春の雪、喪主する君と二人だけの弔問客 ~近江従兄妹通夜日記

「うっまっ?! 」

リビング ダイニングの灯りが、一瞬 オレンジさを増したように シオンは感じた。


シオンが旅行荷物から出した、入れ物を開く。
そこに、爽やかな 酸っぱい薫りが生まれた。

とたん、ルイは 箸を 白い漬け物に 伸ばした。

「でしょ?旅行先のお宿で、持たせてもらったんだー。ほんと、美味しーの!!」

得意げに、シオンが 三色の漬け物を 一つ一つ、レンとルイの稲荷寿司皿へ乗せる。
半月白、緑に紫ピンク、短冊桃色の三色漬け物は 茅葺き宿でも 食べていた種類だ。

オレンジの灯りの下に
オバアちゃんに 持たされた漬け物。それは、とても優しい味をしているのだ。

すると、 緑に紫ピンクの漬け物を見た レンが

「日野菜だね。」

と、子どもみたいに笑った。

「そう、日野菜と、小蕪。で、ズイキの漬け物。珍しいでしょ?ズイキの漬け物って。日野菜は、最近 よく出るようになったけど。って、あたしらには、定番か!」

日野の郷土野菜。その 日野菜で作った漬け物は、シオンが子どもの頃は、叔母の家でしか 見たことがない代物だった。けれども 最近は 、漬け物専門店で 気軽に買える。

「ズイキ? これ すごいな、癖になっぞ!なあ、 ズイキってなんだ?」

ルイが、目を輝かせて 箸を動かす。その口元に ついた漬け葉を、シオンは指で取って食べながら、

「ほら、芋の茎だよー。ズイキって言うとピンとこないよね。そうそう、お盆野菜とかに 網目の輪切りのやつ、蓮芋あるじゃない?あれもズイキなんだよ。じゅわっとして、不思議な食感だよねー。」

そう、そして、やめろ、クシャッと満面の笑みで こっちを見るんじゃないよ ルイよ。と静かに 思いながら シオンは 答えた。

「それねー、旅行で泊まったのが、茅葺き宿なんだけどね。そこのオバアちゃん自家製。って、ルイ!もっと オバアちゃんを尊とんで、食べてよ!」

と続けたが、
上半身裸で、漬け物を食べるルイの姿が、つい夏休みの ルイの姿に見えてしまったのがいけない。

あの頃の 子犬は、大型犬になっているのに、うっかり 口元に手を伸ばしてしまった。

ルイも、ルイで、レンに どや顔しているので。敵わないなと シオンは、ちらっと レンを見る。

「シオン、熱いお茶飲みたい、俺に淹れてくれる?」

シオンが予想した通り、レンは、例の口を弓なりにした 笑顔をして、ねだってきた。
仕方なく、
飲み物が用意されている棚で、シオンは ポットのお湯を急須に注ぐ。


「さっき、『通夜振舞いの うどん』って、ここら辺の風習だって、話たじゃない? 実は、ちょこちょこ 似たことをするとこ、あるんだよねー。四国にも 『法事うどん』ってあるんだよ。」

せっかくなので、急須と新しい湯飲み三つごと、シオンはダイニングテーブルに置いて、しゃべる。

「ごっそーさん。しっかし、おまえ、しょーもない事は 知ってるのな。」

急須から、湯飲みに 鮮やかな緑が溜まると、レンの前に シオンは置く。

「ばかすか、オバアちゃんの お漬け物食べた、ルイに言われたくないよねー!」

ルイには、自分で湯飲みにお茶を入れさせる意味で、急須のまま シオンは、ルイの前に置いてやった。

そんな二人のやりとりの中、湯呑みを手に、目を細めながら、

「昔からシオンは、俺らに 色々な話、してくれたよ。それが いつも、面白かったよね。」

レンが シオンに 思い出させる。

ダイニングの灯りが またオレンジさを増したように感じる。
シオンには、夜が 来た気配がする。

「おまえさ、旅行中だって?どこ行ってんの?連れと旅行してたのか?」

それでも、
ルイは、やっぱりルイだ。
『リーン』『リーン』『イ…ン』

「シオン。今日は なにがあった?」
「おまえの日記、はなせよ!」



夏休みも 終わりに近付くと、夕方には 、もう 秋虫の音が聞こえる。
その音を背景に、いつもの二人の呼び掛けがした。


1階の畳み敷に シオンが寝転がると、レンとルイが その両側に、ピトっとひっついてくる。
シオンの片腕は、レンの腕で ヒンヤリして、反対側の腕は ルイの腕で ほんわり温かい。
そして、サテン地みたいな 二人の腕の肌が、寄りかかってくる。

