※2022年4月も半ばを過ぎた土曜日、新宿御苑をジョギング中の瀧は、赤い組紐のリボンをつけた女性の後ろ姿を見かけた。どこかで出会ったような懐かしい不思議な気持ちを感じた。しばらく走っていた瀧は、休息を取ろうと東屋に近づいた時、そこにその女性がいることに気が付いた。
(瀧は少しかしこまった表情で三葉に問いかける。)
瀧 :こんにちは。あのぉ。誰かを待っているんですか?

(三葉は突然の呼びかけに少し驚いた表情を見せ、応答する。)
三葉:あ。はい、こんにちは。特にそういうわけではないです。ここで読書をしていました。
瀧 :…。あ、いえ。見ず知らずの方にすみません。昔どこかでお会いした人に似ていたんでつい声をかけてしまいました。
三葉:そうですか…。!でも、私もどこかでお会いしたことが有るような気がして来ました。不思議なものですよね。
瀧 :じゃあ、何か思い出すために少し、お話を続けさせてもらってもいいですか?
三葉:はい。いいですよ。
瀧 :…。いえ。なんか、話を続けるって言っておいて、続かなくてごめんなさい。
三葉:気にしなくていいですよ。(ニッコリ)
瀧 :…。うん、えーと。今読んでいる本って何ですか?
三葉:この本ですか?万葉集です。
瀧 :ああ、「令和」の出典が載っているやつですね。ところで、なぜその本を?
三葉:私の高校時代の古文の先生が、昔この近くに住んでいたらしいんです。
三葉:そして、ふと最近、その先生が雨の日のこの公園でロマンチックな出来事が有ったって言ってたのを思い出したんです。
三葉:その時に相手と交わした和歌がこれなんです。
(三葉は万葉集を瀧に見せ、該当箇所を指で示す。)
三葉:ただ、どうロマンチックな話だったのかは、結局それ以上教えてもらえなかったです。
三葉:私も雨の日に、ここで万葉集を読んだら何かわかるかなって思って…。でも、全然わからないんですけどね(笑)。
瀧 :ふーん。そうなんですか…。
三葉:ところで、こんな雨の日にジョギングなんて大変じゃないですか?
瀧 :あ、いえ。もう慣れていますから全然そうでもないですよ。
瀧 :一昨年のコロナ騒動でジムとか行くの抵抗感がついちゃいまして、雨の日でも外で走ることにしたんです。
瀧 :後、俺はここから家が近いんですよ。四ツ谷駅のあたりに住んでるんで。そちらもご自宅は近いんですか?
三葉:私は家は近くはないですけど、職場が新宿なんで定期で来られたりします。
三葉:最近までは千葉に住んでましたが、洪水の危険が生じたのと、ちょうど妹の進学が重なったんで、妹の大学に近い国立の方に引っ越しました。
瀧 :…申し遅れました。俺は立花瀧って言います。タチバナはN国党の党首と同じ字です。
瀧 :タキは、電気グルーヴのクスリで捕まった方と同じ字です(笑)。この4月から新社会人の22歳です。
三葉:私は三葉、宮水三葉って言います。齢は25です。3歳お姉さんみたいですね。
瀧 :ミヤミズ…。珍しい名字ですね。そういえば10年くらい前の彗星落下の際に奇跡の避難訓練で住民を救ったという町長がミヤミズって名前だったような…。
三葉:それ、私の父です。
瀧 :!本当ですか?じゃあ、あの時に家を失って…。
三葉:はい。もう、あそこには誰もいなくなって住民は散り散りになりました。
三葉:私は子供の頃、あの田舎町が嫌いで、都会へ出て行きたいとばかり思ってました。でも、あんな形で出て行くことになったのはちょっと残念でしたね。
瀧 :すみません。嫌なことを思い出させてしまって…。
瀧 :ちょっとこのまま話を続けちゃっていいのかなんですけど…。高校生の頃、糸守の風景写真に感銘を受けてスケッチしまくったことが有るんです。
瀧 :そのスケッチブックを持って飛騨地方を訪ねたことも有るんですよ。
瀧 :その時、糸守出身だって言うラーメン屋のオヤジにスケッチを見せたら痛く気に入ってくれて、お礼にって軽トラで糸守を案内してもらいまして…。
三葉:私の生まれ故郷にそんな風に関心を持ってくれている人がいるのは、とてもうれしいことです。(ニッコリ)
瀧 :いえ…。不謹慎かもしれないけど、その興味って廃墟へのあこがれみたいなものだったのかもしれません。だから褒められたものじゃないと思います。
瀧 :ただ、何ていうか…。廃墟のあこがれというより、さらに別の何か運命的な…。
三葉:運命的?
瀧 :何を言っているかわかりませんよね…。すみません。
三葉:運命…。そう言えば、私はなぜか彗星が糸守に落ちるって予感がしてたんです。実はさっき話に出た避難訓練指示って私が父に進言したんです。
瀧 :え?
三葉:なぜ、そんなオカルティックな予感だけで父を説得しに行ったのか自分でもよくわからないんですけど…。
三葉:そしたら父はなぜか聞き入れてくれて…。その理由が私の亡き母も昔同じことを言っていたからとか…。そんな話信じられます?
瀧 :なんかすごいですね。にわかには信じられないけど…。でも、実際そうだったんでしょう。霊感とかお強いんですか?
三葉:私の家は代々神社を継いでまして、幼いころから巫女をやってたからかもしれませんね。
瀧 :そうでしたね。当時の町長は元神主って記事をネットで見ましたし。
瀧 :いきなり唐突で失礼なことですけど…。宮水さんには彼氏さんとかいらっしゃるんですか?
