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　日曜の朝、自分の部屋で鞄から荷物を出しているときのことだった。

　ノートから二枚の紙がひらりひらと舞い落ちた。

　一枚は名刺だった。名刺は、手書きの連絡先が書かれた裏面を上にして、床に這いつくばっている。お母さんが一緒に暮らしているというおっさんが手渡してきた、例のあれだ。

　もう一週間が過ぎたというのに、湿り気を帯びた手のひらの感触を思い出してしまう。取っておきたくなにのはもちろんだけど、捨てるわけにもいかず、鞄に突っ込んでおいたのがノートに挟まってしまったらしい。

　もちろん本当は早く捨てたい。家で捨てると希帆さんの目につくかもしれないから、駅のゴミ箱でもぶち込めば片はつく。でも捨てるわけにはいかない。この先お母さんたちに頼る可能性を手放すことはできない。

　あの日の別れ際、お母さんは『連絡ならまず私にしなさい』と言いつけたが、流石に名刺を取り上げまではしなかった。言われなくてもあのおっさんに連絡することなど絶対にないけれど、いざあの二人を頼るという選択肢を採った際、この名刺を持っていないと面倒なことになるかもしれない。

　もう一枚の方は、四つ折になったルーズリーフだった。

　開く前から中身は分かっている。

　そっと折り目を撫で、それから丁寧に開く。

　見慣れた字が並んでいる。

　『後悔しない選択肢を選べ』。

　幾度も見た鹿島くんの字だ。

　借りたのはもう一ヶ月以上も前、夏休み登校日の追追試を受けるたきだ。それ以来、ずっと返しそびれている。二学期に入ってからは碌にノートも開いていなかったので忘れていた。

　ふと、思いついた。

　返した方がいいのではないか。

　鹿島くん、困っているかもしれないし。

　借りたものは返さないと。

　そんな理由があれば、私は鹿島くんに会いに行けると。

　その思いつきは私を夢中にさせた。

　ただの言い訳であることを、もちろん頭では理解している。

　これが勉強からの逃避であることも。

　ただ単に自分が鹿島くんに会いたいだけだということも。

　それでも私は出かける準備を整え、部屋を出た。

「あれ、舞夕ちゃん、お出かけ？」

　と、玄関を出ようというところで、希帆さんに呼びかけられた。

「えっと、うん。友だちにノート借りてたの思い出して。明日提出の課題があるから、今日返さないとなの」

　もう慣れたもので、作り話は口からすらすらこぼれ出す。いつもどおり制服を着ていてよかった。

「それは確かに困っちゃうね。学校行くの？」

「うん。その子、今日は部活だから」

「そっか。お昼、どうする？」

「学校で食べるよ。ついでに勉強してくるから。じゃあ、行ってきます」

　喋っているうちにどれが嘘でどれが本当なのか自分でも分からなくなってきた私は、多少無理やりに話を打ち切って家を出た。