「……すまない、江木」

「い、いえ。フォロー、ありがとうございます。っていうかあの人、結構ためらいなく触るんですね。手つきもなんか、ねちっこいというか」

「……まあ、そういう奴だよ、アイツは」

 なんと反応するべきか迷い、米崎はそんなことを口にした。

 因みに米崎が触れられた時、そんなねちっこさは感じなかった。

 無意識化の中で、男女の区別が付いているのかもしれない。

「チッ……」

 その時、耳元で小さく舌打ちをする音が聞こえた。

 確かめようと振り返る前に、見浦の声がかかる。

「では、えっと次……。お願いします」

 言われるが先か、即座にリオが動き出した。

 大五郎の前に行くと、ためらわず彼の手首を掴み、そのまま――。

「お? これはまた随分感触が良いというか。まるで包み込まれているかのような」

 指示を待たずして、リオが自分の体に大五郎の手をあてがう。

「だ、大五郎、それは……」

「ん? なんだ、また米崎か。さっきの手といい、お前は随分と柔らかくできているのだな、はっはっは!」

 楽し気な大五郎に対し、周りは気が気ではなかった。

 触れさせている方のリオはなぜか得意げで、不機嫌そうに出てきた時とは打って変わって満足そうな表情をしていた。

 それはいい、いいのだが――。

「……あの痴女、マジで何考えているのですか」

 呆けたままで、江木がなんとか言葉をひねり出す。

 リオの意図は分からないが、正直言ってこれは……と。

 米崎の中で、何やら別の邪な感情が過っていくようだった。

 それは大五郎の方も同じなようで、何度か触っているうちにようやくその違和感に気付いた。

「むぅ……? さてはこれ、手ではないだろう! 誰だ、俺が見えないのをいいことに、変なことをさせているのは?」

「……変なこと?」

 その一言が癇に障ったのか、リオがまたも不機嫌になる。

 そしてあろうことか、大五郎の目隠しを片手ではぎ取って見せた。

「んぅぉっ! 光が、眩しいなっ!」

 急に明るさを取り戻した大五郎が、薄めがちに目を開ける。

 そして、目の前に広がる予想外の光景に、思わず絶句した。

「リ、リオ……お前」

 嫌な予感はしたのだろう。

 何を言われずとも、大五郎の顔は青ざめている。

「それ、手。触れてるところ」

 感情をこめず片言で話すリオに従い、おそるおそる目線を下げていく。

 そして自らの手があてがわれる場所を確認し、またもや凍り付いた。

「おま、お前……。これはお前、おお、おっ」

「そう。そこ、私のおっぱい」

「ぶぷっぅ!」

 一撃必殺だった。

 まるで昇天するように魂のような息を吐き出し、縛られたままぐったりと気を失った。

 一連の加害者であるリオは、大五郎を見て不服そうに口を尖らせている。

「……折角、揉ませてあげたのに」

 内容までは聞き取れなかったが、今の米崎にはそんなこと関係なかった。

 本来であれば勝手な行動をしたリオに対し叱責したり、今後に備えての作戦を練ったりする必要があるはずだ。

 しかし米崎はそんなことお構いなしに、ただ一つの感覚に自らの思考を支配されていた。

「いい、なぁ……」

「……は?」

 思わず漏れ出した思考を慌ててふさぐが、もう遅かった。

 江木は汚物でも見るかのような嫌悪の意思を隠さずに米崎へ向けている。

「え、えっと……あの」

 自ら立案した企画で場が荒れたことにより、見浦はおろおろと慌てていた。

 そんな後輩に構う余裕もなく、またも計画は取り付く島もないまま収束することとなった。



 そして詳細は伏せるが――倒れ行く大五郎の表情は、いつもと比べて若干と口角が上がっていたという。