高校2年生の私、秋山結依には最近気になる人がいる。
と、言っても別に恋愛的な意味ではない。
ただ単純に興味がある人がいるのだ。
それが、隣の席の春原くん。
少し癖毛なベージュの髪にいつでも眠そうな表情。
顔は非常に整っているため女子からの人気は高い。
そんな彼は、とても面白いのだ。
春原くんはいつも遅刻ギリギリに教室に入ってくる。
そして席についたら教科書とノートと筆箱を出して__ガタンッ、すぐに、寝る。
勢い余って机に思い切り頭をぶつけていたようだが、そんな事も感じないくらい眠いらしい。
授業中も基本的に眠そうでいつも首がカクカクしている。
これだけ寝るなら突っ伏してしまえばいいのではないか、と思うのだがどうやら突っ伏さないのが彼のポリシーらしい。よく分からない。
授業中はいつもそんな感じのため、英語教師(年齢不詳独身)には目をつけられていて、何かと当てられる、が。
「・・・」
無言で黒板に書く解答はすべて正解。
英語教師も悔しそうに唸る。
そう、春原くんは寝てばっかりなのに頭がいい。
家で遅くまで勉強していて、だから毎日寝ているのだろうか。でもそれなら授業を真面目に受ければ__コツンッ
頭に軽い衝撃が走り、クラスからは笑いが漏れた。
「さっきからずっとボーッとしてるじゃないか秋山。この問題やってみろ」
どうやらさっきのは出席簿で叩かれた衝撃らしい。
すみません、と謝りつつ黒板へと向かう。
だめだ、私は考え始めると止められない気質である。今度から気をつけないとなあ、なんて思っている間に解答を書き終わって席へと戻った。
私が書いた答えを睨みつけて、英語教師はまた悔しそうに唸っていた。英語は得意だ。
・・ちなみにこの授業で当てられるのは春原くんか私かの二択である。
お昼休み、春原くんの周りにはわらわらと男子が集まってくる。
男子が話している間も基本的に眠っているかボーッとしているように見える春原くんだが、男子からも人気が高い。
「また春原くんみてるの?」
「うん」
「きも」
「普通に傷ついた今。」
友人であるさっちゃんこと白河早紀は今日も辛辣。
短く切りそろえられた髪に大きな瞳。
陸上部に所属しているさっちゃんは美人な上に運動もできる。
・・・少し私に分けてくれたっていいよね、うん。
「さっちゃん今日も可愛いね」
「真顔で言うな怖いわ」
再びバッサリ切られた私。悲しい。
「ところでさっちゃん。春原くんは本当に不思議な人だと思わない?」
「んー、まあ。でもあんたも不思議だと思うよ?」
「なんで?」
本当に分からずに首を傾げれば、
さっちゃんは、全く、と笑う。
「私達からみた春原くんと、男子からみた結依は多分同じだよっ、てこと。」
「・・私寝ないよ?」
「寝ないけど、頭はいいのにポンコツじゃん」
「やっぱり辛辣ッ」
よく分からないけど私と春原くんは、似てる、らしい?
「しりとり」
「りんご」
「ごま」
「まるた」
「体育やだ」
「わたしもやだ」
「帰りたい」
「帰りたいねえ」
「・・お前らしりとりする気ないだろ」
授業前、しりとりをやっていたはずの私と春原くんに塚田くんからの冷静なツッコミ。
あれ?と思っている人もいるかもしれないが、私は普通に春原くんとは仲がいい。
だから、断じてストーカーではないのだ。前半の文だけで勘違いしないでくれ。
「体育やだ、めんどくさい。」
春原くんのその言葉に塚田くんがハハッと笑う。
塚田くんはいかにもという感じの長身爽やか青年。
春原くんと一緒にいる確率が1番高い人だ。
「女子は?体育なにやんの?」
「バスケ」
「秋山終わったな、ドンマイ」
「殴りたい」
笑ってからかってくる塚田くんにパンチをするも届かず。何を隠そう私は運動が大の苦手である。
「俺も体育きらーい」
間延びする声でそういった春原くんを見れば、やはり眠そうで。
「春原くんが運動できるなんていったら私学校こないからね」
「重いわ」
「できるわけないよね、春原くんに運動なんて出来るわけないよね!!」
「そして失礼」
塚田くんと春原くんからダブルでツッコミを受けた私はさっちゃんへ助けを求める。
「さっちゃん、バスケは私と同じチームだよね約束して」
「何言ってんの名簿順だったら分かれるに決まってるじゃん」
「なんでさっちゃんは白河に生まれてきたの???」