そうして、三人が頭を付き合わせて 覗くのは、シオンの日記帳だ。

縁側から、スイーっと 黄昏過ぎの風が 三人の頭をなでた。



叔母が作ってくれる 夕御飯を、シオンは レンとルイに 挟まれながらこの日も食べた。
去年の夏までは、叔父さんの膝の上で 夕御飯を食べていたシオンだが、この夏は 二人の間が定位置になっている。

いつも 夕御飯を食べると、お風呂に入る。けれど、このお風呂も この夏から勝手が 違っている。
ずっと 三人で入っていたお風呂だだったのを、叔母さんとシオンで入るようになった。
シオンは3人姉妹。家だと姉妹と一緒に入いる。
だからか 夏、レンと、ルイと入る お風呂は楽しかった。
残念だけど、叔母と入るお風呂も ひと夏すればだんだん馴れる。


先に お風呂を終えた レンとルイを追いかけ、畳み敷に シオンは、日記を持って来た。

畳み敷は、和室なのだろうが、この叔母夫婦の家は、和室だらけで、畳み敷部屋以外にも 和室がある。
要するに、1階は、襖を外すと1つの大きな 空間になる。
リビングとキッチン、廊下は床張りだが、あとは畳。

リビングの 吹き抜け、 螺旋階段や、2階は 増築したものだ。
古いままの1階、応接室や、書斎、遊戯室、そして客間は、確か、畳に絨毯を敷いて 家具が配置されていた。

そして、夕御飯は、いつも畳み敷の大座卓に、全員で正座して食べるのだ。

最初は、夕御飯だけで、足がとても痺れた。だから、叔父の膝を椅子に座るのは、シオンには 有難い。
それも、この夏休みからは、二人の間での 夕御飯になったわけだ。



今、三人が 寝転がっているのは、唯一、畳みのままの部屋、先っきまで夕御飯を食べていた畳み敷。

庭師が手入れした 庭。網戸から 風を通して、レンとルイは お風呂で熱くなった体を、パンツ姿で 冷ましている。

そこに、シオンが 風呂上がりの、シュミーズ姿で 合流する。

この夏、もう1つ増えた出来事が 、日記を書く事だ。

シオンにとって、はじめて『夏休み』という 概念が やってきて、
『夏休みの日記という宿題』は、
叔母の家での、『風呂上がりの行事』になった。

シュミーズでシオンが来ると、
レンとルイがは 両側から 日記を覗いて、シオンの1日あった事を書くのを見る。
出来上がると、その内容を レンとルイに読んで聞かせるのだ。

例えば、シオンの日記に、川で見た魚が出てくれば、二人が 魚の名前をシオンに教える。
水車が出てくると、その水車は、一番大きな水車だと伝えて、シオンの日記を 少し膨らませてくれるのだ。

日記の絵は見ると、そのほとんどが 三人の水着姿の主人公になる。

それは 、
この辺りの子ども達の、当たり前の姿かもしれない。
海は無いが、海より ずっと身近に 琵琶湖があり、支流である川が目に入るように 流れている。
夏に見る子ども達は、皆 生まれた姿みたいな格好で、 川辺を遊び場にしていた。

鮭と鱒に、きっちり違いはないという。
海から遡上するのが鮭とし、
川や池にいるのが鱒という。

ビワコマスは、
自然の砦に囲まれた
マザーレイクから
川を遡上をする。

夏が作り出す、囲われた、
子ども達の水の世界は、
陸の上より
ずっと、浸透するぐらい
日常だった。



夏が終わりに近付くと、
夕方の湖畔は、ある時間になるとぐっと寒くなる。

だから、
毎年、まだ小さい三人は、シオンの日記を物語に いつの間にか、お互いを抱き締め合って 寝てしまう。

シオンは ヒンヤリする腕と、ほんわりする腕を 背中や、お腹に感じて 気持ちよくなる。

そうすると、意識の向こう側で、叔母が 丸まって 寝ている三人に、タオルケットを被せるのが わかって、

ゆっくり 虫の音を聞く。
「おまえなあ。いいから、どーゆー感じか、話しろ!」

「そうだね。シオン。旅行の事、話てくれる?」

立て続けに、レンとルイが 聞く姿に シオンは、

「あっ、はっはっはっ!!はっ、あー。おかしい〰️。何〰️はっ!ほっんと、おかし〰️!!」

場所に お構い無しで、大笑いしてしまった。大袈裟なほど。自嘲気味なまでに。
そうなのだ、
久しぶりに再会した二人が、あんまりにも、子どもの頃と変わらなさすぎる。
そして もう、シオン自身も、変わっていなかったと、解った。
そう自覚すると、なんだか 無性に可笑しかった。

