長いような短いような。
そんな曖昧な形容詞が一番似合う、一時間の桃狩りを終えた。
やっぱりと言うかなんと言うか、泥棒の痕跡なんて見つからなかった。
収穫になりそうなものと言えば、友崎にもらった紙袋くらいだ。
「またくるよ」
「おう、来年はバイトでもいいぜ」
「桃が食べれらるならね。今日は有り難う」
「有り難う御座いました」
「おうおう、んじゃまた明後日の学校でなー」
僕たちは友崎にお礼を言って、帰途に就く。
明後日の休暇中登校まで、このメンバーが揃うことはない。
空はまだ明るい。けれどこれから待つ時間のことを考えると、どうも気分まで明るくはなれなかった。
「桃、美味しかったですね」
「ああ、また行こう」
「はい。来年も、また来たいです」
「そうだね」
「それまでに、忘れん坊の泥棒見つけましょうね」
「うん」
話はそこで途切れた。
共有できる話題も、もうない。代わりに響いたアナウンスに従って、黄色い線の内側まで下がる。電子音が鳴りやむ前に、電車が滑りこむ。
きっと、言うべきことはもっと他にあって。そんなことは、僕もわかっていて。
けれど何となく、今は何も喋ってはいけないような気がした。
「これに乗りますね」
「うん」
電車に乗って、席につく。
終わってしまった話の糸口は、まだ見つからない。
別に、それでもよかった。このまま天月の家に着くまで無言でも、中途半端に話を膨らませるよりは黙っていた方がずっといい。
けれどそれが僕自身の本心なのかは、わからなくて。隣に座る天月を、どうしようもなく気にかけてしまっているのは確かで。
理想と現実の狭間に、僕は動けなくなっている。
理想を求める僕は天月との以心伝心を望んでいて、現実の僕は読めない彼女の心に焦っている。
きっとそれは一言で片付けられるほど単純で、青くて、恥ずかしい種類の感情だと思う。
(それでも、名前がわからないから、難しい)
僕は、その感情から逃げ続けるのだろうか?
泥棒探しを隠れ蓑にして、見たくないものに蓋をして、気になってまた少し覗いてみる。
結局はその繰り返しで、いつかは疲れて見向きもしなくなる。
「若かった」なんて安い言葉で額に飾って、褪せていくその感情と一緒に枯れていく。
──なら、僕の若さって何のためにあるんだろう?
自分が臆病だからできなかったことに、中途半端なタイトルを付けて、額縁に飾って。腐らせて。
若い時には何もせず、歳を取ってから後悔し、縛られる。
ただ子供でいられなくなったから、仕方なく大人になる。
そんな亡命者みたいな大人になるのなら、僕が今若者である必要はあるのだろうか?
今天月の家に向かう僕は、何ができるのだろう?
『まもなく、頼光台、頼光台。お出口は、右側です。ドアから手を離してお待ち下さい』
そんな動けなくなった心を抱えていると、駅にはすぐに着いた。
黙っていても勝手に思考が膨らんで、代わりに答えのない問題を突き付けられた。
案外僕は、誰かと喋るのが好きなのかもしれない。
「降りましょう」
「うん」
天月に促されて電車を降りる。
ホームに立つと、寂れた喧騒と夕暮れ前の熱気が肌にまとわり着いた。
「ねぇ、会話の糸口、欲しくないですか」
改札を出てすぐ、不意に天月が僕を振り替える。
僕は何も考えずに頷いた。
「驚いた、丁度僕もそう思ってたんだ」
一般的な住宅街が建ち並び、陽炎が踊るアスファルトを歩き出す。
僕が本当に驚いて言うと、天月は微笑んで見せた。
無理矢理に造った、強い笑い方だった。
「今、うち誰もいないんですよ」
「……へえ、なんで?」
聞いたことがある台詞を、そのどの場面にも似合わない顔で天月は吐き捨てる。
それは例えようのない、嫌悪感のようなものだった。
「ちょっと、警察に」
