「はい~みんな席について~」

花ちゃんのダルそうな号令でみんなが席に戻っていく。
まだ少し肌寒い風が吹く春の朝。満開だったはずの桜は既にもう散り始めていて。

始業式後のホームルームが始まる。気づけば私達ももう3年生になっていて、1階の教室を手に入れていた。ちなみに1年生が3階、2年生が2階、3年生が1階と、学年が上がる度階段を上らなくてよくなるのだ。

「いいよな~お前ら。俺なんか科学準備室が3階だから結局行き来しなきゃだしむしろ大変になったよ。どうしてくれんだよ。」

知るか、と心の中でツッコむ。実際誰かも声に出してツッコんでいた。

「誰か金持ちになってこの高校にエスカレーター付けてくれよな。」
「え、それまで居座るつもりですか。」
「居座るとかいうな。」

クラス委員の子が大真面目な顔でそんな事を言うから、クラス中に笑いが起きる。新学期という事で皆のテンションも心なしか高いが、理由はそれだけではなさそうだ。

「はい。前にもいったとおり、転校生がきています。」

その言葉に教室のあちこちでザワザワと声が上がる。そう、どうやらこのクラスに今日から転校生が来るらしい。厳密には授業は明日からなのだが、既に始業式から参加しているようで。

「まあ詳しい事は本人の口から聞こうな。てことで入ってきて~。」

相変わらずの適当さ。花ちゃんの声に促されて教室のドアが開く。入ってきたのは男の子で、ざわめきが一層大きくなった。・・・特に、女子の声。

「・・・うわあ、美形。」

思わず私も呟いてしまって、それが聞こえたのか春原くんも頷いた。
そこにいたのはまさに王子様のような男の子。真っ白な肌に綺麗な金髪、少し青味がかった瞳。細身の彼は、黒板に自分の名前を書く。こりゃまた字も端麗。

「由井雪緒です。アメリカから来ました。母がアメリカ人で父が日本人のハーフです。よろしくお願いいたします。」

流ちょうな日本語で自己紹介をした後、彼は控えめに微笑んだ。瞬間にあちこちで女の子の黄色い悲鳴が聞こえて、男子が低く呻くのが分かった。そうなるよね、ドンマイ。

「日本の学校に通うのは小学校ぶりで色々分かんない事もあると思うから、皆サポートしてやってな。えっと、席は・・・」

花ちゃんが視線を彷徨わせて、あああそこで、と指をさす。
その席は春原くんの正面、つまり私の斜め前。視線を集めながらスタスタと歩いてきた彼は、隣の女の子に微笑みかける。

「よろしくね。」
「っ・・・こちらこそ・・・!」

隣の席の田淵さん。小さく後ろを振り返って私にガッツポーズをする。素直でよろしい。雪緒くんは後ろも振り返って、私と春原くんを順番に見つめる。

「これからよろしくね。」
「こちらこそ。よろしくね。」
「・・・よろしく。」

パンパン、と花ちゃんが手を叩いて皆の視線を集める。

「はい女子~、イケメンだからって明日から気合入れ過ぎないようにな。生徒指導の先生に怒られるの担任だからな。はい男子~、そんなに僻まない僻まない。お前らにはお前らのいい所があるから自信もって」

じゃあ今日はこれでもう下校です、さようなら~。なんて気の抜けた声と共に午前中だけの新学期1日目は終了した。明日から授業か、寝坊に気を付けようっと。



凄まじい。その一言に尽きる。

さっちゃんが少し呆れ顔をしながらストローをくわえる。その視線の先には雪緒くんがいて、周りには女の子ばかり。よく見れば違うクラスの子も混じっている。

「こうも人が集まると落ち着かないわ。」
「そうだねえ。」

新学期と共に始まった転校生雪緒くんフィーバーは収まる気配はなく、なんだかデジャヴ。
ため息をつくさっちゃんのスマホには、あれ、珍しい。

「どうしたの?それ。」

スマホからぶら下がるのは少し大きめのキーホルダーで、さっちゃんがこういうのを身につけるのは珍しい。さっちゃんお気に入りの頭から手と足が生えている緑色のキャラクター。私をよく馬鹿にするくせに彼女のセンスも大概独特だと思う。