「あー、もう。ほんと、昔と変わらないなー。降参、降参ー。涙でるわー」

両手を、顔の横でヒラヒラさせた後、シオンは 食べ終えた通夜振舞いの皿を、式場の小さい流しへ 片付ける。

話をする為に、ダイニングテーブルのモノを 先に、直すことにしたのだ。

その間に、ルイが三人分のコーヒーを淹れてくれた。
再び、三人が ダイニングテーブルを囲んで座ったところで、シオンは レンとルイに向かう。そして、

「今日は、叔母さんのお通夜も終わって、寝ずの番だもんね。だから 時間は、たくさんあるし、この1週間、一人旅したことを 二人に話すよ。だってさ、この旅行にまつわる話は全部、叔母さんから教えてもらった事なんだから。」

と、今度は 白雪姫のような棺を、フィッと 見てから、シオンは どこともなく 言った。

「寝ずの番の夜話 として、申し分ないよね? どう?叔母さん?」

すると、ルイが

「おまっ?!冗談でも、そんな感じ、やめろ?!」

と、すかさず、声を出した。
意外に、ルイは 怖がりなのを もちろんシオンは知っているのだ。

「はい、はい。ごめん、ごめん。まあ そうは言っても、始まりは、 うちのママなのよ。」

そう ルイをいなして、シオンは 旅のきっかけから、レンとルイに しゃべり出した。

「実家に帰った時に 見た、旅番組が 滋賀特集だったんだ。そこで紹介されてたのが 和菓子でね。それを見て ママが、死ぬまでに もう一度食べたい お饅頭があるって、言い始めたんだよー。」

「和菓子?」

レンが、コーヒーを飲みながら 楽しそうに 聞いてくる。あの夏の日記帳をシオンは 思いつつ、

「そう、お祖父様が 氏子頭をしていた神社の前にある和菓子屋さんに、お祖父様が 作らせていた、お饅頭が あったんだって!」
と、続ける。

「氏子頭? 初耳だな、どこの神社だ?そりゃ?」

そう言ったルイに、シオンは ぴっと、指を立てて、

「やっぱりー。二人とも 全く知らないんだ。あたしね、もしかしたら、今日のお通夜とかも、神式なんじゃないかって、ほんとは、来るまでは思ってたんだよー。」

そう言った シオンを見て、
レンが 目を大きくして 驚いていた。

シオンの目の前には、背の高い2本の杉の木が聳えている。

その杉の間には、シオンが 今まで 見たことのない、奇妙な注連縄が張られていて、ユラユラと 揺れている。

アニミズ?というのか、どこか 異国の原始宗教を思わせる 独特の形。
注連縄は、2本の杉の真ん中に ちょうどいい大きさの『輪っか』を作って、 ユラユラと垂れ下がっているのだ。

まるで、『こっち と、あっち』の境目を 知らしめるように。



『 シオンちゃんの、神さんは、何処におる?』


叔母が 夏の たび に 、少しずつ 話をし、祖父がパーツを足してくれた、
長い、長い、豪商の話。それを、全部 レンとルイに 伝えよう。
シオンは 決める。





「正しく言うと ママの話で、10日ぐらい前から 信楽と、日野に 自分のルーツを辿る ひとり旅に、来てたんだー。」

「それって、」

レンの眉が、下がる。

「そうだよ、ちょうど 叔母さんが亡くなったぐらいになるの、かな?って思っちゃうよねー。」

「だから あたし、呼ばれたんだね、きっと。叔母さんに。」

シオンは、改めて また、白雪姫のような棺を見た。



初代の当主は、襲名する名前の他に 地域ごとに呼び名があり、よく知られた二名であれば 『大惣の主』であろうか。

シオンの祖父は、『三代目』。研究家からは、後に『消えた豪商』と言われる一族だ。

現代の日本における、物流経済を作ったとも言える 商人組織。
そんな 近江商人の一端から、巨万の富を財したのが 祖父の一族でもあった。

「滋賀はね、近江商人の 全国販売ルート『持ち下がり』の拠点って有名でしょ?。それで 日野は、一族の大元締めの地で、お祖父様達が氏子頭をしていた神社は、その聖地 みたいなものなんだって。」