「そこまで言うか。」
これくらい取り乱すくらいには体育は苦手だ。
ポカーン、という効果音が目に見えそうなくらい、私は今間抜けな顔をしている事だろう。
普段クールなさっちゃんも今ばかりは一緒にマヌケ顔。
「春原!抜け抜け!」
バスケのコートで華麗なドリブルを見せるのは、なんと怠け者代表春原くん。
1人、2人、と抜かしていって、ドリブルシュート。
華麗に決まったシュートに男子の叫び声と女子の黄色い悲鳴が混ざった。
・・・嘘でしょ。
あのペンギンよりも早く歩けないで有名な春原くんが、走ってる。
「さっちゃん・・」
「・・なに?」
「やっぱあの人、変、不思議。」
「・・今は同感。」
チラッとこっちを向いた春原くんは、真顔のままピース。
心なしかドヤ顔のような気もした。
「秋山。」
放課後、部活に出るさっちゃんを見送って1人廊下を歩いていれば、
後ろから聞こえてきたのは眠そうな声。
「誰ですか」
「誰って・・春原だけど」
「私の知ってる春原くんはあんな華麗なドリブルなんてしません」
「・・・・」
そのまま振り向かずに歩いていれば、
ぷっ、と後ろから笑い声が聞こえた。
思わず振り返れば、あら珍しい。
春原くんが楽しそうに笑っていた。
「怒ってるの?」
「怒ってないよ。・・運動できない仲間だと思ってたのにあんなバスケができるなんて裏切り者だくそう、なんて思ってないし。」
「怒ってるじゃん。」
そう言って春原くんはまた笑う。
いつもはけだるそうなくせに、春原くんの笑顔はとても明るくて、そして優しい。
「・・ねえ、あのさ。」
「ん?」
春原くんは何か言いかけたけど途中でやっぱりなんでもない、と首を振った。不思議に思って見ていれば、彼は少しだけそっぽを向いたあと、私を手招きする。
まるで小さな子供のように手で囲いを作って、私の耳元で何かを囁く。
「__________。」
そして、いたずらっ子のような表情で笑った。
その後すぐに私からぱっと離れて、
いつもと同じ眠そうな表情に戻って手を振る。
「じゃあね、また明日。」
1人、残された廊下で。
「__秋山がいなかったら本気でやらなかったよ。」
本当に、春原くんは不思議な人だ。
おはようございます、秋山結依です。
現在時刻は朝8時20分を少し回った頃。
1人で学校へと登校中です、眠いです、非常に眠いです。
私が通う高校は学力こそそこまで高くないものの校則は割と厳しい方で。
「はいあと10分ー。」
その声に学校へと登校していた生徒は少し足を早める。
というのも、毎朝校門前では先生達が立ち番を行なっているのだ。
そして少しでも始業時間を過ぎれば遅刻扱いとなってしまう。
遅刻が3回以上になれば1日居残りが必要になるため、それを避けようとほとんどの生徒は少し早めの時間に登校する。
そのため始業10分前には校門の辺りにはほとんど生徒はいない、のだが。
…やはり例外もおり。
「あと5分だぞー。」
「あ、花ちゃん。おはよう。」
「先生つけろよドアホ。」
「そうカリカリするなって。ハゲるよ?」
「まだ25だしハゲねえから。」
のろのろと校門に入って来た私に先生が顔をしかめる。
…そう、何を隠そう私もその例外である。
朝は苦手だ。
「ほんっといつもギリギリだよな。」
「えへ。」
「褒めてねえよ。」
はあ、とため息をついて呆れるのは私の担任で化学教師の花巻先生。通称花ちゃん。
まだ20代で若い事と顔は整っているため、女子生徒によく騒がれているのを見かける。
ただ口が悪い。本当に悪い。驚くくらい悪い。
「もっと余裕もって登校しろよ。」
「いやだって起きれないんだもん。」
「知るか。…なんで朝から立ち番しなきゃなんねえんだよ。いいだろ遅刻くらい。なあ?」
「先生とは思えない発言しないでもらっていい?」
「だって俺学校に遅刻しないで行った記憶ねえもん。」
そう言ってははっ、と笑う。
「よく先生になれたね。」
「勉強は出来たからな。真面目に学校に来ない俺に負けた時の木村の顔…。あれは傑作だったぜ。」
「誰だよ木村。」
口が悪いついでに性格も悪い。
その時の木村くんの顔を思い出したのか、花ちゃんはしばらく1人でケラケラと笑う。
可哀想な木村くん。誰か知らないけど。
そして笑い終えた花ちゃんは、ほらはやく行け、遅れるぞ、と私の背中を押した。