私の言葉になにやら少し恥ずかしそうに笑ったさっちゃんは、まあね、と言葉を濁して。誰かからもらったのかな、なんて何となく事情を察知してあのカクカクのメガネを思い出した。

「雪緒くん、もう校内は大体覚えた?」
「うーん。まだちょっと微妙かな。」
「そうなんだ。じゃあ私達が案内してあげるよ~。」
「本当に?嬉しい。」

自然と耳に入ってくる雪緒くん達の会話。
・・・少しだけ目を伏せたまま、まじまじと彼を観察してしまう。

顔がいいだけじゃなく、彼は恐ろしいくらいにハイスペックだった。いつもにこやかで人当たりも良く、運動も出来る。古典は少し苦手みたいだがそれ以外の教科は人並み以上だし、英語に関してはペラペラ、昔から日本の文化が好きでなんと書道を習っていたらしい。だから字も達筆。なんという事でしょう。

もはや別世界の人過ぎて、中々ちゃんと話す機会なんてないんだろうな。そう最初は思っていて、しかしその予想だけはまるっきり当たらなかったのだ。

女の子たちと話していた雪緒くんがキョロキョロと辺りを見回して、そして、パチリと目が合う。彼は一層笑顔を深めてこちらに近づいてくる。

「秋山さん、今日校内の案内お願いしてもいいかな。」
「え、でもそれさっき・・・」
「そうだよ雪緒くん。私達が案内するって~」

私の言葉に女の子たちも援護射撃。そうだそうだ、もっとやれ。
雪緒くんは少し困ったように笑って。

「でも皆部活があるでしょ?迷惑かけられないよ。」
「そんなの大丈夫だって。」
「大丈夫じゃないよ。加奈ちゃんがいなかったら絶対皆困るよ。」
「・・・ええ、そうかな~。」

まんざらでもない様子で加奈と呼ばれた女の子が指をつつく。ちなみに明らかに別のクラスの子だ。初めまして。
クルリと私の方に向き直った雪緒くんは、首をかしげて私を覗き込む。華麗な上目遣い、満点。

「お願いしてもいいかな?」
「えーっと・・・。」
「もしかして、迷惑?」
「迷惑とかじゃないけど・・・。」

チラリと女の子たちの方を盗み見れば、彼女たちは少し不満そうな顔をしながらも、それ以上何かを言うつもりはないようだ。少し考えて、頷く。

「やった、ありがとう。」

そう言って雪緒くんは微笑む。その姿にまた黄色い悲鳴が聞こえて。

「あんた、何か雪緒に気に入られてるよねえ。」
「・・・。」

私の斜め前の席になった雪緒くんは、転校初日から何かと後ろを向いて話しかけてくるようになった。秋山さん、秋山さん、と名前を呼ばれて、何か困ったことがあるとすぐ私に声をかけてくる。そのたびに女の子たちの視線が痛い・・・わけでも無くて。

「それはそれでなんか傷つくんだよね。」
「・・・まあでも、結依だからねえ。」
「あーー出たそれ。」

まあ結依だから、秋山さんだから、そんな感じの目で彼女たちは私を見て、むしろ穏やかに笑っていたりもする。敵にすらならないと認定されているのだろう、その通りなんだけどさ、でもさ、それはそれでさ、かろうじてある女心が痛むのよ。

「でもまあ、気を付けなよ。」
「何かあったらさっちゃんが守ってくれるでしょ?」
「なにその全面的信頼。重いわ。」

ふざけて笑うさっちゃんが、少しだけ真面目な顔をする。

「・・・雪緒みたいなタイプって、裏があってナンボって感じよね。」
「それ、絶対偏見。」
「どうだかね。私の勘は当たるのよ。あー、可愛い可愛い結依ちゃんがまた事件に巻き込まれちゃう~」
「絶対面白がってるでしょ。」
「まあね。」
「少しは誤魔化そうとしろっ」

ごめんって、と一ミリも悪いと思って無さそうなトーンで謝ったさっちゃんは、授業開始のチャイムと共に席に戻っていった。

結局放課後も雪緒くんと校内を回って、でも案内なんて必要ないくらい彼は大体の位置を把握していた。記憶力もいいんだろう。
・・・ああ、とんでもなく音痴とか足の匂いがキツイとか、何か欠点あったりしないかなあ。なんて失礼なことを考えてしまっていたのは皆さんと私だけの秘密です。