シオンは、数日前に 目にした 神秘的な注連縄の映像を 記憶に戻す。

「そこに、叔母さんから聞いた、松の木があるんだよ。」

そう、まずは、『松』の話からだ。
「すごいな…、ルーツって。シオンは、そんな話、お袋から聞いてるのか?」

レンは、口元に片手を当てて、唖然としたような表情をしている。

「そうだね。叔母さんと、お祖父様、それから、お祖父様が うちの家に保管させてた物とかで、知っていった感じだよ。」

「しっかし、そんな神社は、オカンから、聞いたことないぞ。」

両手を上げて、頭の後ろで組ながら、ルイは言うが、

「それでも、叔母さんは 毎年、里社にも、お山の奥宮にも ちゃんと詣ってたんだよ。」

いつか、シオンを連れて行くとも話ていた事も、思い出す。

「そこに、何があるんだろ?松の木って?、ほんと、俺ら、何にも知らないんだな。」

レンが ふと 棺を見た。

「あたしも、この旅行で、初めて見たよ。でも、近江商人の松の話は、教科書でも 読んだかな…。」




シオンが 杉の間を渡した、奇妙な注連縄を潜ると、春のお祭りの準備 が すでに始められていた。
もう少しすると、お囃子の練習も始まるそうだ。

注連縄は、勧請縄というらしい。

16基の曳山がでるとかで、時代衣装に身を包んだ引手の姿に、天秤棒を持った衣装もある。

近江商人の 始まりの姿をなぞらえた、編笠に天秤棒。

最低限の売荷物を 天秤棒に担いで関東に売りに行く、そんな、1本の天秤棒と足だけで、一族の『初代』も始まった。そんな姿は、南国系出身だった 叔父の姿にも 重なるようだと、シオンは思う。



近江商人の歴史は、鎌倉時代から始まるが、シオンの祖父一族は、後発組だ。『初代』は江戸時代後半に興隆している。

「ねぇ、レンとルイなら、例えば 滋賀から関東へ、商品を売るとしたら、何がひらめく?」

ちょっとシオンは 意地悪く 聞いてみた。と、ルイが、

「ん?なんだ?琵琶湖の水ぐらいだろ 名物なんてよ。あとは、田んぼしかねーんだから。」

「うーん、要するに 東京に『持ち下げる』ものだよね?」

レンも考えている。

「アタリ。綺麗な水と質のいい お米で出来るもの、お酒だよ。」

ルイが 得意げに 鼻を掻く。

近江商人達は、湖東を心臓に、血管のごとく 全国へ 『酒の醸造』を商品に、天秤棒に持ち下げた。
滋賀には、今も40もの蔵元があり、材料になる酒米を他県に提供しているほど。

「今も、昔も なんだか、変わらないんだね。」

東京で過ごす、レンは 思うものもあるのだろう。

「今は、水そのものを、売ったりしてる世の中だけどねー。」

これが、ほんとの水商売だよ。

「それもね、ただ 物を運ぶんじゃないんだよ。途中で商いして、土地の情報を吸い上げたり、支店を置きながら 支店の間で 土地の産物回しをするの。マーケティングをしながら 北上拡大する。最終は 北海道が目標の地だったんだって。
実際は、お祖父様は、中国までいっちゃってたけど。」


関西から、持ち下げたモノを、関東で売り、今度はその売り上げで、関東産物を仕入れる。そのモノを『登せ荷』として、復路でまた 流通させながら本家へ戻る。

シオンの祖父一族、『初代』も酒の醸造で関東に躍進をした。
ならば 将軍の膝元、江戸に本家を移動させるものだろう。しかし、一族はしない。

「まず、本家から当主は出ないで、完全に 支店支配人に采配をまかせるんだよね。近江の本家で、徹底して血筋からの人材を育成するのに注力するんだって。だから、全国から支配人候補が、競うために本家に修行にくるって。すごいでしょ? 大広間に当主を先頭にして、紋付き袴のエリート候補生が並ぶんだよ!」

