「お、これうまいな。さつまいものモンブランみたいだ」
 座った窓際の席。蘇芳先輩が隣に座っている。
 先輩はいただきます、とカップを手にし、太いストローから一口飲んだ。嬉しそうに感想を述べる。
 しかし浅葱は最早さつまいもフラペチーノどころではなかった。あんなに飲みたいと思っていたのに、今となっては気軽にこれにしたいと言ってしまったことを後悔していた。こんな……デートのようになるとは思っていなかったのだ。
 嬉しいに決まっているけれど、心がまるで追いつかない。ただ一人で画材を見に来ただけだったのに、こんなラッキーが降ってくるとは誰が思っただろう。
 おまけに。
 ……これ、向かい合うより距離が近い。
 思い知ったのは、促されるまま椅子に腰かけてからだった。
 余計に恥ずかしくなってしまう。
 隣同士、座るなんて初めてだった。
 横に座る蘇芳先輩の気配がはっきり伝わってくる。なんだかほんのりあたたかい気がした。
 体が触れているわけもない。数十センチは距離が空いている。
 でもなんだかあたたかい気がするのだ。不思議なことだ。
 『ひとがそこにいる気配』がこんなにあたたかくて、はっきり感じられること。浅葱は初めて知った。
「溶けちまうぞ?」
 ちょっと不思議そうに言われてはっとした。おかしいと思われただろうか。そう思ってしまったことにまた恥ずかしくなる。
 今日は先輩に出くわしてから全く気持ちが落ちついてくれない。でも飲まないと溶けてしまう。
「は、はい! では」
 やっと口を開いて、そこで思い当たった。このまま飲んでしまっては。
 ちょっとためらった。
 こんなことラッキーすぎるし、それがちょっと恥ずかしくもある。
 でも言うべきことを言えない、言わない女の子だなんて思われるわけにはいかない。
「……ごちそうに、なり、ます……」
 言った。小さすぎる声になった。こんな声になってしまうこと、もう滅多にないというのに。
 でも先輩はくすっと笑った。なんだか楽しそうにも見えた。
「律儀だなぁ。はい、どうぞ」
 言われた言葉も楽しそうだった。それにほっとするやらまた恥ずかしくなるやら。
 でも嬉しいのは確かで。確かどころか胸が火傷しそうなほど嬉しくて。
 そっと持ち上げた、フラペチーノのカップ。ストローから一口飲めば、甘いほっくりした味が口の中に広がった。
 おいしい。
 純粋な、おいしいものを口にした嬉しさが生まれる。
「すごくおいしいです! ほんとに味がモンブランみたいですね」
 モンブランは基本的に栗のスイーツだけど、さつまいもでできているものもある。それを飲んでいるように感じてしまったのだ。
 そのおいしさと甘さに助けられたように普段に近い声で言うことができた。
 そんな浅葱を見てか蘇芳先輩は微笑む。
「ああ。さつまいもでできた、冷たいモンブランって感じで不思議だな」
 横にいる先輩を何気なく見て、しかしすぐ後悔した。
 近い。
 やっぱり近かった。
 顔がはっきり見えてしまう。
 三十センチくらいしかないだろう、こんな近い距離。