春の心地よい陽気が薄れ、徐々に夏の香りが濃くなる季節、今日も一段と肌にまとわりつく小雨が夕日に照らされて淡い光を反射しだす時間になると、いつも3年Cクラスに集まる人の影がある。
 グラウンドからは、この小雨にも関わらず元気なサッカー部の声と、廊下を走るテニス部の足音が、吹奏楽の音色に混ざりなんとも表現し難い学園の香りを漂わせる。

 最初に教室に到着するのは決まっていて、長く綺麗に整えられた黒髪と知的な美貌を併せ持つ、美化委員長の朝日(あさひ)寧音(ねね)が、ゆっくりと自分の席に腰を下ろして、手鏡で確認しながら前髪を整えると、最後にお気に入りのリップで唇を潤した。
 リップは常に決まった商品を使っており、無香料で刺激の少ないのが特にお気に入りで、いつも持ち歩いている。

 彼女が準備を整えていると、決まって次に元気よく教室の扉を開くのが、木下(きのした)(しゅう)がいつものように明るく近寄ってくる。
 彼は決まって柑橘系の香りを漂わせており、うっすらと茶色に染められた髪に整った顔立ちと、持ち前の明るい性格が相まって女性からとても人気がある存在だった。

「よーす!」

 これも決まった挨拶で、毎日同じ口調で彼女に投げかけている。
 彼は勉強こそ得意ではないが、運動神経がよく放課後の集合時間前まで友達と一緒にバスケやサッカーをしているが、部活に入るわけでもなく委員会活動も消極的で一応、寧音と同じ委員会に所属しているが、活動にはあまり顔を出さない。

 そして、次に扉を勢いよく開けたのは小柄な体格とショートカットが似合っている女性で、四人の中で唯一ひとつ年下の後輩で明るく少しおっちょこちょいな、立花(たちばな)千香(ちか)が、先にいた秀の左腕に飛びつき二人に挨拶を済ませる。

 最後に現れたのは、寧音の幼馴染でこの龍造寺学園で一番の成績を誇る戸次(とつぎ)雪道(ゆきみち)が眠そうなあくびをしながら千香が閉め忘れた扉を静かに閉じ、右手をわずかに上げて近寄っていきた。
 少し不格好な前髪に隠れているが、彼も整った顔をしており、秀とは一年生のころからの親友で、よく休日は遊んでいるそうで、テストの追試があれば寧音と一緒に勉強を教えているが、最近では後輩の千香の勉強も一緒にみることが多くなっていた。

 雪道は決まって寧音の向かいの席に座ると、ゆっくりとした動作で缶コーヒーの口を開けて一口飲みこみ、眠そうな目をこすってから三人に向きなおった。

「なんだ雪、また徹夜で勉強か?」

「そんな非効率的なやり方はしないよ」
 
「いや、だってよく徹夜で勉強もしているじゃん」

「それが、悟ったんだが、あまり身にならないと痛感した。なぜなら、朝ご飯の目玉焼きを焼いているときに、英単語を脳内で繰り返していたが、目玉焼きが完成すると同時に何個か脳内から消えていった。」

「いや、全然意味わかんないけど」

「雪先輩って相変わらずユニークですね」

「ユニークっていうより、変よね」 

 やれやれといった感じで周りの意見に対し首を横にふり、また気だるそうに缶コーヒーを一口流し込む。

「雪が徹夜でやることと言ったら決まっているじゃない」

「え――! 先輩ってそんな夜更けまでエッチなやつ見てるんですか?」
 一人変な方向に行こうとしている後輩の頭を秀が軽くチョップすると、大げさに痛そうなポーズをとって暴力反対と秀に訴えている。
 
「雪はきっと、この前まで中間テストだったからその間に観れなかったアニメを一気見してたんでしょ?」

 寧音の答えに対し、力なく笑いながら頷き再度深いあくびをすると、缶コーヒーを一気に飲み干すと立ち上がり、三人に今日は何をやるのか問いかけた。

「俺は雪についていくぜ、なんせ今回はテストの手ごたえあったからな!」
 
「私も追試なさそうなんで遊びたいです」

「そうね、私は特に予定が無いけど委員会で使いたい道具があるからホームセンターには行きたいかな?」

「なんだよその色気のない予定は」
 
 秀は乾いた笑を浮かべながら隣にいる後輩の手を握り、あそこのホームセンターに出店しているたこ焼き屋のたこ焼きを食べたいと告げる。

「それって秀の奢りってことでいいのか?」

 雪道がいたずらっ子のような笑みを浮かべて問いかけるが、勘弁してくれよと軽く受け流すと、缶コーヒーの缶をグシャリと潰しながら雪道が立ち上がる。

「じゃあ行くか」

 彼は寧音が立ち上がるのを待って、当たり前のように隣に移動すると、歩幅を合わせて歩き出す。
 前には腕を絡めて笑いあっている二人の姿をとらえながら、いつもように玄関から一番遠回りな廊下を進み、自動販売機の横に置かれているゴミ箱に潰した缶を捨てると、四人は外に繰り出していった。

 周りからみると、雪道と寧音が秀と千香が付き合っているように見えるが、彼らは付き合ってなどいない、それぞれの想いを叶えるために動いているのだ。