興奮気味に、シオンは語る。実際、叔母も 夢のように話していた。
なので、レンとルイは やや引いている。

「なんだけど、年に2回だけ、当主が巡回をするんだ。その時の資金搬送に使ったのが 『松の木』なんだよねー。」

シオンの目が光る。

『ドントヤレ、ヤレヤレ、ドントヤレ、ヤレヤレ』
祭の掛け声が、聞こえるきがする。
10話ごとに話が進むと、サイドストーリーを投稿してます。ですので、31話後のサイドストーリー3を入れました。

本家に修行に来た、
支店支配人候補生のつぶやきです。

いつも、ありがとうございます。
シオンの目が光ったように見えると、レンの意識は ボンヤリとした
闇に降りたった。

そこは、優しく、暖かな闇。
それは、光を通す 水の底のように感じる場所だと レンは思った。

ふと見ると、灯りがある所が見えたので、レンは そこに寄って行くことにした。

見ると、ダウンライトのような光の先から、金色の粉がハラリ、ハラリ、落ちてきていた。

いつの間に居たのだろうか?
金の粉が落ちる所に、
ひとり 黒紋付袴に たすき掛けの男が 瞑想するかの様に座している。

驚いたことに、彼に金の粉が 触れると、粉は 黄金の小判に変わり、音を立てて 床に落ちるのだ。
それは、まるで錬金術のような 光景だと、レンは感じる。

そして、男の周りには、黄金輝く小判が 散らばっていた。

全ての時間が半分になったような スローモーションの動きの中で、闇は、レンを無音で包んでいる。

近づくと、男は レンにどこか似ているように見えた。

何をしているんだ?と思うと、男の前の闇に、4間の障子が現れて、サアッーと左右に開く。
途端に、その空いた間口から ブアッーと風が起きてすごい。

しかし、男は黒羽織をはためかせ、微動だもせずに、間口を見ている。

レンは、腕を使って風の勢いを払おうとした。が、そこに シオンが 、大きな陶器の植木鉢を持って現れた。スッと 、、障子が閉まる。

シオンは 植木鉢を 男の前に 静かに置くと、闇へと歩き去った。
男は、置かれた植木鉢に、散らばっている 小判を詰める。

満杯に小判が入ると、再び シオンが現れた。
今度は 根付きの松の木を 手にしている。
そのまま シオンは 手の松を、
男の前に置かれた、小判入りの植木鉢に置いた。

シオンが消える。
レンは、ボンヤリと 目の前の情景を見ていた。

すると 松は植木鉢に植わり、男がたすき掛けをほどいて、松の植木鉢に紐掛けた。

その瞬間、今度は障子が開いて ゴーッと風が巻き入り、二人の編笠山男が1つ棒を掛け持って走りこむ。

暴風に、レンは吹き飛ばされそうになりながら もがくいてる中、
走り来た 2人は松の植木鉢を籠掛にし、紋付き袴の男は、長い天秤棒を
舞を舞うような仕草で、前に突き出す。

それは まるで、武将が出陣の合図をするかのように、レンには見えた。

たちまち、その先に光が差し込み、男の天秤棒を合図に 男達は、闇から光へ 暴風と消えて行った。

男の横顔が 爽快で、レンは闇の中で、只 その姿に 見惚れていた。

そうして、レンは、落としていた意識を シオンの声で、浮かび上がらせのだった。







「『当主』さんは、年に1回、伊豆でお酒の醸造で財を成したのを回収に出向くんだけど、それを どうやって近江に 安全に持って帰るか、すごく苦心するんだよ。」

いつの間にか、シオンは急須を手にしていた。お茶を淹れ直すのだろう。

「あれか?街道に、盗賊がでるからか?」

ルイが、空のコーヒーカップを 振る。それを見た シオンは、

「あ、あたし『丁稚羊羮』あるんだなー。どうする?コーヒーでいいの?」

と言って、ルイに 口を弓なりにしてやる。

「シオン、俺も、お茶、もらおうかな?」

意識を戻した レンは そうシオンに頼み、ルイも習って 湯飲みを出した。
それに、シオンは 満足そうに頷く。

「よし、よかろう!で、話を戻すと、盗賊の目を欺くのに、『初代』さんは、松の盆栽を使うの。植木鉢に 大量の売り上げ小判を入れて、松の木を上から植えて。一見盆栽ってダミーにして、近江に運び入れるって、わけ。『初代』さんは、酒業と合わせた料亭も経営して、造園業もしてたんだって。それが流行って、農民が庭に花を作ったのを 見物するってブームも起こるんだ。だから、流通の品に盆栽もあったんだろね。」