ちらりと時計を確認すればタイムリミットはあと3分。
ここからなら余裕だ。
…そう、問題は彼。
「少しは急げよ!!」
靴を履き替えた時、後ろから聞こえて来たのは花ちゃんの大声。
振り向けばそこにはのろのろと歩く男子生徒が1人。
…歩き方が既に怠そうだ。
私よりも後に登校してくる人物を、私は彼しか知らない。
「なんでこんなギリギリに来んの?もう少し頑張れよ」
「…あ、今日花ちゃんなんだ。おはよー。」
「呑気だなおい!」
「大変だね、朝から大声出して。」
「お前のせいだよ!!ほら春原早く急げ!」
後ろから春原くんと花ちゃんの噛み合ってるのかわからない会話を聞きながら廊下を進む。
まあ、よくある事だ。
こんな風に春原くんとその日の立ち番の先生の会話(ほとんど噛み合わない)を聞きながら教室へ向かうのも、私の日常だったりする。
その日の一時間目の授業は数学だった。
比較的ゆるい授業でお馴染みのおじいさん先生の授業だ。
先生は教室に入ってきて出席をとってから
目を閉じる彼を見て、顔のシワを更に深くさせて苦笑いをする。
「春原くん。」
「・・・」
「なんでもう寝てるんですかね。」
隣を見ればいつも通り彼は夢の中。
ただやっぱり突っ伏してはいない。謎のポリシーは譲れないらしい。ほんと意味わかんない。
先生はため息をついた後私の方に目を向けて、起こして、と春原くんを指さす。
「春原くん。起きて。」
「・・・。」
「先生、起きません」
「秋山さんもうちょっと頑張って下さい。」
1回で諦めた私に先生が再度声をかける。
仕方なく今度は肩を揺すってみたけれど起きる気配はゼロ。
先生も仕方ないですねえ、とため息をつく。
そこは流石ゆるい授業でお馴染みの先生。
寝ている春原くんを放置して授業を開始した。
「次移動教室だっけ?」
「そう、めんどくさいな〜。」
休み時間、席でさっちゃんにそう聞けばだるそうな返事が返ってくる。
春原くんは頭を揺らしながら寝たままで、その前の席に座った塚原くんは笑いながら春原くんの手にマジックで落書きをしている。
小学生かよ。
私とさっちゃんの冷たい視線に気づいたのか、塚原くんはマジックを引っ込めてから
そういえば、とさっちゃんの方へ向き直った。
「シャーペン見つかった?」
「いや全然。・・・ていうか下敷きもなくなってた。」
「まじかよ!それ大丈夫なの?」
さっちゃんの言葉に塚田くんは眉を寄せる。
私も思わず顔を顰めてしまった。
そう、実は最近小さな事件が発生している。
事の発端は2週間ほど前。
さっちゃんが愛用している緑色の細長くて足と腕が生えててでも体はなくて、、まあよく分からないさっちゃんお気に入りのキャラクターが印刷された
シャーペンが無くなってしまったのだ。
落としたのかもしれない、と色んな場所を探してみたのだが見つからず。
かなり落ち込んでしまったさっちゃんだが、
その時はただ不注意で無くしてしまったと思い、諦めた、のだけれど。
その無くしてから今日までの間に更に英語のノートが無くなり、
そして本日新たに下敷きが無くなってしまったというのだ。
これは偶然ではないだろう。
「先生とかに言った方がいいんじゃない?」
「いやでも自分で無くしただけだったら恥ずかしいし。それにお金とかが無くなった訳じゃないしさ。」
「そうだけどさー!」
ふくれっ面をする私の頭をさっちゃんがポンポン、と叩く。
確かに高価なものではないかもしれないけど、さっちゃんの私物を本当に誰かが盗んでいたとしたら、それはれっきとした犯罪だろう。
「また何か盗まれたの?」
「わっ!びっくりした・・・。春原くん、おはよう。」
隣から急に声が聞こえてつい大声を出してしまった。
そんな事を気にする素振りもなく、春原くんはおはよう、と返事をしてから大きくあくびをする。
「そう、下敷きが無くなった。」
「それは困るね。誰かに盗まれたんじゃない?」
「そんな物好きいないでしょ。」
「「いやいるな。」」
塚田くんと見事にハモってしまった。
さっちゃんは不思議そうな顔をする。春原くんは2度目の大きなあくび。
本人に自覚はないが、陸上部のエースで運動神経抜群。そして女子とは思えない(失礼)サバサバとした性格もあり彼女は男女問わず人気が高い。
