しばし泉は考えた。
「分かんないけど、いるってのは分かった」
「そんならえぇけど」
あのさ、と泉は、
「私ね…また乗りたいから、彼女さんに新しいヘルメット買う」
「買わんでえぇよ、おらんから」
「えっ?」
「あれな、まぁうちのやから。気に入ったなら、しばらく預けとくわ」
「…うん」
泉はうなずいた。
じゃあまたな、と一徹は帰ろうとした。
「待って」
泉は一徹の腕を掴んだ。
思わず振り向いた。
「…」
気がつくと、泉の顔が目の前にあった。
泉の唇が、一徹のそれに重なっていたのである。
離れた。
「今日はありがと」
「…おぅ」
泉は笑顔で手を振った。
その日はそうやって別れたのだが、
「いまどきのギャルってのは、えらいもんやなぁ」
と思わず帰りのヘルメットの中で呟いた。
信号が赤になった。
待っている間、泉の柔らかく温かい唇の感触を思い出してみたが、青に変わるとすぐスロットルを回し、もと来た道を逆方向に転がしていった。
少し過ぎた日曜日、
「あのねイッテツ、相談があるんだ」
泉に呼び出された一徹は、前に来たように泉のアパートまで来た。
「これから出れる?」
「今日は休みやから大丈夫やで」
そういうと泉はピンクのヘルメットを手に出てきた。
「行こ」
そこからは後ろからの泉のナビゲーションである。
「そこを曲がって」
泉の指示のままハンドルをさばいてたどり着いたのは、ホームセンターの裏手の小さな黒い建物である。
最初よく分からなかったが、
「休憩3500円」
などと書いてあるのを見て、それがラブホテルであることに一徹は気づいた。
「…えっ?」
「だってさぁ、セフレって言っといて、ヤってないじゃん」
それはそうだが、と思ったが泉と喧嘩をするのも下らないと一徹はそのまま駐車場に停めた。
建物に入ると慣れた手つきで泉はボタンを押し、
「はい」
鍵を受け取って、ずんずん中へと廊下を進んで行く。
片手にヘルメットを提げたまま、一徹は泉の後ろを歩いてついてゆく。
鍵に書かれた301の部屋の鍵を開けて入ると、真っ赤な絨毯にピンクの壁と白いベッド、小さなテレビにガラス張りの浴室…という普請になっていた。
「イッテツ…どうしたの?」
あまりに慣れた様子の泉に一徹は硬直していた。
「いや…なんでもない」
「あ、もしかしてコッチだった?」
と頬に手をあてたが、
「いや、それではない」
「じゃあ、何?」
泉は訊いてきた。
「いや…泉ちゃん積極的やなって」
「あのさー」
泉は言う。
「男ってさ、みんなそういう生き物なんじゃないの?」
確かに一徹も性は男だが、どちらかというとアグレッシブではない。
「いや、うちが変なのかも知れんけど、大して愛してもない男と寝られるんかなって」
「…イッテツってマジでウケるんだけど」
「えっ?」
「今どきそんな昔のドラマみたいの、流行らないから」
泉は言った。
「どうせさ、世の中の男って…えーと据え膳だっけ?」
「あ、据え膳食わぬは男の恥ってやつね」
「そうそう、だから女の子とラブホ来たら押し倒してヤっちゃうんでしょ?」
「あー…」
一徹は言葉がない。
「だからさ、一回でもヤっとけばいいかなって」
「…うん、分かった」
軽く一徹はうなずいた。
「まぁ、泉ちゃんがそうしたいなら」
そういうと一徹は、そこでようやくソファーにヘルメットを置いた。
いわゆる生臭い行為が終わったあと、
「…イッテツってさ、何か変な人だね」
泉はシーツをまとっただけの姿でメイクを直しはじめた。
「だってさ、男ってあんまり女がどう感じてるかとか、訊かないじゃん」
「そうなん?」
「だって揉むのだって力任せだったり、同じとこだけ攻めてたらOKみたいなのとか、そんなのばっかりでさ」
イッテツみたいに丁寧な扱いなんか誰もしないよ、と泉は言った。
「だけど今回わかったのは、イッテツって実は優しいんだって」
見た目ごっついオッサンなのにさ、と泉は笑った。
「イッテツさ、モテるでしょ?」
「モテへんって」
「じゃあなんでピンクのヘルメットなんて持ってるの?」
「あれは遠くからでも目立つから」
「そうなんだ」
泉は素直な相槌を打った。
「泉ちゃんって、見た目と違って素直やなぁ」
「ギャルって意外に普通だよ。むしろ普通に見える子のほうが何考えてるかわかんないし」
一徹の見る限り、泉は見た目がギャルというだけで、決して頭の悪い女ではないというのだけは、すぐさま断定できた。
そんなふうに。
泉と一徹の関係は始まった。
一徹と泉は、休みが合うと逢っては出掛けたり、ときどき泉の趣味でファッションのイベントに行ったりもする。
しかし。
二人で部屋で過ごす場合があった。
ひとつは、雨の日である。
「雨じゃ泉ちゃんがえらい目に遭うから」
と一徹が気を遣って、タンデムさせなかったりする。