淹れ直した急須を シオンは持ってきた。

「親父とお袋も、庭をわざわざ 庭師を呼んで、手入れしてたよね。そーゆー、由来もあったのかな。」
レンは、呟いた。

レンとルイに お茶を注いだシオンは、荷物を取りに行く。

「ほら、この松の木が、『初代』さんが使った松。安全に運んだ『初代』さんは、松の木を 氏子頭している神社に 感謝の寄進をしたんだって。今もちゃんとあって、立身出世と、安全祈願のシンボルになってる。」

そう 電話の中にある写真をシオンは 見せてくれ、荷物から取ってきた『丁稚羊羮』の竹の葉を開いてくれる。

レンは、写真の松を しばらく見つめていた。

あの松は、間違いなく この松だ。
「それで、これ!!楽焼の染め付け体験した銘々皿でーす。」

『丁稚羊羮』とは別の紙包みを、シオンは開けて、中のアイボリー地に紺の模様をした 小降りの皿を見せた。

一瞥し すかさず、ルイが 口を挟む。

「おまえなあ、なんだ?もーちょっと可愛げある、模様にしろよ。」

そんな、ルイの様子を そのままに、 レンは しげしげと、その皿を手にして ジッと、あの松が植わっていた植木鉢の柄を思う。
あの植木鉢も、こんな模様だったような…。

シオンは、ルイに べーっと舌を出しながら、ついでに『丁稚羊羮』を切り分け、

「 これはね、『初代』さんとか、『二代目』さんの お皿っぽい絵にしたの!」

と言った。

「日野以外に、信楽に行ったのって、それで だったのか?」

トンと、手にしてた皿をレンは 置きながら、問うてみた。
すると ルイが もう一度、皿をみる。

「なあ。祖父ーさんは、確か 陶器商だろ?でも、最初一族は酒業をしてたんだよな。なんか、オレ まじ、分かってなかったつーのか、、」

そう言うと、ルイは いつもの癖で、頭を掻くのだ。

「俺は、お祖父様が どんな陶器を扱ってたかも、知らなかったんだね。」

レンも、残念そうにしている。


だから、シオンは 切り分けた『丁稚羊羮』を、一つレンの口に入れた。甘い記憶のお菓子が、シオンの指から レンの中へと、離れる。


「…懐かしい」

そう レンが 言葉を発したのを聞いて、シオンは 同じように、ルイにも 一つ口に入れた。

「やっぱ、旨い、」

シオン、手ずからの、その甘味を 味わう ルイ。

「叔母さんは、どうしてレンやルイには 話さなかったのか、あたしには、本当のところ分からないよ。ただ、なんとなく お祖父様の気持ちは 想像出来るかも。」

シオンは、残りの『丁稚羊羮』を口に入れて 歯触りまで 感じながら、租借した。

「実はね、お祖父様は、うちの家に三つのモノを 保管してたんだ。」

各々、なんの意味があるのか?シオンも 最初は 全く想像もつかなかった。

「『それ』が入っていた 金庫を開けなかったら、あたしも、分からないこと だらけで、終わってたと思うんだー。」

さっぱりとした甘さが シオンの頭を 回帰させ、目覚めさせる。

祖父が シオンの家に置いていたもの。
古い金庫の中には、

印鑑、陶器のお金と銘々皿、そして、ステンドグラス。
が、入っていた。

いつから その古い大きな金庫は、シオンの家に あったのだろうか?

母が言うには、ある日 祖父が送りつけてきたとのことだが。

シオンの部屋は 離れにあって、いつも友達が クラブの帰りに寄ったりする。というのも、シオンの部屋は 女の子の部屋にしては 渋く、それが 『いい感じ』らしい。

シオンは いつも学生時代、美術部的なクラブに所属してきたので、どうしても 自分の部屋は 作業をするからか、ちょっとしたアトリエにと化す。そこに、趣味のアンティーク雑貨が混在して、一見 骨董市みたいな部屋なのだ。

その中にあって、存在感を放っているのが、祖父の古い金庫だった。

シオンの友人達は 遊びにきては、この金庫を見ていたので、祖父が亡くなり、シオンが鍵を見つけた際はなかなかの 噂になった。それは、『祖父の金庫』の開放式を 友人達とするぐらいだった。