・・・いやむしろ、女子からの方が人気かもしれない。
そんなさっちゃんのファンは多くいるのだが、本人はその事に全然気づいていなくて。
この盗難事件(?)の事も大して気に留めることもなく、話題は他の事へと逸れていくのだった。
「わー、混んでるねー…。」
お昼休み、私とさっちゃんは購買に来ていた。
目当ては私のお昼ご飯。普段はお弁当なのだが、今日はお弁当を家に忘れてきてしまったのだ。何という失態。
小さな購買には多くの生徒が群がっていて、しばらく近づけそうにない。
仕方なくさっちゃんと共に購買の近くの椅子に腰掛ける。
「何買うの?」
「メロンパンとりんごデニッシュ。」
「うわ甘。」
「余裕ですよ。」
ドヤ顔でそう言えば若干引かれた。
いやドヤ顔でいう事じゃないっていうのはちゃんと分かってるよ。でも甘いの好きなんだもん。
その後も人が少なくなるまでさっちゃんと話していれば、購買以外にもう一つ、小さな人だかりが出来ているのに気づいた。
「あれなんだろう。」
「さあ…。」
さっちゃんも首をかしげる。
よく見るとその塊はほとんどが女子生徒で、みんな同じ方向を見つめている。
その先を見れば。
…ああ、なんだ。
「花ちゃんか。」
そこにいたのは笑顔で男子生徒と会話する花ちゃんで。
まあイケメンだもんね、顔は。喋らなければいいのに。
…けれどこんなに人が集まっているのは久しぶり見た。
花ちゃんが赴任して来た時以来だろうか。
そんな私の疑問を感じ取ったのか、
さっちゃんが顎で花ちゃんを見るように促す。
「…花ちゃんだけじゃないんじゃない?」
「へ?」
「ほら、花ちゃんと話してる人。」
花ちゃんと会話をしている男子生徒は、四角い眼鏡をかけていた。ほんとに四角い。カックカク。
胸元にはきっちりとネクタイを締めていて、夏場はワイシャツのボタンを開けてしまう男子生徒が圧倒的に多い中で珍しい。
しかし特にイケメン、というわけではない。
…でもなんか、
どこかで見たことがあるような?
2人をじっと見つめて考え込む私に、さっちゃんがため息をつく。
「あんた自分の学校の生徒会長覚えてないの?」
「…あ!!」
なるほど、どおりで見た事あるわけだ。
そう納得すると同時に、女子生徒が集まっていた理由も理解する。
いつでも凛とした佇まいに、
大勢の前でも堂々と話す姿。
成績も優秀で、先生達からも一目置かれているという生徒会長。
特別かっこいい、というわけではないが生徒からの人望は厚く。
そんな会長と花ちゃんが2人で話しているものだから、みんなの注目を集めたのだろう。
…なるほど、納得納得。
そんな事を考えている間に購買はすっかりと落ち着き、私達の興味は生徒会長から購買へと移る。
…メロンパン残ってるかなあ。
「あ、秋山。丁度いい所にいた。」
「私忙しいんで帰りますそれでは。」
「いやいや待てよ。」
放課後、部活へと向かうさっちゃんと別れて廊下を歩いていれば花ちゃんに声をかけられた。
花ちゃんの手にはたくさんのノートが積まれていて。
・・・いや予感しかしない。
「俺これから職員会議でさー。」
「・・・。」
「誰がこのノートを生徒会室に届けてくれる人を探してたわけよ。」
「・・・。」
「いやー、助かった助かった。」
さすが秋山、持ってるよなあ。そう言いながら花ちゃんは笑顔で私に近づいてくる、恐ろしい。
「じゃ、頼んだ。」
「いや!無理です私も忙しいんで!」
「なんかこの後予定あんの?」
「・・・愛犬の散歩に行かなきゃ。」
「お前犬飼ってないだろ。」
なんで知ってるの!?と驚けば、花ちゃんはほんとに飼ってねえのかよ!と私の頭を小突く。
くそう、カマかけられた。私とした事が何たる失態。
そんなこんなで私はノートを生徒会室まで運ぶ事になってしまったのである。
「・・・おっも・・・。」
大量のノートを抱えながら階段を上る。
生徒会室は4階。
なんとか2階まではたどり着いたが、あと2階分も階段を登らなくちゃならない。
積み上げられたノートで視界も悪く、
ゆっくりと注意しながら進む。
今まで何度転びそうになったことか。
・・・花ちゃんめ。
ていうか本当に職員会議はあったのかね。
ただ持ってくのが面倒くさかっただけなのでは・・・いや、それは流石に疑いすぎか。
