それからも毎日、俺たちは温室に入り浸った。
 温室は、この上なく心地よかった。
 温かいというのもあるけれど、花に囲まれて過ごすというのは、やっぱりどこか心穏かになれるものなのかもしれない。

 いつの間にか定位置というものができていて、木製のベンチに女子二人、パイプ椅子を広げて俺たちと浦辺先生がその前を取り囲むという形にいつもなる。
 四人と教師一人という布陣だが、最初に感じたほどの圧迫感はない。浦辺先生がいても、割とリラックスできている。
 浦辺先生も、教室とこの温室では、ずいぶん雰囲気が違うような気がする。きっと俺たちと同じようにリラックスしているのだろう。

 渋々ながら入ったはずの園芸部なのに、なんだか今まで入らなかったのがもったいなかったような気分にもなってくる。

「もうちぃと(ちょっと)早うに勧誘すればよかったかのう。そしたら花壇を耕してもろうたのにのう」

 と浦辺先生が言うので、心の中で前言撤回をした。

「一人じゃ、花壇までは手が回らんかったけえ」

 川内が小さく笑いながらそう言う。

「一人?」

 俺が首を傾げると、ああ、と川内はうなずいた。

「一年のときは、私一人じゃったんよ」
「ほうなんか」

 尾崎がベンチに座って足をプラプラと振りながら、言った。

「ウチは、二年になってすぐ入部したんよね」
「じゃあ俺らとほとんど変わらんのんか」
「うん。こないだ入ったばっかりよ」
「ほうよの。一年のときは帰宅部じゃったよのう」

 それは知っていたのか、木下がうなずいている。
 それからなにかに気付いたように、あ、と声を出した。

「でも今、チューリップがいっぱい咲いとるじゃん。あれ、園芸部がやったんじゃないんか」

 首を傾げてそう言う。確かに、校門の横のほうにある花壇には、たくさんのチューリップが咲いている。
 赤、黄色、白と色鮮やかな上、校門から入ってすぐなだけに、ものすごく目に付く。

「チューリップは毎年、勝手に咲きよるんよ」

 川内が苦笑しながらそう答える。

「へえー」

 そんなものなのか、案外簡単なんだな、と感心していると、浦辺先生が恐ろしい提案をした。

「今年は四人おるけえ、一度全部掘り出すか。ほいで保存して、秋にまた植えよう」
「でも、勝手に咲くんなら、放っといてもええんじゃないん?」

 尾崎の言葉に、木下がウンウンとうなずいている。たぶん、面倒くさいと思っているのだろう。もちろん俺もそう思っていた。
 しかし浦辺先生は残念ながら、首を横に振る。

「球根にも寿命があるけえ、そう簡単でもないんじゃ。それにホンマは花が咲いたあと、花を摘んだりせんにゃいけんので?」
「ええー」
「それからたぶん、イタチが掘るんよの。じゃけえ、まばらに咲いとる。綺麗に並べたいじゃろ? 花壇の外に生えたりとかもしとるし」
「イタチがおるんっ?」

 尾崎と木下が二人して驚いた声を上げた。

「おるよ。お前んとこもおるんじゃないんか」

 浦辺先生が俺のほうを見て淡々とした口調でそう言ったから、うなずく。

「見たことはないけど、母ちゃんがおるって言いよる」
「この場合、母が、って言うとけ。クソババアよりマシじゃがの」

 浦辺先生の言葉に、木下が肩をすくめた。先日、頭をつかまれたことを思い出しているのだろう。

「焼山、やっぱすげえ。イタチおるんか」
「和庄でも、山のほうならおるじゃろ」
「見たことないもん」
「俺も見たことはないわ」

 三人がそんなことを話している間、川内はニコニコとしてそれを聞くだけだった。
 それをどう思ったのか、木下が話を振る。

「仁方はどうじゃ。イタチ、おるじゃろ」

 なんだかんだ、木下は気の利くやつだと思う。以前にも俺だけが話の輪から外れていたとき、こちらに話を振ってくれた。
 しかし川内は急に話を振られて驚いたのか、しどろもどろになってしまっている。

「ど……どうじゃろ……」
「はいはい、田舎論争はその辺にしとけよ。そろそろ時間じゃ。帰れ帰れ」

 浦辺先生がそう言って、結局俺たちは温室から追い出された。