私は今、人生の大きな選択肢を前にしていた。
『彼を助けますか Yes/No』
(入間さん…………)
もし、今の私が一週間前の私だったら、私は彼を助けていないと思う。
だけど──
今の私は、本当の彼を知ってしまったから……
だから──
私は、迷わなかった。
イエスを選ぶ事に、自分を犠牲にしてでも彼を助ける事に。
本当に、一週間前の私だったらきっとこんな決断していないのに……
一週間前の私なら……
一週間前──
「で、この前の合コンどうだったの!?」
「それがさ~、ハズレばっかで行って損したよぉ~」
「ねぇ聞いて、彼ったら最近ホント構ってくれなくて……」
「それって、浮気されてんじゃないの?」
私は会社の食堂にいた。
いつものお昼休み。
仲の良い同僚達と、同じピンクの制服を着て、みんなで同じA定食を食べる。
そして、私以外の二人は恋愛トークを弾ませていた。
「で、小夜は?」
そう言って私の方に話を振るのは、飯島尚子(いいじましょうこ)ちゃん。
同期で一番仲が良い、付き合って半年の彼がいる。
「えっ? 私……?」
「小夜ちゃんも合コン行こうよ~」
上目遣いで誘って来たのは、織部美里(おりべみさと)さん。
一年先輩で、彼氏いない歴一年。
最近よく合コンの話をしているが、未だ成果はないらしい。
「私は別にいーや……」
「はぁ~っ……またそんな事言って……」
尚子ちゃんはやれやれと溜息を吐く。
「だって、別に彼氏とか今は欲しくない」
「え~っ! なんでっなんでっ!?」
美里さんは私の方へと、身を乗り出した。
「……めんどくさいし」
「あのね~小夜、めんどくさいってそんな付き合う前から言ってちゃ元も子もないじゃない?」
「そうだけど……」
「小夜ちゃんいつから彼氏いないの~?」
「……えっと、高校の時からだから10年くらい……」
「じゅ、10年っ!?」
「そっ! 小夜ってばもう10年も恋愛してないんだって」
「うわぁ……それはある意味すごいかも」
二人は私を見てから顔を見合わせ、険しい表情になり再び私の方を真剣な表情で見つめた。
「小夜、悪い事は言わないから……あたしが紹介したあげる! ともかく彼氏作ろう!」
「小夜ちゃん、明日合コンセッティングするから、ね! 彼氏一緒に探そう!」
「えぇっ!? だから、いーってば!!」
「小夜!」
「小夜ちゃん!」
いつになく推しの強い二人の提案を、それでも私は首を振って拒否した。
「あ、あのね、二人の気持ちはありがたいんだけど……私、やっぱり恋愛は苦手っていうか」
「苦手?」
同時に二人はハモっていた。
息ピッタリだな~とかこんな時に、関係ない事をつい思ってしまう。
「あっ……うん……昔ね、高校の時その付き合ってた人に、こっぴどくフラれちゃって……」
「高校の時?」
「う、うん……尚子ちゃん顔怖いよ」
「10年前の話よね?」
「は、はい……美里さんも……なんでそんなっ……」
「「そんな昔の事いつまで言ってんのっ!?」」
ピッタリハモった。
「しかも高校生の時の話でしょっ!?」
「小夜ちゃん、もういい加減立ち直って!!」
「…………あ、アハハ……」
その後も二人からは、恋愛するべきだとか恋人と過ごす事の素晴らしさをプレゼンされたけど、私には申し訳ないがあまり響かなかった。
やはり──
私は、未だに引きずっているのだ。
高校の時の事を……
高校二年生になってすぐ、クラスでわりと仲が良かった男の子に私は告白され、付き合った。
私は彼の事が本気で好きになっていった。
だけど、付き合って1ヶ月が過ぎた頃。
突然、彼からフラれたのだ。
理由は……
「思ってたのと違った……」
だった。
私は、何も言えなかった。
何が違っていたのか?
付き合うという事が違ったのか?
それとも私が違ったのか?