三葉:いきなり唐突で失礼ですね(笑)。いないですよ。(ニッコリ)
瀧 :すごく美人なのに…。あ、いや…。
三葉:男性の方からのお誘いは多少有りますけど…、付き合うには至っていないですね。
三葉:そう、何か運命的な出会いを待っているような…。うーん、中二病の人みたいですね(笑)。
三葉:これ、サヤち…災害後に一緒に上京した幼馴染みの子にもよく突っ込まれるんですけどね。
瀧 :いえ。自分もそんな感じです。俺の方は高校の時以来、女性からのお誘いってのは無いですけど、でもわかる気がします。
三葉:そのサヤちんも、東京に来ているもう一人の私の幼馴染と最近結婚したんです。
三葉:ちなみに、その旦那さんの方は建設会社の一人息子だったんですけど、立花さんとは逆で建設業を継ぎたくなかった人なんですよね。
三葉:後を継ぎたくないけど継ぐしかないみたいな葛藤を、あの彗星が吹き飛ばしてくれたみたいです。
三葉:そのおかげで彼は東京で自分の道を切り開くことが出来たようです。これもまた運命かもしれないですね。
瀧 :運命が色々なことを決めているみたいですね…。!ああ、そうか。ここで宮水さんのことを見かけた時、なぜ、話しかけようと思ったのか、今気づきました。
瀧 :宮水さんが今つけている、その真っ赤な組紐のリボンです。俺がまだ中学生の頃、電車に乗っていた時に知らない女性からそれとよく似た組紐を渡されたんです。
瀧 :自分でもそうした理由がよくわからないんですけど、それをブレスレットにしてしばらく…っていうか結構長い期間身につけていたんです。
瀧 :俺の記憶が確かなら、渡されたのがちょうど彗星落下の直前。失くしてしまったのは、糸守旅行の前後だった気がします。
三葉:不思議ですね。実は彗星の直前、私は生まれてはじめて東京に行った覚えが有るんです。そこでいつも髪につけていた組紐を誰かに渡した記憶も有るんです。
三葉:でも、なぜ行ったのか、なぜ渡したのか、誰に渡したのかについて全く覚えていないんです。
三葉:立花さんが言う女の人が私だったとしたら、私達はその時出会っていたことになりますね。
瀧 :…。組紐を渡してくれた女性が宮水さんだったらすごく良いなって、俺は今思いました。
二人:……。
三葉:それって…、もしかして、私への愛の告白ですか(笑)?
瀧 :え。ああああ…。
三葉:私も組紐を渡した相手が立花さんだったら良いなって思いますよ。(ニッコリ)
三葉:んー、これも縁ですから、LINE交換しませんか?
瀧 :はい。ぜひよろしくお願いします。
三葉:ちょっと待って下さいね…。
(三葉はバッグからiPhoneSEを取り出し、操作を始める。瀧もポケットからiPhone12を取り出す。)
三葉:はい、QRコード読み込んでもらえますか?
瀧 :はい……。大丈夫です。
瀧 :じゃ、メッセージ送りますね。
三葉:はい……。ありがとうございます。
三葉:ん。立花さんって12月1日生まれなんですか?
瀧 :はい。そうですけど…。
三葉:私も12月1日生まれなんです。
瀧 :え、それってすごい偶然ですね。
三葉:そうですね…。
(三葉はベンチから立ち上がり、遠方を眺める。そして瀧の方を振り返る。)
三葉:生まれた日が365×3日離れていることに、人間って何か特別なつながりを想像出来たりする。これってとってもロマンチックなことだと思いませんか?
(瀧は虚を突かれた表情をする。その後、微笑みを浮かべた表情を作る。)
瀧 :はい。宮水さんに特別なつながりを想像してもらえたのが正直とても嬉しいです。
三葉:そんな特別なつながりの人を名字で呼ぶのっておかしくない?瀧くん?
(瀧は再度、一瞬だけ虚を突かれた表情をし、その後照れた表情に変わる。)
瀧 :そうですね、三葉さん…。
三葉:タメ口でもいいよ。(ニッコリ)
瀧 :いえ、年上の方にいきなりは…。
三葉:じゃあ、もっと仲良くなったら、いつかね…。
瀧 :この後お暇ですか?
三葉:はい。
瀧 :そうですか。良かった。せっかくだから、場所を移してお話ししませんか?
三葉:いいですよ。(ニッコリ)
(二人は立ち上がる)
三葉:傘入ります?
瀧 :俺濡れてるし、折りたたみ傘も持ってますから。
(新宿御苑の出口に向かう。三葉は瀧の少し前を歩く。)
三葉:なるかみの すこしとよみて さしくもり あめもふらぬか きみをとどめむ
三葉:なるかみの すこしとよみて ふらずとも われはとまらむ いもしとどめば
瀧 :どうしたんですか?
三葉:さっき瀧くんに見せた万葉集の歌。愛する人を引き止めたくて雨が降り続いて欲しいと思う女性と、天気に関わらず女性の意に沿おうとする男性のお話。
三葉:私達を引き合わせたのは雨だけど、たとえ晴れていても、どこかで出会っていたかも知れない…。
(三葉は瀧の方を笑顔で振り返る。)

三葉:そんな気がしませんか?
(瀧の表情が満面の笑みに変わる。)
瀧 :はい。
(BGM開始:ふたりごと - RADWIMPS)
おわり