「殺害予告のこと?」
「はい」
今まで朧気だった推察に、よくやく確信を持てた。
やっぱり天月は、殺害予告を見せるために僕を家に呼んだんだ。
「でも、家に女の子一人って危なくない?」
天月の殺害予告の件で警察に出向くと言うのに、天月本人を一人置き去りにするのはどうなのだろう。
天月はそれを「目の前のことしか見えてないんですよ」と切り捨てる。
「うちの親、もちろん悪い人たちじゃないんですけど、焦ると周りが見えなくなるんです」
夏なのに凍てついたままの天月の瞳。
ふとした時に見せるその冷たさの正体を、僕は何も知らない。知りたいとも、あまり思わない。
「ほとんどの人はそうじゃないの?」
「そうですね、度を越してなければ」
悲嘆も怒りもなく、天月はただ感情を削ぎ落としたような顔で嘆息する。
あんまりにも感情がないから、その嘆息はただの吐息にさえ見えた。
「あの母親は、私を『狙われてる娘』としか見てません」
「親の心子知らずってのは?」
「子の心親知らず、と言うのもありますよ」
平然と返す天月の屁理屈に、子供らしい頑固さを見た気がして少し安心する。
本来抱くべきじゃない感想かもしれないけれど、天月も人間だと思った。
普段の明るさは、内面の冷たさに被せたオブラートかもしれないと思っていたから。
「でも私は、ただの『天月詩乃』として見てほしいんです」
呟くように溢す天月に頷きながら、僕らはまだ青い空の下を歩く。
どこまでも感情のない天月の声音と、機械的にすら聞こえる蝉時雨が重なる。
「『狙われてる娘』として見るから、私を置き去りに周りだけで騒いでいられるんです」
「親も子もお互い他人なんだから、それぞれの気持ちが交差しても仕方ないよ」
つまり、折り合いを付けるしかない。
どこまで行っても他人は他人で、自分以外の人間の心なんて分からないのだから。
平和の対極に位置するのは、きっと《個人の幸せ》なのだと思う。
「珍しいですね、二条くんがそんな冷たいこと言うなんて」
ずっと後ろに流れるアスファルトを見つめていた天月が、顔を上げた。
丸まった目が、今度は僕を見つめる。
「僕なにか変なこと言ったかな」
「親が他人って言いましたよ」
「ああ、字面通りに考えると、自分以外の人間は全部他人でしょ」
てっきり、天月も同じような考えだと思っていた。
けれど天月は頷かず、また地面に目線を向ける。
「他人か他人かじゃないなんて、気持ち次第ですよ」
「気持ち?」
「信頼出来る人がいたなら、その人はもう他人じゃありません」
「へえ」
君にしては楽観的だね。
そこまで言いかけて、言葉を呑み込む。
天月は元から自分以外の全てに楽観的だ。
思えば天月が抱いた「優しい世界」の理想も、希望的観測の一つ。「そうであってほしい」と言う一種の逃避から生まれた理想郷に過ぎない。
「確かに、そうだったら僕も嬉しいよ。うん、周りと信頼し合えるのは、きっと気分がいい」
僕が深く頷くと、天月は「でしょう?」と無感情に口だけを動かした。
機械のような天月と、楽しい時の無邪気な表情。
それは氷と水の二相系を保つ、小さく儚いつららみたいだった。
「でもその信頼も、度が過ぎると人を傷付けます」
「本当は、親に心配かけたくなかった?」
天月が首を振る。
「本当は、騒いでほしくなかったんです。騒ぐと、少し怖いから」
隣を歩く天月の目が、ほんの少しだけ細まった気がした。
冗談で終わらせたかったのに、でも周りの信頼がそれを許してくれなくて。
無視していれば、きっと嫌な冗談程度で済んだことが、大事になっていく。
いつしか、自分の在り方も歪められていく。
「どんなに時でも、私は私でありたい」
もし僕が、天月への殺害予告を彼女の親より早く知っていたら。
僕はどうしただろうか?