何も彼に聞けぬまま、その後はもう卒業まで彼と話す事もほとんど無かった。
それから、私は恋愛が怖くなってしまった。
また「違う」と言われたら、なんて答えればいいのか、どうしたらいいのかわからないから……
「はぁっ……」
昼休みも終わり、午後の業務をしながらそんな事を思い出して思わず嘆息していた。
「長浜!」
そんな憂鬱な気分を更に憂鬱にさせる声が聞こえ、私は条件反射で体を思わずビクつかせる。
「この書類、オマエだよな……」
「はい……」
私はおずおずと声の主である主任の席へと向かう。
「ココとココ、記入漏れあるぞ! 全くオマエいつまでこんなミスするんだ!?」
「すみません……」
「全く、すぐに直して来い」
入間 奏(いるまかなで)主任。
私は彼に目を付けられてしまっている。
ことある事にこっぴどく叱られ、何かというと注意を受けている。
仕事上のミスは私が悪いと思うのだが、それ以外の些細な事でも嫌な顔をされて、正直私は入間主任が苦手だ。
「小夜、大丈夫だった?」
自席に戻ると、隣の席の尚子ちゃんがコソリと耳打ちして来た。
「うん、大丈夫」
正直、今の私はこの主任の事もあり仕事で手一杯。
恋愛などにうつつを抜かしてられないのが現状なのだ。
その日も、ようやく仕事を終えて駅までの道を尚子ちゃんと歩いて帰った。
美里さんは今日も合コンらしい……
「ホントに入間のヤツムカつくよね!」
「しょうがないよ、仕事ミスしたのは私のせいだし」
「でもさ、言い方ってモノがあるでしょっ? アイツ、ちょっと顔がいいからって調子乗ってんだよ」
ちょっと、というには語弊がある。
入間主任はカナリ顔が良い。
いや、それどころではない。
昔はファッション雑誌の読書モデルの経験もあるとかいう抜群のルックス。
頭脳明晰で仕事が出来て、海外支店から本社への栄転でウチの部署の主任に着任。
三日に一度は女性社員が告白しては、玉砕しているという噂も聞く。
まさに少女漫画に出て来る様な、イケメンキャラなのだ。
「それにさ、入間のヤツなんか小夜にやたら厳しいし……」
「それは、私が仕事出来ないから」
「だとしても! いくらエリートで見た目良くても、あんな性格じゃ彼女がいたら相当苦労するだろうね!」
「主任だって彼女には優しいかもしれないよ?」
「え~っ、アノ入間が~?」
まあ、アノ主任の恋人なんて、きっと中身も見た目も完璧で、非の打ち所もないだろうから、私みたいに注意される事なんかないだろう。
「あっ、そうだ! それよりさ、小夜もやろうよスマホゲーム」
「ああ、この前言ってたヤツ?」
「そう! 小夜もやってフレンドになってよ」
「う~ん……私ゲーム下手だよ?」
「大丈夫だって! このゲーム簡単だから」
尚子ちゃんは最近スマホのゲームにハマっているらしい。
以前から一緒にやろうと誘われていたのだが、私はイマイチゲームが苦手で断り続けていたのだけど……
(たまには、やってみようかな……)
気まぐれで私は尚子ちゃんと別れた帰りの電車の中、オススメされたスマホゲームをダウンロードした。
地元の駅から自宅までは歩いて10分程度。
今日は寄り道はせずにまっすぐ帰って、ダウンロードしたゲームをしようと思った。
「ただいま~」
「おかえり、お風呂沸いてるわよ」
郊外の一軒家に家族は父と母、それと柴犬のしょうゆの三人と一匹で暮らしている。
「うん、入ってくる」
「ああ、あんたになんか届いてたわよ」
「えっ? なんだろ……」
母から小さなダンボール箱を渡された。
受け取った箱の差出人と品物を確認してみる。
「コンタクトレンズ……」
それは、いつも購入しているコンタクトレンズのショップからだった。
サンプルという文字と、コンタクトという事から試供品か何かだろうか?
