車を降りたリアンは、会場を見上げた。
 この場所は、尊敬する父であり、憧れるピアニストでもあるジョルジョバが、定期的にコンサートを開いている会場である。
 そんな憧れの場所を見上げているリアンの目には、大きく聳え立つ山のように写っているかもしれない。

「リアン、頑張れよ。俺も後でもう一度来るからな」

 会場前のスペースに車を停めているスワリは、運転席の窓からリアンの背中に向け手を上げた。

「…うん、送ってくれてありがとう」

 会場から目が離せないリアンは、目をキラキラと輝かせながら、スワリに背を向けたままお礼を口にした。

 背後から、車が遠離る音がする。スワリが帰って行ったのだろう。リアンはようやく会場から目を離すと、振り返った。やはりそこには、乗ってきた車の影はない。
 今まで歩んで来た人生が、走馬灯のようにリアンの頭を一瞬にして駆け巡る。
 悲しみも喜びも、様々な感情を経験してきた人生。
 人生を語るには、まだ若すぎるが、リアンの周りにはいつもピアノがあった。
 リアンは未来を見据える為に、会場へと視線を戻した。その会場前には、人集りができている。その人集りの中には、コンクールの出場者もいるかもしれない。
 リアンは襟を正し、真っ直ぐに頭を下げた。そして心の中で、憧れのこの会場でピアノを弾ける感謝を、誰に言うでもなく呟いた。
 頭を上げたリアンは、喜びを噛み締める。そして会場へと向け、第一歩を踏み出した。
 踏み出せば、踏み出す度、思い出が頭を駆け巡る。初めてピアノに触れた、幼き日の自分。そこには父が居た。