そんなことは分かりきってる。きっと信じないにしても憤り、学校や警察に通報するだろう。
冗談で済ませるには、センスが悪い。
「天月らしいね」
僕がそう言うと、何がおかしかったのか、天月は桃狩り以来初めて嬉しそうに笑った。
僕が天月の飾れない冷たさに惹かれていたとして、笑顔だけは造ってほしくない。
悔しいけれど、やっぱり女の子には自然な笑顔が似合う。
「着きましたよ、どうぞ」
急に止まった天月に、一歩遅れて足を止める。
初めて来る天月の家に、心臓は不本意に高鳴った。家は一般的な二階建てだった。
とてももうすぐ殺されるかもしれない女の子が住む家には見えない。
門扉を通って、天月の開けた玄関扉に招かれる。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。こっちですよ」
改まって靴を揃える僕に笑いつつ、天月が二階に上がっていく。
住民不在で締め切られた家は、茹だりそうなほど蒸し暑い。僕も天月も、首筋に汗が流れていた。
「ここが私の部屋です」
天月の部屋は、階段を上がってすぐ目の前にあった。
異性の部屋に入るのは初めてだけど、きっとこの鼓動の早さはそんな純粋じゃない。
この先に待ち受ける、天月への殺害予告。その存在を思うと、どうしても心臓がズキリと痛んだ。
「失礼します」
予想以上に重い声で改まる僕に、天月は「面接じゃないんですから」と笑う。
差し出された座布団に座ると、透明なプリントファイルが僕たちの間に置かれた。
中には手紙が何枚も入っていて、それだけでファイルの厚みを作り出している。
「これです。殺害予告書は、両親が持っていってます」
笑っていた天月の口調が、また冷たくなる。
苦い思いと苛立ちを噛み締めて、手紙を一枚取り出す。
「予め言っておくと、僕らはまだ子供だ」
「わかってます」
「だから、この迷惑な手紙の解決には役立たないと思う」
「それでいいんです」
冷たくも、強い言葉。
僕と天月の間に転がった沈黙を、今度はもう拾わない。
代わりに開けた封筒の中から、ルーズリーフの切れ端を取り出す。
そこには、地獄が広がっていた。
そんな曖昧な形容詞が一番似合う、一時間の桃狩りを終えた。
やっぱりと言うかなんと言うか、泥棒の痕跡なんて見つからなかった。
収穫になりそうなものと言えば、友崎にもらった紙袋くらいだ。
「またくるよ」
「おう、来年はバイトでもいいぜ」
「桃が食べれらるならね。今日は有り難う」
「有り難う御座いました」
「おうおう、んじゃまた明後日の学校でなー」
僕たちは友崎にお礼を言って、帰途に就く。
明後日の休暇中登校まで、このメンバーが揃うことはない。
空はまだ明るい。けれどこれから待つ時間のことを考えると、どうも気分まで明るくはなれなかった。
「桃、美味しかったですね」
「ああ、また行こう」
「はい。来年も、また来たいです」
「そうだね」
「それまでに、忘れん坊の泥棒見つけましょうね」
「うん」
話はそこで途切れた。
共有できる話題も、もうない。代わりに響いたアナウンスに従って、黄色い線の内側まで下がる。電子音が鳴りやむ前に、電車が滑りこむ。
きっと、言うべきことはもっと他にあって。そんなことは、僕もわかっていて。
けれど何となく、今は何も喋ってはいけないような気がした。
「これに乗りますね」
「うん」
電車に乗って、席につく。
終わってしまった話の糸口は、まだ見つからない。
別に、それでもよかった。このまま天月の家に着くまで無言でも、中途半端に話を膨らませるよりは黙っていた方がずっといい。
けれどそれが僕自身の本心なのかは、わからなくて。隣に座る天月を、どうしようもなく気にかけてしまっているのは確かで。
理想と現実の狭間に、僕は動けなくなっている。
理想を求める僕は天月との以心伝心を望んでいて、現実の僕は読めない彼女の心に焦っている。
きっとそれは一言で片付けられるほど単純で、青くて、恥ずかしい種類の感情だと思う。
(それでも、名前がわからないから、難しい)
僕は、その感情から逃げ続けるのだろうか?