「あっ、そうそう! やっぱり6月になったって式」
「式……?」
「なあちゃんの結婚式よ」
「あ、ああ……そうなんだ」
従姉妹のなあちゃんは私と同い年で、昔はよく一緒にミミズを引っ張って遊んだりしたのだが……そのなあちゃんが結婚するとは感慨深いものだ。
「それがね、教会か神前式かで相当悩んでたみたいでね」
「ふーん……」
正直、なあちゃんが結婚するというのは喜ばしい事だとは思うけど、私にはあまり興味が無いし、関係の無い事と思ってしまう。
「あんたも早く良い人見つけて、お母さん達に孫の顔見せてよね?」
そして……
どちらかと言うと、この親から与えられるプレッシャーの方が問題だ。
「お風呂入ってくる」
こういう時は、さっさと親の前から退散するのが得策だろう。
この先、私は果たして結婚なんて出来るのか……
それどころか、このままじゃ恋愛だって出来る気がしない。
湯船に浸かりながら、またそんな事を考えた。
その後、あれ以上のプレッシャーを与えられる事も無く夕飯を無事に済ませ、私の一日もようやく終わりを向かえようとしていた。
ベッドに入ると、スマホで尚子ちゃんにススメられたゲームを寝る前に開いてみた。
「プリンス・オブ・ラバー……どんなゲームなんだろ?」
ゲーム画面をタップしてみると、イケメンの画像と共にタイトルを読みあげるイケボが響く。
どうやら恋愛ゲームのようだ、この手のゲームは初めてする。
そもそも、私はゲーム自体が苦手であまりやる方ではない。
「イベント? ああ、ゲームの中のか……ラクダを追えって……変なの」
とりあえず、自分の名前を登録するとストーリー本編を始めてみた。
画面にはイケメンな男の子と、その下にはハートマークと数字が表記されている。
これが所謂、好感度というヤツか……
数字が高ければ高いほど、このキャラクターが私のキャラクターを好きだという事だ。
「この世界も、みんなそうやって見えればいいのに……」
そうすれば、何がダメだったのか、どうすればもっと好きになってもらえるのかわかるのに。
叶うはずもない様な事を考えて、私はゲームを進めていった。
「このキャラクター石油王って、無理ありまくりでしょ……ヤハヌーン王子」
最初こそそんなにやる気も無かったゲームだったが、ストーリーを読み進めてゆくうちに夢中になって進めてしまい、その日は朝方までプレイしてしまった。
そして──
「────っ!! 今、何時!?」
飛び起きた時には、いつも家を出るギリギリの時間になっていた。
「ヤダっ!! 遅刻しちゃうっ!!」
慌てて、洗面所に向かった。
顔を洗って、コンタクトを……
アレ?
もしかして、コンタクト切らしてた!?
「小夜~? 起きたの? 朝ごはんは?」
台所からお母さんの声が聞こえた。
「ん~っ……今日はいらない」
いつもストックを置いてある戸棚を探すが、やはり見つからない。
(あっ……そうだ!)
私は再び自分の部屋に戻ると、机の上に置いたまま開けてなかった昨日届いたダンボールの小さな箱を開封した。
(やっぱり、コンタクトだ)
同封されていた紙には、いつもご利用ありがとうございますという文字と、いつも使っているメーカーの新しいコンタクトレンズのサンプルが入っていた。
新しいといっても、メーカーも商品名もいつものと同じ、ワンウィークのソフトレンズ。
違っているのはパッケージに、NEWという文字が入っているだけだ。
万が一合わなかったりしたら、昼にでも会社の側でいつものを買えばいい。
着替えて手短にメイクを済ませ、コンタクトレンズを装着すると私は急いで玄関に向かった。
「小夜、今日雨降るらしいわよ傘持ってきなさい」
お母さんが台所からひょっこり顔を出して言う。
折りたたみの傘は自分の部屋だ、チラっと外を玄関の窓越しに見ると特に怪しい雲行きでもない。
「いってきます!」
私は傘を持たずに、家を出た。
なんとか走って、私はいつも会社に行く同じバスに乗る事が出来た。
(よかった……間に合った)
座席に座り、ようやくホッと一息つくと違和感に気づく。
違和感──
というか、よくわからないがハートのマークがナゼかあちらこちらに見えるのだ。
(ハート……? 何コレ?)
気になってじっと見つめていると、ハートマークの下には数字が表示されている。
(20……)
大体、20~30くらいだ、何故かこのハートマークと数字は男性の頭の上に出現しているのだが、私は意味がわからず何度か瞬きし、カバンから目薬を出してさしてもみるが、やはりハートと数字は消えない。
朝方近くまでゲームなんてしていたからだろうか、私は一度下を向いてもう一度顔を上げた。
特に変化は無かった。
ハートマークとその下に数字。
理解が出来ず、ただただ混乱していると……
「小夜! おはよう」
尚子ちゃんがバスに乗って来た。
「尚子ちゃん!」
私は少しホッとして、尚子ちゃんにも今私が見えてるモノが見えるか聞いてみる事にした。
「ね、ねぇ、あの、ハート……尚子ちゃんにも見える?」
「えっ? ハート?」
「うん……みんなのまわりにあるハート……」
「なんの事?」
尚子ちゃんには見えていないのだろうか?
「ハートと数字が……ごめん、なんでもない」