・・・でも花ちゃんならありえるな。
「・・・およ?」
そんな事を考えながら歩いていれば、急に腕が軽くなって視界が広がる。
誰だろう、と横を向けばそこに立っていた彼は眠そうに欠伸をして。
「大丈夫?すごい怖い顔してたけど。」
「うん、大丈夫。ちょっと花ちゃんの人間性について考えてたの。」
「そっか。それは大変だ。」
大して大変だとは思ってなさそうなトーンで春原くんは頷く。
ありがとう、とノートを持ってくれた彼にお礼をいえば、春原くんはもう一度欠伸する。
「これどこに持ってくの?」
「生徒会室。花ちゃんに頼まれちゃって。」
私の言葉にそっか、と頷いた彼はさらっと私が手に持っていた残りのノートも彼の腕へと移した。
「わっ、春原くんいいよそんな!」
「暇だから手伝うよ。」
「ありがとう。でもちょっとだけでいいよ!」
「あんなフラフラしながら運ばれたら危なっかしくて見てられないって。」
「うっ・・・。いやでも!頼まれたの私だし!」
私の言葉にうーん、と考えた春原くんは
結局2.3冊のノートを私の腕に乗せる。
「これで充分。」
そう言って春原くんは一緒にノート運びを手伝ってくれた。
2人で生徒会室を目指し階段を上る。
ほとんど春原くんが持ってくれているため、さっきよりも全然歩きやすい。
横を見れば、春原くんは重そうな素振りは少しも見せずにすいすいと階段を登っていく。
春原くんの優しさを感じつつ、
細身ですらっとした春原くんのどこにそんな力があると不思議に思う。
「・・・身長はそんなに変わらないのになあ。」
「もう1回言ってみて?」
「ナニモイッテマセン。」
思わず口からこぼれた言葉に春原くんが素早く反応して、私の方を見た。
それはそれは満面の笑みで。
・・・ただ目は全く笑っていない。
春原くんの身長は私よりは高いが、さっちゃんとほとんど同じか少し小さいくらい。
男子としては小さめで。
「身長低くても別に困らないですもんねハハハ。」
「え?誰が身長低いって?」
「・・・ハハハハ。」
フォローするつもりが逆効果。
春原くんに身長の話は禁句なのだ。
・・・どうしよう、春原くんの笑顔が怖い。
その後必死のフォローでなんとか話を逸らせたが、
次口を滑らせたら私の命はないのかもしれない。気をつけよう。
「失礼しまーす。」
コンコン、と2度ノックをすればどうぞ、と部屋の中から返事が返ってくる。
生徒会とはほとんど関わりのない私は生徒会室に入るのは初めてで。
・・・なんか少し緊張。
ゆっくりとドアを開ければ、
中には2人の人がいた。
1人は机に向かって何か書類のようなものに文字を書きこんでおり、
もう1人は壁側にズラリと並べられている多くの本に手を伸ばしている所で。
「あら、どうしたの?」
本に手を伸ばしかけていた女性は不思議そうに私たちを見つめ、
そして手元のノートに目線を移す。
「・・・ああ!もしかして花巻先生に頼まれたの?」
「そうです。」
「そっかそっか!ありがとう。」
そういって彼女はふんわりと微笑む。
女の私でも見惚れてしまいそうなくらい綺麗な顔立ち・・・いや、顔だけではない。美しいオーラが溢れ出ている。そしていい匂い。
「2年生?初めましてかな。副会長の湯川舞です。」
そう自己紹介した彼女は、微笑んだまま1歩私たちに近づいた。
・・・そういえばこの声はよく聞いたことがある気がする。
生徒集会などの司会は副会長が務めているのだろう。
「彼のことは分かるかな?生徒会長の須藤くん。」
舞先輩の紹介で、机に向かっていた男の人が手を止めて顔を上げる。
きっちりと着こなした制服に、カックカクの眼鏡。彼のことは分かった。
・・・なんせ今日の昼に覚えたばっかだからね。
会長は特に何かを言うことはせず、小さく会釈をしてからまた作業に戻る。
「ごめんね、重たかったでしょ。」
いえ、と短く答えた春原くんに、
花巻先生いつも溜めちゃうのよね、と舞先輩は少し困ったように微笑む。
ノートを生徒会室の机の上へと移した私達は、手を振ってくれる舞先輩に会釈をしつつ、
教室を後にした。
「・・・ねえねえ春原くん。」
「なに?」
「舞先輩、いい匂いしたね。」
「・・・」
「・・・秋山。」
「はい。」
「気持ち悪い。」
「ごめんなさい。・・・えへ。」
春原くんにドン引きされちゃいました。