集まった、女友達の目の前で、恭しく シオンは鍵を差し込み、ハンドルを引く。

女子達は、さぞかし素晴らしい物が入っているだろうと、期待の眼差しだ。

なのに、入っていたのは、色気なく、金庫の大きさにも 似つかわしくない、3つのモノだった。

玉璽のような風合いの印鑑。

菊紋が入った陶器の貨幣を入れた
陶器の銘々皿。

元は窓に嵌めていたであろう、
ステンドガラス、しかも一部分。

全員が、

『何?!これっ?! これだけ?!』

と叫んだ。




シオンの話を聞いた、レンは くくっと 口の端を上げて 苦笑いをし、ルイは呆れた口をしている。
女ってヤツわ、という 顔か?

「本当はねー、中に宝石とか、それこそ、真珠の指輪とか、アクセサリー?あわよくば、お金があるかもって、あたしも、友達も 思ってたー!」

シオンが、女ってヤツらしい悪戯な微笑をすると、

「ふ、可愛いよね。」

と 口を弓なりにした レンが続けて、ルイがそれに、チッと舌打ちをし 非難めいた白目を投げた。

「大きな印鑑は 屋号が入ったものだったから、お祖父様の商い決算判だとわかったし、銘々皿も お祖父様の生家で見た物だって、ピンときた。あとは、お金と、ステンドガラスの謎ってなるわけ。」

お構い無しに、シオンは 口に指を当てて思案顔を わざとらしく作った。見方によれば、内緒の仕草だ。

と、その時 式場の入り口が 『ガタガタっ』と音を立てた。

シオン達は 驚いて、その自動ドアの方を見る。

とても、遅れた弔問客?

誰か来たわけでは、ない。ようだ。自然と、棺にも視線が集まった。

ひとまず レンが ドアへ寄ると、

「これは、外の風が強いな。吹雪いてるのか?」

独り言のように 言って戻って来た。
そう言えば、少し寒さが増した気がする。
シオンは、自分の両肩を手で抱いた。

「なんか、寒くない?暖房ついてるのに……。」

そんなシオンの姿を見た ルイが、シオンの背中をさすって、

「外の温度が 低くくなってきたかもな。それとも、暖房が バカになってきてんのか。ああ、事務所に ストーブねーか?」

と いいながら、無人の事務所に入って 行く。

レンが 暖房の温度を上げつつ、
棚に備え付けた、ポットの再沸騰ボタンを押して、

「シオンが見つけた、モノ。きっと、お祖父様が大事にしたもの。ってことだよね?」

そう 聞いたので、シオンは 少し間を開けて、 頷く。

ルイが、黒い ダルマストーブを担いできた。

「いーもん、あった。これも点けよーぜ。さみーよ。」

きっと、ルイの 店でも点けているのだろう。

「シオンが染め付けた、あんな 皿が入ってたんだろ? 入ってたのが祖父ーさまが 売ってた皿ってことか?」

ルイは 顎で、シオンの皿を示して、ダルマストーブの前蓋を開き、ネジを回す。スイッチを引き落とすと、ストーブの前窓に火が上がった。

メラメラと燃える火が見えると、それだけで温度が変わる気がする。

「うん。でもね、『売ってた』でなく、『作ってた』皿なんだよ。」

「近江商人の マーケティングの賜物なのかな?『初代』さんも、『二代目』さんも、お酒業から料亭 、宿場業も手広くやるようになるの。 物流を主軸に、オーナーって形なんだけど、」

シオンは 再び

「お江戸の『懐事情を支える 税収』って、『何がメイン』だと思う?」

と、レンとルイに問題をだした。

「時代劇の世界だから、米だろ!!」

またか!っというかのように、ルイは即答だ。でも、レンは冷静にシオンに返した。

「米、うーん、それは『物納』だよね。『懐事情』なら、文字通り『税金』て、ことかな?」

手をダルマストーブに かざして、
シオンは 二人に 語る。

「そーゆーこと。で、税収の断トツ1位が、お酒!で、製糸、繊維織物だったって。それまでの、現金で税を納める力で、お祖父様の一族は、今度はモノ文化を武器にすることに転向するの。清酒業から、お茶道や 料亭の陶器の窯 を 、興すということ!です、」

ポットが沸騰の合図を
『ピーっ』と鳴らした。