泥棒探しを隠れ蓑にして、見たくないものに蓋をして、気になってまた少し覗いてみる。
結局はその繰り返しで、いつかは疲れて見向きもしなくなる。
「若かった」なんて安い言葉で額に飾って、褪せていくその感情と一緒に枯れていく。
──なら、僕の若さって何のためにあるんだろう?
自分が臆病だからできなかったことに、中途半端なタイトルを付けて、額縁に飾って。腐らせて。
若い時には何もせず、歳を取ってから後悔し、縛られる。
ただ子供でいられなくなったから、仕方なく大人になる。
そんな亡命者みたいな大人になるのなら、僕が今若者である必要はあるのだろうか?
今天月の家に向かう僕は、何ができるのだろう?
『まもなく、頼光台、頼光台。お出口は、右側です。ドアから手を離してお待ち下さい』
そんな動けなくなった心を抱えていると、駅にはすぐに着いた。
黙っていても勝手に思考が膨らんで、代わりに答えのない問題を突き付けられた。
案外僕は、誰かと喋るのが好きなのかもしれない。
「降りましょう」
「うん」
天月に促されて電車を降りる。
ホームに立つと、寂れた喧騒と夕暮れ前の熱気が肌にまとわり着いた。
「ねぇ、会話の糸口、欲しくないですか」
改札を出てすぐ、不意に天月が僕を振り替える。
僕は何も考えずに頷いた。
「驚いた、丁度僕もそう思ってたんだ」
一般的な住宅街が建ち並び、陽炎が踊るアスファルトを歩き出す。
僕が本当に驚いて言うと、天月は微笑んで見せた。
無理矢理に造った、強い笑い方だった。
「今、うち誰もいないんですよ」
「……へえ、なんで?」
聞いたことがある台詞を、そのどの場面にも似合わない顔で天月は吐き捨てる。
それは例えようのない、嫌悪感のようなものだった。
「ちょっと、警察に」
「殺害予告のこと?」
「はい」
今まで朧気だった推察に、よくやく確信を持てた。
やっぱり天月は、殺害予告を見せるために僕を家に呼んだんだ。
「でも、家に女の子一人って危なくない?」
天月の殺害予告の件で警察に出向くと言うのに、天月本人を一人置き去りにするのはどうなのだろう。
天月はそれを「目の前のことしか見えてないんですよ」と切り捨てる。
「うちの親、もちろん悪い人たちじゃないんですけど、焦ると周りが見えなくなるんです」
夏なのに凍てついたままの天月の瞳。
ふとした時に見せるその冷たさの正体を、僕は何も知らない。知りたいとも、あまり思わない。
「ほとんどの人はそうじゃないの?」
「そうですね、度を越してなければ」
悲嘆も怒りもなく、天月はただ感情を削ぎ落としたような顔で嘆息する。
あんまりにも感情がないから、その嘆息はただの吐息にさえ見えた。
「あの母親は、私を『狙われてる娘』としか見てません」
「親の心子知らずってのは?」
「子の心親知らず、と言うのもありますよ」
平然と返す天月の屁理屈に、子供らしい頑固さを見た気がして少し安心する。
本来抱くべきじゃない感想かもしれないけれど、天月も人間だと思った。
普段の明るさは、内面の冷たさに被せたオブラートかもしれないと思っていたから。
「でも私は、ただの『天月詩乃』として見てほしいんです」
呟くように溢す天月に頷きながら、僕らはまだ青い空の下を歩く。
どこまでも感情のない天月の声音と、機械的にすら聞こえる蝉時雨が重なる。
「『狙われてる娘』として見るから、私を置き去りに周りだけで騒いでいられるんです」
「親も子もお互い他人なんだから、それぞれの気持ちが交差しても仕方ないよ」
つまり、折り合いを付けるしかない。
どこまで行っても他人は他人で、自分以外の人間の心なんて分からないのだから。
平和の対極に位置するのは、きっと《個人の幸せ》なのだと思う。
「珍しいですね、二条くんがそんな冷たいこと言うなんて」
ずっと後ろに流れるアスファルトを見つめていた天月が、顔を上げた。
丸まった目が、今度は僕を見つめる。
「僕なにか変なこと言ったかな」
「親が他人って言いましたよ」
「ああ、字面通りに考えると、自分以外の人間は全部他人でしょ」
てっきり、天月も同じような考えだと思っていた。
けれど天月は頷かず、また地面に目線を向ける。
「他人か他人かじゃないなんて、気持ち次第ですよ」
「気持ち?」
「信頼出来る人がいたなら、その人はもう他人じゃありません」
「へえ」
君にしては楽観的だね。
そこまで言いかけて、言葉を呑み込む。
天月は元から自分以外の全てに楽観的だ。
思えば天月が抱いた「優しい世界」の理想も、希望的観測の一つ。「そうであってほしい」と言う一種の逃避から生まれた理想郷に過ぎない。
「確かに、そうだったら僕も嬉しいよ。うん、周りと信頼し合えるのは、きっと気分がいい」
僕が深く頷くと、天月は「でしょう?」と無感情に口だけを動かした。
機械のような天月と、楽しい時の無邪気な表情。
それは氷と水の二相系を保つ、小さく儚いつららみたいだった。
「でもその信頼も、度が過ぎると人を傷付けます」
「本当は、親に心配かけたくなかった?」
天月が首を振る。
「本当は、騒いでほしくなかったんです。騒ぐと、少し怖いから」
隣を歩く天月の目が、ほんの少しだけ細まった気がした。
冗談で終わらせたかったのに、でも周りの信頼がそれを許してくれなくて。
無視していれば、きっと嫌な冗談程度で済んだことが、大事になっていく。
いつしか、自分の在り方も歪められていく。
「どんなに時でも、私は私でありたい」
もし僕が、天月への殺害予告を彼女の親より早く知っていたら。
僕はどうしただろうか?
そんなことは分かりきってる。きっと信じないにしても憤り、学校や警察に通報するだろう。
冗談で済ませるには、センスが悪い。
「天月らしいね」
僕がそう言うと、何がおかしかったのか、天月は桃狩り以来初めて嬉しそうに笑った。
僕が天月の飾れない冷たさに惹かれていたとして、笑顔だけは造ってほしくない。
悔しいけれど、やっぱり女の子には自然な笑顔が似合う。
「着きましたよ、どうぞ」
急に止まった天月に、一歩遅れて足を止める。
初めて来る天月の家に、心臓は不本意に高鳴った。家は一般的な二階建てだった。
とてももうすぐ殺されるかもしれない女の子が住む家には見えない。
門扉を通って、天月の開けた玄関扉に招かれる。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。こっちですよ」
改まって靴を揃える僕に笑いつつ、天月が二階に上がっていく。
住民不在で締め切られた家は、茹だりそうなほど蒸し暑い。僕も天月も、首筋に汗が流れていた。
「ここが私の部屋です」
天月の部屋は、階段を上がってすぐ目の前にあった。
異性の部屋に入るのは初めてだけど、きっとこの鼓動の早さはそんな純粋じゃない。
この先に待ち受ける、天月への殺害予告。その存在を思うと、どうしても心臓がズキリと痛んだ。
「失礼します」
予想以上に重い声で改まる僕に、天月は「面接じゃないんですから」と笑う。
差し出された座布団に座ると、透明なプリントファイルが僕たちの間に置かれた。
中には手紙が何枚も入っていて、それだけでファイルの厚みを作り出している。
「これです。殺害予告書は、両親が持っていってます」
笑っていた天月の口調が、また冷たくなる。
苦い思いと苛立ちを噛み締めて、手紙を一枚取り出す。
「予め言っておくと、僕らはまだ子供だ」
「わかってます」
「だから、この迷惑な手紙の解決には役立たないと思う」
「それでいいんです」
冷たくも、強い言葉。
僕と天月の間に転がった沈黙を、今度はもう拾わない。
代わりに開けた封筒の中から、ルーズリーフの切れ端を取り出す。
そこには、地獄が広がっていた。